Scene.21「失恋」
「手紙、読んだよ……」
いいたいことは山ほどあった。
その多さゆえ、いざ結那を前にまず何から伝えようかと迷い、いったん口を閉じる。
呼吸を整え、続きをいおうとするもなぜか出てこない。そもそもどんなテンションでいえばよいか。
最初に手紙に触れた瞬間の、何ともいえない予感。読みはじめてすぐ、的中したとわかる衝撃。行をまたぐうちに抉られてゆく深い悲しみ。最後は何に対してかはわからない怒り。
そうだ、僕は怒っていい。
でもその感情を出してしまうのは絶対によくない。だから抑えている。
そして僕がひとり想いを訴えたところで何の解決にもならない。だからいいたくてもいえない。そんな状況下でなお、できるだけ相手によく見られたいと配慮する自分に我ながら呆れた。
僕の反応や行動を少なからず予想していただろう結那のほうが自然。いや、いつもの世間話を聞こうとするかのようにいられても困る……もしかして、あえて僕の心のわだかまりをいっさい吐き出させる作戦か。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、表情を保つのも精一杯になってきた。結那はそんな隙を見逃さず、うつむいていた顔を上げると、
「手紙のとおり……ハネちゃんとつきあう前から、好きな人がいるの」
いい終えてから視線を伏せて小さく「……ゴメンね」とつぶやくと、後ろを向いて扉を開ける。かがみ込んでひと回り小さな箱を抱えては鍵を閉め、足下に重ねて置いた。
引き続き僕と対峙はしながら、ふと足元の箱に手を伸ばし、内容物を確認。明らかに話を終えたいとする結那に、僕はさらに硬化。
結那とつきあって10カ月。
確かにここ数カ月はつきあっているかどうかさえ疑わしいほど会えずにいた。その理由をあらためて面と向かって伝えられて初めて、今日どうして結那に会おうと思ったのかがわからなくなってしまった。
「あの、さ……」
悲しみ、怒りに悔しさと寂しさが加わり、余計に言葉を出しづらくさせる。
いきなり手紙をよこさなくてもいいんじゃないか……確かに直接会ってだといいづらかっただろうけど。
僕の告白を受け入れたのはどうして……もしかして、その人への思いを吹っ切ろうとしたためか。
いざ聞こうとして、自分でたやすく答えを見つけてしまい、どうしようもない恥ずかしさまで込み上げる……もはやこれからいうことすべてが恨みつらみ、フラれた者の負け惜しみでしかないのは明らか。何より大の男が殴られたわけでもなく涙を流すなんて、まったく想像していなかったのだ。
結那は傍らのカオリの存在はおろか、僕でさえしかたなく時間を割いているという様子。たいしたことをまだ何もいっていないのに、引き留めているのが自分だと気がつき、ますますオロオロ。
そんなとてつもなく重い空気の中、視界が何かに覆われる。
「だからいったでしょ……もう行こうよ、羽田くん」
2人の間に割って入ったカオリは、それでも微動だにしない僕の脇にサッと腕を通して強引に歩きだす。後ろ足でヨタヨタとその場を離れる。
「ああッ、イタタタタッ……」
腕が引っ張られた反動からとっさに、痛くはないのに声を上げる。ふらついた体を何とか反転。首だけ必死に維持する中、驚きの眼差しを向ける結那の姿がだんだんと小さくなってゆく。
「ユナ……」
出会った瞬間、思わずたじろいでしまった金髪。
話すうちにそれは鎧のようなものだとわかった。見ず知らずの者とは一線を引きたいとする自分なりの主張。ボーイッシュな外見からは想像もしなかった繊細な意思。音楽の話で、好きなアーティストを語るときに垣間見えたひたむきな情熱。
髪の色と長さは変わったものの、丸みのある小顔はやっぱり魅力的。その髪に隠れた耳にピアスを2つ開けている。取ったとき、耳たぶがぷっくり焼き上がったビスケットみたいだといって笑わせたことがある。
ほんの数秒の中で想いを巡らせたあげく、結那と判別できないくらい小さくなっては周りの人と紛れ、ひとつの風景になり果てた。
さよなら。これでもう二度と会うことはないだろう……悲しみに打ちひしがれては衝動的な感情を生み出していた。
いつまでも未練がましくいてもしかたない。僕も変わらなければならない。
未来の恋。
僕はそれを新たな人に託せている。かなり自分勝手ではあるけれど、今は十分だった。
カオリに体を引っ張られる中、何だか妙な喜びが湧き上がる。結那の恋はどうか成就しますように……自分の力で真正面を向いて歩きはじめてまもなく、流れた涙を拭った。
改札を通ってすぐの脇で留まること数分。
帰宅ラッシュも重なり、ごった返す人たちによって僕らの不審な動きはまるでなかったこととして喧騒に溶け込む。
ようやく手を解放され、僕は脱臼しかけた肩を必死に回す。回し続けてはタイミングをはかり、いおうと決めていたひとことを恥ずかしさの中で伝える。
「ありがとう……」
ずっと無言を貫いていたカオリはわずかに顔をほころばせ、ひと息吐くと、
「いやー、空気重すぎ。自分の未来見てるようでめっちゃイヤだったわー」
僕はドキドキが続く心のまま、
「もしよければ、また来週とか……会えないかな?」
このまま別れ、二度と会わないのは忍びないと思った末に出た言葉だったけれど、カオリにも少なからず同じ思いがあったようで、
「羽田くんのその後が、気になるといえば気になる。まあ……」
カオリはポーチからハンドタオルを1枚出し、僕に持たせると「また会えたらいいね」と微笑み、ホームに続く階段を駆け上がっていった。
→3ヵ月後へ




