↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
レベル1からの最速攻略
PR
4/28

最初の町はイベントボスだらけ

 最初の町に入って五分で、俺は住民全員をイベントボスだと判断した。


 町の外壁まで着いたのは、昨夜だった。


 救助員の見積もりより俺の足は遅く、着いたのは日没後だった。旅人用窓口が閉まっていたため、門番に案内された外壁脇の待合所で一夜を明かした。救難箱でもらった保存食と水が、さっそく役に立った。


 一夜明けた朝。


 旅人用窓口で名前と訪問目的を書き、町へ入った。


 一人目は、門の前にいた果物屋だった。


 荷車の片輪が石の隙間へ挟まり、動かなくなっていた。荷台には木箱が十段以上積まれている。


 俺なら荷物を下ろしてから、何人かで車輪を持ち上げる。


 果物屋は荷台の下へ片手を入れ、荷車ごと持ち上げた。


 空いた手で車輪を石の隙間から外し、そのまま何事もなかったように門を通っていった。


 二人目は、門を入ってすぐの食堂にいた料理人だった。


 俺の身長ほどある大鍋を覗き込み、「まだ温いな」とつぶやく。


 次の瞬間、鍋の底から赤い炎が噴き上がった。


 火事だと思って身構えたが、料理人は素手で鍋をかき混ぜている。炎は鍋底の形へきれいに沿い、隣に積まれた薪へ燃え移ることもない。


 三人目は、通りへ迷い込んだ角兎を捕まえた農家の女性だった。


 角兎は、俺がいま使っている〈旅人の剣〉では近づきたくない相手である。


 女性は両脇から角をつかみ、「畑へ入ったら駄目でしょう」と子どもを叱るように言った。そのまま大きく振りかぶり、町の外へ放る。


 角兎は門の上を越えて見えなくなった。


 門番は注意しなかった。


 果物屋も料理人も、農家の女性も、町の人々には見慣れた存在らしい。


 誰も驚かない。


 驚いているのは俺だけだった。


 引退した英雄たちの町なら、筋は通る。


 だが、三人を見ただけで都合のいい仮説へ飛びつけば、老婆一人で世界を判断するのと変わらない。


 俺は門の旅人用窓口へ戻った。


「この町は、引退した冒険者や軍人が多いんですか」


 窓口の女性は、質問の意図を考えるように少し首を傾げた。


「いいえ。農業と街道輸送の町ですから、冒険者・軍務経験者の割合は全国平均より低いですよ」


「では、町の外から来る人も、ここにいる人たちと同じくらいですか」


「出身地による差はありますけれど、この町だけが特別ということはありません」


 窓口の向こうでは、先ほどの果物屋が通行票を受け取っていた。荷車は南の農業区から来たものらしい。


 隠れ里ではない。


 特別だったのは、老婆でも、この土地でもなかった。


 俺が知らなかったのは、この世界の人間そのものだ。


 俺は人の流れを避け、建物の壁際へ寄った。


 町の構造には、ゲームの面影がある。


 中央を南北へ貫く大通り。門から見て右に商店、左に食堂と宿。正面の坂を上れば広場があり、その先に古い神殿がある。


 ただし、建物の数は何倍にも増えていた。


 ゲームでは入れなかった背景用の家にも扉があり、人が暮らしている。石畳の下には排水溝が通り、通りの角ごとに現在地を示す案内板が立っている。


 地図を知っていても、目的の店を見つけるには看板を読む必要があった。


 まずは金だ。


 俺は通りの端でステータス画面を開き、所持品欄を確認した。


《ゴールド×24》


 眠り粘体を倒すたび、光の一部が所持品欄へ入っていた。


 ゲームでは、開始地点の宿が一泊五ゴールド。安い短剣なら二十ゴールド前後。回復薬も買える。


 救難箱の保存食で空腹は収まっている。


 今夜の宿と、いまの剣に代わる実用的な武器を手に入れるには十分だった。


 俺は記憶どおり、大通り右手の道具屋へ入った。


 店内には瓶、縄、袋、簡単な工具が並んでいる。武器屋ではなく生活用品店へ変わっていたが、金を使える場所であれば問題ない。


「旅に使える短剣はありますか」


 店主は棚の下から、鞘に入った短剣を出した。


 装飾のない実用品だ。初心者用としては十分である。


「これを」


「許可証はお持ちですか?」


「許可証?」


「野外作業用でしたら、冒険者登録証か採取許可証で結構です」


 どちらも持っていない。


「いま持っている〈旅人の剣〉では駄目ですか」


 店主は俺の腰にある剣を確認した。


「それは刃を落とした旧式の演習具ですね。粘体の核を叩く程度なら使えますが、刃物の代わりにはなりません」


 ゲームでは最弱の武器だった物が、この時代では刃物にすら数えられない。その買い替えには、ゲームになかった許可証が必要だった。


「では、食事や宿に使える普通の品を」


 俺は所持品からゴールドを取り出した。


 光が集まり、手のひらへ小さな黄金色の粒が現れる。


 店主は粒を見た。


 俺の顔を見る。


 もう一度、粒を見る。


「こちらは、ドロップゴールドですね」


「ゴールドです」


「はい。魔物から出たゴールドです」


「使えませんか」


「当店では取り扱っておりません。素材回収所なら引き取ってくれますが」


 店主は申し訳なさそうに、回収所までの道を教えてくれた。


 素材回収所は、大通りから一本外れた場所にあった。


 建物の前には、石、壊れた道具、魔物の殻などを積んだ荷車が並んでいる。


 その中に、見覚えのある黄金色の山があった。


 桶いっぱいのドロップゴールドである。


 俺は受付へ行き、所持している二十四ゴールドを見せた。


「少量でしたら無料で回収します」


 受付の女性は事務的に答えた。


「交換ではなく、回収ですか」


「はい。分別後、舗装材や重しへ加工します」


「ゴールドなのに?」


「ゴールドですから、ですね。ほかの素材と混ざりやすく、加工に手間がかかります」


 受付の横には、回収料金の表が貼られている。


 一定量までは無料。


 それを越えると、運搬費と混入物の分別費が加算される。


 表の一番下に、《百万ゴールド以上》という項目があった。


「百万ゴールドを持ち込む人もいるんですか」


「珍しくありません。先ほども処分依頼がありました」


 女性は建物の前にある大桶を示した。


 中身は、およそ百万ゴールド。


 ゲームなら城が買える。


 ここでは回収待ちの廃棄物だった。


「あれ、持っていっても?」


「所有権は放棄されていますから、構いません。ただし、不要になって当所へ戻す場合は処分費がかかります」


 俺は大桶へ手を触れた。


「収納」


 黄金色の山が光へ変わり、所持品欄へ吸い込まれていく。


《ゴールド×1,000,024》


 異世界へ来て二日目。


 俺は百万長者になった。


 同時に、その百万ゴールドを処分するための金がないことも判明した。


 短剣は買えず、宿代にもならない。


 それでも百万という数字を捨てる気にはなれず、俺はゴールドを持ったまま回収所を出た。


 次に向かったのは、町の中央にある古い神殿だった。


 ゲームでは、その地下に勇者の聖剣が眠っていた。


 通常なら物語後半で入手する装備だが、北側の壁にある印を決まった順番で押すと、序盤でも保管室へ入れる。


 短剣を買えないなら、最強装備を手に入れればいい。


 広場へ続く坂を上る。


 古い神殿は残っていた。


 ただし、入口には大きな看板が掲げられている。


《西部歴史博物館》


 伝説の剣は、月曜日なので休館だった。


 正面扉は閉ざされ、本日の休館を知らせる札が下がっている。


 俺は建物の北側へ回った。


 壁の形も、印の場所も記憶どおりだった。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 何も起きない。


 壁をよく見ると、印の周りだけ石の色が新しい。かつて扉だった場所を、後から埋めたように見える。


「見学でしたら、明日の朝からですよ」


 背後から声をかけられた。


 振り返ると、箒を持った男性が立っている。博物館の職員らしい。


「この壁に、地下へ続く通路があったはずなんですが」


「昔の搬入口ですね。収蔵品の保存環境を整えたときに閉鎖されました」


「中に聖剣が?」


「中央展示室にあります。明日なら正面からご覧いただけますよ」


「持ち出すことは」


 男性は冗談だと思ったらしく、笑顔で答えた。


「文化財ですから、館外貸出は行っておりません」


 最強装備は知識どおりの場所に存在し、博物館の休館日と文化財保護に守られていた。ゲームの壁より、現代の規則の方が厚い。


 空が暗くなり始めた。


 宿代はない。


 大通りへ戻り、宿の主人へ事情を話す。ドロップゴールドしか持っていないこと、寝る場所を探していること、代わりに働けること。


 主人は俺の細い腕と、腰の剣を見て、少し考えた。


「それでしたら、裏庭の水桶を厨房まで運んでおいてください。今夜の食事と、物置部屋でよければ寝床を用意します」


「分かりました」


 裏庭の井戸にあった桶を持ち上げる。


 持ち上がった。


 だが、両手で抱えて十歩運んだところで腕が震えた。


 主人は一瞬だけ目を見開いたが、理由を尋ねず、俺の手から桶を片手で受け取った。


「こちらは私が運びます。代わりに、食堂の布巾を畳んでいただけますか」


 仕立て屋の老婆に飲ませてもらった水と同じくらい、ありがたい申し出だった。


 布巾を畳み、食堂の椅子を拭き、夕食を受け取る。


 泊めてもらえる場所もできた。


 町で使える金も、新しい武器も手に入らなかったが、今夜を越えることはできる。


 物置部屋の小さな寝台へ横になり、俺は明日の予定を考えた。


 知っている場所へ行くたび、知っていた使い道が一つずつ消えていく。


 ゴールドも武器も駄目だったが、魔物の倒し方とレベルの上げ方、職業の選び方はまだ残っている。


 そこまで失ったわけではない。


 住民へ力で追いつくには、まだ遠い。


 普通に一匹ずつ倒していては時間がかかる。


 金が使えず、まともな武器も買えないなら、地形と魔物の習性を使うしかない。


 町の外には、魔物が好む煙を出す香気草が生えている。


 ゲームでは、それを使って周囲の魔物を一か所へ集められた。


 俺は目を閉じ、崖までの最短経路を思い浮かべる。


 切れる武器がないなら、魔物自身に走らせればいい。


 明日は、百匹まとめて経験値にする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。