2-2. contact departure 119.900.
よりにもよってこのタイミングかよ、と僕は軽い頭痛を覚えた。
「ちげーよ」
「ウッソー!」
琳は素っ頓狂な声を上げた。教室に残っていたやつらが興味津々に僕たち三人の奇妙な会話を眺めている。今すぐこの場から立ち去りたい。
「だってそぉぉーんな可愛い爆美女隣に侍らせて『ただのクラスメイトだよ(真顔)』なんてあり得ないですからねっ! あり得るとしたら先輩が死ぬほど朴念仁かドーテーヤローか、それかよっぽどよっぽど嫌われてて偶ッ々《たま》日直当番が被ってしまったけれど任せられる人たちが先に帰っちゃったから背に腹は代えられない責任感のもと断腸の思いでしょーーーがなく普通の顔の仮面を被って接していただいているかのどれかですっ!」
一息で言い終えて、琳は肩でぜいぜいと息をしていた。僕はその日一番のため息をついた。
いま、乙姫はどんな顔をしているのだろうか。中等部の制服のサイズが成長スピードに合わず、顔立ちは整っているがいかんせん格好がちんちくりんでつんつるてんのこの十四歳の女の子を、微笑ましいとでも思っているだろうか。あるいは鬱陶しがっているだろうか。
僕は首を少し捻って、乙姫の表情を盗み見た。前者だった、紛うことなき。妹をあしらう姉のように優しい顔をしている。反対に、琳はわかりやすいほどむくれた顔をして、僕と乙姫の間で忙しなく目を動かしている。何となく乙姫に申し訳なくなった。やんちゃな子供を持った親はこんな気持ちを抱くのだろう。
「……マジで違うから。今日転入してきたんだよ、彼女」
「やっぱり彼女じゃないですかっ!」
「この場合の『彼女』はgirlfriendじゃなくてsheだ。英語の前に国語の成績が心配になる物言いはやめてくれる?」
「むぅー。だから先輩に勉強教えてもらおーとおもって中学棟から全力ギャロップしてきたんですけどー。まーいーですよ。今日はその転入生の人に宗像先輩を貸してあげます」
「僕にお前のものになった記憶はないけど」
「……宗像君、思ったよりも慕われているんだね」
乙姫は口元を拳で押さえながらくすりと笑った。琳は毒気を抜かれたのか、フンと鼻を鳴らして恥ずかし気に顔を逸らした。
「私、乙姫侑里っていうんだ。あなたは?」
「苅田です」
琳はあくまで突っ撥ねた。乙姫はそれに構わずにこにこと柔和な笑みを浮かべていた――が、突然琳に顔を寄せると、
「苅田ちゃんね。悪いけど、今日は宗像君を貸りるね、大事な話があるから――」
と、悪戯っぽい声で言ってみせた。琳は分かりやすいほど顔を真っ赤にして、
「女誑し!」
と叫ぶなり脱兎のごとく走っていってしまった。僕と乙姫はその場に取り残された、のだが。当然、教室の中にはまだ何人かクラスメイトが残っている。両隣の教室も同様だ。つまり僕らは今、数十人単位の人間から、奇異の視線を向けられている。明日から何を言われるか分かったもんじゃない。小倉や他の奴らの粘着質なニヤけ顔を想像して、僕は肩を落とした。
廊下の角を曲がって琳が姿を消すなり、乙姫は
「じゃあ、屋上で話そうか」
と、静かに言った。僕と接触したときと同じ声で。先ほどまでとは打って変わった、鋭く無機質で驚くほど冷たい、ナイフのような声。
僕は彼女が、一昨日僕を尋問したあの軍人だと悟った。しかし、僕が口を開こうとすると、彼女は人差し指を立てて僕を制した。
「――断るという選択肢は?」
僕は念のため確認してみたが、
「君が女誑しな側面を持ってるって触れ回るけど、それでもよければ」
表向きの顔で悪戯っぽく、しかしえげつないカウンターで粉砕された。




