上級生のレベル上げ、同時開始
安全審査会から三週間後。
その間に、一体、五体、十体を使った段階試験が行われた。
最初に使った一体は、二つに分裂した。
職員は攻撃せず、氷結板と捕獲網で八秒後に封じた。
五体を使った試験では分裂なし。
十体を使った試験では一体が分裂し、九秒で処理された。
負傷者なし。
設備破損なし。
区画外へ出た個体もない。
分裂しないとは証明できなかった。
代わりに、予定された手順を守れば、小規模な分裂は封じられると確認された。
条件付き実施通知は、正式な実施許可へ変わった。
三週間で、二重柵と捕獲網が取り付けられた。
低レベルの通信操作員は、封印の確認、緊急開封、発言記録の訓練を繰り返した。
上級職課程移行実習の当日、五会場の開始時刻はすべて午前九時だった。
俺とバルク、セドリック先生、ガルドは、西部第一実習場の中央安全室にいた。
俺は学校側の観察記録。
バルクは追加設備の点検。
もう一人の操作員は、封印された金電話の前で管理記録をつけている。
ルナは、窓の向こうにいた。
移行実習の参加者として、第一調整区画の説明線に並んでいる。
セドリック先生は、第一実習場の学校監督者。
ガルドは五会場を統括する牧場側の責任者として、同じ部屋にいる。
金電話は、壁際の学校管理庫へ封印されたままだった。
ほかの四会場にも、通信操作を練習した低レベルの生徒が二人ずつ来ている。ただし、役目は試験機の管理と記録だけ。災害時条項が使われない限り、箱へ触れることもできない。
窓の外には、安全審査会で追加された設備が並んでいた。
白い柵の外側に、目の細かい金網。
排水口には捕獲網。
水路の前には、遠隔操作できる遮断扉。
体力調整区画の職員は、以前の二倍。
一度に扱う王冠銀粘体は、当初計画の三分の一。
危険の可能性は、目に見える設備へ変えられている。
「第四実習場、開始準備完了」
暗殺者通信で届いた確認書を、連絡係が掲示板へ留める。
署名、施設印、技能痕跡。
五会場分が揃った。
金電話より時間はかかる。
その代わり、誰が準備完了と判断したのかが残る。
「予定どおり実施します」
ガルドが開始確認書へ署名した。
セドリック先生も、学校側の安全確認欄へ署名する。
開始を決めたのは、一人ではない。
第一実習場の上級生が、一人ずつ説明線の内側へ入った。
ルナやバルクと同じくらいの年齢。
何年も基本職を履修し、力加減を学び、進む上級職課程まで決まった生徒たちである。
今日、最後の経験値を受け取ればレベル99になる。
来週から、暗殺者、騎士、賢者、魔導士などの専門課程で、レベル99の出力を使う授業が始まる。
俺とバルクは、まだその段階ではなかった。
ルナだけが、今日、その入口へ立っている。
俺が最初の基礎成長実習で使った物と同じ安全棒が、人数分並んでいた。
ルナも一本を受け取り、核を叩く位置を確かめる。
午前八時五十九分。
各調整区画で、レベル99の職員が杖を構える。
王冠銀粘体は鎮静枠へ収まり、銀色の身体から核を浮かべている。
午前九時。
開始鐘が鳴った。
魔法使いの職員が、一括体力調整術式を発動する。
青白い光が、複数の区画で同時に走る。
ルナの前にいる一体が、平たく潰れた。
銀色の縁から、小さな分裂体が二つ飛び出す。
「第一調整区画、分裂確認」
職員の声は落ち着いていた。
一人がルナを説明線の外へ下げる。
もう一人が分裂体を氷で覆う。
ルナは安全棒を振らなかった。
最後の一撃を入れていない。
当然、経験値も入らない。
レベル72のまま、待機線まで下がった。
安全審査会で決めたとおりの動きだった。
八秒で処理が終わる。
「第一調整区画、停止。参加者を第二待機所へ」
異常は区画の中で止まった。
少なくとも、その一件だけなら。
「第三調整区画、分裂」
別の職員が叫んだ。
「第五も確認」
「第六、分裂体四」
報告が重なる。
氷結板が床へ触れる硬い音と、捕獲網の留め具が閉まる音が、厚い窓越しにも絶え間なく重なった。
同じ時刻に一括体力調整術式を受けた個体が、次々に形を崩していく。
すべてではない。
ある区画では三体に一体。
別の区画では十体に一体。
分裂する割合は区画ごとに違う。
だが、これまでの一件ずつとは数が違った。
「全調整区画を停止。生徒を建物内へ避難させてください」
ガルドが命じた。
避難鐘が鳴る。
職員は生徒の前へ立ち、建物までの通路を確保した。
一体一体の分裂体は遅い。
眠り粘体より小さく、人へ飛びかかる様子もない。
レベル99の職員なら、足元へ来る前に何体でも止められる。
問題は、止め方だった。
調整区画の職員は、段階試験と同じように攻撃を止めた。
氷結板を置く。
捕獲網を狭める。
大部分の分裂体は、その内側で止まった。
第二柵の近くで、銀色の塊が一体動いた。
捕獲網の端を抜け、区画線を越える。
壁の警報表示が変わった。
《調整対象・分裂体》
その文字が消える。
《区画外魔物》
区画外で待機していた地域救援班の魔法使いが杖を向けた。
段階試験では、一体も区画線を越えなかった。
牧場の捕獲手順から、地域の制圧手順へ担当が移る場面そのものが、初めてだった。
光が当たる。
分裂体は消えなかった。
四つに割れた。
さらに小さくなった塊が、それぞれ別の方向へ滑り始める。
「攻撃で分かれた?」
俺が言うのと、別の区画で爆発音がするのは同時だった。
柵を越えようとした別の分裂体へ、同じ救援班の戦士が衝撃を当てた。
一体が八体ほどに散る。
大きな塊なら止められた捕獲網を、小さな銀色が通り抜けた。
その先には、第二待機所へ移動中のルナたちがいた。
引率職員が大盾を地面へ立てる。
銀色の粒が盾へ当たり、左右へ流れた。
一つだけが盾の下を抜け、ルナの靴先で止まる。
ルナは手に残していた安全棒を上げた。
だが、叩かなかった。
棒を床へ置き、後ろへ下がって職員へ位置を示す。
別の職員が土壁を作り、参加者全員を内側へ収めた。
怪我人はいない。
ただ、中央安全室へ戻る通路と第二待機所の間に、分裂体が広がった。
ルナたちの一団は、防壁の内側で動けなくなった。
「新たな攻撃を止めてください」
セドリック先生が、第一実習場の全職員と救援班へ指示する。
近くの区画では攻撃が止まった。
だが、実習場は広い。
別棟で待機していた地域救援班も、警報表示に従って区画外の魔物を制圧している。
安全室から正式な場内停止命令が届くまでにも、分裂体の数は増えた。
追加した金網は、大きな塊を止めた。
攻撃で細かくなった塊は、網目へ身体を押し込んだ。
排水路の捕獲網へ、銀色の粒が重なる。
一層。
二層。
水の流れが弱くなる。
「東排水路、閉鎖します」
職員が遮断扉を下ろした。
地域水路へ出る前に止めるための、正しい操作だった。
行き場を失った水が調整区画へ戻り、床へ薄く広がる。
分裂体は水に乗った。
柵の隙間へ入る。
通気口へ張り付く。
避難通路の手前まで、銀色の筋が伸びていく。
大部分の生徒は、すでに建物へ入っている。
ルナたちも職員の防壁に守られている。
負傷者はいない。
職員の避難誘導も間に合った。
それでも、通路を安全だと確認できなくなった。
「第二実習場から緊急便」
暗殺者通信の連絡係が、安全室へ飛び込んだ。
筒から報告書を抜き、技能痕跡を確認する。
《複数調整区画で分裂。実習停止。負傷者なし》
数十秒後、第三実習場。
第四。
第五。
文章は少しずつ違う。
共通しているのは、分裂、実習停止、負傷者なし。
安全室の地域図へ、赤い札が一枚ずつ置かれた。
第一実習場。
第二実習場。
第三実習場。
第四実習場。
第五実習場。
五つの開始時刻は同じだった。
五つの警報も、ほとんど同じ時刻に鳴っていた。
地域図へ五枚目の札が置かれた瞬間、窓の外が暗くなった。
救援隊の本隊が、第一実習場の上空へ到着していた。
遅れて、床が一度だけ低く震えた。




