第九話 決着、グリフォン戦
「お、お嬢様、そのお力は……!?」
クリスティーナを背後に守っていた騎士が、急変したクリスティーナの気配を察知し、振り向き驚愕する。
そしてクリスティーナの身体から溢れる力の奔流に、殺気に、声に。
グリフォンは、狙うべき敵の存在を思い出す。
「グォオオオオッ!!」
そして声を上げ、魔術を発動、クリスティーナの足元を狙い、竜巻の魔術が巻き上がる。
この魔術を、クリスティーナは余裕を持って飛び退き、回避する。
(身体が軽い――今までのわたくしとは違いますわ!)
腹の底から捻り出した力は、クリスティーナの身体能力を飛躍的に向上させていた。
だがグリフォンも馬鹿ではない、既に回避された魔術は、当てることが目的ではなく、あくまでも牽制。
「グルルルゥウッ!!」
回避の為に飛び退き、騎士の守りの範囲から飛び出たのを見て、全速力での突進。
「くッ!!」
騎士はクリスティーナを守ろうと慌てて割り込もうとするが、間に合わず。
しかし問題は無い――この瞬間こそが、クリスティーナの狙いであるのだから。
(そう来ると、思っていましたわよッ!!)
騎士の守りで、魔術は通じない。
クリスティーナ自身も、魔術を回避してしまう。
ならば――その強靭かつ巨大な肉体で、直接敵を屠る他ない、とグリフォンが考えるのも自然な話であった。
そしてこのグリフォンの突進をこそ、クリスティーナは望んでいた。
「来なさいッ!!」
言って、まるでグリフォンの突進を受け止めるつもりであるかのように、その場で腰を落とし、待ち構える。
そして――衝突。
「お嬢様ッ!!」
騎士が声を上げる。
ドギャアッ、と、生物同士が衝突したとは思えない轟音が鳴り響く。
そしてクリスティーナは――なんと、姿勢を深くして、突進してきたグリフォンの前足に掴みかかり、両手両足で絡みついていた。
「ハハ、成功ですわッ!!」
そう、クリスティーナが狙っていたのは、グリフォンに対する組み付き――いわゆるレスリング技術を使った、超至近距離での攻防である。
相手は上半身が鷲、下半身が獅子の化物であるのだから、前足に組み付いてしまえば物理的な攻撃を受けるリスクは低い。
そう考えたクリスティーナは、腰を落としたまま突進のタイミングに合わせて後ろに飛び退きつつ、グリフォンの左前足を肩で迎え入れた。
最大限に威力を殺し、腹の底から湧く不思議パワーも相まって、クリスティーナの狙いは成功。
見事に左前足の付け根という、グリフォンでは直接攻撃しづらい位置へ組み付くことに成功したのである。
「ギュウウォオオッ!!」
攻撃の届かない位置に組み付かれ、グリフォンは怒りのままにその場で身体を大きく震わせる。
だが、不思議パワーに加えて前世で学んだレスリング技術も駆使して、必死に組み付くクリスティーナを振り落とすことは叶わない。
「今ですわよッ!!」
そして、この動きこそが最大のチャンスとなったことを、クリスティーナは理解していた。
その呼び掛けに応じて――騎士と冒険者が、同時にグリフォンへと飛びかかる。
「ハァアッ!!」
「くたばりなッ!!」
騎士はグリフォンの後ろ足の付け根を深くブロートソードで斬り裂き、冒険者は翼の傷を狙ってショートソードの攻撃を重ねる。
翼は一つ切り落とされ、後ろ足の付け根は骨まで剣が届いていた。
「ギャァァアアアアアッ!!」
これまでで最大の痛み、そして負傷に、グリフォンが悲鳴のような絶叫を上げる。
(今なら――ッ!!)
グリフォンの身体が痛みに引き攣ったのを見て、クリスティーナも動き出す。
前足に組み付いた状態から、スルスルとグリフォンの巨体をよじ登り――今度は頭部へと両手両足で組み付く。
振り落とされないよう、全力でしがみつきながら――左手で、握ったグリフォンの風切羽根で、無事な左目を狙う。
「くたばれェェエエエッ!!」
左手を振り上げ――風切羽根を勢い良くグリフォンの眼球に突き立てる。
ブシャァアッ、と突き刺さる音に続いて、グリフォンが悲鳴を上げる。
「ギャゥゥウッ!!」
そして、痛みのあまり、首を振り回し、その場に転がりのたうち回る。
クリスティーナもその勢いで、身体を路面の石畳に叩きつけられるのだが……それでもしがみついた手足は離さない。
「トドメですわアァアッ!!」
そして更に力を込めて――自分の手がグリフォンの眼孔に埋まるほど深く、グリフォンの脳髄に届くほどに深く、風切羽根を突き刺した。
「ギャンッ!!」
短い悲鳴と同時に、ビクン、と一度大きく身体が跳ねるグリフォン。
だがそれが最後の動きで、身体はビクビクと小刻みに震えながら、横たわったまま暴れることは無くなる。
「――ハアッ!!」
「せいやァッ!!」
そうして抵抗の無くなったグリフォンの生命を完全に断つために――騎士と冒険者が剣を振るう。
騎士がグリフォンの首を切り落とし、冒険者は剣をグリフォンの心臓へと突き立てた。
この攻撃で、グリフォンは完全に絶命、微動だにしなくなる。
「――わたくし達の、勝利ですわッ!!」
そしてクリスティーナは首から離れて、拳を振り上げ勝ち鬨を上げる。
「――うおおおおおおおおッ!!」
「お嬢様がグリフォンを討伐なさったぞぉおおおおッ!!」
「きゃああっ、格好いいですお嬢様ぁあああ!!」
戦いの様子を眺めていた領民達が、口々にクリスティーナの偉業を讃える。
「……グリフォン討伐は、ブーケンシャー侯爵家の騎士でも五人がかりでの討伐が推奨される相手です。
そんな相手を、即席の三人チームで討伐なさってしまうとは――さすがはお嬢様、ブーケンシャーの血を引くお方です」
騎士はそんなことを言って、クリスティーナを褒め称える。
「光栄ですぜ、お嬢様をお手伝いさせてもらえて」
言いながら、冒険者は懐から何やら小さな瓶を取り出し、蓋を開ける。
「さあ、お嬢様、手を出してくだせえ」
その言葉に従い、クリスティーナは黙って手を差し出す。
すると冒険者は瓶の中身の液体をクリスティーナの掌の怪我に振りかける。
途端、クリスティーナの手から淡い光が放たれながら、傷が塞がっていく。
「こ、これは?」
「へへ、とっときの魔術薬ですぜ、傷も残らねぇって保証しやす」
「ふむ、忝ないな、冒険者殿」
どうやら冒険者が使った液体は何か不思議なパワーで傷を治す薬であったらしく、それも特別に効果が高いのか、みるみる内に傷が塞がる。
気がつけば、その怪我があったことも分からないぐらい、見事に治癒してしまう。
「――さあお嬢様、帰りましょう。
今日は無理をしてしまったことを、奥様と領主様に報告、謝罪をしなければいけませんからね」
「うっ、確かにそれはそうですの……」
騎士に言われ、両親にどれほど叱られるかを想像し、顔色を悪くするクリスティーナ。
その後、無事に屋敷へと帰ったクリスティーナは、予想とは裏腹に、叱られるどころか帰還を泣いて喜ばれることとなった。
それだけ両親に心配を掛けてしまったのだと悟り、申し訳なくなったクリスティーナ。
だがやっぱり、ひとしきり泣いた後は、しっかり両親から叱られてしまうのであった。
そしてこれが――後に伝説として語られる、クリスティーナ・ブーケンシャー侯爵令嬢の、最初の戦いとなったのである。
あのグリフォンを討伐してしまうとは……さすがです、クリスティーナお嬢様!




