強すぎる救援
西部第一実習場の上空から、六人の戦士が降りてきた。
着地の衝撃は、指定された円の内側だけで止まった。
続いて魔法使いが、水路と避難棟の間へ土壁を作る。
僧侶は建物内の生徒を確認し、体調不良者を治療室へ移した。
全員レベル99。
速い。
正確。
誰も慌てていない。
「区画外へ出た魔物を制圧。避難路を確保します」
救援隊長が、到着時に受け取った命令書を読み上げた。
その命令が出た時点では、区画外を動く銀色の塊は、脱走した魔物として扱われていた。
三週間の段階試験で確認したのは、牧場職員が区画内で行う凍結と捕獲だった。
分裂体が区画線を越えず、地域の救援班へ対応を引き継ぐ場面は一度もなかった。
牧場内の手順では攻撃しない。
施設外へ出た魔物に対する救援手順では、人へ近づく前に攻撃する。
どちらも、それぞれの場所では安全のために作られた規則だった。
普段なら、最も安全な判断だった。
戦士が地面を踏む。
衝撃が避難路だけを走り、銀色の塊へ当たった。
安全室の床まで細かく震え、壁の地域図から留め針が一本落ちた。
分裂体は一度跳ね、細かな粒へ砕けた。
消えてはいない。
粒の一つ一つが動いている。
「攻撃を止めて!」
俺の声は、安全室の厚い窓に遮られた。
場内の伝声管へ向かおうとすると、セドリック先生がすでに停止命令を書いていた。
学校印。
牧場印。
発令時刻。
暗殺者通信の技能者が書面を受け取り、安全室から消える。
第一実習場へ命令が届くまで、一分もかからない。
救援隊は即座に攻撃を止めた。
正しい命令が届けば、正確に従う。
だが、ほかの四会場では、別の救援隊が最初の命令を実行している。
「第二実習場から続報」
連絡係が新しい筒を開いた。
《西水路へ分裂体流入。遮断扉を閉鎖。場内捕獲を継続》
記録時刻は、三分前。
「第二へ、攻撃停止命令を」
ガルドが署名する。
命令書が送られる。
その直後に、第三実習場から報告が届いた。
《北側水路の水位上昇。避難路二を閉鎖》
バルクが地域水路図を引き寄せた。
「第二が西水路を閉じたからだ」
五つの実習場は、それぞれ独立した柵と調整区画を持つ。
排水だけは、地域の農業水路へつながっている。
異常時には各会場の遮断扉を閉じれば、分裂体を外へ出さずに済む。
一つの会場だけなら。
地域水路の迂回経路も、一会場の遮断を前提に設計されていた。
五会場が同時に閉じた記録は、それまで一度もなかった。
第二実習場が水を止める。
上流の水位が上がる。
第三実習場の排水が流れなくなる。
第三が別の水門を開けば、その先にある第四の水量が増える。
設備図には、すべて書かれている。
ただ、各会場の職員が見ているのは、自分の柵と水路だった。
換気口から入る空気は、いつの間にか濡れた土と水草の匂いを含んでいた。
「第二へ水門の再調整を指示します」
ガルドが新しい命令書を作る。
「第一実習場、攻撃停止後の分裂数は増えていません」
現場から最新報告が入る。
大きな塊を氷結板と盾で囲み、攻撃せず押し戻している。
救援隊は十分に対処できていた。
正しい方法さえ共有できれば。
「第二待機所、屋内連絡路の安全確認完了」
別の報告が続いた。
「防壁内の参加者を、中央避難棟へ移します。負傷者なし」
分裂体が入り込んだ屋外通路は使わない。
職員が壁と天井のある保守通路を端から確認し、参加者を一列で移動させる。
しばらくして、安全室の内側の扉が開いた。
ルナが学校職員に伴われて入ってくる。
ほかの参加者は中央避難棟へ。ルナだけは事前計画どおり、退避完了後の通信補助員として安全室へ戻された。
「担当個体は、一括体力調整術式の直後に分裂しました。私は安全棒を当てていません」
ルナは息を整え、見た順番で報告した。
「第二待機所への移動中、救援の衝撃を受けた一体が八体ほどに分かれました。うち一体が足元まで来ましたが、攻撃はしていません。職員の防壁内へ退避しました」
セドリック先生が、報告者、時刻、目視情報として記録へ加える。
レベル99には届かなかった。
暗殺者課程の開始も、予定どおりになるか分からない。
それでもルナは、自分の進路ではなく、分裂前後の数を先に報告した。
「待ってください」
ルナが、第二実習場から届いた報告時刻を指した。
「この報告は三分前です。いまも閉じているか分かりません」
「確認便を」
質問を送る。
返事を待つ間に、第四実習場から別の報告が来る。
報告を読んで、命令を書く。
命令を届けた頃には、水位も分裂体の位置も変わっている。
暗殺者通信は遅くなかった。
技能者は、どの会場にも数分で着く。
文書は途中で変わらず、送り主も確認できる。
問題は、一往復する数分の間に、五会場すべてが動くことだった。
「この内容を、四会場へ同時に伝えられれば」
俺は壁際の管理庫を見た。
封印札の向こうに、金電話がある。
ルナも同じ方を見ている。
「まだ開けられません」
「分かってる」
便利だから使うのではない。
学校監督者が、既存通信では避難調整に間に合わないと判断した場合だけ。
その条件を決めたのは、俺たち自身だった。
セドリック先生は、机の報告書を時刻順に並べた。
第二実習場の水門操作。
第三実習場の水位上昇。
第四実習場の避難路変更。
第一実習場の攻撃停止後の経過。
その間にも、第五実習場から二通目が届く。
「五会場で同時に施設異常が発生」
セドリック先生が条件を一つずつ確認する。
「既存通信の往復中に状況が変化。別会場の水門操作が避難経路へ影響。正式命令は暗殺者通信で継続する」
最後に、管理庫の封印番号を記入した。
「災害時条項の適用条件を満たしています」
彼は学校監督者の印を押した。
「五会場の金電話を、研究設備として正式に開封します」
暗殺者通信の技能者が、四通の開封命令を受け取る。
今度の文書は、質問ではない。
学校側の権限、設備番号、開封範囲、操作担当者が明記された命令だった。
第一実習場では、セドリック先生が自分の鍵で管理庫を開ける。
封印札を記録票へ貼り、バルクと二人で共鳴箱を机へ運んだ。
切りくずまで照合する時間はない。
保管時の封印数と、現在の金板数が一致することだけを、ルナが確認した。
俺が操作席へ座る。
もう一人の操作員が、共鳴箱へ流す微弱魔力を一定に保つ。
魔力を流すと、金板から低い音が返った。
一会場。
二会場。
遠くの操作員が接続するたび、雑音が増えていく。
やがて、四つの声が同時に流れ込んだ。
『第二実習場、水門が――』
『第三、避難路を変更――』
『第四実習場、聞こえますか』
『第五、分裂体が通気――』
全員が、いま伝えなければならない情報を持っている。
全員が同時に話した。
金板から、巨大な唸り声が響く。
耳当てを離しても、金属の震えが机から肘へ伝わった。
ルナが発言記録を開いた。
バルクが地域図の前へ立つ。
セドリック先生が俺の横へ、正式な緊急指示書を置いた。
「三枝さん」
五つの実習場を結ぶ金電話の前で、先生は言った。
「司会をお願いします」




