↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
レベル99なら倒せる、だから止められない
PR
20/28

牧場を止められない人

 ガルドは、俺たちの表を否定しなかった。


 翌朝の面談には、五つの実習場から集め直した原本と、新系統の繁殖記録を持ってきた。


 学校の会議室。


 机の一方にガルドと牧場の検査担当者。


 もう一方にセドリック先生、俺、ルナ、バルク。


「最初に、学校の報告書は妥当だと認めます」


 ガルドは表の育成番号と術式出力へ印を付けた。


「新系統の近い繁殖群であること。一括体力調整術式の高出力域でのみ分裂が記録されていること。再検査を要する関連です」


「では、上級職課程移行実習を延期しますか」


 俺は聞いた。


「全面延期には同意できません」


 答えは明確だった。


 危険を否定した直後ではない。


 危険の可能性を認めたうえで、止めないと言った。


 ガルドは別の冊子を開いた。


 五つの実習場で移行実習を受ける生徒の一覧。


 人数は四千人を超えている。


 氏名の横には、進む上級職課程、現場研修先、取得予定資格が記されていた。


 暗殺者課程の欄には、ルナ・セイル。


 開始予定の欄には、来月。


「専門進路が決まり、移行実習でレベル99へ到達する生徒たちです。その出力を前提とする上級職授業と現場研修が、ここから始まります」


 治療院での賢者課程実習。


 建築現場での騎士課程実習。


 農業水利の魔導士課程。


 通信塔を巡る暗殺者課程。


 どれも、開始日までにレベル99の基礎能力証明を提出する必要がある。


「少し遅れるだけでは?」


「新系統を全頭停止し、旧系統だけで四千人分を用意するには、早くても二か月。繁殖からやり直せば、さらに延びます」


 国営牧場は、希少魔物を必要な日に合わせて育てている。


 経験値を持つ個体を、倉庫から出すようには増やせない。


「上級職課程や研修先へ事情を説明すれば」


「待てる授業もあります。季節が決まった農業実習や、限られた設備を使う治療実習もあります。研修枠を二か月空けるか、次の候補者を入れるかは、受入先の判断です」


 予定どおり上級職課程へ進めない。


 ただそれだけで、積み上げた成績や研修枠を失う生徒がいる。


 俺は一覧の端を見た。


 一人ずつに、ルナと同じような進路がある。


「私の名前もあります」


 ルナが言った。


「ですが、必要な再検査を省く理由にはなりません。延期する場合は、参加者の研修枠をどう守るかも同時に審議してください」


 自分だけ名簿から外れようとはしない。


 自分の進路を守るために、安全なふりもしない。


「だから、危険でも続けるんですか」


「危険を減らして続けます」


 ガルドは、安全対策案を並べた。


 同時に扱う個体数を三分の一へ減らす。


 調整区画の職員を倍にする。


 既存の柵の外へ、目の細かい第二柵を設置する。


 排水路には捕獲網と遮断扉を追加する。


 分裂が一件でも起きた区画は、その場で停止する。


「基礎成長実習と同じように、職員が一体ずつ直接調整するのは?」


 俺が尋ねた。


「可能です。ただし、移行実習では経験値量の多い成熟個体を使います」


 牧場の検査担当者が、個体ごとの作業時間を示した。


「直接調整では、一人の職員が一体を担当します。飼料後に硬さと経験値量が安定する時間内では、予定数の一部しか処理できません。全員分を終えるには、飼育と測定の日程から組み直す必要があります」


 安全にはできる。


 その代わり、延期による損失は避けられない。


「魔法の出力を下げればいいのでは」


 バルクが尋ねた。


 牧場の検査担当者が、体力調整の記録を示した。


「低い出力を複数回使う方法は試験中です。しかし、王冠銀粘体は攻撃の間に硬さを戻します。残存体力を一へ合わせられず、生徒の一撃で倒せない場合があります」


 倒しきれなければ、生徒がもう一度攻撃する。


 鎮静が切れれば、低レベルの生徒の前で動き出す可能性もある。


 高出力の一括体力調整術式は、長年の事故記録から作られた安全手順だった。


 新系統のために弱くすれば、別の危険が増える。


「一括体力調整術式が原因かもしれない」


 俺は言った。


「承知しています」


「五か所で起きています」


「それも承知しています」


「それでも使う?」


「原因だと確定した場合は使いません」


 ガルドは声を荒らげなかった。


「現時点では、新系統の一部で小規模な分裂が起きる可能性と、一括体力調整術式に関連があるという段階です。分裂体の攻撃性はなく、五件すべて十秒以内に処理されています」


「移行実習で同時に増えたら」


「その可能性を検討するため、安全審査会を求めます。ただ、可能性だけを確定した事故として扱えば、停止による被害だけは確実に発生します」


 危険が起きるかは分からない。


 延期すれば、上級職課程と現場研修の遅れは起きる。


 片方だけが数字になっていた。


 ガルドは厚い冊子の間から、古い身分票を取り出した。


 紙ではなく、角の削れた薄い金属板だった。


 若い頃の記録らしい。


 氏名は同じ。


 年齢十七歳。


 レベル43。


「私が育った地域には、国営育成牧場がありませんでした」


 ガルドは言った。


「筆記と実技課程を終えても、レベル条件へ届くには野生魔物を探すしかなかった。農業水利の採用試験に合格しましたが、基礎能力証明を期限までに出せず、採用は取り消されました」


 俺の天然狩場巡回を、何年も続けなければならない時代。


 攻略法を知る一部の人間と、希少魔物に出会えた人間だけが、早くレベルを上げられる。


「六年後、別の職へ就きました。さらに後になって牧場が整備され、同じ地域の生徒は予定どおりレベル99へ到達し、希望する専門課程へ進めるようになった」


 ガルドが国営牧場を守ろうとするのは、施設の成績や自分の地位のためではなかった。


 安全なレベル99到達を、出身地や家の知識に左右されない権利だと考えている。


「一度も止めないつもりですか」


 ルナが尋ねた。


「いいえ。新系統が人を傷つけると確認された場合。現行設備で封じられないと判断された場合。安全審査会が延期を決定した場合には止めます」


「でも、あなた自身は全面延期を提案しない」


「はい」


 その答えだけは変わらなかった。


 ガルドは俺たちの再検査申請へ、地方統括責任者として賛成の署名をした。


 同時に、安全対策を増やした実施案も提出した。


 危険を消してはいない。


 報告を隠してもいない。


 ただ、牧場を止める損失を知りすぎている。


「明日の安全審査会で、両方を審議します」


 セドリック先生が二冊の申請書を重ねた。


 一冊は、再検査のために移行実習を止める案。


 もう一冊は、安全策を増やして続ける案。


 どちらにも、守ろうとしている生徒の名前が書かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。