攻略サイトより教科書が詳しい
俺が攻略法と呼んだものを、教科書は三つの計算式と二件の事故例で説明していた。
入学二日目。
教室の黒板には《経験値配分の基礎》と書かれている。
成長理論の教師が、眠り粘体を三人で倒した場合の経験値を計算していた。
攻撃した回数。
与えた損傷。
拘束、回復、誘導への寄与。
最後の一撃を与えた者。
それぞれに小さな数字が付き、一つの式へまとめられていく。
「最後の一撃を一人へ任せれば、その人へ経験値を集中できます」
俺は手を挙げた。
この方法なら知っている。
ゲームでは、育てたい仲間へ最後の一撃を任せるのが基本だった。
「正解です」
教師は黒板の式へ、赤い線を一本足した。
「正式には終撃寄与配分と呼びます。単純な魔物ほど、最後の一撃の比率が高くなります」
そこまでは、俺の知識と同じだった。
「ただし、拘束者がいる場合は行動制限加算、治療を受けた場合は生存寄与補正が入ります。契約召喚体の攻撃は、術者と召喚体の適性差によって分配率が変わります」
知らない項目が三つ続いた。
教師が教科書の頁を指定する。
表には、魔物の種類ごとの終撃比率が小数点以下まで並んでいた。
眠り粘体は四割。
角兎は三割二分。
群体甲虫は、群れ全体を一個体として計算する場合と、一匹ずつ計算する場合に分かれている。
攻略サイトより細かい。
「ほかに、知っている配分方法はありますか」
「戦闘の直前に集団から抜けて、一人で倒した扱いにする方法があります」
生徒が何人か振り返った。
俺は地面へ円を描くように説明した。
仲間が魔物の体力を減らす。
最後だけ集団設定を解除する。
育てたい一人がとどめを刺す。
「一時離団集中法ですね」
教師は、また正式名称を知っていた。
「計算上は成立します。現在の実習で禁止されている理由は分かりますか」
「経験値を不正に多く取るからですか」
「いいえ。配分自体は不正ではありません」
黒板の端へ、過去の事故年が書かれた。
「集団設定を解除すると、護衛技能、治療範囲、緊急転送の対象からも外れます。百八十七年前、これを理解せずに実施した生徒が救助対象から漏れました」
方法が間違っているのではない。
経験値だけを見て、同時に切れる保護を考えなかったことが問題だった。
香気草と同じである。
俺は次の方法を出した。
「能力を上げる装備で条件を一時的に満たして、その間に上位装備へ付け替える」
「一時能力値充足」
「職業を変えた直後だけ得られる補正を使って、別の職業用技能を覚える」
「履歴境界習得です」
教師は嫌な顔をしなかった。
俺が知っている方法を一つ出すたび、正式名称、成立条件、現在の用途を黒板へ並べた。
一時能力値充足は、ゲーム時代の古い装備にはいまも使える。
ただし、現代の作業具は使用中も条件を測るため、能力補助が切れれば安全停止する。
履歴境界習得は、複数職業の技能を回収する正規課程に組み込まれている。
俺の知識は、どれも間違いではなかった。
だが、俺が成功条件だけ覚えていた方法に、現地では停止条件と事故記録が付いている。
「三枝さんは、古い呼び方を知っていますか」
教師に尋ねられた。
「最後の一撃、経験値集中、装備先乗せ、転職またぎ、と呼んでいました」
教室のあちこちで、ペンが動く。
「その方が短い」
「終撃寄与配分より覚えやすいな」
生徒たちは面白がって、正式名称の横へ俺の言葉を書き込んだ。
馬鹿にしているわけではない。
教師も、黒板の隅へ《俗称》として残した。
「試験では正式名称を書いてください。ただ、現場で短く伝える言葉には価値があります」
教師は黒板の俗称を指した。
「三枝さん。今日出た呼び方を、正式名称、使用条件、注意点と並べて一枚にまとめてもらえますか。次の実習で補助表として試します」
「俺が作るんですか」
「元の呼び方を知っている人が作った方が、意味を損ないません」
隣のバルクが、自分のノートをこちらへ寄せた。正式名称の途中で、似た字を二度書き直している。
「三枝、俺にも一枚くれ。仕組みは分かるが、名前が似ていると試験で混ざる」
「構造の計算はできるのに?」
「名前を覚えるのとは別だ」
元の世界でも、検証した攻略法は匿名で攻略サイトへ書き込んでいた。一人で条件を潰し、完成した答えだけを置く。それで使う人間には届くと思っていた。
今は、使う相手が隣で補助表を待っている。
俺の知識が、初めて教室の道具になった。
計算式では負けている。
事故記録でも負けている。
役に立ったのは、呼び方の短さだった。
授業後、教師から教科書を一冊借りた。
厚さは、俺が読んだ攻略本三冊分ほどある。
目次だけで、経験値配分、職業履歴、装備条件、技能継承が別の章に分かれていた。
「三枝さんの知識は、かなり古い体系のものに見えます」
「どれくらい古いんですか」
「近い体系が使われていたのは、およそ三百年前です。現在の制度は、その後の改訂を積み重ねたものです」
「使えませんか」
「逆です。現在の制度が、どの問題を解決してできたものか比較できます。思い出したことがあれば教えてください」
古いから捨てるのではなく、現在との比較材料にする。
その扱いはありがたかった。
同時に、自分だけが知っていると思っていた部分が、教科書の基礎欄へ収まっていることも分かった。
午後は調理実習だった。
課題は、根菜と鳥肉の煮込み。
調理台には包丁が六本並んでいる。
ほかの生徒は、これまでに取得した使用許可証を教師へ見せ、順番に受け取った。
俺にはない。
「包丁の使用許可をお願いします」
教師は俺の腕輪を確認し、黄色い札を首から下げた。
《本時限のみ・基礎包丁使用可》
包丁一本を借りるために、身分証より目立つ札が増えた。
人参を切り終え、洗うために包丁を返す。
次は芋だった。
「もう一度、使用許可をお願いします」
教師は真面目に記録時刻を書き直した。
誰も笑わない。
十二歳の生徒が、申請欄を間違えないよう指で示してくれた。
煮込みの仕上げには、香り付けの酒を使う。
「加熱前の味見は成人だけです」
教師の言葉で、教室中の視線が俺へ集まった。
年齢だけなら、俺が唯一の成人だった。
小皿へ取った汁を味見する。
「少し塩が足りません」
「ありがとうございます。では加熱して酒気を飛ばします」
包丁には二度許可を求めた。
酒入りの味見は、俺だけ許可された。
制度は一貫している。
納得できるかと、慣れるかは別だった。
放課後、廊下の掲示板に人だかりができていた。
《明日・職業課程説明会》
《午前・基本職課程》
《午後・上級職課程》
「上級職の第一志望は決めていますか」
ルナが聞いた。
「以前に知っていた基準なら、勇者です」
「理由は?」
「多くの武器と魔法を使える。成長補正も全体に高い。希望者が多い職業のはずです」
「この学校では、先に複数の基本職を履修します。その履歴と適性を使って、専門の上級職へ進みます」
ゲームでも、戦士や魔法使いを経験してから上級職へ進む仕組みだった。
基本職の組み合わせや必要技能まで、俺の記憶にある。
ルナは答えを教えなかった。
「明日、希望者席を見れば分かります」
経験値の知識は、教科書に負けた。
それでも職業の人気まで、三百年で逆転するとは思えない。
勇者科の席が一番先に埋まる。
俺は、そう予想して翌日の説明会を待った。




