貝とインフラと鶏卵
1880年代の米国では鉄道用機械式冷蔵車の開発に伴い、内陸部に消費地を抱えるようになった東海岸では牡蠣の養殖や漁が盛んになったが、牡蠣殻の処理には今ほど困らなかった。
鉄道のバラストや道路の路盤、路床等の建設資材は勿論、畑の土壌改良剤やこの頃から始まり畜産の項で述べた鶏卵への添加で漁港付近で塩抜きの為に堆積はしても拡大する事はなかったのだ。
貝殻は何でも良く、潮干狩りに適した地域は遠浅なので近隣に砂鉄も堆積している。
沿岸部なら鉄と塩、バラスト源かつ石灰石より加工、施工、運搬が容易な貝殻が豊富なので人畜が押し引きする鉄道人畜車も敷けるだろうし、貝灰や消毒用消石灰の需要もある。
鉄道人畜車の車重は最大4tと鋳鉄の耐荷重(3.55t)を超える事もあるが車軸数を増やせば良い。
筆者が持っている鶏卵と貝殻の因果関係を記したデータは牡蠣と帆立しかないが、貝殻の主成分が同じなので鶏に給餌した時の卵の生産数はどんな貝殻でも3割増しになるだろう。
卵を食べる習慣が根付いた江戸時代、その値段は一ヶ二十文(500円)と蕎麦より高く、現代の贈答用烏骨鶏並みの値段だった。
筆者が確認した限りでは日本で牡蠣殻が鶏用餌料に適すると紹介されたのは1931年である。
1930年の時の卵の価格は4銭30厘だったが、35年は3銭60厘に下がった。
蕎麦の価格はそれぞれ8~10銭、10~13銭である。
1828年にイタリアから米国に輸出された採卵鶏のレグホーンが1886年に日本に導入されていた為、30年当時の卵価は既に蕎麦以下だったのだ。
レグホーン以前では人件費等も有り貝殻添加で卵価が下がっても蕎麦並みが限界だろう。
開国後かつ米国経由で輸入するのが最速か。
尚、江戸時代は温泉卵はあったが、庶民が半熟卵を食べる習慣は無かった(1837年以前に一部の店で提供はしていた)為、欧米人と接触した船員は白身が生茹でである事に驚いたという。
参考文献
読むクスリシリーズ
参考サイト
値段史
https://coin-walk.site/J077.htm
帆立貝殻の利用法
http://hokkaidonobunka.sapolog.com/e4495.html
日本の半熟卵の歴史
https://ameblo.jp/snb40201/entry-12557613774.html
https://note.com/cute_quince995/n/n195661b9c072
wiki
レグホーン
他




