五里霧中の壁を破って
12月の半ば、錬心舘道場館長である德丸宏次朗範士八段の葬儀は厳かに執り行われた。
德丸は派手な葬儀など好む性格ではなかったが、同時に範士八段という剣道の最高位を持ち、県の剣道連盟の役員を務めていた德丸は己の死を悼む弔問客が多く集まることもまた理解していたのであろう。
葬儀や各剣道団体への連絡など、諸般の手続きを全て詳細に書き残していた。
德丸の棺には、最後の稽古で使用した竹刀と――指の痕が残るほどに使い込まれた木刀が共に収められた。
喪服の錬心舘の面々は、静かにそれを見送った。
年齢と持病から、いずれこの日が来ることは、誰も理解はしていただろう。
けれども、あまりにも唐突で。三日前まで道具をつけて稽古をつけていたとは思えない急な死だった。
德丸の妻から、相当に容体が悪かったこと、稽古は控えるように医者からも言われていたことが打ち明けられた。
そして、德丸がそれらの医者の指示を拒み、多少長く生きながらえるよりも竹刀を握った方が大切なことを伝えられる、と常々言っていたことも。
あちこちで、すすり泣く声が上がった。
「徳さんめ、勝ち逃げしおって」
皮肉屋の副館長の齊木が、拗ねたような顔で目元を赤らめていた。
◇
初七日も過ぎた頃に、錬心舘で德丸を偲ぶ会が執り行われた。
錬心舘の会員達が館長としての德丸を送るには、親族も交じるの葬儀では何かと不都合も多かったため、剣士としての德丸に別れを告げる会を改めて執り行うことになったのだ。
立場ある高段者が逝去した折には、時折このような会が催される。
錬心舘の現会員のみではなく、過去の教え子や親交のあった会員達が数多く集った。
道場に掛けられていた德丸の名札が会員から外され、『初代館長』という一番高い所へと付け替えられる。
德丸は、錬心舘の次の館長に齊木を指名していた。
「全く、わしは館長というガラではないというのに。……ま、ああも頼み込まれては仕方があるまい」
既に、德丸は生前に齊木と内々に話を決めていたようだった。
温厚篤実だった德丸と、皮肉屋で狷介な所のある齊木が若い頃からの親友だったと聞くが、隼人には未だ信じられない。
館長と副館長として錬心舘を支えてきた二人。その間には、きっと余人には預かり知れぬ絆があったのだろう。
親族の意向で、德丸の剣道具などは錬心舘の会員達に形見分けされることになった。
新館長の齊木は德丸の胴を譲り受け、錬心舘の庶務を担当していた隼人には、德丸が生前愛用していた革鍔が譲られた。
長年の稽古で歪み、汚れた革鍔だ。
德丸との稽古の記憶を思い出し、隼人は道場の裏で少しだけ泣いた。
◇
少し遅れて、久しぶりに見る意外な男が顔を出した。
「母の介護の都合でおくれまして、申し訳ございません」
何度も頭を下げながら錬心館の玄関を跨いだのは、直指館道場の元指導者、濵尻だった。
挨拶をすると、濵尻はしきりに隼人に頭を下げた。
「子供たちのこと、本当にありがとうございました。
実は――時折この子供たちのことが気になって、無作法ながら、時折この道場を覗かせて頂いていたんです。
竹刀と踏み込みの音だけで、日に日に子供たちが腕を上げていくのが手に取るように分かりました。
心配をしていたのですが、髙田君も無事錬心舘に馴染めたようで――誰一人欠けることなく剣道を続けてくれていることを、本当に嬉しく思います。
錬心舘に子供たちをお任せして、本当に良かったです」
隼人は、濵尻の剣道日誌を思い出した。
幾つもつけられた付箋。子供たち一人一人を慮る詳細な書き込み。
稽古日誌は隼人も記しているが、濵尻ほど詳細に記すことは到底できなかった。
読み返す度に、指導者たるものかくあらねばという畏敬の念に襲われる。
『濵尻先生に会いたい、濵尻先生は来てくれないの?』
少年部の子供たちから、そう聞かれたことも幾度もあった。
力量が低くても、指導力が足りなくても――子供たちを思う気持ちは、確かに伝わっていたのだ。
「今度、道具を持って稽古に来て下さい。きっと子供たちも喜びます」
「いえ、とんでもない! 私など、今更子供たちに教えることなど何もありません。
ただ――本日は、德丸先生から頂いたLINEのメッセージもありまして、お礼も兼ねてこちらに伺いました」
「LINE?」
德丸が、高齢ながらLINEを活用していたことは隼人もよく知っていた。
不器用な書き込みと話の流れにそぐわずに差し込まれるLINEスタンプを、少しだけ懐かしく思う。
話を詳しく聞けば、德丸は少年部の子供たちの様子のことを、時折LINEで濵尻に報告をしていたそうだ。
直指館出身の子も、元から錬心舘にいた子も、問題なく混じって稽古ができるまでに成長したと聞いて、いかに嬉しかったか濵尻は語った。
「それで、これが德丸先生から頂いた最後のLINEなんです」
濵尻は、スマートフォンの画面を隼人に見せた。
『うちの水﨑に会ってやって下さい。きっと、貴方の助けとなることでしょう』
德丸の死の、前夜に送信されたメッセージだった。
「きっと先生は、子どもたちを指導してくれた貴方に、私からも礼を伝えろ、と仰りたかったんでしょうね。
助けとなることでしょう、と書いていますが、私は子どもたちの件で、もう十二分に助けて頂きました。
水﨑先生――本当にありがとうございました」
「……違う」
深々と頭を下げる濵尻に、隼人はぼそりと呟いた。
脳天から突き刺さって尾骶骨へ抜けるような衝撃と、確信があった。
――これは、德丸の遺言だ。
「違います、濵尻先生。德丸先生が書いていたのは、子どもたちの件ではありません。
貴方のことですよ。
直指館の子どもたちは、みんな強くなりました。今度は――貴方が、強くなる番です。
不肖の身ではありますが、できることがあれば可能な限りお手伝いいたします」
「そんな、私はもう剣を置こうと決意した身で――それに、母の介護のこともありますし……」
「稽古は、勿論お母さまの介護が優先で、来られる日にだけ来て頂ければ構いません。
何より濵尻先生――貴方は、剣道がお好きですよね。稽古日誌、隅から隅まで拝読いたしました。
熱意を持って子供たちを指導され――何より、剣道が大好きでいらっしゃるのが、すぐに分かりました」
「……確かに、剣道は好きです。大好きです。
水﨑先生がご指導下さるというお言葉、ありがたくて身が震えます。
でも――」
濵尻は、口ごもった。
「それは、あまりに勿体ない。
私は、奥手者です」
奥手者――それは一昔前に使われた、剣道を成人してから始めたものを指す言葉だ。最近では遅剣などというスラングもある。
剣道は、少年期に動きの基礎を体で覚えることができるかどうかで、その後の上達の予後が大きく変わってくる。
西澤のようなブランクがある人間でも、中学生時代までに剣道の基礎を覚えていたからこそ、今他の会員達と混じって稽古をすることができるのだ。
逆に言えば――成長期に基礎を覚えることができず、大人から始めた人間は、基礎を体で覚えるのに苦労することになる。
小学生の子どもなら一月で覚えられるようなことが、下手をすれば数年がかりになるようなこともあり得るのだ。
「それがどうしたのです! 大人から始めても剣道をされている方など、幾らでもいます」
「私はどうも覚えが悪いようで、五段の審査にももう三回も落ちております。
審査会の後、立ち合いをした若い方には弱い爺さんでラッキーだったと言われてしまう始末。
私のような者が、水﨑先生のような立派な方にご指導を頂くのは、子どもたちに申し訳が立ちません。
奥手者の覚えが悪いことは、先生もよくご存じでしょう?
同じ時間のご指導を抱けるなら、子どもたちは私の十倍の成長をするでしょう。
水﨑先生のような方のご指導の時間は、可能性も未来もある子供たちに使って頂きたいのです」
濵尻の言う、指導に於ける選択と集中、稽古量のメリトクラシーは、ある一面では正解だとも言えた。
いや、寧ろ隼人自身、その恩恵を最大限に享受してしてきた側の人間だ。
剣道部への入部試験のある強豪校で、高名な指導者に勝つための指導を受けてきた。
これまでずっと、弱い者と稽古をするなら強い相手と稽古を付けて欲しいと常日頃から思っていた人間だ。
反論できる筋合いはない――ないはずだった。それなのに。
「いいえ、それは違う。濵尻さん、貴方のような方こそ、強くなるべきです。
濵尻さん、貴方が次の五段に見事受かって見せたなら、子どもたちもきっと喜びます。
貴方の姿を範とします。――だから、私と稽古をして、次の審査で五段を目指しましょう――!」
隼人は猛然と反論した。その胸には、炎のように猛る思いがあった。
気圧されたのか――濵尻は、小さく頷いた。
錬心舘道場の師範室では、写真の中の德丸が仏像のような穏やかな瞳で道場を見守っていた。
◇
濵尻の剣道は自身で語った通り、未熟で筋が悪く、幼い頃に矯めておくべき欠陥がそこかしこにあった。
剣道四段。何も知らぬものが聞けば、それなりの腕と思うだろう。
確かに、剣道は基本的に段が高い方が強い。――しかし、それは『同じ年齢で比べれば』という注釈が付くものであることを、竹刀を握る者はよく知っている。
まだ段すら持たない中学生であっても、筋の良いものならば濵尻を試合で打ち据えるのは容易なことだろう。
濵尻の齢は50代も半ば。この年代になれば、熱心に取り組んできた剣道家の多くは七段を取得している。
剣道を始めた時期の遅さに加えて、生来運動音痴だったということもあり、濵尻の剣道には問題点が山積みだった。
稽古日誌で発達性の運動障害がある髙田裕翔のことを気に掛けていたのも、その境遇に共感した部分も大きいのではないかと隼人は思っている。
「ほら、また踏み込みの時に足先から出ています。
遠くを踏もうと思って足先を伸ばすと、反動で腰が後ろに下がり、鋭く踏み込むことができません。
足を出す時に、右足の指を少し床に噛ませるとその抵抗で右足の膝から前へ出ます。
人間の右足はとても重い部位なので、膝をやや曲げて、腰から先を一つの塊のようにして踏み込んで下さい。
右足という重りに引っ張られるように体が出ますから。
腰で膝を前に出す感覚が分かれば、足は自然に踏むことができます」
隼人の指導に、濵尻が感心したように息を漏らした。
「水﨑の先生のご指導はいつも理路整然として分かりやすい。とても勉強になります」
「理屈を口で言うのは簡単なのですが、こればっかり中々口で言ってもできるようになることではありませんからね。
濵尻先生には、まずはこの正面打ちの踏み込みをできるまで繰り返して貰います。
――それじゃあ髙田君、もう一度打ってみて」
威勢の良い返事をして、元打ちを交代した髙田が濵尻に面を打ちこむ。
……中学生で体格も良い髙田は、濵尻と組んでの稽古相手には最適だった。
直指館時代に目を配っていて貰ったことを忘れていなかったのだろう。濵尻が錬心舘に稽古に来ることを一番喜んだのも髙田だった。
軽度の運動障害があって伸び悩んで髙田は、基本の面打ちに関しては一つの壁を突破した。
気剣体の合一した真っ直ぐな正面打ちのフォームは、隼人譲り。対人稽古ではフェイントに弱く、当て勘の足りないこともあって空ぶることも多いのだが、ここ一番という時に良い面が伸びるようになった。
面打ちの出足に関しては、既に濵尻は髙田に学ぶ立場だ。
少しだけ羨ましそうに、眩しそうに、濵尻は髙田の成長を寿いでいた。
――隼人は、じっと、濵尻と髙田が繰り返す面打ちのみの稽古を見つめていた。
確かに、濵尻の剣道は欠陥だらけだ。地稽古で相手を打つのなどは、特に苦手だ。
けれども――立ち姿がいい。普段は自信無さげにしているが、竹刀を握った濵尻は脳天から一本の糸で吊ったように背筋が綺麗に伸び、重心も体の中央に据えられている。打突の瞬間にそれらが崩れてしまうのが難点だが、重心移動の順番さえ体に覚えこめば、良い面がでるのではないか、と隼人は思っている。
髙田は、覚えるのに苦労した分、一度覚えた面は機械のような正確さで正しい打ちを繰り出す。濵尻はかつての髙田のように手足も一致しない程ではないが、全身を一つにして動かす能力に欠く所がある。単に仲が良い師弟だからではない。手本として最適な相手だと思っていた。
立ち姿は良いが当てるのは苦手な剣士は、立ち姿が悪いまま当て方を追い求めた剣士を凌駕することがままある。
12月から開始して、2月頭の地区昇段審査会に間に合わせようというのは、隼人も大見得を切り過ぎたか、と反省していたのだが。
――これは結構、ものになるかもしれない。
隼人はそんな希望と抱いていた。
◇
濵尻の面打ちのフォームは、想像以上に早く直り、昇段審査の立ち合いの稽古が始まった。
前回三段に落ちた廣都留、息子と一緒に二段を受審する西澤らも稽古に加わって、和気藹々と互角稽古を行うようになったのだ。
「私たち、未熟な大人組ということで、仲よくさせて頂いています」
誰とでも打ち解けるのが早い西澤は、笑ってそう言った。
驚いたのは、廣都留の成長だった。VTuberとして炎上騒動を起こした廣都留は、普段の稽古では他人に劣る鬱憤からか、自分が勝てそうな相手と立ち合った時には、容赦なく打ち据えるような稚拙な所があったのだ。
けれども、廣都留と濵尻の立ち合いを見ていれば、崩れた所は的確に打ち込むけれど、無理筋な攻め方はせず、廣都留が攻めた時には引き立てて打たせるという心遣いまでしている。
髙田も、濵尻と稽古を始めてから、より一層飛び込み面が冴えるようになってきた。
やっぱり、無駄などではなかった。
濵尻が、再び竹刀を握るように説得して良かった。隼人は心底からそう思うのだった。
熱の籠った二か月間が過ぎ、二月の初頭に行われた地方審査会で。
廣都留、西澤親子、そして濵尻ら。錬心館道場から受審した、全ての剣士が無事昇段を果たした。
審査を見学にしていた髙田ら直指館出身の子供たちも、大喜びで拍手をしているのが見える。
ありがとうございます。ありがとうございます。濵尻は隼人の手を握って、何度も礼を繰り返した。
多少の指導で目上の人間にこれほど感謝されるのは、隼人にはどうにも居心地が悪い。
けれども――濵尻が、剣道を続けるべき人間だと証明できたようで、少しだけ嬉しい。
と。審査員として審査会場に来ていた齊木新館長に、パカンと後ろ頭を丸めたプログラムで叩かれた。
「何をヘラヘラ笑っとる。七段も取れん奴が、教えた子に慕われてもう大先生気分か?」
相変わらずの皮肉な口調。
しかし、その視線はずっと先を見つめていて。
「残り三月。次はわしらの番じゃ。獲りに行くぞ」
この人は、いつも本気だ。隼人は思う。
剣道八段審査は、合格率が1%程度の狭き門だ。死ぬまで挑み続けても合格できない七段の剣士はごまんといる。
八段に挑むような剣士は、大抵は名選手として名を馳せたり、指導者として多くの剣士を育てた経歴を持つ名剣士だ。
そんな剣士でも生涯を賭けて通るかどうか分からない審査。
本心では自分が通るという確信もなく、剣道家としてのアイデンティティを保つためだけに受審を続けるようになった剣道家もいると聞く。
けれど、齊木は獲りに行く、と言った。
いつか取れれば良い、というような生半可な気持ちではない。
齊木は常に、この審査で合格するという覚悟を持って20年間挑み続けている。
「水﨑ぃ。德さんも居なくなったし、今は若いのを打てるぐらいの勢いが欲しい。
――今度はわしの稽古相手にもなってくれや」
齊木は、唇を吊り上げてそう笑うのだった。
続




