五つの小さな異常
金電話の声が止まった翌朝、五つの実習場から五冊の記録が届いた。
厚さも、紙の色も違う。
どれにも責任者の署名、施設印、運んだ暗殺者課程の技能者の痕跡が揃っている。
昨日、金板越しに聞いた声とは違う。
今度は、正式な記録だった。
「学校の課題研究として受理します」
セドリック先生が五冊を机へ並べた。
「目的は、新系統の王冠銀粘体に起きた分裂事例の比較。牧場の業務停止を求める申請ではありません。調べた結果として必要なら、別途、安全審査を求めます」
最初から結論を決めない。
昨日の異常を軽いと判断するためでも、危険だと証明するためでもない。
五つが本当に同じ現象なのかを確かめる。
参加者は俺、ルナ、バルク。
監督はセドリック先生。
金電話は使わない。追加の質問は書面にし、暗殺者通信で送る。
封印を破って会話した方が速い。
だが、速さが必要な事故対応は終わっている。いま必要なのは、誰が何を記録したか後から確かめられる資料だった。
「まず、同じ項目を抜き出します」
俺は大きな紙へ縦線と横線を引いた。
実習場。
発生日時。
天候。
飼料。
個体の育成番号。
使用した術式。
測定出力。
分裂体の数。
処理方法。
処理時間。
五冊の記録を、同じ順番で一枚へ写していく。
五件で確認された分裂体は、合計八体だった。
「三枝さん。第二実習場の天候は、発生時ではなく朝の点検時です」
ルナが原本を指した。
「発生時刻の記録には、天候欄がありません」
「空欄にする?」
「朝の記録から推定、と書きます。確認された事実と分けてください」
書いてある数字を写すだけでも、意味は同じではない。
ルナは署名者、記録時刻、本人が見た内容か、別の職員から聞いた内容かを一件ずつ分けた。
バルクは五つの実習場から送られた調整区画の図面を広げた。
「柵の形は三種類ある。床材も違う」
「共通ではない?」
「分裂した場所は全部、体力調整台の上だ。ただ、台の下に水路があるのは第一と第四だけだ」
床や柵が原因なら、五か所すべてで起きたことを説明できない。
飼料も違った。
第二実習場は乾燥穀物。
第三は藻を混ぜた飼料。
ほかの三か所は同じ配合だが、製造日は別だった。
晴れの日もあれば、雨の日もある。
朝に起きた事例も、午後に起きた事例もある。
違う項目へ線を引き、共通する項目だけを残す。
最初に残ったのは、育成番号だった。
五体とも、同じ繁殖群から分けられた新系統。
次が、一括体力調整術式。
術式名も、目標値も同じ。
従来系統を大量に扱うため、国営育成牧場で長く使われてきた規定手順だった。
「出力は完全には同じじゃない」
バルクが測定欄を見比べる。
「でも、全部この線より上だ」
彼は測定表の九割付近へ横線を引いた。
体力を正確に残り一まで減らすため、職員は個体の硬さに合わせて出力を調整する。
分裂した五件は、いずれも規定範囲の上側だった。
規定を超えた違反ではない。
術式の誤りでもない。
規定どおり一括術式を強く使ったときだけ、起きているように見えた。
「新系統へ、一括術式で一定以上の魔力衝撃を与えると分裂する」
俺は表の下へ仮説を書いた。
ルナがすぐ横へ別の一文を足す。
「ただし、確認された五件だけでは因果関係を確定できない」
「全部同じ条件なのに?」
「分裂しなかった個体の記録が足りません」
正しかった。
新系統はすでに何百体も育てられている。
同じ出力を受けて分裂しなかった個体が多ければ、魔法だけが原因とは言い切れない。
俺たちは五つの実習場へ追加質問を送った。
同じ繁殖群の総数。
分裂しなかった個体へ使った魔法出力。
分裂した個体の成長日数。
調整前後の体温と硬さ。
ルナが文面を揃え、セドリック先生が質問の目的と回答範囲を確認する。
暗殺者通信へ渡して一時間ほどで、最初の返信が戻った。
昼過ぎには五か所分が揃う。
一対一で、記録を残して尋ねるなら、やはりこちらの方が優れていた。
追加資料を表へ入れる。
新系統の大部分は分裂していない。
ただし、低い出力で分裂した事例も一件もなかった。
高い出力を受けた個体だけに起き、その中のすべてに起きるわけではない。
「魔法が引き金になる可能性はある。でも、別の条件が重ならないと起きない」
俺が言うと、バルクが繁殖群の系図へ指を置いた。
「五体は親が近い。硬さを安定させるために選ばれた枝だ」
「同じ親と、強い魔法」
「少なくとも、その二つです」
ルナが訂正する。
昨日まで、五件は各実習場の記録棚へ一件ずつ収まっていた。
どれも数秒で処理され、怪我人もいない。
一件なら、小さな異常だった。
同じ表へ並べると、同じ方向を向いた五つの矢印に見える。
さらに気になる資料があった。
来月の上級職課程移行実習計画である。
複数の基本職を履修し、上級職の専門進路まで決まった生徒を、まとめてレベル99へ上げる合同実習。
高出力技能を使う上級職専門課程へ入るための、通過点だった。
計画書の後ろには、参加者一覧が綴じられていた。
上級職課程ごとに分けられた名前を追い、盗賊系の頁で指が止まる。
《暗殺者課程・ルナ・セイル》
《現在レベル72・到達目標99》
「参加するのか」
「今朝、選考結果を受け取りました」
ルナは自分の名前を確かめ、静かに頷いた。
「推奨レベル80には届いていません。ただ、必須ではありません。盗賊職の履修、筆記成績、今回の通信規則が実技研究として認められました」
金電話が、暗殺者の仕事を奪うかもしれないと心配していた。
その欠点を調べ、既存通信と組み合わせる規則を作ったことが、今度は暗殺者課程へ進むための成績になっている。
「足りない経験値は?」
「割り当てる個体で調整されます。この実習が終われば、暗殺者課程の高出力訓練に進めます」
五つの実習場へ、同じ繁殖群の個体が追加配布される。
全会場で、同じ時刻に、同じ一括体力調整術式を使う予定になっていた。
「これまでの事例は、一度に一体ずつでした」
ルナが言った。
「移行実習では?」
バルクが計画表を数えた。
「一会場だけで、同じ時間帯に百体以上」
五件の小さな異常が、そのまま五百件になるとは限らない。
分裂しない可能性の方が高い。
だが、起きた場合の数は昨日と違う。
その百人の中には、ルナもいる。
俺たちは表、系図、術式出力の比較、移行実習計画を一つの研究報告へまとめた。
最後の頁には、断定ではなく二つの文を書く。
新系統の一部が、一括体力調整術式の高出力域へ反応している可能性がある。
複数会場で同時に使用する前に、再検査を求める。
セドリック先生が最初から読み、事実と仮説が混ざっていないことを確認した。
「学校名で安全再検査を申請します」
報告書は複写され、牧場地方管理部と学校安全審査へ送られた。
その日の夕方、受領証が戻ってくる。
再検査申請は、正式に受理された。
同時に、明朝の面談通知が付いていた。
面談者の欄には、ガルド・メイヴァンと記されていた。




