冒険者登録所の応募条件はレベル99
冒険者採用資格の一行目には、ほかの応募者なら読み飛ばすような確認事項として、《レベル99到達済み》と記されていた。
翌朝。
俺は巡回保護官にもらった地図を何度も見直した。
町の大通りから東へ二本目。広場に面した、灰色の石造りの建物。
正面の看板にも、確かに《冒険者登録所》とある。
場所は間違っていない。
入口脇には、新規採用者向けの応募要項が掲示されている。
《冒険者採用資格》
《基礎能力証明・レベル99到達済み》
《応募時の公的ステータス開示に同意》
《野外救命課程修了》
《野生魔物管理資格》
《地形測量または災害対応資格》
専門資格に比べれば、最初の二行は本人確認に近い扱いらしい。
足を止めて読んでいるのは、俺だけだった。
ほかの応募者にとっては、成人がレベル99であることも、採用時にステータスを証明することも、わざわざ意識する条件ではないのだろう。
俺だけが、一番上からすでに満たしていない。
ゲームの冒険者登録所は、酒場を少し広くしたような場所だった。
目の前の建物には、酒場どころか酒の匂いすらなかった。
広い入口を、同じ紺色の上着を着た男女が出入りしている。
腰には縄、救急箱、折り畳まれた地図。武器を持っている者もいるが、剣より測量具の方が多い。
掲示板に並んでいるのも、依頼ではなかった。
《北部崖道・落石調査班》
《渡り角鳥・営巣域観測班》
《山岳救助夜間待機表》
眠り粘体の討伐どころか、単純に魔物を倒すだけの仕事は一件もない。
並んでいるのは、資格を持つ職員を調査班や救助班へ割り当てる予定ばかりだった。
それでも、ここで引き返せば身分証が作れない。
正面窓口へ進む。
「冒険者登録をしたいのですが」
受付の女性は、俺の汚れた上着と腰の剣を見ても、表情を変えなかった。
「新規採用への応募ですね。職業履歴証と、野外資格証をお願いします」
「どちらも持っていません」
「でしたら、先に資格相談窓口をご案内します。現在の職業履歴は?」
「ありません」
女性の指が、書類の上で止まった。
「基礎課程を終えたばかりでしょうか」
「課程というのは分かりませんが、レベルは6です」
女性は俺の顔を見た。
驚いてはいる。
だが、笑ってはいなかった。
「確認してもよろしいですか」
「はい」
窓口の横に置かれた、透明な板へ手を載せるよう勧められた。
薄い光が指先から腕へ上がり、板の中へ文字が浮かぶ。
《三枝透》
《二十六歳》
《レベル6》
《職業履歴なし》
《就学記録・照合不能》
女性は板を一度拭き、別の測定具を持ってきた。
「故障ですか」
「数値が珍しい場合は、二種類で確認する決まりです」
二枚目にも、同じ結果が出た。
女性は隣の職員を呼び、二人で板の番号と検査日を確かめた。
俺を疑っているのではない。
測定結果を扱う側の手順らしい。
「三枝さん。十二歳以降の就学記録が見つかりません。どちらの地域から来られましたか」
「分かりません」
「分からない?」
「三日前、町の西にある草原で目を覚ましました。それより前は、こことは違う場所で暮らしていました」
言葉にすると、ひどく怪しい。
女性は決めつけず、質問を一つずつ分けた。
名前と年齢は覚えているか。
家族へ連絡できるか。
負傷や、記憶の混乱はないか。
住む場所はあるか。
俺は答えられる範囲で答えた。
家族へは連絡できない、と答えた。覚えている電話番号も、この世界ではどこにもつながらない。
帰れるものなら帰りたい。だが、俺がここへ来た方法も、草原で目を覚ました理由も分からなかった。考えようとすると、目を覚ました直後と同じように、転移前の記憶へ白い霧がかかる。
帰る方法を探すにしても、まずはこの世界で身分と寝床を得なければならない。
昨日は宿で働いて泊めてもらったこと。身分証はないこと。所持品欄には通貨として使えないゴールドしかないこと。
女性は内容を記録し、受付札を三枚に分けた。
一枚は身元不明者の一時登録。
一枚は生活支援窓口への連絡。
最後の一枚だけ、赤い縁が付いていた。
「冒険者への応募は、現時点では受理できません」
「レベルが足りないからですか」
「レベルだけではありません。救命、測量、魔物管理の課程も必要です」
女性は広場へ出ていく紺色の一団を示した。
「現在の冒険者は、遭難救助、危険区域の調査、野生魔物の保護と移送を担う専門職です」
「魔物を倒す仕事はないんですか」
「必要な場合はあります。ただ、一般的な魔物はレベル99の成人にとって脅威になりません。日常的な追い払いや農地の管理は、住民や管理者が自分たちで行います」
女性は掲示板の《渡り角鳥・営巣域観測班》を示した。
「冒険者が対応するのは、危険個体の制圧、生息数の調査、保護対象との判別、別地域への移送などです。討伐が必要でも、専門資格を持つ班へ割り当てます」
弱い魔物を倒しながら経験を積む段階はない。この世界の冒険者は、すでに強く、教育と資格を得た者だけが就く専門職だった。
「資格は、どこで取れますか」
「国民育成学校の必修課程と、上級職ごとの専門課程です。まずは赤い札の手続きを先に進めます」
女性は赤い札の写しを細い筒へ収め、奥の連絡窓口へ渡した。
受け取った連絡係は筒を腰へ固定し、建物の横口から広場へ出る。
一度地面を蹴ったところまでは見えた。
次の瞬間には、広場の反対側からも姿が消えていた。
返事が来るまで、俺は仮の身分証を作ることになった。
名前、年齢、現在の滞在地。
年齢区分には《成人》と記された。
少なくとも、身元不明だから子どもにされたわけではない。
所持品確認欄には、剣一本、衣服一式、ドロップゴールド百万余り。
女性はゴールドの数字を見ても羨ましがらず、処分を希望する場合の窓口だけを書き添えた。
仮身分証が完成した頃、入口から背の高い男性が入ってきた。
灰色の長衣。銀の縁取りが入った細い眼鏡。抱えた鞄には、剣でも杖でもなく、書類が詰まっている。
男性は受付で赤い札を受け取り、測定結果を読んだ。
それから俺の前へ来て、丁寧に頭を下げる。
「国民育成学校のセドリック・ヴァンです。緊急編入を担当しています」
「編入?」
「事情は移動しながら説明します。まず確認しますが、三枝透さんご本人ですね」
「はい」
「二十六歳、レベル6。職業履歴と就学記録はなし」
「間違いありません」
セドリックは赤い札へ署名した。
「では、本日付で就学手続きを始めます」
「少し待ってください」
冒険者登録へ来た。
資格が足りないことも理解した。
だが、話が別の方向へ進んでいる。
「学校へ行くのは、資格を取るためですか」
「それもあります」
セドリックは否定しなかった。
ただし、続けた言葉は、俺の期待していたものではない。
「その前に、あなたには通学する法的義務があります」
冒険者登録所で手に入ったのは、冒険者証ではなかった。
仮の身分証と、学校の受付番号だった。




