変わらない場所
凛と日程を調整し、ゴールデンウィーク初日に白石家を訪ねることになった。
それまでの美月との朝のやりとりは、いつもと変わらない何気ないものだった。
そして、ゴールデンウィーク初日。
『おはよう、湊』
『おはよう。今日はちょっと出かけようかと思って早めに起きた』
『そうなの?どこいくのー?』
『秘密』
『なにそれ。怪しい』
『そういえば美月はチーズケーキ好きだったよな。おばさんはモンブランだっけ?凛は……プリンか。おじさんはどんなケーキが好きなんだ?』
『あー、話変えてる!ますます怪しい!』
『お父さんはシンプルにショートケーキが好きだよ!意外でしょ?』
『そのイメージはなかったわ』
『でしょ?かわいらしいのよ』
『おじさんにも久しぶりに会いたいな』
『お父さんも湊に会いたがってるよ!中学上がったくらいから家にはあんまり来なくなったもんね』
『……近いうちに遊びにいくよ』
美月とのやりとりを終えた俺は、午前中はゴールデンウィークの課題を片付けた。
約束の時間より少し早く、家を出る。
見慣れた玄関。
昔は何気なく押していたインターホンが遠く感じる。
意を決してインターホンを押そうとすると、それより早くドアが開いた。
「あっ!来てるじゃん!
お母さん!湊くん来てるよー!」
本当にこの姉妹はいい意味でも悪い意味でも空気が読めない。
でも、そんな二人に助けられたことも何度もあった。
「……おばさん。お久しぶりです。」
「湊くん。久しぶり!ほら、あがってあがって!」
「はい。お邪魔します。これ、みんなで食べてください。」
「あら、その箱は……。そんなに気使わなくていいのに。昔みたいに気軽においでなさい。……でもこのお店のケーキは大好きだからありがたくいただくわね」
おばさんは変わらないな。なんだか安心する。
居間に通してもらい、凛と共にテーブルに着く。
おばさんがケーキの箱を開け、中を見た。
「モンブランとショートケーキ、このプリンは凛の分ね。
あとは……チーズケーキ。」
おばさんは箱の中を見たまま、少しだけ手を止めた。
チーズケーキを買うつもりはなかった。
けれど、店先で見かけたとき、なぜかそのまま通り過ぎることができなかった。
「これは美月の分よね?湊くんから美月にあげてくれるかしら」
ケーキを受け取り、仏壇に供える。
線香をあげて目線を上げると、写真の中の美月と目が合った。
写真の中の美月は、いつもどおり笑っていた。
俺はしばらく、その顔を見つめていた。
居間に戻ると、テーブルの上には俺が買ってきたケーキと紅茶が用意されていた。
「ショートケーキはおじさんの分ですよ。俺は食べてきたので大丈夫です」
「お父さんはゴールデンウィーク中も出張でしばらく帰ってこないから湊くん食べちゃって」
「湊くんが食べないなら私がもらっちゃうよ!」
「いいから凛は大好きなプリン食べてなさい!」
おばさんは呆れたように笑いながら、俺の方に向き直った。
「そういえば湊くん、最近はどう?学校は楽しい?」
「まあ、普通にやれてます」
「もう高校二年生だものね。はやいなぁ。幼稚園に行きたくなくて泣いてた湊くんが」
「それは忘れてください……」
「あの頃ね、美月も家を出るまでは行きたくないって駄々こねてたのよ。でも湊くんがいるところでは強がって引っ張ってってたわね」
「えっ、美月が?」
思わず声が出た。
「そうなのよ。家ではあんなに嫌がっていたのに、湊くんの前ではお姉さんぶっちゃってね」
「……なんか、想像できる気がします」
昔から、俺の前では妙に強がるところがあった。
でも、まさか幼稚園の時からそうだったとは思わなかった。
「そんな頃から湊くんのことを知ってるんだもの。湊くんは昔からうちの子みたいなものなんだから。これからも、いつでも遊びに来てね」
「……はい」
「その方が、美月も喜ぶと思うから」
「私も嬉しいよ!」
「凛にとっては大好きなお兄ちゃんだもんね」
「うっ……そんなことないし!」
凛の勢いが弱くなった。
おばさんには敵わないな。
「そうだ、湊くん。美月の部屋も見ていく? そのままにしてあるの」
おばさんから予期せぬ提案があった。
美月の部屋——
ずっと当たり前にあった場所なのに、今日はそこへ踏み込むことに、少しだけ勇気が必要だった。




