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その裏技、三百年前に法規制されました  作者: やまだ
役に立たないなら、使い道を変える
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暗殺者志望が電話のルールを作る

 翌朝、ルナは八項目の規則を持ってきた。


 一、発言前に現在地と氏名を述べる。


 二、現在時刻を述べる。


 三、自分で見た事実と、人から聞いた情報を分ける。


 四、指示を受けた者は同じ内容を復唱する。


 五、定刻ごとに合言葉を変更する。


 六、緊急停止の言葉か合図が出たら全員が黙る。


 七、司会者に指名された者だけが話す。


 八、正式な命令は、暗殺者通信でも確認する。


「電話の使い方って、そんなに面倒だったか」


 俺の記憶では、相手の番号を押して話すだけだった。


「その電話には、一度に何人が参加していましたか」


「普段は二人」


「これは同じ親番号を持つ全員へ声が届きます」


 ルナは当然のように答えた。


「別の道具です」


 正しかった。


 俺の世界にあった完成品へ似せようとするほど、目の前の金電話から離れてしまう。


 金電話には、相手を選ぶ番号がない。


 受話器を置いて通信を切ることもできない。


 誰か一人が金片を持ち出せば、参加者の数さえ分からなくなる。


 電話という名前をつけたからといって、電話と同じ常識で動くわけではなかった。


「合言葉があれば、本人だと確認できるのか」


「完全にはできません。盗み聞きした者も、次から同じ言葉を使えます」


「じゃあ、五番は何のために?」


「少なくとも、いつから聞いていたのかを絞れます。声を似せただけの人にも効果があります」


 完全に防げないから何もしない、とはならないらしい。


 防げる範囲を確かめ、残る危険を別の方法で補う。


 その考え方は、台車の試験と同じだった。


 放課後、校内三地点での運用試験が始まった。


 加工室にバルク。


 治療室に、僧侶課程の生徒ミア・ローデン。


 生活法教室に俺とルナ、セドリック先生。


 同じ親番号を持つ金片は、事前にすべて数えた。切りくずまで封をした箱へ入れ、実験中は誰も持ち出せないようにする。


 ルナは俺の横へ座り、時刻表と発言記録を広げた。


「司会は三枝さんです」


「俺?」


「この用途を提案した人です」


「通信の規則を作ったのはルナだろ」


「だから私は、規則違反を記録します」


 逃げ道がなくなった。


 俺は話す側の漏斗へ口を近づけた。


「生活法教室、三枝透。午後三時。校内三地点試験を開始します。合言葉は、木製車輪」


 金板へ、弱い魔力を流す。


 返事が来るまで数秒かかった。


『加工室、バルク・ノーエン。午後三時。合言葉、木製車輪。開始を確認した』


『治療室、ミア・ローデン。午後三時。合言葉、木製車輪。開始を確認しました』


 二つの声は重ならなかった。


 ルナがバルク、治療室の順に発言するよう、事前に決めていたからだ。


「加工室、台車試験機の状況を報告してください」


『加工室、バルク・ノーエン。目視した事実を報告する。前輪軸に一ミリのずれ。荷重なしでは走行可能』


「一ミリのずれ。荷重なしでは走行可能。治療室、聞こえましたか」


『治療室、ミア・ローデン。聞こえました。荷重試験は中止してください』


「加工室、復唱を」


『加工室、バルク・ノーエン。荷重試験を中止する』


 俺は一度も立ち上がっていない。


 伝令も走っていない。


 それでも三か所の人間が同じ状態を知り、質問し、その場で予定を変えた。


 通信塔で考えた用途が、初めて形になった。


 試験は順調に進んだ。


 途中、一度だけミアとバルクの声が重なった。


 ルナが木札を一回鳴らす。


 緊急停止の合図だった。


 全員が黙り、俺が発言者を指名し直す。


 雑音は消えた。


 金電話の性能は何も変わっていない。


 人間の方へ規則を加えるだけで、唸り声だったものが会話になった。


 四十分後、終了を宣言する。


 セドリック先生は記録簿を閉じた。


「校内試験は成功とします。ただし、正式命令には使用できません」


「八番ですね」


「ええ。声は筆跡も、印章も、技能痕跡も運びません。命令の根拠となる文書も残らない」


 暗殺者通信なら、一人の相手へ確実に届けられる。


 誰が送ったかを証明できる。


 機密文書や現物も運べる。


 金電話は、どれ一つとして代わりになれない。


 ただ、複数の現場が変化し続けるとき、全員が同時に話せる。


 優劣ではなく、役割が違った。


 片づけの途中、ルナが封印箱の数をもう一度確かめた。


「少し安心しました」


「何が?」


「これが広まったら、暗殺者の通信は必要なくなるかもしれないと思っていました」


 ルナは、暗殺者課程を目指している。


 競争率が高くても、難しい試験があっても、その仕事が必要だと信じてきた。


 俺が思いつきで持ち込んだ道具が、その進路を消すように見えたのだろう。


「電話だけじゃ、誰が話してるかも証明できなかった」


「はい。正式命令も、機密も、末端への配送もできません」


「欠点を並べて嬉しそうにするなよ」


「私の仕事が残りますから」


 ルナはほんの少し笑った。


「それに、暗殺者が金電話の規則を作ってはいけない理由もありません」


 その日の試験には、学校の教師以外にも見学者がいた。


 終了記録へ署名するため、一人の男が教室へ入ってくる。


 灰色の制服の胸元に、国営育成牧場の紋章があった。


「ガルド・メイヴァンです。西部地方の育成牧場を統括しています」


 差し出された身分票には、レベル99と記されている。


 この世界では珍しくない数字なのに、役職と並ぶと重く見えた。


「牧場のゴールドが、ずいぶん興味深い物になりましたね」


「捨てる予定だった物です」


 セドリック先生が答える。


「だからこそです。価値がないと判断していたのは、こちらですから」


 ガルドは三地点分の発言記録を、最初から最後まで読んだ。


 成功した部分だけでなく、混線と停止の記録にも目を留める。


「通信距離は、まだ不明ですか」


「校内の端から端までです。それより先は、音量が安定しません」


 バルクが答えた。


「共鳴箱を大型化すれば伸ばせる可能性はあります。ただ、同じ親番号の板が必要です」


「操作は?」


「低レベルの生徒が最も安定しています」


 教師が測定記録を見せる。


 ガルドはそこで初めて、俺たち三人を順に見た。


 同情でも、珍しい物を見る目でもなかった。


「生徒が使える設備ではなく、生徒の方が上手に使える設備ですか」


「現時点では」


「それは、牧場にも合うかもしれません」


 国営牧場では、複数の実習場が同じ育成計画で動く。


 生徒が王冠銀粘体を倒す時刻、職員が体力を調整する時刻、設備を点検する時刻。書類は暗殺者通信で届くが、実習中の小さな変更は、各会場で処理されることが多いという。


「正式命令は、これまでどおり文書で送ります」


 ガルドは八番目の規則を指した。


「その前後に、各地の担当者が同じ声を聞けるなら、用途はある。もちろん、学校の管理下で」


 セドリック先生は即答しなかった。


「距離試験、情報管理、操作員の監督が必要です。牧場業務へ組み込むには、安全試験の申請も」


「承知しています。申請書はこちらで用意しましょう」


 ガルドは、できたばかりの金電話へ手を触れずに眺めた。


「西部には、同じ系統の王冠銀粘体を育てている実習場が五か所あります」


 そして、俺たちへ提案した。


「次は、その五か所を同時につないでみませんか」

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