↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
二十六歳、未就学児として入学
PR
9/28

攻略サイトより教科書が詳しい

 俺が攻略法と呼んだものを、教科書は三つの計算式と二件の事故例で説明していた。


 入学二日目。


 教室の黒板には《経験値配分の基礎》と書かれている。


 成長理論の教師が、眠り粘体を三人で倒した場合の経験値を計算していた。


 攻撃した回数。


 与えた損傷。


 拘束、回復、誘導への寄与。


 最後の一撃を与えた者。


 それぞれに小さな数字が付き、一つの式へまとめられていく。


「最後の一撃を一人へ任せれば、その人へ経験値を集中できます」


 俺は手を挙げた。


 この方法なら知っている。


 ゲームでは、育てたい仲間へ最後の一撃を任せるのが基本だった。


「正解です」


 教師は黒板の式へ、赤い線を一本足した。


「正式には終撃寄与配分と呼びます。単純な魔物ほど、最後の一撃の比率が高くなります」


 そこまでは、俺の知識と同じだった。


「ただし、拘束者がいる場合は行動制限加算、治療を受けた場合は生存寄与補正が入ります。契約召喚体の攻撃は、術者と召喚体の適性差によって分配率が変わります」


 知らない項目が三つ続いた。


 教師が教科書の頁を指定する。


 表には、魔物の種類ごとの終撃比率が小数点以下まで並んでいた。


 眠り粘体は四割。


 角兎は三割二分。


 群体甲虫は、群れ全体を一個体として計算する場合と、一匹ずつ計算する場合に分かれている。


 攻略サイトより細かい。


「ほかに、知っている配分方法はありますか」


「戦闘の直前に集団から抜けて、一人で倒した扱いにする方法があります」


 生徒が何人か振り返った。


 俺は地面へ円を描くように説明した。


 仲間が魔物の体力を減らす。


 最後だけ集団設定を解除する。


 育てたい一人がとどめを刺す。


「一時離団集中法ですね」


 教師は、また正式名称を知っていた。


「計算上は成立します。現在の実習で禁止されている理由は分かりますか」


「経験値を不正に多く取るからですか」


「いいえ。配分自体は不正ではありません」


 黒板の端へ、過去の事故年が書かれた。


「集団設定を解除すると、護衛技能、治療範囲、緊急転送の対象からも外れます。百八十七年前、これを理解せずに実施した生徒が救助対象から漏れました」


 方法が間違っているのではない。


 経験値だけを見て、同時に切れる保護を考えなかったことが問題だった。


 香気草と同じである。


 俺は次の方法を出した。


「能力を上げる装備で条件を一時的に満たして、その間に上位装備へ付け替える」


「一時能力値充足」


「職業を変えた直後だけ得られる補正を使って、別の職業用技能を覚える」


「履歴境界習得です」


 教師は嫌な顔をしなかった。


 俺が知っている方法を一つ出すたび、正式名称、成立条件、現在の用途を黒板へ並べた。


 一時能力値充足は、ゲーム時代の古い装備にはいまも使える。


 ただし、現代の作業具は使用中も条件を測るため、能力補助が切れれば安全停止する。


 履歴境界習得は、複数職業の技能を回収する正規課程に組み込まれている。


 俺の知識は、どれも間違いではなかった。


 だが、俺が成功条件だけ覚えていた方法に、現地では停止条件と事故記録が付いている。


「三枝さんは、古い呼び方を知っていますか」


 教師に尋ねられた。


「最後の一撃、経験値集中、装備先乗せ、転職またぎ、と呼んでいました」


 教室のあちこちで、ペンが動く。


「その方が短い」


「終撃寄与配分より覚えやすいな」


 生徒たちは面白がって、正式名称の横へ俺の言葉を書き込んだ。


 馬鹿にしているわけではない。


 教師も、黒板の隅へ《俗称》として残した。


「試験では正式名称を書いてください。ただ、現場で短く伝える言葉には価値があります」


 教師は黒板の俗称を指した。


「三枝さん。今日出た呼び方を、正式名称、使用条件、注意点と並べて一枚にまとめてもらえますか。次の実習で補助表として試します」


「俺が作るんですか」


「元の呼び方を知っている人が作った方が、意味を損ないません」


 隣のバルクが、自分のノートをこちらへ寄せた。正式名称の途中で、似た字を二度書き直している。


「三枝、俺にも一枚くれ。仕組みは分かるが、名前が似ていると試験で混ざる」


「構造の計算はできるのに?」


「名前を覚えるのとは別だ」


 元の世界でも、検証した攻略法は匿名で攻略サイトへ書き込んでいた。一人で条件を潰し、完成した答えだけを置く。それで使う人間には届くと思っていた。


 今は、使う相手が隣で補助表を待っている。


 俺の知識が、初めて教室の道具になった。


 計算式では負けている。


 事故記録でも負けている。


 役に立ったのは、呼び方の短さだった。


 授業後、教師から教科書を一冊借りた。


 厚さは、俺が読んだ攻略本三冊分ほどある。


 目次だけで、経験値配分、職業履歴、装備条件、技能継承が別の章に分かれていた。


「三枝さんの知識は、かなり古い体系のものに見えます」


「どれくらい古いんですか」


「近い体系が使われていたのは、およそ三百年前です。現在の制度は、その後の改訂を積み重ねたものです」


「使えませんか」


「逆です。現在の制度が、どの問題を解決してできたものか比較できます。思い出したことがあれば教えてください」


 古いから捨てるのではなく、現在との比較材料にする。


 その扱いはありがたかった。


 同時に、自分だけが知っていると思っていた部分が、教科書の基礎欄へ収まっていることも分かった。


 午後は調理実習だった。


 課題は、根菜と鳥肉の煮込み。


 調理台には包丁が六本並んでいる。


 ほかの生徒は、これまでに取得した使用許可証を教師へ見せ、順番に受け取った。


 俺にはない。


「包丁の使用許可をお願いします」


 教師は俺の腕輪を確認し、黄色い札を首から下げた。


《本時限のみ・基礎包丁使用可》


 包丁一本を借りるために、身分証より目立つ札が増えた。


 人参を切り終え、洗うために包丁を返す。


 次は芋だった。


「もう一度、使用許可をお願いします」


 教師は真面目に記録時刻を書き直した。


 誰も笑わない。


 十二歳の生徒が、申請欄を間違えないよう指で示してくれた。


 煮込みの仕上げには、香り付けの酒を使う。


「加熱前の味見は成人だけです」


 教師の言葉で、教室中の視線が俺へ集まった。


 年齢だけなら、俺が唯一の成人だった。


 小皿へ取った汁を味見する。


「少し塩が足りません」


「ありがとうございます。では加熱して酒気を飛ばします」


 包丁には二度許可を求めた。


 酒入りの味見は、俺だけ許可された。


 制度は一貫している。


 納得できるかと、慣れるかは別だった。


 放課後、廊下の掲示板に人だかりができていた。


《明日・職業課程説明会》


《午前・基本職課程》


《午後・上級職課程》


「上級職の第一志望は決めていますか」


 ルナが聞いた。


「以前に知っていた基準なら、勇者です」


「理由は?」


「多くの武器と魔法を使える。成長補正も全体に高い。希望者が多い職業のはずです」


「この学校では、先に複数の基本職を履修します。その履歴と適性を使って、専門の上級職へ進みます」


 ゲームでも、戦士や魔法使いを経験してから上級職へ進む仕組みだった。


 基本職の組み合わせや必要技能まで、俺の記憶にある。


 ルナは答えを教えなかった。


「明日、希望者席を見れば分かります」


 経験値の知識は、教科書に負けた。


 それでも職業の人気まで、三百年で逆転するとは思えない。


 勇者科の席が一番先に埋まる。


 俺は、そう予想して翌日の説明会を待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。