碌 「偽物なんかじゃありません」 3
琥珀さんとの待ち合わせの時間、十五分前。
一度帰宅した私とひーちゃん、そしてアイちゃんの三人は、動きやすい薄手の服装で、私達の母校である桜麻小学校の裏門に集まっていた。
閉校してから、だいぶ時間がたったからだろう。手入れされていない塀や柵は風化したり、錆ついたり、小学校という明るいイメージを連想させない程に汚れていた。
背伸びをすると、塀の向こうに小さなグラウンドが見える。雑草は伸び放題。地面はボコボコ。子供達がサッカーやドッチボールを楽しくしていた頃の面影はない。
グラウンドの向こうには校舎が見えた。
遠くてよく見えないが、壁は雨などで汚れていて、窓は誰かの悪戯で割られていた。あの様子だと、クモの巣に気をつけなくてはいけないみたい。
確かに原形を連想させないぐらい薄汚れてしまっているが、私が、母校に対して懐かしいという感情を抱かない原因は、この汚れのせいじゃない。
その原因を知りたいから、私はここに来た。
「ねぇ。タマちゃん」
暇を余したアイちゃんが声を掛けてきた。
「琥珀さん、ってどんな人?」
「見た目はチャラい」
「霊能力者なのに?」
「うん。最近は忙しそうだから、チャラくないけどね」
「ふぅん。…で、どんな霊能力を使ったの?」
「どんなって言われても」
私は琥珀さんのことを思い返す。
そう言えば、あの人、本当に霊能力者なのだろうか。
「お祓いとかしてもらったの?」
好奇心いっぱいの表情でアイちゃんは言う。
「お祓いが通用しないみたいだから、こうやってコツコツと地道な積み重ねをしてるんだよ」
「ふむ。じゃあ、式神とかは?」
「そんな高度な事はしてなかったな。あ、でも、今はその必要がないってだけかも」
「なら、お経は?」
「読んでなかったけど」
読めるのかな。お経。
小学校中退だって言ってたけど。
「じゃあ、何をしたんだよぅ」
「…霊視」
「れいし?」
「霊を見るんだって」
「…。それで?」
「私に悪霊は憑いてないって」
「…。タマちゃん。騙されてるんじゃない?」
うん。私もそんな気がしてきた。
「第一、チャラい服装の霊能力者なんて、おかしいだろ」
琥珀さんに、妙に懐疑的なタマちゃんが言った。
「いいか、環。神社の関係者が、チャラい格好になれるわけないだろう」
「それは偏見なんじゃ」
「そして霊が見えるって? 結局、見えてなかったじゃないか」
「だって、いなかったんだもん」
「夜中に建物の中に、女の子を一人で呼び出すなんて、非常識だ!」
「非常事態だから、仕方がないんじゃないかな?」
ひーちゃんは私の方をキリッと睨んで、言った。
「琥珀って男が、環に乱暴しようとしたら、私が叩きのめすからね!」
格闘家顔負けの気迫が込められた、ひーちゃんの言葉。
思わず、私は頷いてしまった。
「大丈夫だと思うよ? だって、三人もいるんだもん」
ほわわんと、平和な口調でそう言うのは勿論アイちゃん。
「確かに、そうだけど。でも、だからって油断しちゃ駄目だ。もしかしたら、大勢で来るかも知れないし、もう既に何人か、潜んでいるかも」
「それは考えすぎじゃないかなぁ~」
私は少々、ひーちゃんに呆れながら、冗談混じりの口調でそう言った。
琥珀さんが、待ち合わせの場所に来たのは、約束の時間の五分前だった。
今日の琥珀さんは、アクセサリーに埋もれていた。
*****
「あん?」
私達を見て、第一声がこれだった。
そして、少し考えるような素振りを見せて、こう言った。
「環は、どいつだ?」
私を含め三人とも、琥珀さんの台詞を理解しかねた様子だった。
琥珀さんなりの冗談だったのかも知れない。私は、色々と悩みながら、手を挙げた。
「私です」
「ん。そうか。ソッチの二人は友達か?」
―――自分の冗談をスルーした!?
「えっと、琥珀さん? まさか、本気で区別がつかなかったんですか?」
「昔っからじゃねぇんだけどよ、女子は全員同じ顔に見えるんだわ。蝶々のせいか?」
―――マジだった!?
男性としては致命的な欠陥を、特に隠すこともなくあけっぴろに告白する琥珀さん。
確かに、蝶々さん程の美人と一緒に生活してたら、一般人の女性の見分けがつかなくなっても、不思議じゃないかも知れない。
…そんなわけ、あるかー!
「環姉さん。大丈夫?」
軽く混乱していた私を、労わるような声が聞こえた。
この幼いけれど、どこか凛々しさがある声は、聞き覚えがある。
「もしかして、双六君?」
「はい。琥珀さんに無理を言って、ついて来ました」
双六君の格好はチャンチャンコ姿で、細くて白い手足が覗いている。
薄暗いけれど、双六君の純粋な瞳はよく見える。
あぁ、本当にかわいい子だ。持って帰りたい。
「あ、その…やっほー…」
双六君は私とのフレンドリーな話し方を慌てて思い出したようで、言いなれない挨拶を恥ずかしそうに言った。
実際、私はすっかり忘れていたので、それに気づくのに少々、時間がかかった。
不安そうにこちらを見る双六君。
私は慈愛に満ちた表情で琥珀君の頭を撫でながら、褒めてあげた。
「合格。さすが双六君だよ」
少し恥ずかしそうだったけれど、双六君は俯いて私に撫でられるがままになっていた。
そんな私と双六君の感動の再会の後ろで、ひーちゃんが琥珀さんに噛みついていた。
「あんたが、琥珀?」
「オレが琥珀だ。何か悪ぃか?」
「環に、変なちょっかいかけてないでしょうね」
「んなことしねぇーよ。…蝶々はしたかも知れねぇけど」
チャランチャランと琥珀さんのネックレスやイヤリングが鳴る。
私へのちょっかいが、”んなこと”扱いだったのは、少し落ち込んだ。
そんなに魅力がないだろうか。
やっぱり、女は胸なのだろうか…。
蝶々さんのメリハリボディが、頭の中でチカチカする。
「私は小野阪 藍って言います。今日はお世話になります」
ひーちゃんと琥珀さんが火花を散らしている間に、割り込むようにして強引にアイちゃんは自己紹介をした。
アイちゃんの割り込みに、二人共一時、刃を鞘に納めて、自己紹介し合った。
「オレは琥珀。久恒神社のモンだ」
「私は東堂 灯。環に手を出したら、タダじゃおかないからね」
「へぇ~。どうなるのか、見てみたいね」
お互いに好戦的な態度で、火花を散らし始める二人。
ひーちゃんと琥珀さんって、相性悪いのかな?
「あの、僕は、双六です。今日はよろしくお願いします」
完全に名乗るタイミングを逃した双六君は、私の陰から控え目な声で名乗った。
多分、あの二人には聞こえてないだろうな。
双六君の表情を窺うように、膝を折って目線の高さを合わせるアイちゃん。
「双六君って言うんだ。何歳?」
「…十ニ歳です」
双六君は初めて私と会った時の利発さは見せず、私の服の裾を掴んで、私の陰に左半身を隠した。
「もしかして、あたし、嫌われた?」
アイちゃんは思いっきり表情を曇らせて、心配そうに私に聞いてきた。
「そんなことないよ。ね、双六君」
同意を求めるように、双六君のほうを見ると、双六君はさらに半歩私の陰に隠れた。
それを見た、アイちゃんは、電柱に片手をついて、深く落ち込んだ。
ぶはああ、というおよそ溜息に聞こえない溜息をついている。
溜息をつくと幸せが逃げると言うが、あの溜息なら、もっと大事なものまで逃げそうだ。
「双六君、アイちゃんは別に悪い人じゃないよ?」
「…なんか、ホッぺを抓られる気がした」
双六君のホッぺに限らず、子供のホッぺの若々しい弾力は魅力的だ。
それに、今日は学校で、ひーちゃんが私のホッぺを好き放題に蹂躙していたのをそばで見ていたわけだから、無理もないかも知れない?
「環!」
唐突に琥珀さんが荒っぽい口調で、私を呼んだ。どうやら、ひーちゃんと険悪な関係になったらしい。
私は吃驚しながら、返事を返す。
「ひゃ、はい」
「あ、ソッチか。さっさと中に入るぞ」
この人、アイちゃんと私を間違ってたな!
いまいち纏まらない五人は、錆ついた柵を越えて、明後日解体予定の小学校に無断で侵入した。




