三日分の努力は十分で終わった
ゲームで一度会えれば幸運だった銀色のスライムが、白い柵の中で百匹並んでいた。
町の東門から、低レベル実習者用の乗合馬車で一時間。
レベルの高い生徒なら走った方が速いらしいが、俺のために学校が馬車を手配してくれた。
広い草地の中央に、白い建物と何重もの柵が並んでいる。
入口の看板には、施設名が大きく記されていた。
《国営育成牧場・西部第四実習場》
「牧場?」
聞き返した俺へ、ルナがうなずく。
「王冠銀粘体の育成施設です。基礎成長実習は、ほとんどここで行います」
王冠銀粘体。
銀色の身体と、頭の上に王冠のような突起を持つ希少な魔物。
ゲームでは出現率が極端に低く、見つけてもすぐ逃げる。
倒せれば、同じ地域の魔物とは比較にならない経験値が得られた。
出現時刻を調べ、地形へ追い込み、逃走を封じる。
俺が最も時間をかけて研究した魔物の一つである。
それが柵の向こうで、飼料桶を囲んでいた。
一匹ではない。
同じ大きさの個体が列ごとに分けられ、それぞれの身体へ番号が浮かんでいる。
奥には小さな個体を育てる浅い池。
隣には飼料庫。
さらに向こうでは、職員が身体の硬さと保有経験値を測っていた。
野生の希少魔物ではない。
完全に家畜だった。
「全員、説明線の内側へ入ってください」
牧場職員が実習生を集める。
壁の図には、今日の手順が五段階で書かれていた。
一、本人のレベルと履修状況を確認。
二、目標経験値に合う個体を選定。
三、職員が体力を残り一まで調整。
四、生徒が安全棒で核を叩く。
五、目標レベルへ達したら終了。
攻略法ではない。
生産工程だった。
「王冠銀粘体は、野生個体を長い時間かけて育成用に改良した系統です」
職員が柵の中の一匹を示す。
「逃走性を抑え、経験値量が安定するよう選別しています。生徒の攻撃前には鎮静状態と残存体力を二名で確認します」
「職員が弱らせた分の経験値は、職員へ入らないんですか」
俺は手を挙げた。
「終撃寄与配分と実習契約補正により、登録された生徒へ必要量を集中します」
先日の授業で習った正式名称が返ってきた。
手順板の端には、俺がまとめた補助表の写しも留められている。《終撃寄与配分》の横に、《最後の一撃》という短い呼び方が添えられていた。
俺の攻略法ではなく、伝え方の方が現地の手順へ小さく混ざっている。
「集団設定を直前に解除すれば、さらに増えませんか」
「一時離団集中法との差も計算済みです。安全契約が切れるため、実習では使いません」
「職業補正は?」
「履修計画へ反映しています」
「一匹に複数人で最後の一撃を入れた場合は?」
「同時終撃の誤差を避けるため、一人ずつ行います」
尋ねるたび、手順書のどこかに答えがあった。
王冠銀粘体を安定して出現させる方法。
逃げない位置へ追い込む方法。
経験値を一人へ集める方法。
どれも、俺が考える前に工程へ組み込まれている。
「どうして、入学した日にレベル99まで上げないんですか」
今度は、純粋に分からないことを聞いた。
「教育が追いつかないからです」
職員は簡潔に答えた。
「高い出力を持つ前に、力加減、魔力停止、法律、生活技能を身につけます。履修段階に合わせてレベルを上げ、複数の基本職を経験してから上級職課程へ進みます」
レベル99を作るだけなら、もっと速くできる。
国が作りたいのは、力の数字だけが高い人間ではない。
町で見た、強くて、力加減を知り、生活の仕事をこなす大人である。
最初の実習が始まった。
レベル99の職員が、王冠銀粘体の前へ立つ。
武器は使わない。
指先で銀色の身体を軽く弾いた。
硬い金属板を叩いたような音がする。
測定板の数字が、正確に《残存体力1》で止まった。
強さより、その止め方の方が異常だった。
「レベル99になるまで、ずっと一体ずつ調整するんですか」
「基本職履修中の低レベル生徒が受ける基礎成長実習では、一体ずつです」
職員は、奥にある複数の調整台を示した。
「上級職の専門進路が決まった生徒をまとめてレベル99へ上げるときだけ、一括体力調整術式を使います。今日の実習では使用しません」
レベル99は卒業ではない。
高い出力を使う上級職課程へ進むための、次の入口らしい。
十二歳の生徒が、安全棒を受け取る。
棒の先で核へ触れる。
銀色の身体が光へ変わり、生徒のレベルが一度に三つ上がった。
次の個体が、別の柵から運ばれてくる。
待ち時間は一分もない。
「三枝さん、こちらへ」
俺の番が来た。
安全棒は、剣より軽い。
先端は柔らかい布で覆われ、核以外へ当たっても大きな傷を与えないよう作られている。
目の前の王冠銀粘体は、逃げなかった。
鎮静用の浅い枠へ収まり、核を表面へ出している。
俺がゲームで追いかけた個体とは、動き方から違う。
「中央を一度だけ叩いてください」
言われたとおりにする。
手応えは、眠り粘体より軽かった。
胸の奥で、レベルアップの音が続けて鳴る。
身体の中へ熱が広がり、視界の端で数字が上がっていく。
レベル7。
8。
9。
一匹目で、三つ上がった。
「姿勢が安定していますね」
職員が評価票へ印を付けた。
「野外で粘体を倒していました」
「それで核を叩く位置に慣れているんですね。次も同じ強さでお願いします」
二匹目。
レベル12。
三匹目。
レベル15。
「目標到達です。安全棒を返却してください」
終わった。
壁の計時板を見る。
説明を除けば、最初の一撃から十分も経っていない。
三日前、俺は眠り粘体の動きを観察した。
出現地点を三つ結び、再出現周期へ合わせて歩いた。
柄の緩みを直し、地形を使い、風向きを間違え、安全講習を受けた。
レベル1から6まで、三日かかった。
ここでは、安全棒を三度振った。
それだけで、レベル6から15になった。
「天然狩場を巡回する方法は、もう使わないんですか」
職員へ尋ねた。
「生態観察の授業では使います。成長だけが目的の場合は、百八十年ほど前に主要課程から外れました」
俺の最短攻略は、百八十年前の旧課程だった。
間違ってはいない。
天然の魔物だけを使うなら、いまでも速い。
だが、現地の人々は天然の条件へ挑むのをやめたのではない。
希少な魔物を育て、経験値を測り、誰でも同じ速さで上げられるようにした。
個人の上手さを、国の設備が追い越していた。
実習場の端で、硬い物が大量に流れる音がした。
王冠銀粘体が消えた後に残る、ドロップゴールドである。
金色の板や粒が溝へ集められ、職員が大きな箱へ落としていく。
箱の側面には《廃棄素材・第三集積》と書かれていた。
「あれは、どれくらい出るんですか」
「本日の基礎実習だけで、二千万ゴールドほどです」
俺が町で財産だと思った百万ゴールドが、午前中の廃棄量にも届かない。
一部は重しや舗装材へ回される。
それでも使い切れず、同じ集積単位ごとに板へ固めて保管するらしい。
生徒たちは、目標レベルへ上がったことを喜んでいた。
ルナは次の出願条件へ近づいた。
バルクは戦士科の実技に必要な筋力値を満たした。
職員も教師も、生徒が安全に成長したことを喜んでいる。
誰も悪くない。
むしろ、希少な魔物を探して子どもを野山へ送り出すより、ずっとよい仕組みだった。
「三枝さん」
ルナが俺の評価票を見た。
「野外経験の項目は最高評価です。三日間、一人で行動できたことまで無意味になったわけではありません」
「分かっている」
慰めではなく、事実として言ってくれている。
分かっているからこそ、反論できなかった。
俺は、この世界の知識を持っているつもりだった。
最短で強くなり、職業を選び、ほかの人が知らない方法で先へ進めると思っていた。
現地人は、同じ仕組みを三百年研究していた。
攻略法へ名前を付け、事故を記録し、希少魔物を育て、学校教育へ組み込んでいる。
俺の方法は正しい。
ただし、社会全体の方法より遅い。
帰りの馬車へ乗る前に、ステータスを開いた。
《三枝透》
《レベル15》
数字は九つ上がった。
目標だけが、なくなった。




