1年後
あれからもうじき1年が経つ。
偶然道を尋ねられてS駅に向かう道の中、僕の話に対してカオリと名乗る女性は自ら裏づけるような彼との対面を果たした。それはいまだ忘れられない思い出となっている。
あの日の貴重な経験と気づきこそが、今の僕の生活になくてはならない原動力なのだから―――
今日はついに片手の指で数え切れなくなった休日恒例のデート。もはや“恒例”に甘んじ、僕は正午近くになってもなおベッド上でゴロゴロと惰眠を貪っている。
日々着実に過ごしやすい陽気になっているのを実感。来月にはコートをクリーニングに出せるだろうし、再来月には今の肌寒さを嘘のように忘れゆくのだろう。
僕はふと、ゴールデンウィークにどこか旅行でも提案してみるのはどうかとひらめく。そう頭が切り替わるや、具体的な計画を考えるためにはうかうかしていられないと、ただただ気が急いてしまう。
ドア越しに響いていた、母が朝から回す洗濯機の音は一段落。そろそろ説教じみたひと声がかかるだろう想像が容易につく。
あの日結那と何を話したかはほとんど覚えていない。去りゆくおぼろげな気配だけが、僕の器の小ささや包容力のなさとともに浮き彫りとなって蘇る。
S駅を徘徊したあげく、結那愛用の自転車をたまたま見つけた。日が暮れ、夜になってもずっと待ち続けた。すでに逃れられない定めのように。
ついに結那が姿を現すや、僕は手紙に対するあからさまな嫌悪感、怒りを露にしてしまう。結那がひたすら黙っていたことで、僕はますます感情が高ぶってしまい、自分で何をいっているのかわからなくなるほど思いの丈を吐き出した。
しばらくして、結那はうつむいたままポツポツと話しはじめる。
アルバイトを一方的に解雇され、しばらくは引きこもり状態。1年を経てようやく働きだしたS駅近くの総菜店。
僕とつきあいはじめてからも、時折自分に自信が持てなくなっていた。そのとき昔好きだった友人から励まされたことで好意が再燃したらしい。
僕はただ踏みにじられた気持ちをわからせようと意地になったあげく、同じように結那を傷つけてしまった。
別れを悟った僕の目からは涙が溢れた。
先に帰るよう伝え、結那は短く「ごめんね」といった気がする。遠ざかる足音だけは確実に耳に残しながら。
カオリのように相手のことを少しでも思いやることができたら……僕は同じ後悔だけは二度としないように誓い、涙を拭った。
―――スマホにセットしていたアラームが鳴り出し、振動する本体を掴み上げて止める。
僕は勢いよく毛布を跳ねのけ、身支度を開始。予想と違うテキパキした動きに母が「あら、今日も晩ご飯いらないの?」と茶化してくるも、僕はそれまでには帰ると返事。頭の中にはしっかりひとりの顔を思い浮かべながら。いずれちゃんと報告できればいいという心を察したかのように、母は何もいわずに奥のリビングへ引っ込む。
僕は今、新しい恋をはじめているところ。
結那との関係に区切りをつけようと、あれからまもなくコンビニのバイトはやめ、中途採用ながら初就職を果たした。地元の小さな広告代理店。そこで先輩として出会った女性と今年に入り真剣な交際に発展している。
過去出会った人たちの中でもすごく真面目。最初は話しかけづらさがあったけれど、気づけば肩ひじ張らずに会話をすることができていた。共通の話題に関しては何より心地よく、見た目で惹かれたショートカットに少し胸を痛めつつ僕は果敢に告白。長い沈黙の末「友達からなら」と、やはりどこかで聞いた覚えのある返事で受け入れてくれた。
今日は友達から伝授された、いとも簡単に手をつなぐ方法を試してみようと思う。
それは「手相を見てあげる」といって手を出してもらい、生命線、感情線、頭脳線、結婚線などいろいろ専門知識っぽいことを並べたあげく手を取り、さっそうと歩きだすというベタなもの。
彼女はいったいどんな反応をするだろう?
とまどい、少し不満げに、そして最後に笑いながら、きっとこころよく応じてくれると信じている。
僕の想いが通じた先の未来、いつの日か今日をふり返ったとき、いい思い出のひとつになっていればいいと願いつつ軽やかに家を出た。
Happy ending of “New Love”




