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碌 「偽物なんかじゃありません」 6


 琥珀さんがいなくなった途端、見計らったかのように静寂が私達を取り巻いた。

 急に心細さを感じた。私は無意識に自分の体を自分で抱いた。

 双六君もいる手前、気丈に振る舞おうと一生懸命に心を奮い立たせるが、脚が小さく震えてしまう。


「なぁ、環」


 ひーちゃんが私の肩に手を置く。

 急な事に、私の体は反射的にビクッと震えた。


「ご、ごめん、環」


 彼女が悪いわけではないのだが、ひーちゃんはバツが悪そうに謝った。

 私は取りつくろう様に答える。


「ううん、私が怖がってただけだから、こっちこそゴメンね」


 謝りながら、両手を顔の前で合わせて小さく頭を下げる。

 さらに、ひーちゃんが私の謝罪に重ねるように謝ろうとしているので、先手を打った。


「それで、どうしたの?」


 何かを―――きっと謝りの言葉を―――言いたげな表情だったけれど、それを飲み込み、神妙な面持ちでこう言った。


「そのさ、琥珀がドアを開けるのを、ただ待ってるだけってこともないよな」

「それはそうかもしれないけど、何をする気?」

「教室から出る方法を探すんだよ」


 いつものひーちゃんがそこにいた。

 他人に依存せず、自分を曲げない。こんな状況になったとしても、それは変わらない。


「うん。そうだね。でも、何ができるかな?」

「ちょっと、待ってください」


 私とひーちゃんの間に、双六君が割り込む。


「霊を刺激してはまずいですよ。このまま様子を見た方がいいと思います」


 手を振りながら、双六君はそう反論する。

 ひーちゃんは難しい顔で言う。


「私は琥珀が本物だって信用してない」

「え? なんでですか?」


 声を裏返らせて双六君は、ひーちゃんに聞く。


「霊能力者だと言う割には、不良みたな格好だし、これと言って霊能力を見せてないじゃないか」


 不満が爆発しているのか、ひーちゃんの声に力がこもる。

 本人にその気はないのだろうけれど、双六君を威圧するふうになってしまっている。


「格好は自由じゃないですか。それに、琥珀さんは霊を見ることができます」

「霊が見えるかどうかは、本人がそう言ってるだけだろ? 第一、見えたとしても、見えたからなんなんだって話しだよ」

「ひーちゃん、ちょっと落ち着いてよ」


 ヒートアップするひーちゃんを私は、そっと止めた。

 双六君が、俯いて唇を噛みしめているのが見えたからだ。


「わ、悪い。別に双六を責めてるわけじゃないんだ」


 我に返ったひーちゃんは、慌てて謝る。

 双六君は顔を上げて、ひーちゃんを見上げる。

 必死に目頭で涙を堪え、口を横一文字に堅く閉ざしている。


「双六君?」


 私が様子を窺うように、双六君に声をかけると、双六君の心のダムが決壊してしまった。

 鼻声で双六君は、こう叫んだ。


「琥珀さんとジュゴンさんは、僕を助けてくれた正真正銘の霊能力者です! 偽物なんかじゃありません! 二人とも、本当に凄い人なんです!」


 双六君の怒涛のように捲し立てる勢いに、私達はたじろいてしまった。

 どうやら、双六君の地雷を踏んでしまったようだ。 

 涙目で大きな声で叫ぶ双六君。どうしようもなく罪悪感が積もる。


「琥珀さんにも、いろいろ事情があるんです。…偽物だなんて言わないでください!」

「ごめんね、双六君。別に、琥珀さんを疑ってるわけじゃないんだよ。ね、ひーちゃん」

「そ、そ、そうだ。初対面だから少し警戒してただけだ。本当に偽物だなんて思ってないよ」


 あからさまに態度を変えるひーちゃん。

 双六君は、目をウルウルさせているが、一応落ち着いてくれた。

 肩を震わせ、口はぴくぴくしているが、私達が琥珀さんを信用していないわけではないと、わかってくれたようだ。


「双六、私が悪かった。許してくれるか?」

「もう琥珀さんのことを、偽物だなんて言わない?」

「あぁ。言わない。双六の言うことを信じるよ」


 ひーちゃんは双六君の頭に手を置いて、そう言った。表情からは反省の色が窺える。

 しばらく間があり、双六君はゆっくりと頷いた。

 どうやら、私達は双六君と仲直りができたようだ。

 とは言え、双六君には折れてもらわなければならないことがある。


「あのさ、双六君。琥珀さんは凄い人だけど、琥珀さんに頼ってばかりじゃ駄目だと思うんだ。私達は私達のできることしなきゃ」

「できること?」


 鼻声で双六君はオウム返しに聞き返す。


「そう。琥珀さんはきっと、私達を助けるために頑張ってくれてると思う。だから、私達もなにかできることを、頑張らなきゃいけないと思うんだ」


 双六君は少し考えて、答えた。


「危ないことはしないでくださいね」


 もちろんだ。

 私は一度、霊に殺されそうになっているのだから。

 霊の危険性は、身をもって分かっているつもりだ。




*****


「それで、どうする?」


 私が聞くと、ひーちゃんが腕組をしながら、こう言った。


「とりあえず、教室の中をくまなく探してみる」

「探すって何を?」

「それは、ここから脱出するのに使えそうなものだ」


 私の頭の中に、ハンマーやらダイナマイトやらが浮かんだが、教室にそんな物騒なものがあると思えなかったので、首を振って考えを意識の外に追いやった。


「あの、ちょっといいですか?」


 双六君が挙手しながら、そう言った。

 私達が双六君のほうを向くと、こう続けた。


「琥珀さん達はいつも最初に、霊達の目的を考えているんです。僕達もそれに倣ってみませんか?」

「霊の目的? 霊に目的なんてあるのか?」


 ひーちゃんがそう聞くと、双六君は少し得意げに、説明してくれた。


「人は死ぬと、『魂』と『肉体』に分かれます。普通の魂は地獄へ行き、閻魔様に裁かれます」


 私はこの前、蝶々さんが話してくれたお話を思い出していた。


「しかし、この世に大きな未練がある魂は、魂だけの存在で地上に残ってしまうんです。それが霊の正体です」

「大きな未練って、憎悪とか、絶望とか、悲壮のことだよね」

「はい。強い強い感情が未練となる場合が多いですね」


 私は蝶々さんから教えてもらったことを、まるで自分の意見かのように自慢げに言った。


「ふぅん。強い感情ね。愛情とか友情とかか?」

「はい。そういう感情も未練になりやすいですね」

「つまり、霊がどんな未練を持っているのかを考えよう言いたいわけだな」

「そうです。そして、霊をこの世に束縛している未練を断ち切ろうともがいているんです。だからそれを断ち切ってあげれば、霊は成仏されます」


 なるほどな。ひーちゃんはそう呟く。

 私は別の意味で、なるほどな、と思っていた。

 ひーちゃんがしようとしていた行動は霊のテリトリーを侵す行動だった。つまり、双六君が怖れていた、霊を刺激する行動。

 双六君は、上手にそれを回避したのだ。

 深読みのしすぎで、私のただの思い過ごしかも知れないけれど。


「でも、霊の未練なんて、想像もつかないな」


 ふーちゃんが難しい顔でそう言った。

 確かにその通りだ。赤の他人の未練なんて想像がまったくつかない。


「いきなり答えを求める必要はないですよ。わかってることを確認しましょう」


 ちょっと得意げな表情の双六君は、人差し指を立てて続ける。


「まずここは、小学校で六年二組の教室です」

「そうだな」


 思ったより普通のことだったのか、ひーちゃんは力がこもっていない返事をした。

 指をさらに一本立てて、双六君は続ける。


「次に、教室のドアは霊によって堅く閉じられています」

「琥珀さんと双六君が、思いっきり引っ張ってもビクともしないぐらいにね」

「琥珀さんのほうが先…」

「え? 何か言った?」

「別に、なんでもないです」


 双六君は、さっきとは打って変わって唇を尖らせ、三本目の指を立てて続ける。


「三つ目に、霊は僕たちに襲いかかってきません」

「確かに、暢気に話しをしてるからな。まさか、霊なんていないんじゃないか?」

「確かにいます。ドアが開かないのは、マジックでもなんでもないんです」


 双六君は真剣な表情に戻り、警告するかのようにひーちゃんに言った。


「そ、そうだな。霊はいる。…それで後はなんだ?」

「これで全部です」

「全部って、めちゃくちゃ情報少ないな!」

「三つだけじゃ、何もわかんないよ」


 ひーちゃんと私は、自分よりもすごく年下の男の子に、大人げもなく文句を言ってしまった。


「はぅ」


 当然、双六君はショックを受けたようで、驚きの表情のまま目頭に涙を貯めて固まった。

 私とひーちゃんは、しまったと思った。

 私は慌てて何もなかったかのように、話題をそらした。


「そう言えば! なんで廃校になっちゃったんだろうね? やっぱり少子化なのかな?」

「そうか。環は覚えてないのか。少し前にちょっとした事件があったんだ」

「ちょっとした事件?」


 私はオウム返しに聞いた。

 ひーちゃんは顎を人差し指と親指の腹で挟み、思い出そうと頭を回した。


「思い出した。ここの学校、遠足で乗っていたバスが事故に遭ったんだよ」


 それを聞いた私は、背筋が凍りついたような錯覚を覚えた。


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