捨てるゴールドが同時に震えた
翌日の素材加工実習で、机の上に積まれていたのは金だった。
拳ほどの塊が六つ。
雑に重ねられ、教材番号を墨で直接書かれている。
元の世界なら、教師より先に警備員を呼びたくなる量だ。
「国営育成牧場から譲渡された廃棄ゴールドです」
加工担当の教師は、木材の端材を紹介するように言った。
「今日はこれを、荷重試験用の重りへ加工します。通貨として持ち出すことはできませんが、材料としての価値もほぼありません。失敗しても構いません」
失敗しても構わない金塊。
この世界へ来て何度目かになる、耳が受け入れたくない言葉だった。
王冠銀粘体は、倒されるたびに大量のゴールドを残す。
それを毎日、いくつもの国営牧場が生産している。貨幣としての希少性はとうに失われ、今では重りや目印に使われ、それでも余れば保管庫へ積まれるらしい。
「溶かさないんですか」
バルクが金塊を持ち上げ、側面を確かめた。
「今回の教材は圧延します。同じ収納単位から取り出した物なので、溶解すると比較実験ができません」
教師は六つの金塊へ、同じ記号が刻まれていることを示した。
「親アイテム番号が同じ、という意味です。覚えていますね」
周囲の生徒が頷く。
俺も一拍遅れて教科書を開いた。
システム収納へ一つの山として収められた物には、一つの番号がつく。その山を分けても、一定の加工までは元の番号が残る。
ゲームでは、同じアイテムが一つの欄へまとめて表示された。
俺が便利な表示だと思っていたものを、この世界の人間は物質の性質として調べていた。
「親番号を保つ加工は、盗賊課程の基礎にも含まれます」
ルナが作業用の細い刃を選んだ。
「圧延、切断、穿孔。熱を加えすぎたり、素材変換を挟んだりすると、別の物として登録されます」
「金を溶かしたら、金じゃなくなるのか」
「材質は金のままです。システム上は、新しく作られた金になります」
同じ金なのに、別の金。
この世界の物質を調べるなら、化学式だけでは足りないのだろう。
もっとも、俺は化学式の方も詳しくない。
バルクが圧延器の取っ手へ手をかけた。
レベル65の腕で回されたローラーが、金塊を板へ変えていく。厚さを測りながら何度も通し、最後にルナが同じ大きさへ切り分けた。
俺の仕事は、板の番号を書き写すことだった。
ものづくりへ目を向ければ何かできるかもしれないと考えた翌日に、担当が筆記である。
だが、不思議と嫌ではなかった。
できないことを、できるように見せる必要がない。
「五番、少し反っています」
俺が言うと、バルクが板を受け取った。
「本当だ。あと一度通す」
役に立つというのは、必ずしも誰より強く叩くことではないらしい。
六枚目を仕上げたところで、作業台の端から澄んだ音がした。
ルナが一枚の金板へ穴を開けた瞬間だった。
触れていないはずの板が、俺の手元で細かく震えている。
「今の、何だ」
「同源共鳴です」
教師が答えた。
驚いた様子はない。
「親番号が同じ物体へ魔力を伴う振動を加えると、残りにも弱い振動が出ます。素材学の教科書、第二十二章です」
また教科書だった。
俺は開きかけて、やめた。
目の前で起きている。
まずはそちらを見ればいい。
ルナが刃を金板から離す。手元の震えも止まった。
もう一度、軽く刃を当てる。
今度は耳を近づけなければ分からないほどの、小さな音が返ってきた。
「どれくらい離れても伝わるんですか」
「距離とともに弱くなります。過去には警報具への利用も研究されましたが、増幅しようとすると板が変形しました。実用品にはなっていません」
教師は、失敗の理由まで知っていた。
現象も、加工法も、過去の研究もある。
ないのは、使い道だけだ。
昨日見た通信塔の経路図が浮かんだ。
一通の手紙には、一つの行き先がある。
だが、この金板は違う。
一枚を震わせれば、同じ山から分けた全部が震える。
「先生。これ、重りにする前に試してもいいですか」
「内容によります」
「振動が伝わるなら、音も伝わりませんか」
教師はすぐには否定しなかった。
「音域まで再現させるには、一定の細かさで魔力振動を与える必要があります」
「発声補助の魔法を使えば?」
授業で習ったばかりの生活魔法だった。
喉を痛めた者の声を近くへ通しやすくする。遠距離へ声を飛ばす魔法ではなく、声の震えへごく弱い魔力を重ねるだけのものだ。
「理屈としては可能です。ただし、あなたの制御では――」
教師の視線が俺の魔力制御腕輪へ落ちた。
「いえ。低出力だからこそ、板を傷めずに済むかもしれません」
それから実習の予定が変わった。
バルクが二枚の金板をさらに薄くする。
ルナが親番号を損なわないよう縁を整える。
教師は板を木枠へ固定し、俺へ発声補助の魔力を流す位置を教えた。
一枚は加工室に残した。
もう一枚は、ルナが廊下を挟んだ教材室へ運んだ。
扉が閉まる。
姿は見えない。
俺は金板へ口を近づけた。
電話を作る方法なんて知らない。
発明家でも、技術者でもない。
ただ、離れた相手と声を交わす道具が存在できることだけは知っている。
「聞こえますか」
声へ、針の先ほどの魔力を重ねる。
目の前の板が震えた。
返事はない。
やはり弱すぎたかと思ったとき、バルクが木枠を持ち上げた。
「待って。今、鳴った」
全員が黙る。
金板から、かすかな擦れ音がした。
それが少しずつ、人の声へ変わる。
『加工室、聞こえます。三枝さんの声です』
廊下の向こうにいるはずのルナが、俺の目の前の金板から答えた。




