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平和と食文化と現代通販スキル

 蓄養の歴史は古い。


 江戸時代には大阪で獲れた鯛を水槽付きの船で生きたまま江戸に回送していた。


 この頃は温度管理システムは無かったが、現代では天然物の真鯛は水温10℃、関サバは5℃の時が最も鮮度を保てると言う。


 釣った後活け締めする習慣も江戸時代初期の日本が発祥で、欧州に広まったのは2010年代以降。


 締めなかった時より鮮度が落ちにくい事から倍の価格で取引されている。


 鰹節に触発されて鹿節が開発されたのも2010年代であり、国産鹿節は鰹節のように麹カビを付着させ熟成している。


 戦国時代には現代のような鰹節も鹿節も無いので、知識と経験と種菌と設備が有れば自作出来るかもしれない(糀屋は存在するので種菌と設備面は一部クリアか)


 醤油が量産され、〆方が発見されるまで魚は焼くか塩やお酢に浸けて食べられていた。


 戦国転生物は大体鉄砲伝来後にスタートするが1530年代の紀州で醤油が作られ始めたばかりで砂糖は超高級品。


 1斤(600g)で銀5匁(=400文)もしたのだ。


 室町時代後期の足軽の日当は80文である。


 欧州では当時砂糖の事を『白い黄金』と呼んだ。


 現代のような鰹節もあご出汁(長崎等で用いられるトビウオを使った出汁)も登場するのは江戸時代。


 天つゆが現代の味付けになったのは明治時代※1である。


 娯楽は乏しく調味料の類は味噌、塩、煮干し以外は値が張る酢、醤油、酒、味醂、昆布、生節(鰹節の発展前)、油、砂糖※2しかない。


 現代の天つゆベースとなる醤油、砂糖、味醂、昆布、鰹(生)節はあるので値段はとんでもなく高く※3なるが近い物(天つゆ向けの砂糖は上白糖が主流)が製造出来、貴人の持て成しやハレの日には使えるだろう。


 北海道の駅弁の代表格で醤油、酒、みりん、砂糖で味付けするイカ飯は配給になり米が乏しくなった1941年生まれだが価格的に戦国時代で再現するのは天つゆ並みに厳しい。


 現代通販スキルが使えるなら燃料を現地調達出来るディーゼル発電機と冷蔵庫、各種調味料(特に上白糖やグラニュー糖、次点で油)を調達する。


 氷室が有れば調味料以外不要だが瀬戸内海や関東以南の太平洋側は厳しい。


 現代の作物は多肥多収が前提なので持ち込む場合肥料運搬の為陸運を改善せねばならず、米の場合有機肥料に加えてリンと窒素源として稲藁を田圃に漉き込んでも収量は8割に落ちる。


 野生動物も美味しさが分かるので害虫や鳥獣害の被害が現地時代産より多くなる。


 現代通販スキルが使えるなら現代の精米した米で親兄弟の胃袋を掴み、鷹狩や弓矢鉄砲の訓練も兼ねて鳥獣害を防ごう。


 話を現代に戻すと、先進国や東南アジアのスーパーマーケット位しか日本食は手に入らないが、北米、アジア、アフリカ等華僑のコミュニティがある地域なら中華料理を口に出来る。


 米や麺の文化が無い中東地域※4の僻地に住む駐在員からすれば『何を贅沢な!』と怒るだろうが、戦国時代の味付けは信長の配下にケンが居ない限り現代人にはかなりキツイと断言出来る。


 時は下り大正時代に開発された米を育てた現代の小学生達も収穫した米を『美味しくない』と言っていたがそれは当たり前で、米の品種改良に於いて増収から食味改善に重心を移したのは米余りと減反が叫ばれた70年代以降。


 かわぐちかいじのジパ◯グにコシヒカリを食いたいと嘆く『みらい』乗員が登場するがそりゃ嘆きもするだろう。


 味が改善されたひとめぼれやあきたこまち、コシヒカリの玄米オンリーは筆者は玄米茶や煎餅としてなら兎も角主食として毎日口にするのは嫌。


 以前皇族や殿上人等の貴族、管領等幕府の要職に就く人々以外玄米を食べていたと書いたが、玄米が美味しかったら古来より手間暇かけて精米しないし徴兵時に『銀シャリが食える』と呼び込みもしないのだ。


 戦時中のすいとんやサツマイモ※5の天ぷらは現代の品種を使って再現した為、当時を知る人々は『こんなに美味しくなかった』と口を揃えているし、出汁入り味噌の登場は80年代である。


 麺類も蕎麦は江戸時代。


 長崎ちゃんぽん(1899年考案)


 豚骨ラーメン(あっさり系は1937年、九州で主流の白濁系は1947年誕生)は圧力鍋要開発※6である。


 開国まで植物学、醸造学その他の流入が不十分だった為ラム酒 (サトウキビ)ワイン(甲州)や地ビール(カラハナソウ等)になり得る植物が自生しているにも拘らず日本酒と焼酎、梅酒以外のアルコール飲料が作れなかった(ビールは江戸時代に試作されたが、ホップが輸入されなかった為カラハナソウを同定出来ず失敗)


 板わさは麺の蕎麦と共に提供されるようになったので江戸時代(1660年代)。


 ガリに使われる肌色、ピンク色の柔らかい生姜は東南アジア産で普及したのは戦後なのでそれまではピリ辛で小さく硬い煮付けや青魚用の生姜しか存在しなかった。


 寿司にわさびは定番なのでたこわさも江戸時代に登場してもおかしくないのだが商品化は1992年である。


 日本で赤玉西瓜(赤みと糖度は比例する)の栽培が拡大したのは17世紀中頃で、板海苔も江戸時代中期にならなければ登場しないので海苔巻きも軍艦も無い。


 だし巻き卵も板海苔と同時期で寿司も苺も1830年代。


 寿司のサイズは戦前まで戦後の倍で、現代のノリで注文すると地獄を見る。


 欧州では中世には既にブイヨンもフォンもあったがトマトの食用化は1790年代のイタリア、ウスターソースは19世紀の英国で野菜や果物の皮を香辛料、酢、塩の中に漬け込み熟成させるまで※7誕生していない。


 オイスターソースは1888年に一晩牡蠣を塩茹でし続けた事がきっかけで誕生したが手間がかかる。


 シークヮーサーやライム、レモンよりまろやかなグレープフルーツや苺も専用のスプーンを使い砂糖や牛乳、練乳をかけずとも食べられるようになったのに慣れ肥えた舌で品種改良以前かつ自分が再現するまで各種ソースや酒、麺類その他の種類が乏しい食生活に耐える事が出来るか甚だ疑問である。


 つる割れ病に耐性のある南瓜を台木に西洋系の甘いメロンを接ぎ木に成功したのは1927年。


 南瓜が伝わったばかりで真桑瓜はメロン程甘くないので食べたいなら台木とビニールハウス毎持ち込もう。


 ※1……江戸時代まで天つゆは餅や刺身に浸ける濃い目の砂糖醤油だった。


 ※2……江戸時代前期の醤油は一升で同量の米の4倍もした。


 19世紀前半で、


 醤油一升83文


 酒……200文


 鰹節一本、酢一升……各124文


 である。


 ※3……江戸時代の天つゆは野田醤油生産拡大が終わる1750年頃まで同量の酒より高く、現代より味が濃かった為江戸っ子は蕎麦の〆につゆを蕎麦湯で薄めて飲んだ。


 ※4……エジプトとイランを除く。


 エジプトは日本、朝鮮、台湾、中国南部以外では珍しいジャポニカ米の生産国であり、カスピ海沿岸で水稲をやっているイランはお客にご馳走としておこげを振る舞う習慣がある。


 ※5……戦時中に栽培されたサツマイモは航空機用アルコール燃料向けで人が食べる物では無かった。


 ※6……フライドチキン、豚の角煮、甘露煮等の調理も圧力鍋が有る無しでは再現にかかる手間暇や燃料代が馬鹿にならないのは言うまでもない。


 ※7……コーラと同じくレシピは公開されていないが酸味が強く、日本人向けでは無かった。


 参考文献


 読むクスリシリーズ


 マンガで読むロングセラー商品誕生物語


 参考サイト


 江戸時代の一両は今のいくら?


 https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/edojidaino1ryowa/


『関さば』が刺身で食べられる理由を探る


 https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1858


 日本のラーメンの歴史


 https://www.raumen.co.jp/rapedia/study_history/


 他


 wiki


 オイスターソース

あなたは玄米を主食として鮮度の落ちた刺身や缶詰を食べ、天つゆ、各種酒類、ソースが調理器具や設備共々自作、栽培しない限り存在しない戦国時代の食生活に耐えられますか?


私は無理です。

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