碌 「偽物なんかじゃありません」 1
「とにかく、僕らがするべきことは、今回の件を詳細に理解することだ」
「もう十分だろ? 夢現環は記憶喪失で、霊に襲われた」
「君は辞書で、詳細って言葉を調べて、漢字練習帳に二十回、声に出しながら書いたほうがいいね」
「ハッ。漢字練習帳なんて、ドコを探しても出てこねぇよ。先公から貰った、その日に失くしたぜ」
頭の中で、昨日のジュゴンさんと琥珀さんのやり取りが、リプレイされる。
マジで、この人達を頼ってもいいのだろうか?
私がオカルトなことに巻き込まれているのは、断言できる。
今でも忘れない。あのゾワッとする嫌な感じ。あれは命の温もりを持つ物の仕業ではない。気がする。多分。
私が今、頼れるのは、例え頼りなくても、霊能力者なのだ。
ジュゴンさんと対面した次の日。私は久恒神社で、琥珀さんと私のアルバムを挟んで話し合っていた。
あまりにも不毛なやり取りをしていた。
「とにかく、記憶喪失を治す。それが第一の目標。っつーわけで、家にあるアルバムとかを見て記憶を取り戻せ」
「アルバムはもう見ました」
「ビデオはどうだ? 運動会とかお遊戯会とか」
「友達に見せてもらいました」
琥珀さんの提案はことごとく、没になった。
そんな普通のことで私の記憶喪失が治るとは思えない。もしも、治るなら、既に治っているはずだ。
私は憂鬱な気分のまま、諦めに近い感情を秘めていた。
「それじゃあ、その場所に行ってみろ」
「その場所って、学校とかですか?」
「おう。小学校も中学校も、なんなら修学旅行先にも連れてってやるぜ」
「ありがとうございます。実際に行くのと写真は違いますもんね」
「よし、まずはどこに行くかだな」
琥珀さんは私の持ってきたアルバムを捲りながら、目的地を探し始めた。
私もそれに倣って、目的地を探す。
虱潰しに行ってもいいのだが、作業効率を考えて行動するほうが賢いだろう。
次に霊が私を襲いに来るのが、いつかわからないから、尚更。
「環、一番印象に残ってそうな場所から行くぞ? あんまり悠長にはしてらんねぇからな」
「はい」
そう答えたけれど、私には記憶がない。
一体、どこが一番印象に残っているのだろうか。
「お前、桜麻小学校出身なのか?」
琥珀さんは一枚の写真を指さしながら、私にそう聞いてきた。
「はい。そうみたいですね」
「てことは、環はオレの後輩だな。オレもこの学校に通ってたから。…五年生までだけど」
「転校したんですか?」
「いや。…中退」
……。小学校中退?
できるのか?
「何があったんですか? イジメですか?」
「オレが苛めに遭うような奴に見えるか?」
むしろ逆だ。
絶対、イジメるほうだ。しかも、先生にすぐにバレそう。
バレたついでに、先生までイジメそう。
私はあまり具体的な印象は言わずに、首を横に振るだけにした。
「若気の至りっていうか…。別に大したことじゃねぇんだよ」
「学校に行ってみたいって、思ったことないんですか?」
「ねぇな。オレは勉強嫌いだし」
気持ちがいい程、あっさり、キッパリとした答えだった。
「運動会とか、文化祭とか、修学旅行とか、勉強以外にも色々あるじゃないですか」
「汗を掻くのが嫌いだからな。運動会は好きじゃねぇ」
ずいぶんマセた子供だったんだな。
「文化祭はどうですか? 合唱コンクールとか、模擬店とか」
「オレの辞書に文化って言う単語があると思うか?」
ないですね。
「じゃ、じゃあ、修学旅行。琥珀さんも旅行は好きですよね」
「嫌いじゃねぇけどよ。オレ、集団行動が苦手なんだよ」
確かに、そんな気がする。
「色々、理由を付けたけどよ。やっぱり、オレが学校に行かなくなった理由は、人間関係だな」
「つまり、あまりにも身勝手だったから、クラスの全員の反感を買ったわけですね」
「今のは悪口だよな?」
つい口が滑った。
琥珀さんは私の失言に気を悪くした様子を見せなかった。きっと、ジュゴンさんのお陰で悪口や悪態への抗体を持っているのだろう。
琥珀さんは面倒くさそうに、話し始めた。
「別に、そういう問題じゃねぇんだよ。ただ、霊が見えるってキモイだろ?」
「え、そうですか?」
「お前は霊を見ることができる霊能力者を必要としているから、そう思うんだろうけどよ。同じクラスにそういう奴がいるのをイメージして見ろよ」
私は素直にイメージしてみた。
あんまり、キモイとは思わない。
「そうでもないんじゃないですか?」
「小学生の頃だったもんでな。オレは霊が見えるのを自慢に思ってたから、事あるごとに、霊を見て周囲に自慢してた」
「周囲に自慢…」
「考えて見ろよ。お前の守護霊は婆さんだとか、右肩に霊がいるぞとか、あそこに女の霊がいるとか、言うんだぜ? 不気味だろ」
「まぁ、気持ちよくはないですよね」
「オレからしてみれば、普通のことだが、他人はそうじゃない。オレはそれに気づくのが遅すぎた。だから、友達もできなかったし、学校もやめた」
一方的に琥珀さんが悪いわけではないと思う。
多分、クラスの人も、色眼鏡で琥珀さんを見て、敬遠していたと思う。
「後悔したことは、ねぇけどな。勉強嫌いだから」
「そうですか」
きっと、後悔したことがあるのだろう。
きっと、たくさん後悔しているだろう。
でも、私はそれを確認しなかった。あまり触れてはいけない話題だと思った。
「って、そんな話題じゃなかったな。桜麻小学校、そろそろ解体されるってよ。だから、急いで見に行ったほうがいいんじゃないか?」
「へぇ~。桜麻小学校って、潰れるんですか。何にも覚えてないけど、ちょっと残念かも」
「んじゃ、最初の目的地は、桜麻小学校だな」
そう決まった。
最初の目的地は桜麻小学校。私の母校らしき小学校。
*****
「こんな時間まで、どこにいたの?」
久恒神社から家に帰ると、真っ先に母親が私にそう聞いてきた。
心配するというよりは、不審に思っているようだった。
時刻は十時過ぎ。問い詰められる時間だろうか。
「別に、何でもない」
「何でもないわけないでしょ」
「いいでしょ。私がどこにいても」
私の答えが気に入らなかったのか、母親は声を荒げて、言い返してきた。
「あなたはまだ記憶が戻らないんだから、もっと慎重に行動してよね」
「別に危ないことをしてるわけじゃない」
相手の声に合わせるように、私の声も自然と大きくなる。
私と母親のやり取りが、二階の父親にも聞こえたようで、父親が階段を下りて姿を現した。
「玄関で何をやってるんだ?」
おっとりとした、低いハスキーな声で父親はそう言った。
「環の帰りが遅いから、何をしてたのか聞いてただけです」
母親が弁明するように言う。
父親はそれを聞いて、小さく溜息をついた。
「環、危ないことはしてないね」
「もちろんしてません」
「なら、いいじゃないか。ご飯は食べたかい?」
「まだです」
「早く、食べなさい。後片付けをちゃんとすること」
「はい」
私は母親から解放された。
私の後ろで、母親が父親に文句を言っているが、私には関係ない。聞き流そう。
前の私に誰よりも固執している母親に比べて、父親は今の私を認めてくれている。
もちろん、私が記憶を取り戻すことを願っているが、もしも私に記憶が戻らなくても、私を娘だと思ってくれている。
私は、父親が好きだ。今の私を愛してくれている分、母親よりも好きだ。
「あの子は、思い出す努力もしないで、遊び歩いてるのよ」
ヒステリックに響く声をシャットアウトして、私は遅い晩御飯をいただく事にした。




