2-8. Clear direct P001, maintain climbing FL380.
「どうして、私たちの居場所がわかったんですか?」
俺たちを乗せた(というよりは収容した)軍用ジープが、低いエンジン音を唸らせながら坂道を下っていく。さっきの倉庫はそれなりの山奥に建てられたものだったようで、ジープが未舗装の道路を右に左にカーブを切りながら下っていくうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。ゴトゴトとジープが揺れるたびに、天井から吊り下げられたカンテラが揺れ、不規則に僕らの顔を照らした。
シートに足を乗せた体育座りの姿勢で(それもきちんとローファーを脱いで)、差し出されたブランケットに口元を埋めながら琳は尋ねた。
「最初に異変に気付いたのは、超至近距離を狙った指向性攻性電波の余波を感じ取ったこと」
向かいの席の乙姫は足を組み、寛いだ様子で言う。
「それで現場に急行したときには、あなたたちの鞄と、吐瀉物の痕だけがあった。それで、華南国か藩王国の仕業だと特定できた。だから、同質な電磁波を発しているところを探して逆探知してみた――そしたらやけに強烈な妨害電波を発するポイントがあった。あとはちょっとした仕掛けを使って、通信局のデータと衛星画像で照合して、ほぼクロだと分かった」
「――軍人なんですね。乙姫、さんって」
琳はブランケットに顔をうずめた。
「……本当は、正体を隠しておくつもりだったんだけどね」
「今日私たちが攫われたのって、乙姫さんのせいなんですか?」
ブランケット越しのくぐもった声が響く。乙姫は眉根を寄せ、僕は慌てて口を開く。
「おい、琳――」
「ええ。特に宗像君は、私と同じクラスだし……。私の存在と、その秘密を知っている者は何人かいるはず」
乙姫は気まずそうに、窓枠に肘を乗せてぼやいた。
「巻き込んでおきながら勝手なお願いなんだけど、私のこと、黙っておいてくれるかな?」
乙姫は伏し目がちに言った。
「それは……君が本当に軍人だってことを?」
こっちのことじゃないだろうな、と思いつつも、僕は確かめるように聞いた。
「というよりは……私の左腕」
「准尉、そのことは」
運転席の隊員が口を挟む。おそらく、それなりの機密事項なのだろう。
何しろ人体に火器を仕込むなんて、いくら小さいとはいえ前代未聞だ。もしも実用化されていると世間に知られれば、メディアがどんな報道をするかは容易に想像がつく。乙姫はさっき、自分の腕を「恥ずかしい」と言っていたが、個人の感情で片付けられるレベルの話ではないように思う。
「分かってるわ、二曹」
キビキビと彼女は反論する。
「でも、彼らにもきちんと説明しないと――私の大事なクラスメイトと、その友人の方だもの」
「……くれぐれも、極秘願いますよ、お二方」
「もちろんです」
僕は言った。琳は顔を上げず、沈黙で肯じた。
「私はね――改造人間なんだ。軍用の」
重苦しい沈黙が車内に満ちる。山の上でしてみせたように、乙姫は左の袖をすこしずつまくっていく。白くて柔い、しかし肉付きの良い引き締まった左腕が、僕たちの前に差し出される。
彼女はその手首を掴むと、前腕をおもむろに捻った。
カシャッと乾いた音がして、バネ仕掛けのように、前腕の外側がねっとりと赤い体液の糸を引きながら二つに開く。その間から、長さ二〇センチ、直径三センチ前後の鈍色の筒がポンと飛び出した。よく見ると、筒は先端に向けて細くなっており、根本(つまり肘に近い方だ)の内側にはリボルバーが覗いている。
「『ウスシマ』っていうんだけどね、これ――S & W・M五〇〇っていう大型拳銃を改良・小型化して、発射機構を末梢神経系と紐づけてる。人体と基盤の接合技術を軍事転用しているのは、今のところ世界で私しかいない」
手首を跳ね上げながらぐっとこぶしを握ると、ウスシマは乙姫の腕に収まった。皮膚は綺麗に戻り、割れ目はどこにも存在しない。彼女は袖を戻しながら静かに言う。
「この腕だけじゃない、もっといろいろな秘密があるんだけれど……それは、時が来たら、話すから」
最後に袖口のボタンを留めると、乙姫は元の女子高校生の姿に戻る。さっきからずっと困惑している僕を見て、乙姫はふと肩の力を抜き、控えめに笑う。
彼女は今、ジープの後部座席に乗っているだけの高校生だ。
「だから、今はそっとしておいてほしいんだ」
「――どうしてそのことを話したんですか、私たちに、今」
ずっと黙っていた琳が急に顔を上げた。
「あなたは軍人なのでしょう、しかも情報部の。だとしたら記憶操作くらい簡単でしょう? そうしたら何のリスクもなくあなたは身分を隠せるし、私たちも何も知らないままだった――少なくとも、宗像先輩は知っていたみたいですけど」
「黙っていてもいずれ、バレてしまうことだからね」
「私にはなんだか……あなたが無責任にしか思えません。私たちを共犯者にして、リスクを押し付けているような」
「押し付け、か……」
乙姫はシートに体を預けた。十秒近い沈黙が流れる。
「確かにそうだね。今話したことは、国家どころか世界レベルの秘密事項だもの。自分からベラベラ話しておいて、そのクセ黙っておいてくれっていうのは、無責任なこと」
「――分かっていて、話したんですか」
「……あなたたちだから、かもしれない」
「というと?」
「私のこの腕は……ウスシマは、「敵」のテロで失われた左腕の義手を改造して、極秘に作られた。だから、ウスシマのことを知っている者は、たった二種類。兵器として活用したいと考えているごく少数の国防軍人か、後の影響のことを考えて早期の排除を狙っているその他大勢か。私のことを知ったうえで、私と普通に付き合ってくれる人間なんてどこにもいなかった。特に同年代なんて、なおさら……。だから、普通の人間として付き合ってほしくて、秘密を明かした……たぶん、そういうことだと思う。『秘密にしておいてくれ』なんて頼むのが無責任で勝手なのは苅田ちゃんの言う通りだから、何も言えない」
ごめん、と乙姫は頭を下げる。
「――べつに、僕はかまわない」
僕は言った。琳は何も言わない。僕の気持ちは本心からのものだ。
「乙姫が軍人だってことは昨日から聞かされていたし、その目的も、僕らの学校に転入してきた理由も……。だから、構わない。君が秘密にしておいてほしいって言うんだったら、僕は秘密にしておく」
「ありがとう、宗像君」
「……ちぇー。じゃ、私も秘密にしないといけないですね」
琳が口を尖らせながら言う。しかし、その顔はすぐに明るくなった。
「いーですよ。私も、黙っておきます。なにせ助けられちゃった側だし。でも一つだけ条件があるんで、それを飲んでください。いいでしょ?」
「もちろん」
「私と友達になってください」
乙姫は目を丸くした。まじか、と僕も琳を見下ろす。彼女はいたって真剣な顔で、
「ほんとに。私からの条件です」
と言う。




