↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
二十六歳、未就学児として入学
PR
7/28

酒は買えるが、包丁には許可がいる

 冒険者証を作りに来たはずが、俺は入学書類へ自分の名前を書いていた。


 冒険者登録所の相談室。


 向かいには、国民育成学校の教師を名乗るセドリック先生が座っている。


 机の上には仮身分証と、赤い縁の付いた就学確認票。


「先に確認させてください」


 俺はペンを置いた。


「レベル99未満は、法律上の子どもなんですか」


「いいえ」


 セドリック先生は即座に否定した。


「成人年齢と、就学義務は別の制度です。あなたは二十六歳ですから、成人として契約し、財産を持ち、酒を買えます」


「では、どうして学校へ」


「十二歳以上でレベル99未満の者には、年齢を問わず通学義務があるからです」


 紙へ二本の線を引く。


 一本は年齢。


 もう一本は、レベルと履修課程。


「十二歳になった子どもを入学させなければ、保護者が責任を問われます。成人後も課程を終えていなければ、通学義務は本人へ移ります」


「二十六歳でも?」


「百二十六歳でも同じです」


 例として出された年齢が、すでに俺の感覚から遠かった。


「もっとも、成人まで未就学という例は、通常ありません。病気や国外からの移住で履歴が不足した場合には、個別課程を組みます」


「俺の場合は?」


「記録がまったくなく、レベル6です。基礎から確認します」


 言い方は穏やかだが、免除される余地はなさそうだった。


「レベルだけ上げてはいけないんですか」


「力と、それを扱う技術は別です」


 セドリック先生は鞄から薄い教本を出した。


 表紙には、持ち上げる、止める、受け取るという三つの動作が描かれている。


「高い筋力があっても、力加減を知らなければ食器を割ります。強い魔力があっても、出力を止められなければ家を燃やします。読み書き、算術、法律、生活魔法、複数の職業履歴も必要です」


 町で見た住民たちは、ただ強いだけではなかった。


 果物屋は荷車を傾けても、積み上げた果物を落とさなかった。


 料理人の炎は、鍋の外へ燃え移らなかった。


 農家の女性は角兎を町の外まで投げても、建物へぶつけなかった。


 あれがレベル99の普通なら、力を得るだけで終わりではないという説明にも納得できる。


「通学を拒否した場合は?」


「まず事情を確認し、生活上の問題を解決します。それでも正当な理由なく拒否を続ければ、就学命令が出ます」


 すぐ牢へ入れられるわけではない。


 だが、野外活動の許可も、冒険者資格も、学校の課程を避けたままでは手に入らない。


 俺は書類へ署名した。


「分かりました。通います」


「ありがとうございます」


 セドリック先生は、勝ち誇ることも安心しすぎることもなく、書類の不足欄を確認した。


 学校までは、町の北側を通って歩いた。


 石造りの校舎は、俺が想像していた城より広かった。


 低い建物がいくつも渡り廊下でつながり、その奥に運動場、実習塔、畑が見える。


 門をくぐった生徒が、教材箱を両手に抱えて走っていく。


 十二、三歳ほどに見えた。


 箱は大人二人でも持ち上げにくそうな大きさだったが、足取りは軽い。


「廊下は走行禁止です」


 セドリック先生が声をかける。


 生徒は即座に速度を落とし、歩いているとは思えない速さで校舎へ消えた。


「あれで歩いているんですか」


「走行技能は使っていません」


 俺の基準では、十分に走っていた。


 事務室で、仮の学生証と寮の鍵を受け取る。


 学生証には年齢区分《成人》、履修区分《基礎課程》と並んで記されていた。


「成人という欄は消えないんですね」


「消してはいけません。学校は、成人としての権利を取り上げる場所ではありませんから」


 次に、所持品の確認があった。


 衣服。


 仮身分証。


 黄色い紐の巻かれた〈旅人の剣〉。


 担当者は剣を抜き、刃が落とされていることを確かめた。


「旧式演習具ですね。刃物ではありませんが、加撃用具に当たります。授業で許可が出るまで、保管庫で預かります」


「自分の物でも?」


「所有権は三枝さんにあります。校内での使用だけが制限されます」


 剣は番号札の付いた布へ包まれ、棚へ収められた。


 ゲーム開始から唯一の装備だった物が、入学初日に預かり品になった。


 代わりに渡されたのは、柔らかい革の腕輪だった。


「初心者用の魔力制御腕輪です」


「魔法はまだ使えません」


「使えるかどうかを確認するまで着ける物です」


 正論だった。


 寮の部屋には、低い寝台、角の丸い机、割れにくい木のコップが用意されていた。


 寝台は、転んでも床まで三十センチほどしかない。


 食事用の匙も、先端が丸い。


 俺の身体は二十六歳のままなのに、周囲だけが安全な未経験者向けへ変わっていく。


「念のため、校内の制限を説明します」


 セドリック先生が一覧を読み上げる。


 攻撃魔法は、指定区域と教師の監督が必要。


 刃物、火薬、強い薬品は許可制。


 職業技能を他人へ試してはいけない。


 実習塔から飛び降りる場合は、着地点を予約する。


「最後のものは本当に必要ですか」


「予約しない生徒が同じ場所へ着地すると危険です」


 飛び降りること自体は止めないらしい。


「もう一度確認します。俺は成人なんですよね」


「はい。放課後に町へ出ることも、酒を買うこともできます」


 セドリック先生は一覧の一か所を指した。


「ただし在学中、包丁を持つには教師の許可が必要です」


 酒は買える。


 包丁には許可がいる。


 成人と新入生の境界が、ようやく分かった気がした。


 夕食後、明日の時間割が届いた。


 最初の授業は基礎生活法。


 次が身体制御。


 最後に、基礎課程第四組への顔合わせ。


「同じ組には、何歳くらいの人がいますか」


「最年少は十二歳です。最年長は十六歳ですね」


「俺を除けば?」


「もちろん」


 年齢では、俺が一番上。


 学校歴では、今日入った俺が一番下。


 二十六歳の新入生として、明日から十二歳の先輩たちに混ざることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。