碌 「偽物なんかじゃありません」 6
「事故、ですか?」
「そうらしいな。なんでも、橋から落ちたとか。原因は不明らしい」
「橋から…」
「いわくつきの橋で、今はもう封鎖されているんだ」
いわくつきのもの。どの町でも一つや二つはあるであろうもの。
廃墟。山。墓地。トンネル。森。神社。
大抵はふざけて付けられているのだろう。きっと、この橋も霊的な要素はなく、ただの偶然から、いわくつきと呼ばれているだけなのだろう。
でも、今の私には、いわくつきという言葉が生々しく感じられた。
「もしかしたら、その事故で死んだ人達が、霊になった、のかもな」
答えを聞くというよりは、恐る恐る窺うような口調で、ひーちゃんは双六君に聞いた。
双六君はしばらく口を開かずに、静かに考えていた。目と口を閉じて、指で顎を触りながら。まるで瞑想でもしているような清廉さだった。
私とひーちゃんの緊張感が高まり、頂上に達っする。その時、双六君は難しそうな顔でこう言った。
「可能性はあります。でも、この状況の説明がつきません」
それだけ言うと、双六君は、また難しい顔で考え込んでしまった
私は、双六君が言った意味を理解できなかった。
ひーちゃんも同じようで、双六君を思考から現実世界に引き戻すように言った。
「ちょっと待て。この状況ってどういうことだよ」
双六君は目を開き、思考と一度止めて、私達に丁寧に答えてくれた。
「この状況というのは、僕達がこの教室に閉じ込められている状況ということです」
「確かに、交通事故で亡くなった人の魂が、私達を教室に閉じ込める理由なんてないよね」
「環も、言ってることがおかしいぞ。霊の行動の全てが未練に関する行動なわけないだろ? 長い間一個のことに集中しっぱなしでいられるかよ」
双六君が首を振って、ひーちゃんの言ったことを否定した。
「それは違います。さっきも言ったように、霊は未練があるがために、地上に残っているんです。そして、その断ち切るために抗っているんです。だから未練とは関係のない行動をとらないものなんです。確かに、ごく稀に、例外はありますけれど」
「そっか。じゃあ、私達をこの教室に閉じ込めている理由が、霊達にはあるってことだね。双六君」
「はい。それが分かれば、きっと、ここから出ることもできるんですが」
なるほどな。ひーちゃんはそう言うと腕組をして考え込む。
「閉じ込めた理由……閉じ込めた理由…」
私は小声で呟きながら考える。
漠然ととしたフワフワしている思考。一つに固まることはなく、グネグネと形を変えて定まらない。
沈黙が私達の間を流れると、私は落ち着かない気持ちになった。その焦りが、私をネガティブにしていく。
もしも、このままここから出られなかったら、どうなってしまうのだろうか。
それを考えた途端、私の背筋にビビっと電流が流れた。
なるほど。そういうことか。
私は、早鐘を打つ心臓を服の上から押さえるように、手を胸に押しつける。
「双六君。わかったよ私達が閉じ込められている理由」
「本当ですか?」
驚きを隠さずに双六君は言う。
ひーちゃんも、考えるのを中止して私のほうを向く。
「きっと、私のせいで閉じ込められているんだよ」
「環のせい?」
確認するように、ひーちゃんが聞く。
私は、ひーちゃんの目を見て、震える声を押さえながら答える。
「うん。ねぇ、もしもこのまま閉じ込められ続けたら、私達、一体どうなると思う?」
「どうなるって、…そのうち、心配した母さんか親父が警察に電話して、そのうち私達を見つけてくれるんじゃないのか?」
「それは十分な時間が私達にあったらの場合だよ」
「食べ物とかはないけど…」
「ううん。違うよ。私達のタイムリミットはもっと短い」
私とひーちゃんの会話を静観していた双六君が、口を開いた。
「解体、ですね」
ひーちゃんはハッとした。
「そうだよ。この小学校はもうすぐ解体される。明日のお昼にでも、ね」
「確かに、私達には時間がないのは、わかった。閉じ込められっぱなしだと、すごくマズいことになる。でも、それが霊と何の関係があるんだ?」
「ひーちゃんにも言ったよね? 私、一度霊に襲われて、殺されかかってるの」
「それは、聞いたけど」
「私を襲った霊が、今度は私を閉じ込めることによって、私を殺そうとしているんだと思う」
私は考えを口にすることで、勇気が萎んでいく錯覚を覚えた。
どうしても、怖い。
震えを押さえきれない私を見て、ひーちゃんは励ましてくれた。
「環を襲ったヤツは関係ないさ。大丈夫、死んだりしない」
「でも、そう考えたら辻褄が合うんだよ。きっと、バスの事故なんか全く関係なくて、最初からこの学校に霊なんかいなくて。私が連れて来ちゃっただけなんだよ」
「そんなことない」
「なんで、そう思うの?」
私の問いに、ひーちゃんは顔をしかめる。
ひーちゃんは答えなかった。いや、答えれなかったんだと思う。
ずっと、私を励ますために空元気を振り絞っていてくれただけなのだろうから。
「あの、環姉さん。ちょっとおかしいですよ」
双六君はあっけらかんと、そう言った。
「環姉さんを襲った霊は、一人でしたよね」
私はよく思い出してみる。
肩を強く握られた。首を絞められた。その時、感じたのは二つの手と一つの視線。
「多分、一人だと思う。確信はないけど」
「一人だと思われます。気配が一つだったらしいので」
私は琥珀さんがしてくれた説明を思い出しながら、相槌を打って双六君の説明を促す。
「琥珀さんが霊視してくれた時のことを覚えてますか?」
「霊がいるって言ってたよね」
「それだけじゃありませんよ」
「"無数の手が取っ手を掴んでる"。琥珀はそう言っていたな」
ひーちゃんが答えた。
なるほど、この状況を作ったのは、複数の霊だということになる。
「だけど、双六君。変じゃない? 無数の霊が存在するってありえるの? 確か琥珀さんが言ってたんだけど。霊は不完全な存在だから、お互いに引き付け合って、一つの霊になるって」
「その通りです。ですが、例外があるんです」
「例外?」
私がオウム返しに聞くと、双六君は私のほうに向き直って、続きを言う。
「未練のベクトルがまったく違う場合です。他の霊と一つになることで自分の未練が断ち切れなくなってしまうからです。」
「…なるほど。未練を断ち切れないからこそ霊となり、未練を断ち切ろうとしている。それなのに、わざわざ面倒なことをする意味ないもんな」
ひーちゃんの言葉に双六君はコクンと頷く。
そして、慌てて付け加えた。
「これは僕の見解であって、その…絶対に環姉さんが間違っているというわけではないですので、その、えっと、用心しててください」
物事を正しく伝えないと気が済まない性分らしい。
とはいえ、私が凄く怖くなったのは言うまでもない。
「外れちまったみたいだけど、環の推理、よく出来てたよな」
「でも、大外れ。進展なしだよ。やっぱり、素人の私達じゃ駄目なのかな。琥珀さんが来るのを大人しく待とうよ」
「そんなことない。今思いつくからもう少し待ってろ。」
「そんな簡単に思いつけるものじゃないよ」
私の声はひーちゃんに届かなかった。
スポーツマン特有のプレッシャー時の集中力。本当にあるのかどうか知らないけれど、私から見たひーちゃんは、それに満ち溢れていた。
*****
ひーちゃんが考え込み始めて五分。
双六君もお手上げのようで、私達は惰性的に見当違いな推理をぶつけ合っていた。
そんな中、ひーちゃんだけは、頑なに考えるのをやめず、ずっと微動だにしない。
どうしても琥珀さんの力を頼りたくないらしい。
会って少しで、こんなに仲が悪くなるのも珍しい。
そんなことを考えてると、ひーちゃんが静かに開眼し、呟いた。
「もしかして、なんだけどな」
虚を突かれた私と双六君は、慌ててひーちゃんの話に耳を傾ける。
「霊は、何かを探して欲しいじゃないのか?」
「え、どういうこと?」
「つまり、私達を閉じ込めているということは、私達にこの教室で、してほしいことがあるって考えられないか?」
「なるほど、辻褄はあってますね」
双六君の肯定をもらえて自信がついたのか、ひーちゃんは一気に捲し立てた。
「教室でやってもらいたいこと。まさか勉強ってことないだろう? 多分、探し物だよ」
「なんで探し物だって思うの?」
私の質問に頷き、ひーちゃんはゆっくりと解答する。
「根拠はないんだ。でも、私達が小学生のころ、よく物がなくなってただろ?」
「……そうなんだ」
ひーちゃんはハッとした表情になった。
デリカシーに欠ける発言をしたと思ったらしい。
「大丈夫、気にしないでよ。それよりも続きを聞かせて」
「う、うん。教室って物がたくさんあるから、よく、小さいものとかが隙間に転がって行ったり、掃除道具入れみたいな大きいものの上に飛んで行ったりするんだよ」
「教室だから失くし物って、少し短絡的すぎないかな?」
「私もそう思うんだよ。でも、他に、霊の望みが思いつかないんだ。人を閉じ込めるよりも自分でやった方が手っ取り早いだろ? その点、物を探すのは固定観念とかがない他人の力を借りた方が早い」
一通り推理を聞いた双六君が少し、詰まりながら、ひーちゃんにこう言う。
「その、霊のやってもらいたいことが、探し物であると、断定するには、根拠が弱い気がしますが、…筋は通ってますね」
「だろ? きっと隙間に挟まってしまったり。物の下敷きになってしまうような小さな物だと思うんだ。大切なアクセサリーのようなものじゃないか? それなら未練にもなりうる」
やや興奮気味に語り終えると、ひーちゃんは早速行動に出た。
机の中やゴミ箱の裏など、小物が落ちていそうな場所を探し始めた。
「ねぇ、双六君。ひーちゃんの推理どう思う? 私は的を射てると思うんだけど」
「東堂さんの推理は、辻褄があっていると思います。でも、探し物がアクセサリー類だと断定できないと思います」
「そうなの?」
「はい。イマドキの小学生のことはよくわかりませんが、小学生の宝物なら、例えば消しゴムなんかもそれに入るんじゃないでしょうか?」
イマドキ小学生を語る小学生。
やや奇妙な違和感を頭の隅に追いやり、私は相槌を打った。
「探すのなら、見えにく所にあって、小さい物。貴重で高価なものだとは思わずに探したほうがいいと思います」
「そうだね。了解」
「僕はまず、窓が開くかどうか確認してから探してみようと思います。そう言えば、まだ試していませんでした」
双六君の後ろ姿を見ていたが、どうやら窓も、教室のドア同様に堅く閉ざされているようだった。
私も遅れながら、何を探すのか分からないまま、当てもなく教室を彷徨うように、探し物を始めた。




