↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空と陸の共震  作者: 有明 榮
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/25

3-4. Fukuoka Center, weather radar shows thunderstorm cell ahead.

 合宿の牧場から車で二、三十分ほど下った郊外の町に、小さなバーがある。出入り口は、背の低い引き戸が一枚のみ。隠れ家のような小さな店だ。

 送迎の車が角を曲がるのを見送って、香春は扉に手を掛けた。

 開かないことを確かめる。香春はグレーに塗られた木の扉を三度ノックした。中から低い咳払いが聴こえた。

「……ほととぎすの鳴いた方には、何があった?」

 ――なるほど。アイツらしい合言葉って訳だ。

「綺麗な月夜だよ」

 香春が言うと、コツコツという足音が近づき、ややあって、引き戸ががらがらと開けられた――

 扉が人の身幅ほどに開いた瞬間、中にいた男から拳銃が突き出される。いや、本命は左手だ。男の左手が香春の右手を取ろうと伸びる。

 しかし香春は予見していたかのようにそれより僅かばかり速く身を捻ると、銃口の先を余裕たっぷりに躱す。その勢いのままするりと男の懐に滑り込み、右手で相手の手首を掴んで壁に押し付けて動きを封じた。

 香春は開いた左手でそっと引き戸を占める。店内の厚い壁にブルーベックの軽快なジャズ・ピアノが吸い込まれていく。

 カウンターの前に、革張りのソファが三脚。建物に窓はなく、薄暗い店内の壁に、大判のフレームに入れられたモノクロ写真が三枚掛けられている。カウンターの向こうの棚には、やはりバーらしく、さまざまのウイスキーやブランデーの瓶が並んでいる。

 わずか二秒間にも満たない早業。

 香春が肩越しに店内を振り返ると、同年代のマスターは何食わぬ顔で視線を中空に漂わせながら煙草を喫(の)んでいる。大方ドラマか映画でも観ているのだろう、と香春は推測した。香春は呆れたように、

「……ちょっと危機管理能力が足りないんじゃねーの、マスター」

「お前がそんな感じだから、俺は安心できるって訳さ」

 マスターは長し目にニヤリと笑う。香春は視線を受け流しながら首を逆側に捻り、拳銃を意地でも離さないその男に、肩越しに笑いかける。

「今年も俺の勝ちだな、ミスタ・大川(ストローム)」

「お前に勝てた試しがねえんだよ」

 大川は観念したように器用に肩を竦め、愛用のシグ・ザウエルを手離した。


「ていうか、なんなんだあの短歌は」

 香春は酒を待ちながら大川に問う。マスターは香春用に取り出したグラスを軽く拭くと、丸氷を幾度か回してスコッチを注ぐ。香春は昔からアメリカンが苦手だった。

 扉は再び内側から施錠されていた。ついでに表の電球も消されている。今やこの建物は、外から見れば臨時休業のバーにすぎない。

「藤原実定(ふじわらのさねただ)だけど?」

 大川は至極当然な顔をして答える。二人はもともと同じ大学の同期である。大川は国文学の、香春は地理学の研究室に在籍していた。

「知ってるよ、お前には百人一首の話をさんざっぱら聞かされたからな……俺が訊いてんのは、なぜまたって話だよ。思い出すんじゃなかったのか、二十年前を」

「思い出すさ、基地に和歌集を持ち込んでたくらいだから……でも、そうも言っていられんさ。復員してできることが専門分野の教員くらいだからだってのは、同じじゃないか。今更後ろを向いていられんよ」

 大川は苦笑した。そこへ、スコッチを注いだグラスがそっと差し出される。

「っていうか、そっちの方はどうなんだ」

 大川は香春にグラスを突き合わせながら問う。飴色のウイスキーがとろりと揺れる。そうだな、と香春は語尾を伸ばした。

「……思わぬ未知との遭遇(ファーストコンタクト)があった」

「というと?」

「最初の女(リリス)が俺の部活に入った」

「嘘だろ」

「噂じゃなかったのか、最初の女(リリス)って」

「ああそうか、古賀にはまだ話していなかったんだっけ……」

 思い出すように言うと、香春はスコッチを一口含んだ。大川だけでなくマスター――古賀も目を丸くしている。……三人の間に、重苦しい沈黙が流れる。ややあって、古賀は大きくため息をついた。

「――もう終わったと思ったんだけどな、戦争は」

「そう思っていたよ、皆」

 香春は食い気味に吐き捨てた。

「でもそんなことは全然ない。掛高(かけこう)の周りなんざ、この頃はひっきりなしにチヌークが飛び交ってる。おまけに華南国の外交官がパーティー中に殺されると来た。いよいよだろうさ」

「……どうするんだ、その時は」

 大川がぽつりとつぶやいた。

「さあね。また操縦桿を握るだろう――何と言われても」

「……やれやれ」

 大川は椅子の下から鞄を取り出すと、中から小さなプラスチックの小瓶を取り出した。蓋を開けて、薄桃色の錠剤が三粒出るまで軽く振る。国防軍にのみ支給されている、即効性のアルコール分解薬。大川は残りの二人に一粒ずつ渡すと、グラスのラム酒で流し込む。

「せっかく一年に一度なのに、今年は前置きナシって訳だ」

 三人は、かつて国防空軍(JAF)のパイロットだった。

 今は、首元に桜の花と二重の円の意匠(エンブレム)が光るネックレスを提げている。

 三人は、国防軍の秘匿軍務官である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。