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その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
二十六歳、未就学児として入学
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冒険者登録所の応募条件はレベル99

 冒険者採用資格の一行目には、ほかの応募者なら読み飛ばすような確認事項として、《レベル99到達済み》と記されていた。


 翌朝。


 俺は巡回保護官にもらった地図を何度も見直した。


 町の大通りから東へ二本目。広場に面した、灰色の石造りの建物。


 正面の看板にも、確かに《冒険者登録所》とある。


 場所は間違っていない。


 入口脇には、新規採用者向けの応募要項が掲示されている。


《冒険者採用資格》


《基礎能力証明・レベル99到達済み》


《応募時の公的ステータス開示に同意》


《野外救命課程修了》


《野生魔物管理資格》


《地形測量または災害対応資格》


 専門資格に比べれば、最初の二行は本人確認に近い扱いらしい。


 足を止めて読んでいるのは、俺だけだった。


 ほかの応募者にとっては、成人がレベル99であることも、採用時にステータスを証明することも、わざわざ意識する条件ではないのだろう。


 俺だけが、一番上からすでに満たしていない。


 ゲームの冒険者登録所は、酒場を少し広くしたような場所だった。


 目の前の建物には、酒場どころか酒の匂いすらなかった。


 広い入口を、同じ紺色の上着を着た男女が出入りしている。


 腰には縄、救急箱、折り畳まれた地図。武器を持っている者もいるが、剣より測量具の方が多い。


 掲示板に並んでいるのも、依頼ではなかった。


《北部崖道・落石調査班》


《渡り角鳥・営巣域観測班》


《山岳救助夜間待機表》


 眠り粘体の討伐どころか、単純に魔物を倒すだけの仕事は一件もない。


 並んでいるのは、資格を持つ職員を調査班や救助班へ割り当てる予定ばかりだった。


 それでも、ここで引き返せば身分証が作れない。


 正面窓口へ進む。


「冒険者登録をしたいのですが」


 受付の女性は、俺の汚れた上着と腰の剣を見ても、表情を変えなかった。


「新規採用への応募ですね。職業履歴証と、野外資格証をお願いします」


「どちらも持っていません」


「でしたら、先に資格相談窓口をご案内します。現在の職業履歴は?」


「ありません」


 女性の指が、書類の上で止まった。


「基礎課程を終えたばかりでしょうか」


「課程というのは分かりませんが、レベルは6です」


 女性は俺の顔を見た。


 驚いてはいる。


 だが、笑ってはいなかった。


「確認してもよろしいですか」


「はい」


 窓口の横に置かれた、透明な板へ手を載せるよう勧められた。


 薄い光が指先から腕へ上がり、板の中へ文字が浮かぶ。


《三枝透》


《二十六歳》


《レベル6》


《職業履歴なし》


《就学記録・照合不能》


 女性は板を一度拭き、別の測定具を持ってきた。


「故障ですか」


「数値が珍しい場合は、二種類で確認する決まりです」


 二枚目にも、同じ結果が出た。


 女性は隣の職員を呼び、二人で板の番号と検査日を確かめた。


 俺を疑っているのではない。


 測定結果を扱う側の手順らしい。


「三枝さん。十二歳以降の就学記録が見つかりません。どちらの地域から来られましたか」


「分かりません」


「分からない?」


「三日前、町の西にある草原で目を覚ましました。それより前は、こことは違う場所で暮らしていました」


 言葉にすると、ひどく怪しい。


 女性は決めつけず、質問を一つずつ分けた。


 名前と年齢は覚えているか。


 家族へ連絡できるか。


 負傷や、記憶の混乱はないか。


 住む場所はあるか。


 俺は答えられる範囲で答えた。


 家族へは連絡できない、と答えた。覚えている電話番号も、この世界ではどこにもつながらない。


 帰れるものなら帰りたい。だが、俺がここへ来た方法も、草原で目を覚ました理由も分からなかった。考えようとすると、目を覚ました直後と同じように、転移前の記憶へ白い霧がかかる。


 帰る方法を探すにしても、まずはこの世界で身分と寝床を得なければならない。


 昨日は宿で働いて泊めてもらったこと。身分証はないこと。所持品欄には通貨として使えないゴールドしかないこと。


 女性は内容を記録し、受付札を三枚に分けた。


 一枚は身元不明者の一時登録。


 一枚は生活支援窓口への連絡。


 最後の一枚だけ、赤い縁が付いていた。


「冒険者への応募は、現時点では受理できません」


「レベルが足りないからですか」


「レベルだけではありません。救命、測量、魔物管理の課程も必要です」


 女性は広場へ出ていく紺色の一団を示した。


「現在の冒険者は、遭難救助、危険区域の調査、野生魔物の保護と移送を担う専門職です」


「魔物を倒す仕事はないんですか」


「必要な場合はあります。ただ、一般的な魔物はレベル99の成人にとって脅威になりません。日常的な追い払いや農地の管理は、住民や管理者が自分たちで行います」


 女性は掲示板の《渡り角鳥・営巣域観測班》を示した。


「冒険者が対応するのは、危険個体の制圧、生息数の調査、保護対象との判別、別地域への移送などです。討伐が必要でも、専門資格を持つ班へ割り当てます」


 弱い魔物を倒しながら経験を積む段階はない。この世界の冒険者は、すでに強く、教育と資格を得た者だけが就く専門職だった。


「資格は、どこで取れますか」


「国民育成学校の必修課程と、上級職ごとの専門課程です。まずは赤い札の手続きを先に進めます」


 女性は赤い札の写しを細い筒へ収め、奥の連絡窓口へ渡した。


 受け取った連絡係は筒を腰へ固定し、建物の横口から広場へ出る。


 一度地面を蹴ったところまでは見えた。


 次の瞬間には、広場の反対側からも姿が消えていた。


 返事が来るまで、俺は仮の身分証を作ることになった。


 名前、年齢、現在の滞在地。


 年齢区分には《成人》と記された。


 少なくとも、身元不明だから子どもにされたわけではない。


 所持品確認欄には、剣一本、衣服一式、ドロップゴールド百万余り。


 女性はゴールドの数字を見ても羨ましがらず、処分を希望する場合の窓口だけを書き添えた。


 仮身分証が完成した頃、入口から背の高い男性が入ってきた。


 灰色の長衣。銀の縁取りが入った細い眼鏡。抱えた鞄には、剣でも杖でもなく、書類が詰まっている。


 男性は受付で赤い札を受け取り、測定結果を読んだ。


 それから俺の前へ来て、丁寧に頭を下げる。


「国民育成学校のセドリック・ヴァンです。緊急編入を担当しています」


「編入?」


「事情は移動しながら説明します。まず確認しますが、三枝透さんご本人ですね」


「はい」


「二十六歳、レベル6。職業履歴と就学記録はなし」


「間違いありません」


 セドリックは赤い札へ署名した。


「では、本日付で就学手続きを始めます」


「少し待ってください」


 冒険者登録へ来た。


 資格が足りないことも理解した。


 だが、話が別の方向へ進んでいる。


「学校へ行くのは、資格を取るためですか」


「それもあります」


 セドリックは否定しなかった。


 ただし、続けた言葉は、俺の期待していたものではない。


「その前に、あなたには通学する法的義務があります」


 冒険者登録所で手に入ったのは、冒険者証ではなかった。


 仮の身分証と、学校の受付番号だった。

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