レベル99なら手で持てます
翌日の工作室で、俺は寝台に車輪を付けた図を広げた。
担当教師は図を最後まで見てから尋ねる。
「担架を運ぶための道具ですね」
「一人でも、重さを支えずに動かせます」
「レベル99になれば、一人で手に持てます」
否定ではなかった。
この世界では、それが最も簡単な方法だという説明だった。
「車輪と軸を増やせば、製作費と修理箇所も増えます。廊下には段差があり、階段では使えません。担架なら、建物の外でも運べます」
どれも正しい。
俺が考えた物にも、使えない場所がある。
「それでも、低レベルの生徒だけで運べます」
「治療室へ知らせれば、高レベルの教員が来ます」
「壊れ物ならどうですか。強く持てても、中身の方が衝撃に耐えられない物です」
教師はすぐに答えず、図をもう一度見た。
バルクが横から口を挟む。
「昨日の担架は、持ち手が二人必要だった。これは押す人が一人でいい。前後の高さも変わらない」
「試作に使う材料は?」
「古い配膳台の車輪。荷馬車用の細い板ばね。寝台は演習用担架を借ります」
すでに調べていたらしい。
車輪も、軸も、ばねも、この世界に存在している。
俺が発明した物ではない。
馬車や鉱山の運搬車で使われている部品を、校舎の中で怪我人を運ぶ用途へ組み直す。
教師は試作用の材料票へ印を押した。
「安全試験は、重りを載せて行ってください。人を載せるのは、その後です」
「ありがとうございます」
作業を始める。
俺は板を押さえようとした。
バルクが片手で固定し、もう片方の手で穴を開ける。
俺が二人がかりだと思っていた工程を、一人で終わらせた。
「手伝えることは?」
「寸法を読み上げてくれ。あと、使う人の高さを決めたい」
寝台が高すぎれば、俺には患者を載せられない。
低すぎれば、治療する者が腰を曲げる。
担架と同じ高さにし、車輪を板の外側へ付ける。
最初の図では四つの車輪を同じ向きに描いた。
それでは曲がれないと、バルクが前輪の軸を回る構造へ変えた。
段差で跳ねる問題には、荷馬車用の板ばねと厚い布を使う。
「車輪を大きくした方が、段差を越えやすい」
「大きすぎると、扉を通らない」
「では、校舎の敷居を測る」
俺が用途を言う。
バルクが、作れる構造へ変える。
昼までに、低い台車が形になった。
最初に載せたのは、人ではなく砂袋だった。
俺と同じくらいの重さを載せ、廊下と同じ板の上を押す。
動いた。
レベル15の俺でも、片手で前へ進められる。
曲がるときは、少し力が要る。
止めると、台車だけが先へ進みかけた。
「留め具が必要だ」
バルクが車輪へ足踏み式の止め具を追加する。
二度目は、坂道を模した傾斜板で試した。
上りは押せる。
下りは重さに引かれる。
壁へぶつかる前に、バルクが片手で台車ごと持ち上げた。
「俺が試すと、失敗しても止められてしまう」
「安全試験としては正しい」
「三枝が使う試験としては、正しくない」
押し手へ革帯を付け、手を離しても急に進まないようにする。
速度を抑えるため、車輪へ布の抵抗板を当てた。
完成した物は、俺の最初の図より部品が増え、形も違っていた。
それでも用途は同じだった。
一人で、水平のまま、人や壊れ物を運ぶ。
午後、治療室へ持ち込んだ。
僧侶は台車の周りを一周し、車輪と寝台の固定部を確かめる。
「戦士が担いだ方が速いですね」
「はい」
分かっていたことなので、反論はしない。
「ですが、魔力切れや平衡感覚の異常では、速く運ぶほど吐き気が出ます。運ぶ人の歩幅で傾きが変わらないのはよいと思います」
昨日倒れた生徒が、経過確認のため治療室へ来ていた。
「もう寮まで歩けます」
「試験へ協力してもらえますか」
本人の同意を得て、台車へ横になってもらう。
俺が押した。
敷居では少し揺れた。
曲がり角は、担架より広く回る必要がある。
それでも寝台の高さは変わらない。
「昨日より楽です」
生徒が言った。
寮まで運び、治療室へ戻る。
戦士が走れば数秒の距離を、往復で十分以上かけた。
速くはない。
だが、俺一人で運べた。
僧侶は試験記録へ署名した。
「治療室に一台、試験配置を申請します。平衡障害の患者と、壊れやすい薬品の運搬に使いましょう」
世界を変える発明ではない。
高レベルの大人に必要な物でもない。
それでも、昨日の俺にはできなかった仕事が、今日はできた。
放課後、ルナが申請書を受け取りに来た。
「治療室、工作室、生活法担当の三か所で承認が必要です」
「三枚とも、ルナが運ぶのか」
「明日は通信実習があります。校外の通信塔を経由すれば、明日のうちに返事を集められます」
ルナは書類を細い筒へ収めた。
「見学しますか。暗殺者課程が、どうやって手紙を運ぶのか」
台車の次は、手紙だった。




