表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/150

貝とインフラと鶏卵

 1880年代の米国では鉄道用機械式冷蔵車の開発に伴い、内陸部に消費地を抱えるようになった東海岸では牡蠣の養殖や漁が盛んになったが、牡蠣殻の処理には今ほど困らなかった。


 鉄道のバラストや道路の路盤、路床等の建設資材は勿論、畑の土壌改良剤やこの頃から始まり畜産の項で述べた鶏卵への添加で漁港付近で塩抜きの為に堆積はしても拡大する事はなかったのだ。


 貝殻は何でも良く、潮干狩りに適した地域は遠浅なので近隣に砂鉄も堆積している。


 沿岸部なら鉄と塩、バラスト源かつ石灰石より加工、施工、運搬が容易な貝殻が豊富なので人畜が押し引きする鉄道人畜車も敷けるだろうし、貝灰や消毒用消石灰の需要もある。


 鉄道人畜車の車重は最大4tと鋳鉄の耐荷重(3.55t)を超える事もあるが車軸数を増やせば良い。


 筆者が持っている鶏卵と貝殻の因果関係を記したデータは牡蠣と帆立しかないが、貝殻の主成分が同じなので鶏に給餌した時の卵の生産数はどんな貝殻でも3割増しになるだろう。


 卵を食べる習慣が根付いた江戸時代、その値段は一ヶ二十文(500円)と蕎麦より高く、現代の贈答用烏骨鶏並みの値段だった。


 筆者が確認した限りでは日本で牡蠣殻が鶏用餌料に適すると紹介されたのは1931年である。


 1930年の時の卵の価格は4銭30厘だったが、35年は3銭60厘に下がった。


 蕎麦の価格はそれぞれ8~10銭、10~13銭である。


 1828年にイタリアから米国に輸出された採卵鶏のレグホーンが1886年に日本に導入されていた為、30年当時の卵価は既に蕎麦以下だったのだ。


 レグホーン以前では人件費等も有り貝殻添加で卵価が下がっても蕎麦並みが限界だろう。


 開国後かつ米国経由で輸入するのが最速か。


 尚、江戸時代は温泉卵はあったが、庶民が半熟卵を食べる習慣は無かった(1837年以前に一部の店で提供はしていた)為、欧米人と接触した船員は白身が生茹でである事に驚いたという。


 参考文献


 読むクスリシリーズ


 参考サイト


 値段史


 https://coin-walk.site/J077.htm


 帆立貝殻の利用法


 http://hokkaidonobunka.sapolog.com/e4495.html


 日本の半熟卵の歴史


 https://ameblo.jp/snb40201/entry-12557613774.html


https://note.com/cute_quince995/n/n195661b9c072


 wiki


 レグホーン


 他

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ