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その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
レベル1からの最速攻略
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5/28

魔物誘引には申請が必要です

 魔物を百匹集める方法は知っていたが、そのために申請書を三枚出す必要があることは知らなかった。


 三日目の朝。


 俺は宿の主人へ礼を言い、町の外へ出た。


 布巾を畳み終えた後、主人から朝食代わりの堅焼きパンをもらっている。寝床と二食分。短い時間だったが、異世界で初めて自分の労働で得た報酬だった。


 所持品欄には百万を超えるゴールドがある。


 現実に使える財産は、堅焼きパン一つだった。


 朝のうちは、白い木、川沿いの黒い石、小さな林を結ぶ昨日の巡回経路を使った。柄を巻き直した剣なら、眠り粘体の核を二度叩けば倒せる。


 最初の一周でレベル4。


 三周目を終える頃にはレベル5になった。


 町の住民には遠く及ばないが、数字も身体も計算どおりに強くなった。剣を振っても腕が疲れにくくなり、川の段差を助走なしで越えられる。


 ゲーム知識は、やはり役に立つ。


 ただし、このまま一匹ずつ倒すだけでは、最初の職業条件まで何日もかかる。


 そこで香気草を使う。


 町から北へ続く道を外れ、低い岩山へ向かった。


 香気草は、黄色い筋の入った細長い葉を持つ。生のままでは青臭いだけだが、乾いた葉を燃やすと、周辺の魔物が好む甘い煙を出す。


 煙の届く魔物が自分から集まるため、出現地点を回る必要がなくなる。ただし、そのままでは囲まれる。


 北側の狭い坂へ誘い、一列になった先頭から倒す。増えすぎたら横の岩を落として道を塞ぐ。実物の地形を確かめ、逃げ道も確保した。


 香気草を少量ずつ三か所へ置き、火をつけた。


 甘い煙が立ち上る。


 風は北から南。


 煙は岩の間を抜け、草原へ流れていく。


 最初に現れたのは眠り粘体だった。


 一匹。


 二匹。


 五匹。


 青い身体を弾ませ、煙を追って坂へ入ってくる。


 狙いどおり一列になった。


 俺は先頭の核を剣で叩く。


 光へ変わる前に次の個体が来る。


 一匹ずつの強さは変わらない。


 探しに行く時間がなくなった分だけ、経験値が速く入る。


 少し離れた草むらから、角兎が二匹現れた。


 眠り粘体より速く、攻撃力も高い。いまの装備で正面から戦う相手ではない。


 細い坂へ入った一匹を、用意した石と一緒に坂の下へ転がす。倒せなくても、起き上がるまでに次の眠り粘体を処理できた。


 使える。


 ゲーム画面で考えた手順が、現実でも噛み合っている。


 煙の向こうから、さらに魔物の影が現れた。


 十匹。


 二十匹。


 まだ増える。


 百匹集まるまでには時間がかかると思っていた。


 予想よりずっと速い。


 風向きが少し変わった。


 南へ流れていた煙が、東側の草地へ広がる。


 ゲームでは、風向きは背景の演出にすぎなかった。


 実物の煙は、決められた範囲だけを進んではくれない。


 東側から、甲虫型の魔物が現れた。


 岩坂へ向かわず、煙の濃い場所を探して横へ回り込んでくる。


 俺は火を弱めようと、香気草の一つへ近づいた。


 そのとき、頭上を何かが通過した。


 細い縄の付いた金属筒が、三か所の香気草の中央へ落ちる。


 筒から白い泡が噴き出し、燃えていた葉を一度に覆った。


 甘い匂いが消える。


 代わりに、鼻を刺すような青臭い香りが広がった。


 集まっていた魔物たちが動きを止める。


 眠り粘体は来た道を戻り、甲虫は草むらへ潜り、角兎は耳を伏せて岩山から離れていった。


 坂の下へ、一人の男性が走ってくる。


 茶色の上着。胸には葉と角を組み合わせた徽章。腰には先ほどの筒と同じ物が何本も下がっている。


「火元から離れてください」


 声は落ち着いていた。


 俺が数歩下がると、男性は燃え残った香気草を金属容器へ入れた。


 風向きを確かめ、魔物が元の生息域へ戻っていることを順番に確認する。


「負傷は?」


「ありません」


「周辺の方へ被害は?」


「誰もいないと思います」


「東側に共同果樹園があります。いまの風向きで続けていれば、角兎が畑へ流れていました」


 俺は東を見る。


 低い丘の向こうに、木の上部だけが見えていた。


 ゲームでは何もなかった場所だ。


 昨日見た水路と同じように、町の外側にも人々の生活が広がっている。


「申し訳ありません」


「被害が出る前でよかった」


 男性は怒鳴らなかった。


 俺が仕掛けた岩と、煙を焚いた三地点を確認する。


「香気式野外誘引法ですね。許可証を確認しても?」


「許可が必要なんですか」


 男性は少し驚いた顔をした。


「住宅地、農地、街道の近くで行う場合は必要です」


「山の中でも?」


「魔物に土地の境界は分かりませんから」


 正論だった。


 俺は許可証を持っていないことを伝えた。


 男性は手帳を開き、いくつか質問する。


 香気草の量と設置場所。想定した誘引範囲。集めた後の処理方法と、風向きが変わった場合の中止手順。


 答えられることもあった。


 答えられないこともあった。


「地形の使い方は悪くありません。狭い場所へ誘導し、同時に相手をする数を減らしている」


 男性は岩坂を見上げた。


「ただ、戻す方法が用意されていません。集めた魔物をすべて倒せなかった場合、煙が消えた後で周辺へ散ります」


 俺は、さきほどの青臭い筒を見る。


「あれは?」


「退散香です。誘引香と組み合わせて使います」


 集める方法だけでなく、元の場所へ帰す方法まで存在していた。


 俺が知っているのは経験値を得るまでの手順だけだ。この世界では、その後に散った魔物がどこへ行き、畑へ何をするかまで考えなければならない。


「初めてでしたら、違反記録ではなく安全講習で済みます。こちらへ」


 男性に案内され、岩山の反対側にある小さな監視所へ入った。


 壁には周辺地図と、香気式野外誘引法の一覧が貼られている。


 香気草の種類。魔物ごとの反応距離。風速と煙の拡散範囲。誘引後に必要な退散香の量。


 俺が攻略サイトで読んだ内容より、はるかに細かい。


「この方法は、昔からあるんですか」


「古い技術です。大きな事故が何度か起きたため、現在の手順になりました」


 男性は棚から三枚の用紙を出した。


「実施する場合は、誘引計画、風向変化への対応、魔物の帰還経路を提出してください。小規模なら当日申請もできます」


 最初に抱いた疑問が解けた。


 申請書は本当に三枚だった。


 俺にとっては効率のよい経験値稼ぎ。


 現地の人々にとっては、事故と改良を積み重ねた野外技術。


 名前も、使い方も、止め方も決まっている。


 知らないのは、人間の強さだけではなかった。


 俺が知っているのは、ゲームが切り取った一時点と、プレイヤーに必要だった範囲だけだ。その後も人々は暮らし、失敗に名前を付け、測定し、規則を作ってきた。


 未知なのは、ゲームの時代から積み重なった生活と制度だった。


 特別な発見だと思っていたものが、壁の掲示物へ変わったのではない。


 誰かの発見が、長い時間をかけて掲示物になるまで磨かれていた。


 講習を終え、残っていた眠り粘体を許可された範囲で倒す。


 胸の奥で音が鳴った。


《レベルが6に上がりました》


 三日でレベル6。


 天然狩場だけを使った結果としては、ゲーム時代の最短記録に近い。


 少なくとも、俺の知識が完全に無意味になったわけではない。


 男性は講習修了の印を押しながら尋ねた。


「本人確認のため、身分証をお願いします」


 持っていない。


 救難箱では空欄のまま済んだ。


 町の店では、金が使えないことの方が問題だった。


 公的な手続きで身分証を求められるのは、これが初めてである。


「遠方から来たばかりで、手続きをしていません」


「でしたら、先に登録した方がいいですね。今後も野外活動をするなら、許可申請にも必要です」


 男性は新しい紙へ地図を描いた。


 町の大通りから東へ二本目。広場に面した大きな建物。


 紙の上へ、行き先を書く。


《冒険者登録所》


 冒険者。


 ようやく、知っている言葉が出てきた。


 魔物を倒し、依頼を受け、実績を積む者たちの集まる場所。


 そこで身分を作れるなら、職業への道も開けるかもしれない。


「ありがとうございます。明日の朝、行ってみます」


 紹介地図を受け取り、俺は町へ戻った。


 救難箱も、ゴールドも、聖剣も、俺が知っていた使われ方とは違っていた。


 それでも冒険者登録所だけは、名前からして間違えようがない。


 今度こそ、俺の知っている場所であるはずだった。


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