碌 「偽物なんかじゃありません」 2
琥珀さんと小学校に行く予定を控えている私は、朝から妙にソワソワとして落ち着きがなかった。
面倒見がいい、ひーちゃんとアイちゃんの目に留まり、手厳しく問い質された。
「環。最近、どうも様子がおかしいぞ?」
「な、なんのことかなぁ~」
「タマちゃん。放課後も、一人でふらぁ~っていなくなるし~」
「そ、そうかなぁ~」
白々しい私の言い訳。ひーちゃんは唇を尖らせると、一瞬、悪い顔で笑った。
むにゅ。
私の両頬は、ひーちゃんに引っ張られた。
面白いほどよく伸びる私の頬。自分でも吃驚する。マシュマロとお餅を足したようなものだろうか?
「いはいほぅ」
「ん? 何て言ってるのか、わからないな」
ひーちゃんは可笑しそうに笑いながら、私の頬を抓り上げる。
隣で見ているアイちゃんも、上品な笑みを浮かべていた。
うぅ。四面楚歌だ。
「相変わらず、環の頬はよく伸びるな」
「タマちゃんのほっぺの柔軟性は、定評があるからね」
そんな定評、いらない。
「中学校の卒業文集で、なんでもランキング、頬の触り心地がいい人部門で、堂々の一位だったね」
需要があるのか? そのランキング!
「そうだったな。環の頬を一度でいいから抓みたいという奴が、他校にもいたからな」
「でも、タマちゃんのホッぺは、私達二人だけのものだからね~」
私の頬は私のものだ!
「修学旅行の夜。あたしとひーちゃんの二人でタマちゃんのホッぺを奪い合ったね」
「結局、私が勝ったぞ」
アイちゃんが初めて会った時に言ってた、あの熱い夜って、そのことか!?
私のツッコミが聞こえない二人は、私の頬を引っ張ったまま、昔話に花を咲かせていた。
ひーちゃんは、ドヤ顔。アイちゃんはお嬢様スマイル。
とりあえず、頬、離そうかッ!
「環は、妙にMッ気があったからな。よく頬を引っ張ってくれと、私に頼んでいたな」
そ、そうなのか?
確かに言われてみれば、だんだん頬を触られることに、抵抗がなくなっているような。
頬が伸びるのが、自分で引っ張っているわけでもないのに、少し楽しいような。
ひーちゃんの手が、私の頬にフィットする感じが、言いようのない安心感を与えてくれるような。
「え? タマちゃんって、そんな子だった?」
「ふえぇ?」
嘘をつかれていたとわかった時、情けない声が出た。
私は言葉を発せない分、頑張ってひーちゃんを睨む。
「…あはは。冗談だよ、冗談」
ひーちゃんは後頭部を掻きながら笑っている。
いわゆる、誤魔化そうとしている、というやつだ。
証拠に、私の頬から手を離していない。精一杯ひーちゃんを睨みつける。
イメージは琥珀さんだ。
「環。…頬を引っ張られた状態で、涙目で睨んでも、怖くないよ」
頬を引っ張られた状態では、他人とまともなコミュニケーションが取れない。
新たな発見だ。
「もぅ。ひーちゃんはタマちゃんで遊びすぎだよ~」
「だって、イジられる環って、面白いんだよ」
「ひひはへんひよぉ!(いい加減にしろぉ!)」
「ほら、多分、きっと、もしかしたら、タマちゃんも怒ってる、みたいらしいよ? 自信ないけど」
アイちゃん、当たってるから自信を持って!
アイちゃんの通訳も虚しく、ひーちゃんの私の頬を触る勢いはエスカレートする。
左右に引っ張るだけだった私の頬を、ムニムニと指の腹で感触を楽しむように挟む。
目が、目が怖ぇえ!
「ひーひゃん、はんはこはいほう(ひーちゃん、なんか怖いよ)」
「愉快な台詞だな」
このドSめ!
目の前の熱血スポーツ少女を、憎らしげに睨んだまま、私は言いようのない敗北感に打ちひしがれた。
「白状する気になったら、いつでも言うんだよ~。そうじゃないと、終わらないよぅ~」
平和な声で物騒な台詞を言うのは、アイちゃん。
ニコニコとしているほうが、厳つい形相よりも怖い。
ちくしょう。私の負けだ。少し恥ずかしい話ではあるが、白状しよう。
「はくひょうしゅるはらははひへほぅ(白状から離してよ)」
「何て言ってるのか、わからないな」
―――白状できねぇ!!
白状しようにも、頬を引っ張られていて、まともに喋れない。
私は理不尽な状況にキレた。
濡れた犬のように顔をブルブルと振って、ひーちゃんの魔の手から逃れると、吠えるように叫んだ。
「このサディスト! 鬼畜! 人でなしー!」
昼休みの校舎に、私の叫びが轟いた。
*****
先生に、もう少し静かに遊べ。と怒られた後、私達は気まずい雰囲気のまま、私の事情聴取をすることになった。
私が霊に襲われ、琥珀さんに助けれられ、琥珀さんと蝶々さんの協力を受けて、今、呪いの解除と、悪霊の除霊を行っていることを話した。
突拍子もない話だが、二人は静かに聞いてくれた。
「…と、言うわけです」
「ふ~ん。久恒神社の二人のことなら、よく聞くから別に疑いはしないけど、俄には信じられないな」
「そうだね。嘘をつかれてるわけじゃないと思う」
二人は、それぞれの解決の仕方をした。
確定はしないけれど、仮定はしたひーちゃん。
真偽は気にせず、虚偽の有無で納得したアイちゃん。
二人とも、大人だった。
「そんなことより、環!」
ひーちゃんは私の名前を呼びながら指をさす。
「どーして、相談してくれなかった」
気迫に負けて、私は言葉が出てこなかった。
いや、暖かい気持ちが言葉を追いやってしまっていた。
「そうだよぅ! タマちゃんは私達のことを信用してなかったの?」
声が出ない。
私は首を横に振る。
「まったく。昔から環はそうなんだよな。一人でなんでも解決しようとする」
ひーちゃんが腰に手を当てて、前屈みになり私を怒る。
その横で、頬を膨らませて、アイちゃんはひーちゃんに賛同する。
「本当だよぅ。タマちゃんは、一人で突っ走りすぎるよぅ」
「…ごめん……気をつけます」
私は涙が出そうになるのを堪えながら、必死にそれだけを言った。
ひーちゃんは私の言葉から、それ以上のものを感じとってくれたらしく、溜息をつくと、それ以上の言及をしなかった。
アイちゃんはもっと言いたげだったけれど、しおらしい私を見て、口を噤んだように見えた。
「本当に…ごめんなさい」
「もういいよ。環」
ひーちゃんが私の頭を優しく撫ぜる。
この鞭と飴の使い分けが、ひーちゃんの武器なのだろうか。
私は瞳を濡らしながら、涙を堪えた。
泣くのが、卑怯な気がしたから。
「それで、今、呪いを解くために、何をしてるの?」
話題を変えるように、ひーちゃんが言う。
私は、頑張って声を震わせないように気を付けながら、今後の計画を話す。
「とりあえず、記憶を取り戻すのが先決だから、前の私に縁がある場所に、直接行くことになってる」
「琥珀って人達と?」
「ううん。ジュゴンさんは大怪我してるし、蝶々さんは外に出たくないって言ってたから、琥珀さんと二人…」
「男と二人っきり!? 環、あんた、バッカじゃないの!」
ひーちゃんは噴火のような勢いで、私に詰め寄る。
「わかってない。わかってない! この前も言ったよね? ガードは堅く!」
「はぅ」
あまりの勢いに、私は別の意味で涙が出そうだった。
見かねたアイちゃんが話を促すようにこう言った。
「それで、最初にどこに行くの?」
「桜麻小学校」
「あそこ、もうすぐ解体されちゃうもんね。でも、簡単に入れるのかな?」
「今晩、忍び込む予定で…」
その台詞が起爆スイッチだった。
「今晩! 環! それどういうことか説明しな!?」
「どういうって、その明後日には解体だから、今晩しかチャンスがなくって…」
「絶対、その琥珀とかって言う男、邪なことを考えてるよ! なんで行く気満々なの!」
「…ごめんなさい」
咄嗟にジュゴンさんの部屋にあった般若のお面を連想させる、ひーちゃんの怒った顔。
ひーちゃんの説教に、私は小さくなって、平謝りしていた。
そして、見るに見かねたいつもの笑顔のアイちゃんが、私とひーちゃんの間に入って、ひーちゃんを宥める。
「まぁまぁ、タマちゃんも反省してるから、ね?」
「あっまーい! 藍は環が小汚い男に何されてもいいって言うの!」
「琥珀さんは、小汚くないよ。…チャラい格好してるけど…」
「環。あんたは騙されてる! やっぱり、悪霊なんて存在しない!」
いきなり意見を翻した!
「ひーちゃん、一回落ち着つこうね」
アイちゃんがひーちゃんの肩に手を置く。
それでも荒ぶるひーちゃんは落ち着くどころか、アイちゃんの冷静さにかえって激昂してしまった。
「環が変なオカルト話で唆されて、欲望丸出しの男共に大切なものを穢されようとしてるのに…」
ひーちゃんの怒声は途中で途切れてしまった。
なぜなら、アイちゃんが、ひーちゃんの口を無理矢理閉じたからだ。唇で。
「あ、あ、アイちゃん!?」
私は驚きのあまり、言葉を失った。
アイちゃんの横顔は、いつもの子供っぽいフワフワした表情ではなく、妙に色っぽい大人な表情だった。
しばらく、ひーちゃんはもがいていたが、ついに魂を吸われたかのように、動かなくなり、脱力した。
アイちゃんから解放された途端に、重力に従い床に座り込んだ。
「さて、ひーちゃんが大人しくなったから、話を進めよう」
「あぅ…」
私はまだ、言葉を失っていた。
女の子同士で、何をやってるの!?
確かに教室には、私達以外に誰もいないけれど、…いや、そんなこと関係ないだろ!
「あらら?」
平然としているアイちゃん。日常の出来事を済ませたかのようだ。
そして、ハッとしたような表情で、慌てて弁明する。
「あのね、あのね、私にソッチの気があるんじゃなくてね、ちょっと、驚かせてやろうと思ってね…」
―――アイちゃんって、キス魔か?
私は絶句していた。
「なんか、タマちゃん、誤解してない?」
珍しくアイちゃんがオロオロした。
「と…とにかくだ。環、私はそんなの認めないぞ」
机に寄りかかるようにして立ち上がるひーちゃん。さながら、ゾンビだ。
「認めないって言われても、確かに、不用心だったけど、私には他の解決できる方法がわからないし」
ひーちゃんも私の言い分は分かっているらしく、口を噤んだ。
気まずい沈黙。
頃合いを見計らうように―――私の考えすぎかも知れないけれど―――、アイちゃんが手をポンと叩いた。
「そうだ。いいこと思いついたよぅ」
そう前置きして、アイちゃんはこう言った。
「あたし達も環について行けばいいんだ」




