2-9. Contact. Good day.
「意外なお願いだね?」
「ですよねー。私ってほら、顔もスタイルも良いし、アイドル研修生だし、馬術部でマネージャーやってるし。いわゆる花も恥じらう乙女盛りの高嶺の花なんですよ。だから逆に、友達が少なくって……」
琳は顔の横に垂れ下がる髪を、人差し指でくるくると巻き取っては伸ばす。
「それで、友達になってほしいなって。先輩と後輩じゃなくって、友達として……どう、ですかね」
「もちろん。私も、苅田ちゃんみたいな明るい子が友達にいてくれたら、嬉しいな」
「琳です。私の名前」
「ありがとう、琳ちゃん。私も下の名前でいいよ」
「うん、侑里ちゃん」
正直な話、僕自身かなり驚いた展開だった。つい数時間前、琳は乙姫を嫌悪するような様子さえ見せたはずだった。それが、こうしてお互いに友達として仲よくしようと言っている。それも、世界レベルの秘密を共有するという、歪んだ共通点で結ばれて。
でも、それもありなのかもしれないな、と僕は思った。琳も乙姫も、個人的な理由で友人が少ないという事実を――加えて、その事実を受けて、友達が欲しいという欲求を抱えている。ならば、ある意味共犯者のような関係性であったとしても、本人たちが友達同士の関係性を持てるのなら――それで、日々を少しでも楽しく、彩あるものを感じられるようになるのなら。
乙姫と琳はすっかり意気投合したようで、お互いの出自の話を始めていた。僕がそっと意識を窓の外へ意識を向けたところへ、あっと琳は何か思いついたようで、
「そーだ侑里ちゃん、馬術部入ろうよ!」
「ちょっと待て」
僕はすかさずツッコミを入れた。
「えーっ、いーじゃないですかっ。私以外の女子部員で、しかも見ての通り爆美女ですよ? 華やぐでしょ?」
「いや、そうかもしれんが……」
「ねえ、どう、侑里ちゃん? 乗馬に興味はない?」
「ええっと……ないことはないんだけど……でも、いきなりお邪魔するのも……」
「ほら! 侑里ちゃんもこう言ってますよ、いいでしょ宗像先パ~イ」
琳がぐいぐいと顔を寄せてくる。僕が琳から顔を逸らすと、乙姫もまた少し困った顔で僕を見ていた。
僕が心配しているのは恵のことだ。転入生が――つまり乙姫が軍人である(かもしれない)ということは、既に話してしまっている。恵は超が付くほど軍人という存在を嫌っているので、無用なトラブルは避けておきたい。
だが、この二人がこのことについて知らないのもまた、事実。それに、僕らは(なかば強引な形とはいえ)乙姫の秘密を外に漏らさないという協力を結ぶことになっている。変に反対して乙姫から不信感を抱かれるのも無益だ。
結局、僕ははっきり理由付けをすることもできず、
「まあ、いいんじゃないか」
と濁すしかなかった。
◆
「……で、入部した、ってことか」
「ああ。……あまり気は進まなかったんだけれど」
腕を組んだ恵から、特大のため息が漏れる。視線の先には、プラウマンの背に乗り、達也に引かれて歩く乙姫の姿。牧柵を挟んで、香春先生と琳が呑気に手を振っている。
乙姫も困ったように笑いながら小さく手を振り返しているが、その姿勢はしなやかで安定している。流石軍人は体幹が強いんだな、と軽く感心してしまったが、隣に立つ恵はそうも思えなかったようで、組んだ腕を解いて、今度は両手を腰に添えている。
「入部したい、って彼女が言うのであれば俺に拒む権利はないし、ここでヘンに拒んで不信感を煽るのもおかしな話だろう。っていうか、結局乙姫は軍人だったのか?」
「……ああ、軍人だったよ」
僕は躊躇いがちに言った。昨晩の馬術部入部のやり取りの後、僕は乙姫に、彼女が軍人であることを明かしても問題ないか、と尋ねておいた――もちろん、恵のことを考えて、だ。もしも彼女が馬術部に入ることになれば、真っ先に反発するのは恵だろう。そして彼の性格を考えれば、乙姫との対立をも招きかねない。であれば、早いうちに恵の納得を取り付けてしまうか、琳の勢いにかこつけて恵が折れるのを待つか……いずれにしても、乙姫の身分の秘密については、恵の知るところとなるだろう。
「敵」を探るという目的の都合上、乙姫は渋るだろうと思っていたのだが、
「それ自体は構わないよ」
と、あっさり言っていた。あまりにもさらりと言うものだから、かえって僕が驚いたくらいだった。
「いいのか?」
「うん。公人だし。秘密にしておいてほしいのは、この腕のことだけ。私が軍人だってことは――でも情報部ってことは言わないでくれると嬉しいかな――聞かれたら答えるくらいは、問題ない」
こうして恵もまた、乙姫の身分を知る人間の一人となったのだ。
「でもいいのか? 向こうは巧馬を現場尋問した人間だぜ。彼女の入部によってお前に……あるいは、俺たちに危害が及ばないとも言えない」
「大丈夫じゃないかな。琳も香春先生もいるから」
僕らが牧柵の方に向き直った時、乙姫はプラウマンを降りて、琳や香春先生と何やら話していた。先生はひとしきり頷きながら話し終えたのか、
「巧馬、恵、ちょいとー」
と、香春先生が僕らを手招きした。
「よっし、全員揃ったな。お知らせが二つ。一つ、部員が増えます!」
「おおおーーっ!」
と、琳がその場の誰よりも大声で拍手喝采した。
「紹介しよう、乙姫侑里さんです! なんと、巧馬のクラスメイト!」
「羨ましいぞーーーっっっ!」
またしても琳である。当の本人はいたって生真面目に、よろしくお願いします、なんて頭を下げている。僕らは彼女を拍手で迎え入れた。
――が、やはり。手を叩いている恵の様子だけは、硬い表情を崩すことなく、どこか事務的ですらあった。香春先生は新入部員の歓迎にいつもよりテンションが上がっているようで、
「そしてもう一つ……」
と、子どもっぽくニヤリと白い歯を見せる。
「待ちに待った、夏合宿の日程が決まりましたッ!」




