まず、攻撃をやめてください
五会場分の声が混ざれば、言葉は一つも聞き取れなかった。
『第二実習――水位が――』
『こちら第五、通気口――』
『第三から第一、応答を――』
全員、必要な報告をしている。
だからこそ、誰かが止めなければならない。
俺は話す側の金板へ魔力を流した。
「緊急停止。全会場、発言を止めてください」
すぐには静かにならない。
「繰り返します。緊急停止。発言を止めてください」
ルナが木札を一度、強く鳴らした。
乾いた音が、金電話を通して五会場へ届く。
第二実習場の声が止まる。
第四。
第五。
最後の雑音が消えた。
急に静かになった安全室で、自分の荒い呼吸と、ルナの筆が紙を擦る音だけが聞こえた。
「第一実習場中央安全室、三枝透。午前九時十二分。学校監督者の許可により、五地点緊急通信を開始します」
隣でセドリック先生が、正式な指示書の番号を読み上げた。
各会場には、暗殺者通信で同じ番号の開封命令が届いている。
金電話の声だけで本人を証明することはできない。
手元の正式文書と組み合わせれば、いま聞こえている指示が何に基づくかは確認できる。
「発言は、指名された会場だけ。会場名、報告者、現在時刻、自分で見た事実の順です。第二実習場、報告してください」
『第二実習場中央室、操作員エナ・ロウ。午前九時十二分。目視報告です。西水路の遮断扉は、現在閉鎖。水位は扉の手前で上昇中。分裂体は捕獲網周辺に多数。正確な数は確認不能』
ルナが時刻と「目視」を記録する。
筆先が一度だけ紙へ食い込み、「目視」の横に小さな穴を開けた。ルナは穴の横へ同じ語を書き直し、手を止めなかった。
「西水路閉鎖。水位上昇。分裂体多数、数は不明。復唱に誤りは?」
『ありません』
「第三実習場」
『第三実習場中央室、操作員トム・ハイル。午前九時十三分。目視報告。北排水路から場内へ水が逆流。避難路二を閉鎖。生徒は避難棟内、負傷者なし』
第四。
第五。
最後に、第一実習場の現場責任者。
一会場ずつなら、声ははっきり聞こえた。
五つの実習場が、初めて同じ時刻の状態へ揃っていく。
バルクが地域図へ色の違う駒を置いた。
青が水。
銀が分裂体。
白が避難済みの生徒。
「第二が水を止めて、第三へ戻ってる」
バルクは水路の傾きを確かめた。
「第四が開けた補助門の水は、第五の南側へ流れる。各会場が自分の排水を守るほど、別の会場の水位が変わる」
五つの現場は、独立していなかった。
柵の内側は別でも、水と命令は地域全体を動いている。
「まず、新たな攻撃を止めます」
俺が言うと、セドリック先生が指示書へ署名した。
「五会場共通の緊急指示です」
先生自身が金板へ向かう。
「分裂体への新たな攻撃を停止。生徒の避難、盾、壁、氷結板による移動制限は継続してください。各会場の学校監督者は、手元の文書番号と照合後、復唱を」
第二実習場が復唱する。
第三。
第四。
第五。
第一実習場の現場責任者も復唱した。
指示は学生の思いつきとして届いたのではない。
現場の事実を集めたうえで出された、セドリック先生の正式な緊急指示だった。
レベル99の救援隊は、すぐ従った。
攻撃魔法が止まる。
戦士は武器を下ろし、代わりに大盾を並べる。
魔法使いは分裂体へ直接当てず、進行方向の地面だけを凍らせる。
僧侶は避難棟の確認を続ける。
一分後、各会場から報告を集め直した。
動いている分裂体は残っている。
水路へ入った個体もいる。
だが、新しく細かな粒が生じたという報告は止まった。
「攻撃が、数を増やしていました」
ルナが発言記録を見た。
「私が第二待機所への通路で見た個体も、救援の衝撃を受けた直後に増えました。ほかの会場でも、攻撃停止後に新たな分裂は報告されていません」
断定はしない。
自分で見た事実と、五会場から集めた記録の範囲を分けて言う。
「倒すのではなく、集めて閉じ込める必要がある」
俺は言った。
「何へ反応するか分かれば」
「記録があります」
ガルドが、部屋の奥に置かれた牧場資料箱を開けた。
新系統の繁殖系図。
飼料試験。
硬さの測定。
鎮静性。
分裂事例だけではない、育成開始からの全記録だった。
「安全審査へ提出したのは、分裂と魔法出力に関係する資料です。ここには、危険性が低いとして分けていた飼育特性も含まれています」
ガルドは記録を隠していたのではない。
飼育を楽にする長所と判断し、安全資料へ入れていなかった。
彼はその分類を守ろうとはしなかった。
「すべて使ってください」
俺とルナが飼料試験を読む。
バルクは設備記録と照らす。
新系統は、飼料時刻になると弱い鐘の音へ集まりやすい。
飼育員が発声補助と同じ程度の微弱魔力を鐘へ流すと、反応がさらに安定する。
野生の王冠銀粘体は、少し強い魔力を感じれば逃げた。
新系統は、弱い魔力へ近づく個体を選んで育てられている。
「強い魔力では分かれる。弱い魔力には集まる」
俺は二つの記録を並べた。
「飼料鐘は五会場にありますか」
ガルドが各会場の設備表を確認する。
「同じ規格の物があります。通常は飼育区画へ固定しています」
バルクが図面へ目を走らせた。
「外せる。台車に載せれば、別の区画へ動かせる」
「音を出す人は?」
「俺たちです」
ルナが答えた。
「金電話を操作している生徒なら、金板を壊さない程度の微弱魔力を維持できます」
大人が弱い魔力を出せないわけではない。
訓練すれば扱える。
ただ、いまこの場で、板を壊さず何十分も操作しているのは低レベルの生徒たちだった。
「生徒を危険区画へ出すことは許可しません」
セドリック先生が先に条件を置いた。
「飼料鐘の設置と防壁は、職員が行います。生徒は安全室か、保護された操作所から魔力を送る方法を考えてください」
強い大人が設備を運ぶ。
弱い学生が合図を作る。
暗殺者が正式な配置図を届ける。
金電話で五会場の開始時刻を揃える。
役割が見え始めた。
まだ分裂体は水路と通路を動いている。
攻撃を止めただけでは、事故は終わらない。
それでも、数が増え続ける状態は止めた。
次に五会場で同時に使うものは、高出力の攻撃魔法ではない。
この世界で最も弱い側にいる俺たちの、小さな合図だった。




