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その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
強さではなく、同時に知る
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26/28

五つの牧場を一つにする

 五つの牧場を同時に動かすには、最初に全員の声を止める必要があった。


「緊急停止。配置確認へ移ります」


 俺が告げると、ルナが木札を鳴らした。


 金電話から声が消える。


 第三実習場の水位が避難棟基礎へ届くまで、あと七分。


 急いで全員が話せば、確認に七分以上かかる。


 一会場ずつなら、まだ間に合う。


「第一実習場。誘導路」


『壁、盾、鐘台車、配置完了。中央牧区の搬入口を開放。目視確認』


「第二実習場」


『西水路遮断扉、半開位置へ移動準備。誘導路の捕獲網を撤去。目視確認』


「第三実習場」


『北排水路へ仮設水路を作成中。鐘台車は代替位置一へ移動。完了まで四十秒』


「第四実習場」


『準備完了と報告を受けています』


 ルナの筆が止まった。


「第四実習場。いまの報告は、ご自身の目視ですか」


『違います。南区画の職員から伝声管で受けました』


「目視できる者へ確認してください。第五実習場を先に」


 遅くするための質問ではない。


 準備が終わったつもりで始めれば、動いた分裂体の先に壁がないかもしれない。


『第五実習場。南通気口の封鎖完了。鐘台車は滑車へ固定。中央牧区までの通路に職員十二名。目視確認』


 第四から返事が戻る。


『第四実習場。現場監督者が目視。補助門、仮設壁、鐘台車、配置完了』


 その間に、第三の四十秒も過ぎた。


『第三実習場。仮設水路、通水を確認。配置完了』


 五つの会場が揃った。


 ただし、まだ鐘は鳴らせない。


 水門の操作員は、実習場から離れた場所にもいる。


 地域水路の南堰。


 農業用の分岐門。


 山側の非常放水路。


 金電話は五つの中央室を結んでいても、水路の末端までは届かない。


「南堰、正式指示の受領を確認」


 暗殺者通信の技能者が戻ってきた。


 セドリック先生の指示書には、南堰の操作時刻と開度が書かれている。


 学校印。


 牧場印。


 技能痕跡。


 声では証明できない部分を、暗殺者が埋めた。


 別の技能者が、山側放水路から戻る。


 最後は農業用分岐門。


 戻ってきた筒から、受領証が出た。


「全末端水門、指示受領」


 ルナが記録する。


 ガルドは五枚の現場図へ署名した。


「牧場側の実施責任を承認します」


 セドリック先生も緊急指示書へ署名する。


「生徒は保護された操作所から出ない。現場の移動と収容は、職員が担当する。分裂体への直接攻撃は禁止。学校側の条件を確認しました」


 俺の案が、そのまま命令になるわけではない。


 飼育記録。


 バルクの配置。


 各会場の目視報告。


 ガルドの実施判断。


 セドリック先生の正式指示。


 全部揃って、初めて五会場へ届く。


「開始時刻は、午前九時二十四分」


 現在、九時二十二分。


 二分あれば、暗殺者通信で末端水門にも最終時刻を届けられる。


「鐘は四秒。停止後、十秒間は誰も発言しない。その後、第二、第三、第四、第五、第一の順で報告してください」


 ルナが手順を読み上げる。


「一度目で動かない個体へ、攻撃や強い魔力を使わないでください。次の鐘まで位置を記録します」


 五会場が復唱する。


 残り一分。


 窓の外で、大人たちが武器をしまっていた。


 戦士は剣の代わりに大盾を持つ。


 魔法使いは杖を分裂体ではなく、地面と壁へ向ける。


 盗賊職の職員は捕獲網の留め具を確認する。


 暗殺者は最後の指示書を持って、安全室から消える。


 強い人間が、強さを使う場所を変えていく。


 午前九時二十三分五十秒。


 俺は金板へ指を置いた。


 さきほどの試験から残る痺れで、指の腹が自分のものではないように鈍い。それでも魔力の細さだけは、何度も練習した位置へ戻せた。


 五十六。


 五十七。


 五十八。


 五十九。


「開始」


 微弱魔力を流す。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 四秒。


 第一実習場の窓の外で、飼料鐘が鳴った。


 ごん。


 金電話の向こうからも、少しずつ高さの違う鐘が重なって届く。


 第二。


 第三。


 第四。


 第五。


 五つの弱い音が、同じ時刻に鳴った。


 俺は指を離す。


 誰も話さない。


 十秒。


 長い。


 金電話が壊れたように静かだった。


「第二実習場、報告」


『西水路周辺の分裂体、多数が中央牧区側へ移動。遮断扉を指定位置まで開放。水位、低下開始』


「第三」


『北排水路の逆流、停止。分裂体は仮設水路ではなく、鐘台車へ向かっています。避難棟基礎まで残り十二センチ』


 水位はまだ高い。


 だが、上昇は止まった。


「第四」


『補助門内の分裂体、誘導路へ進入。二体のみ反応なし』


「第五」


『南通気口前の群れ、移動開始。一体が通気口内部に残留』


「第一」


『第二待機所前、移動を確認。参加者の屋内避難は継続。負傷者なし』


 最初の鐘で、全部は動かなかった。


 それでも水と群れの向きが揃った。


 報告を復唱するたび、乾いた喉がひりついた。水を飲むために司会を止める時間はない。


「配置二へ移動」


 セドリック先生が指示する。


 レベル99の戦士が、鐘台車を押す。


 道を塞がない速さで。


 分裂体を置き去りにしない速さで。


 速く走れる人間が、ゆっくり歩く。


 別の戦士たちは大盾を動かし、後ろへ戻る道を閉じた。


 農業担当の魔法使いが、畑へ水を分けるときと同じ魔法で、床へ浅い傾斜を作る。


 攻撃魔法は一つも使わない。


 第三実習場から、水位低下の報告が入る。


 第四の反応しなかった二体には、飼料を一粒ずつ置いた。


 第五の通気口では、盗賊職の職員が外枠の留め具だけを外す。


 中へ武器を差し込まない。


 魔法使いが通気口の反対側へ弱い風を送り、銀色の一体を入口まで押し戻した。


「配置二、全会場完了」


 二度目の鐘を鳴らす。


 ごん。


 分裂体が、また同じ方向へ進む。


 金電話は命令を出すだけの道具ではなかった。


 第二の水位低下を第三が聞く。


 第三が仮設水路を使った結果を第四が聞く。


 第五の通気口から一体出たことを、ほかの会場も同じ時刻に知る。


 一つの成功を、五つが次の動きへ使える。


 暗殺者通信だけなら、正しい記録が数分後に届く。


 金電話だけなら、いまの声が誰の命令か保証できない。


 二つが同時に使われて、初めて現場が一つになった。


 三度目の配置。


 中央牧区の搬入口前。


 魔力遮断容器が、会場ごとに六基ずつ並んでいる。


 もともとは、魔力へ過敏に反応する家畜を運ぶための物だった。


 内側へ入れば、外の魔力を感じにくくなる。


 鐘の音だけで入口まで集める。


 最後は、職員が盾を壁のように並べ、ゆっくり押す。


「第三実習場、収容開始」


『第二、収容開始』


『第四、収容開始』


『第五、収容開始』


 第一実習場の中央牧区でも、銀色の群れが黒い容器へ流れ込んだ。


 倒していない。


 経験値も、ゴールドも出ない。


 派手な光も、勝利の音楽もない。


 蓋が一枚ずつ閉じられる。


 第一実習場、六基。


 第二、五基。


 第三、六基。


 第四、四基。


 第五、七基。


 封印番号が読み上げられ、ルナが記録する。


 まだ終了ではない。


 排水網。


 通気口。


 台車の下。


 柵の継ぎ目。


 大人たちが五会場を三回ずつ巡回した。


 見つかった分裂体は、攻撃せず、小さな捕獲箱へ入れる。


 暗殺者が末端水路を確認し、銀色の流出なしと記した受領証を持ち帰る。


 午前十時二分。


 最後の会場から報告が届いた。


『第五実習場。第三巡回終了。区画外で移動する分裂体なし。負傷者なし』


 ルナが五つ目の確認欄を埋めた。


 セドリック先生は、すぐに避難解除とは言わなかった。


 五会場の学校監督者へ、記録時刻と巡回範囲を復唱させる。


 暗殺者通信の書面とも照合する。


 全部が一致してから、緊急指示書へ終了時刻を記入した。


「午前十時五分。上級職課程移行実習に伴う施設異常について、緊急対応を終了します。生徒の避難解除は、会場ごとの安全確認後に行ってください」


 金電話の向こうで、返事が重なりかけた。


 誰かが言い直す。


『第二実習場、終了を確認』


 第三。


 第四。


 第五。


 最後に第一。


 五つの牧場が、一つずつの現場へ戻っていった。


 俺は金板から指を離した。


 手が震えていた。


 指先の感覚は鈍く、声を出し続けた喉はひりついていた。


 使った魔力は、木の枝一本を折るにも足りない。


 一時間近く、声と鐘を送るたびに、同じ細さへ戻していた。


「三枝」


 バルクが椅子を引いた。


「座れ。今度は台車じゃなくても運べる」


「その言い方だと、前は運べなかったみたいだな」


「前も運べた」


 笑う力が少しだけ戻った。


 窓の外では、ルナたちの参加者が職員に伴われて避難棟から出てくる。


 レベル99へ届かなかった者も多い。


 予定どおり終わった実習ではない。


 それでも、全員が自分の足で歩いていた。


 その日の夕方、最初の事故調査命令が暗殺者通信で届いた。


 五会場の記録保全。


 王冠銀粘体新系統の使用停止。


 上級職課程移行実習の一時停止。


 そして、調査終了までの地方統括責任者の職務停止。


 ガルドは最後まで読み、机から自分の統括印を持ち上げた。


「受領しました」


 彼は印を管理箱へ納め、鍵をセドリック先生へ渡した。


 事故を止めた功績と、事故を起こした責任は、同じ一日から始まった。

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