兄と妹
昔みたいに。
美月がそう考えていたかはわからない。
でも、俺はどうだったのだろう。
美月との関係が崩れていくことを恐れて自分から手放そうとした。
逃げたんだ。
そして、永遠に失ってしまった。
あの日からずっと心にぽっかり穴があいている。
でも、美月を失って変わってしまったのは俺だけだろうか?
いや、そうじゃない。
久しぶりに会った凛は、俺を「みーくん」と呼んだ。
昔みたいに。
それが少し嬉しかったんだ。
次に会った時には呼び方が「湊くん」に変わっていた。
あの時は少し引っかかったけど、結局凛には聞けなかった。
今なら、聞けるだろうか。
都合がいいことに、凛が通っている中学は月曜日が全校で部活休みだ。
俺も通っていた学校だから、そのことは知っている。
『今日学校終わったら少し話せないか?一昨日と同じ河川敷で待ってる』
放課後、河川敷へ向かう前にコンビニに寄り、プリンを二つ買った。
土曜日と同じ場所に腰を下ろし、凛を待った。
「湊くん」
少しして、凛がやってくる。
「せっかくの部活休みに悪いな。プリン食べるか?」
「またプリン?湊くんは昔からバリエーションが少ないよね。食べるけど」
笑いながらプリンを受け取った凛は少し距離を置いて、隣に座った。
「中学校は慣れたか?凛がその制服着てるのなんか変な感じだな」
「湊くんたちの時より生徒数も減ってるし、うちの小学校から上がってくる子が一番多いからあんまり変わんないよ。でも部活の先生は結構厳しい」
「女バスはまだ後藤先生?」
「そうだよ。」
「そっか。」
会話が途切れ、凛はプリンを食べている。
俺は深呼吸を一つしてから、凛に尋ねた。
「なあ、凛」
「なに?」
「どうして俺のこと湊くんって呼ぶようになったんだ?」
凛は少し驚いた顔をしてから、口を開いた。
「別に。深い理由はないよ。私ももう中学生になったしさ。それに湊くんも昔からみーちゃんとみーくんじゃわかんなくなるからやめろって言ってたじゃん」
「……確かに、そんなこと言ってたな」
「でしょ?じゃあいいじゃん」
「じゃあ、久しぶりに会った時にみーくんって声かけてくれたのは?」
「……あの時は……久しぶりだったから……昔の癖で」
凛の声は、徐々に小さくなっていった。
食べ終わったプリンの容器を見つめて俯いている。
凛は何も言わなかった。
俺も、すぐには言葉を続けられなかった。
「……俺、昔と変わったか?」
「……変わったよ」
凛はそう答えると、膝に顔を埋めた。
「あの日、湊くんに声をかけた時、なんかうまく言えないけど距離を感じたの」
「距離?」
「うん。久しぶりに湊くんを見かけて嬉しかった。みーちゃんがいなくなってから全然話すこともなくなっちゃったから」
「……うん」
「また前みたいに話したい、遊びたいなって。湊くんは気づいてたかわかんないけどさ、私は湊くんのこと本当のお兄ちゃんみたいに思ってたから」
「わかってたよ。俺も同じだ」
「だから一昨日、湊くんが学校に来てくれたのも嬉しかった。でもやっぱり昔とは違うなって思っちゃったからみーくんって呼べなかった……」
「違う……か。この一年、美月がいなくなったことばかり考えてた。……凛だって美月を失ったことは一緒なのにな」
「みーちゃんがいなくなって、湊くんも離れていっちゃって……お姉ちゃんもお兄ちゃんも一気にいなくなっちゃった」
「ごめんな。凛を遠ざけてたつもりじゃなかったんだ。どう接していいかわからなくなってた。……俺も、凛とまた昔みたいにふざけあいたい」
しばらく俯いていた凛が、ゆっくり顔をあげた。
「……遅い」
「どれだけ寂しかったと思ってるの?一昨日と今日のプリンじゃ全然足りないよ」
涙を浮かべたその顔には、いつもの少し生意気な笑顔が戻っていた。
「次もプリンでいいか?」
「やだ!市役所のカフェのパフェで!」
「はいはい。金のかかる妹だ」
「そこがかわいいでしょ?」
「将来凛と付き合う男は大変だな。彼氏できたらちゃんと紹介しろよ?」
「気が向いたらね」




