酒は買えるが、包丁には許可がいる
冒険者証を作りに来たはずが、俺は入学書類へ自分の名前を書いていた。
冒険者登録所の相談室。
向かいには、国民育成学校の教師を名乗るセドリック先生が座っている。
机の上には仮身分証と、赤い縁の付いた就学確認票。
「先に確認させてください」
俺はペンを置いた。
「レベル99未満は、法律上の子どもなんですか」
「いいえ」
セドリック先生は即座に否定した。
「成人年齢と、就学義務は別の制度です。あなたは二十六歳ですから、成人として契約し、財産を持ち、酒を買えます」
「では、どうして学校へ」
「十二歳以上でレベル99未満の者には、年齢を問わず通学義務があるからです」
紙へ二本の線を引く。
一本は年齢。
もう一本は、レベルと履修課程。
「十二歳になった子どもを入学させなければ、保護者が責任を問われます。成人後も課程を終えていなければ、通学義務は本人へ移ります」
「二十六歳でも?」
「百二十六歳でも同じです」
例として出された年齢が、すでに俺の感覚から遠かった。
「もっとも、成人まで未就学という例は、通常ありません。病気や国外からの移住で履歴が不足した場合には、個別課程を組みます」
「俺の場合は?」
「記録がまったくなく、レベル6です。基礎から確認します」
言い方は穏やかだが、免除される余地はなさそうだった。
「レベルだけ上げてはいけないんですか」
「力と、それを扱う技術は別です」
セドリック先生は鞄から薄い教本を出した。
表紙には、持ち上げる、止める、受け取るという三つの動作が描かれている。
「高い筋力があっても、力加減を知らなければ食器を割ります。強い魔力があっても、出力を止められなければ家を燃やします。読み書き、算術、法律、生活魔法、複数の職業履歴も必要です」
町で見た住民たちは、ただ強いだけではなかった。
果物屋は荷車を傾けても、積み上げた果物を落とさなかった。
料理人の炎は、鍋の外へ燃え移らなかった。
農家の女性は角兎を町の外まで投げても、建物へぶつけなかった。
あれがレベル99の普通なら、力を得るだけで終わりではないという説明にも納得できる。
「通学を拒否した場合は?」
「まず事情を確認し、生活上の問題を解決します。それでも正当な理由なく拒否を続ければ、就学命令が出ます」
すぐ牢へ入れられるわけではない。
だが、野外活動の許可も、冒険者資格も、学校の課程を避けたままでは手に入らない。
俺は書類へ署名した。
「分かりました。通います」
「ありがとうございます」
セドリック先生は、勝ち誇ることも安心しすぎることもなく、書類の不足欄を確認した。
学校までは、町の北側を通って歩いた。
石造りの校舎は、俺が想像していた城より広かった。
低い建物がいくつも渡り廊下でつながり、その奥に運動場、実習塔、畑が見える。
門をくぐった生徒が、教材箱を両手に抱えて走っていく。
十二、三歳ほどに見えた。
箱は大人二人でも持ち上げにくそうな大きさだったが、足取りは軽い。
「廊下は走行禁止です」
セドリック先生が声をかける。
生徒は即座に速度を落とし、歩いているとは思えない速さで校舎へ消えた。
「あれで歩いているんですか」
「走行技能は使っていません」
俺の基準では、十分に走っていた。
事務室で、仮の学生証と寮の鍵を受け取る。
学生証には年齢区分《成人》、履修区分《基礎課程》と並んで記されていた。
「成人という欄は消えないんですね」
「消してはいけません。学校は、成人としての権利を取り上げる場所ではありませんから」
次に、所持品の確認があった。
衣服。
仮身分証。
黄色い紐の巻かれた〈旅人の剣〉。
担当者は剣を抜き、刃が落とされていることを確かめた。
「旧式演習具ですね。刃物ではありませんが、加撃用具に当たります。授業で許可が出るまで、保管庫で預かります」
「自分の物でも?」
「所有権は三枝さんにあります。校内での使用だけが制限されます」
剣は番号札の付いた布へ包まれ、棚へ収められた。
ゲーム開始から唯一の装備だった物が、入学初日に預かり品になった。
代わりに渡されたのは、柔らかい革の腕輪だった。
「初心者用の魔力制御腕輪です」
「魔法はまだ使えません」
「使えるかどうかを確認するまで着ける物です」
正論だった。
寮の部屋には、低い寝台、角の丸い机、割れにくい木のコップが用意されていた。
寝台は、転んでも床まで三十センチほどしかない。
食事用の匙も、先端が丸い。
俺の身体は二十六歳のままなのに、周囲だけが安全な未経験者向けへ変わっていく。
「念のため、校内の制限を説明します」
セドリック先生が一覧を読み上げる。
攻撃魔法は、指定区域と教師の監督が必要。
刃物、火薬、強い薬品は許可制。
職業技能を他人へ試してはいけない。
実習塔から飛び降りる場合は、着地点を予約する。
「最後のものは本当に必要ですか」
「予約しない生徒が同じ場所へ着地すると危険です」
飛び降りること自体は止めないらしい。
「もう一度確認します。俺は成人なんですよね」
「はい。放課後に町へ出ることも、酒を買うこともできます」
セドリック先生は一覧の一か所を指した。
「ただし在学中、包丁を持つには教師の許可が必要です」
酒は買える。
包丁には許可がいる。
成人と新入生の境界が、ようやく分かった気がした。
夕食後、明日の時間割が届いた。
最初の授業は基礎生活法。
次が身体制御。
最後に、基礎課程第四組への顔合わせ。
「同じ組には、何歳くらいの人がいますか」
「最年少は十二歳です。最年長は十六歳ですね」
「俺を除けば?」
「もちろん」
年齢では、俺が一番上。
学校歴では、今日入った俺が一番下。
二十六歳の新入生として、明日から十二歳の先輩たちに混ざることになった。




