攻略をやめたら、学校が見えた
レベル15になった翌朝、俺は授業で一度も手を挙げなかった。
教師が経験値配分の例題を出しても、知っている古い方法を話さない。
休み時間に教科書の職業補正表を開いても、最短の履修順を計算しなかった。
計算したところで、現地の教科書の方が詳しい。
天然狩場を三日走って作った最短記録も、国営育成牧場では十分で追い越された。
俺が黙っていても、授業は進む。
当然のことだった。
ルナは暗号法の課題を解き、バルクは戦士科の構造計算をしている。
二人には、通信局と建築という目標がある。
俺には、この世界で何になるかという目標がない。
帰る方法は探したい。だが、何から始めればいいのか分からなかった。目を覚ました草原にも、ゲームの物語にも、転移そのものを説明する手がかりはない。
レベル99まで上げた後、何になりたいのか。
その質問へ答えられないまま、数字だけ上げる意味も分からなくなった。
昼休み、ルナが向かいの席へ座った。
「体調が悪いですか」
「身体は、昨日より軽いくらいだ」
「では、何か考えていますね」
「何も思いつかないことを考えている」
ルナは無理に聞き出さなかった。
「午後の共同作業は、資料庫の整理です。身体を動かした方がよければ、一緒に行きましょう」
「そうする」
資料庫には、授業で使う石板と模型が積まれていた。
戦士職を履修している生徒が、大きな教材箱を一人で抱える。
魔法使い職の生徒は、埃を水球へ吸い込み、床を濡らさずに外へ運ぶ。
盗賊職の生徒は、破れた教材袋を指先だけで縫い直していく。
全員、俺より速い。
俺に任されたのは、整理番号を読み、棚の位置を記録する仕事だった。
箱は持てなくても、文字は読める。
番号を小さい順に並べ、使用する授業ごとに分ける。
作業を始めると、気づくことがあった。
教材箱を運んでいた生徒が別の授業へ呼ばれる。
その瞬間、重い箱の移動が止まった。
水魔法の生徒が水場へ行く。
床掃除が止まった。
袋を直していた生徒がいなくなると、裁縫も止まる。
代わりの生徒が来れば、すぐ再開する。
誰も困り果ててはいない。
ただ、仕事と技能を持つ本人が、切り離せない。
「三枝さん、次はどの棚ですか」
戻ってきた生徒へ番号を伝える。
俺が指示すると、教材箱は一息で移動した。
学校の人々は有能だった。
有能な人がその場にいることを前提に、学校全体が作られている。
資料庫を出ると、廊下の先で教師の声がした。
「道を空けてください」
基礎魔法の授業を受けていた生徒が、床へ座り込んでいる。
怪我はない。
初めて使った加熱魔法で魔力を使いすぎ、立つと目が回るらしい。
治療室までは、校舎を一つ挟んだ先だった。
体育教師なら、一人で抱えて数秒で運べる。
だが、いまは別の運動場にいる。
魔法の教師は、乱れた魔力を両手で抑えているため、生徒を抱き上げられない。
「担架を持ってきます」
ルナが走ろうとした。
バルクが止める。
「担架は俺が運べる。ルナは治療室へ知らせてくれ」
二人が別々の方向へ消えた。
戻ってきたバルクは、布を張った二本の棒を一人で抱えている。
倒れた生徒を寝かせると、もう一人の戦士履修者が呼ばれた。
二人で持ち上げ、歩幅を合わせる。
運ぶ側は十分に強い。
問題は、寝かされた生徒の方だった。
廊下の曲がり角で担架が少し傾くたび、顔をしかめている。
「もっとゆっくり」
魔法教師が声をかける。
二人は即座に速度を落とした。
それでも、前後の高さを完全に揃えたまま運ぶには、二人の呼吸が必要だった。
俺が代われば、担架の片側を持ち上げられない。
レベル99の大人が一人いれば、担架全体を支えて水平に運べる。
高レベルの生徒が二人なら運べるが、前後の高さを揃えるには呼吸を合わせなければならない。
低レベルの人間だけでは、怪我人一人を水平に保ち、安全に運ぶ余裕がない。
治療室へ着くと、担当の僧侶が生徒を診察した。
「魔力切れですね。しばらく横になれば治ります」
大事ではなかった。
ルナとバルクも安心している。
俺だけが、廊下へ置かれた担架を見ていた。
「どうしました」
バルクが聞いた。
「人が持たなくても、これを水平のまま動かせないかと思って」
「浮遊魔法か?」
「いや。もっと単純な物だ」
教室へ戻り、ノートを開く。
長方形を描く。
下に、丸を四つ。
寝台へ小さな車輪を付け、人が押す。
馬車ほど大きくする必要はない。
担架を持ち上げ続けなくても、床の上を転がせればいい。
バルクは図を見た。
「荷車を低くして、人を寝かせるのか」
「そうだ。俺でも押せるくらいにしたい」
「このままでは曲がれない。床の段差でも跳ねる」
「作れないか」
「作れないとは言っていない」
バルクは俺の手から鉛筆を取り、四つの丸へ軸を書き足した。
「本当に動かしたいなら、次は寸法を決める」
レベルを上げる目的は、まだ見つからない。
代わりに、明日の工作室で試すことが一つできた。




