八百万に祈りを
剣道雑誌に、ある剣道家の言葉が載っていた。
――七段までの剣道と、八段からの剣道は全くの別物だ。
剣道の世界ではよく聞く類の言葉であるが、錬心舘の新館長、齊木洋司はその手の言説をいつも半信半疑で受け流している。
20年間、延べ40回を超えて八段に挑み続けているからこその諦観がある。八段に受かるのは、七段の中でも特に秀でたものだけだ。それは間違いない。
……けれども、齊木の頭の中には常に但し書きが付く。
七段の中でも特に秀で――そして、運が良かったものが受かるのだ、と。
八段審査の立ち合いも勝負の歩合を重視するが、実力の伯仲している者同士、打った打たれたは半ば以上に時の運。
運よく審査で己の実力を発揮できたものが上に昇っていくのである。
齊木が幾度も審査に挑んでいく傍ら、数多くの剣士が齊木を追い抜いて八段に合格していった。
しかし、彼らの腕が齊木に勝るかといえば、必ずしもそうではなかった。
立ち合いでは明らかに齊木よりも弱いものも多かったし、八段に受かった後に齊木が挑めば、面白いほど打てる相手もいた。
『いい歳して、軍鶏の喧嘩のような剣道をしてはいけません。齢相応の品位ある剣道を心がけましょう』
自分が打ち据えた相手に、そんな説教を受けるのは、気に食わなかった。
未だに市民大会の鳳凰の部や、全国ねんりんピックといった高齢者大会に出場すれば、たちまち一競技者に舞い戻る齊木だったが、齢相応の品位なり風格なりといったものにも気を配るようになって久しい。
未だ機会には恵まれてはいないが、齊木は己の剣道を数多の八段合格者と比較して遜色あるものだとは考えていなかった。
齢をとれば足は萎えるし、目も衰えてくる。
高齢の剣士には、身体能力恃みの若手に打ち据えられるのは好かんと、若手との稽古を敬遠するようになる者もいる。
甘ったれるな、と齢70を超えた齊木は思うのだ。
相手の呼吸を読み打ち気を読み、自分が跳べなくなったなら、相手を動かしてその出端を押さえるまで。
威勢の良い若手を自分の思う通りに動かして、一本取った晩に飲む酒の旨いこと。
これが剣道の楽しみだ。ジジイになるまで竹刀を振った甲斐があるというものだ。
健康体操のような気分で道場に通い、若さと共に強さを失っていくだけの剣道家を、齊木は軽蔑していた。
八段を取れば、ホテルで盛大な記念パーティーが開かれるのが界隈の常だ。
先生、先生と呼ばれて尊敬され、どこに行っても上座へと勧められる。
それほどまでにちやほやされる価値があるものでもないし、八段を取っただけで殿上人のように振る舞う剣士も時折あらわれることを齊木は知っている。
――けれど、德さんは本物だった。
最近の齊木は、自分を追いて旅立った剣友の事を惜しむばかり。
德丸は、齊木が若き頃の警察の先輩だった。10ほども離れた歳の差は、兄貴分と呼ぶには若干離れ過ぎていたが、齊木は德丸の事をよく慕い、德丸も齊木のことを可愛がって鍛えたものだ。
昭和50年代。安保闘争も終わりを迎えた穏やかな時期であったが、令和というこの時世に比べれば、大雑把さと荒々しさ残る時代であった。
齊木は、德丸と一緒に随分とやんちゃなことをしたものである。
德丸のことを聖人君子のように尊敬している水﨑や、吉屋の小娘が聞いたら目を剥いて驚くだろうな、と想像すれば少し面白い。
酒を飲んでパトカーを運転してぶつけたことや、諸々の悪さはわしが墓場まで持っていってやるよ、と胸中で剣友に語り掛ける。
德丸は、現役時代から常に齊木の一歩先を歩いていた。齊木はその背中を眺めて思っていた。
……10という歳の差がある。歳を取って德丸が跳べなくなれば、いずれは打てるようになるだろう。
けれども、そんな日は来なかった。
八段に受かり、県警の術科師範となった德丸は、更に強さを増したのだ。
指導稽古では、八段の高段者が元に立ち、指導を求めるものが列を作って並ぶ。德丸は人気の指導者だったので、十人近い列ができることも度々だった。
列に並ぶものは30分をかけて、3分かそこらの稽古を貰う。そして、終わったらまた別の列に並ぶのだ。
しかし、元立ちとなる人間はそうは行かない。自分より若手の当たる盛りの剣士が全力で打ちこんでくるのを、相手にしなければならないのだ。
德丸は、己の果たすべき責務にはとことん忠実であった。機動隊の精鋭の若手を鍛え続けるうち――巨岩から脆い部分が欠け落ちていくように、その技は八段合格時のそれを遥かに超え、円熟して磨かれていったのだ。
そしていつしか、德丸の剣道は齊木の理解が届かない域に達した。
その後、德丸も齢をとり、足も萎え、県警の術科師範も引退した。
錬心舘の館長として迎え入れられたのは、この時期の話だ。
大病を患い、肺の半分、胃の半分を切り落とした。師範室で着替えをする德丸の体は手術痕だらけで、もう共に酒を飲むこともできない。
それでいて、德丸の技は益々冴え気は横溢し目を炯々と輝かせて剣を振う。
決して速くはない。だが攻めれば萎やされ、引かば攻められ、居付けば打たれ、出れば返される。
悔しさすら浮かべない程の隔絶を、齊木は稽古をする度に味わってきた。
德丸が範士という最高位の称号を得た時も、当然だ、としか思わなかった。
『德さん、あんた本当に大名人になっまったなあ』
茶化し半分、心底からの敬意を半分に織り交ぜて言うと。
『なあに、まだまだ。洋ちゃん、あんたも腹の奥に溜まってる火の玉みたいなもんを鎮めれば、わし程度はすぐさ』
他の誰にも使わない昔ながらの口調で、德丸は笑いながら答えるのだった。
錬心舘道場では、礼式においては神棚を背にして館長の德丸が座り、その対面に門下生たちが並ぶ。
門下生の中で最も上座に坐すのは、ずっと德丸に次ぐ年長者であり、副館長だった齊木であった。
八段に昇段すれば、德丸と共に正面の師範席に座れる。
それだけが、胸中では八段という段位の価値を重んじていない齊木の目標だった。
それこそが、德丸を目指して八段を受審することの意義であった。
距離にして、僅か5メートル。5メートル先の師範席に、德丸と共に並んで座る。
齊木は、ずっとそれだけを目指してきたのだ。
皮肉なことに、齊木の目標は最も望まない形で叶った。
突然の德丸の死。
次なる錬心舘の館長として德丸に指名された齊木は、ただ一人德丸が座っていた師範席に坐す。
師範席から門下生たちを見回して、齊木の胸中を寂寥が吹き抜けた。
――こいつら、一人残らずわしを德さんに劣る館長だと思っているんじゃろうな。
仕方のないことだ。誰よりも齊木自身がそう思っている。
『調べ官の時にもよくやったなあ。鬼役と仏役。
道場をしっかり引き締めていくためには、洋ちゃんには睨みを効かせる鬼役でいて貰わないと』
德丸はそう笑っていたが、理解をしていた者は少ないだろう。
――みんな、わしのことを五月蝿事をいうジジイだとおもっておるじゃろうな。
望んで選んだ道だ。それに、德さんのような仏役より余程性に合っている。
齊木は、一人でそう自嘲する。
德丸が体を崩したのが70前後だったか。齊木も膝や腰にはガタが来て、稽古をする度に足腰はサポーターだらけだ。
近頃は検診の度に癌や肝臓の数値に怯えている。
己が竹刀を振れる時間は、あと10年残されているかどうか。
だからこそ、八段を獲らねばと齊木は願うのだ。
名指導者と呼ばれたいだの、範士に推薦されたいだのの欲は既にない。
あの世に行って德丸に胸を張れるように、冥途の土産に八段が欲しい。
そんな思いが日に日に強まるのだった。
◇
風の冷たさも緩みはじめた三月。
齊木は日々隼人を相手に立ち合いの稽古に精を出していた。
昇段審査の本番では、実技審査は近い年齢順で立ち合いの順番が組み合わされる。それを考えれば、齊木が己より遥かに若い隼人と稽古をする必要はあまりない。
しかし、齊木は敢えて己より遥かに速度のある若手相手に稽古をすることを好んだ。
『勢いのよい機動隊の若手と稽古をした後に同年代と稽古をすると、スローモーションのように遅く感じることが度々ある』
県警の術科師範として機動隊の若手を鍛えあげる傍ら、市や県の稽古会にも度々参加していた德丸も漏らした言葉だ。
――跳べる若手を打てずして、八段などになれるものか。そんな意地が、齊木を突き動かしていた。
けれども、立ち合いをすれば齊木は打たれてばかりだ。
歳が違い過ぎる。当然である。齊木から見れば隼人はまだ落ち着かない所のある若造であるが、幾ら目が肥えていても体が追い付かなければどうしようもない。
かと言って、この若造に加減をされるのも癪なので、容赦なく本気で打ってこいと命じ、打たれては不機嫌になる悪循環が続いていた。
未熟で生意気な若造だとは思っているが、齊木は隼人のことが嫌いではない。
剣道に対する姿勢もひたむきで、礼儀をよく弁えている。德丸も隼人のことは高く評価していた。
なにより――隼人は似ているのだ。若かりし頃の齊木自身に。
人より秀でた才はある。勝ち気も持っている。稽古も怠っていない。
――だが残念なことに、天辺を目指せるほどの才気があるかと言うと、そこまでではない。
半端な才ほど、人を狂わせるものはない、と齊木は思う。
50年を超える剣道人生で、半端な才を持っていたばかりに上を目指すことを諦められず、かと言って剣から離れることもできず、剣に引きずられて人生を狂わされてきた剣士を齊木は何人も見た。
きっと、己もその一人で。齊木は隼人と剣を交える度、同病相憐れむのだ。
「水﨑、最近ちぃっと肚が落ち着いて、ピョンピョン跳ばなくなったのは良い事だが、溜め過ぎても良い事がないぞ」
鬼役らしく、五月蝿ごとの一つも言ってやる。
簡単に跳ぶな、と指導をする高段者は多いが、もう派手な飛び込み技が使えなくなった齊木としては、若い時には跳べるだけ跳んでみろ、とさえ思うのだ。
けれども、七段審査ともなれば話は別だ。審判の目は技に重みがあるかをじっと見ている。
京都審査での隼人の技は、如何にも軽く拙速だったが、東京審査を前に鍛え上がていた気位は悪くはなかった。
全日本選手の切畠と当たって崩れなければ、東京審査の目はあっただろうと齊木は考えている。
しかし、その目を掴みきれなかったということはまだまだ修行不足。
現在の七段の合格率は20%から25%程度だが、齊木には七段の合格率が一割を切っていた時代に受かったという自負がある。
今時の甘ったれた剣士とは違うというささやかなプライドである。
「七段を受けるんだがら、気位を保って溜めて打てとはよく言われるんですが、溜め過ぎるな、とはまた難しいですね。
どこまで攻めて良いものか、悩んでしまいます」
「ふん。頭で考えても分かるものか。体で覚えろ。
攻めて相手を動かして、出頭に乗っていけ。相手が出たいと思ったら目がピカっと光るから、そこを乗っていくんじゃ」
隼人は返事をしたが、よく分からないというように苦笑をした。
体が動く若いもんには分からんだろうなあ、と齊木は思う。
高齢の高段者同士の立ち合いともなれば、目は超えているが体が衰えて技の出は遅い者同士。
尋常に打ち込んでも、受けられるのみである。
必然的に相手の出端を狙う勝負となるのだが、その為には相手を先に動かさなければならない。
京都大会などの高段者同士の立ち合いでは、互いに相手を動かそうとして、結果技は放たれずに終わることすらある。
若い頃はそれを試合ごっこのようだと馬鹿にしていた齊木だったが、齢を重ね、多少の理合もしれば、そうなることもあり得るだろうと思うようになってきた。
「まあいい。最後にもう一回切り返しをやるぞ」
体力が落ちると、切り返しや掛り稽古のような厳しい基本稽古を嫌う高齢者が増えてくる。
しかし、齊木は若いもの――特に、廣都留などの未熟なものならば先に音を上げる程に、基本稽古は幾度も繰り返す。
無論、厳しい稽古をすればきつい。切り返しでは汗一つかかぬ隼人らが恨めしくなるほどに、
しかし、稽古をすることでしか自分の体力を保つことができないことを、齊木は身を以て知っていた。
「齊木先生の熱心さには、頭がさがりますよ」
隼人の言葉には、おべっかではない心からの敬意が感じられた。
齊木は時折、若い頃の自分に似ているこの男に、どう声を掛ければいいものかよく分からなくなる。
『もういい歳なんだから、剣道ばかりやってないで嫁でも貰って身を落ち着かせろ』
そう言ってやりたい。齊木は、隼人が時折満たされぬ表情で竹刀を振っていることをよく知っていた。
それは、半端な才を持ったものだけが味わう、終わらない渇きだ。
ああ、德丸の言うことは全く正しい。齊木の胸中には、老いてなお鎮火せぬ火の玉のような思いが燃え続けている。
『いいさ。わしもお前も、焦れて死ぬまで竹刀を振るのがお似合いじゃ』
齊木は、隼人に胸中でそう声をかけた。
◇
そんな齊木が、道場に来ることができなくなった。
青天の霹靂だった――いや、正しくは違う。予兆はあった。幾つもあった。ただ、齊木が気付いていなかっただけだった。
齊木の妻が、アルツハイマー病に診断されたのだ。
ついさっき会話したことを覚えていなかったり。
財布や鍵をなくして探している姿が増えたり。
普段の料理の味が今までとは変わっていたり。
医師から尋ねられて思い起こせば、近頃の妻の行動にはアルツハイマーの初期症状が幾つも現れていて。
齊木は、それらの全てを看過してきたのだ。
早期に異変を発見し、治療に着手すれば進行を遅らせることも可能だったかもしれないが、どれだけ悔めどももう遅い。
本格的に齊木が異変に気が付いた時には、妻は既に齊木の顔も名前も思い出せなくなっていた。
齊木は退職して年金生活を行っていたが、家計の管理は妻に任せたきりだった。
妻の行ってきた保険の管理や資産運用。
そして何より、日々の家事や食事の準備。それらが一気に齊木にのしかかってきた。
思えば、日々の剣道ばかりに熱中し、家庭のことを顧みることもない人生だった。
妻は陰に日向にと尽くしてくれていたが、齊木はそれを当然のような顔をして受け止め、感謝の言葉も言わなかった。
通帳に目を通して気付いたことがある。
これまで年に二回足を運んでいた昇段審査。
審査料と、京都・東京への旅費で年に20万円近くの費用がかかり、家計を圧迫していたのだ。
八段を取るまでに高級車一台を買うだけの金がかかった――そんな自慢話を聞いたことがあるが、出世にも縁がなかった齊木には、さしたる貯金はなかった。
妻が資産の運用でやりくりをして、齊木の昇段審査の資金を捻出してくれていたのだ。
これまで齊木が剣道に没頭してこれたのは、妻の内助の功あってのことだったのだ。
それを眺めながら、齊木の中から、ストンと憑き物が落ちるように八段受審への執念が消えた。
もう、これきりだ、と心底思ったのだ。
まだ貯金は幾らか残っている。だがそれは、自分の昇段審査などではなく、妻への治療に使うべきだ。
――愚かな夫の、せめてもの償いとして。
「お前は、何が良くてわしのような男と結婚したのか。
結局、一度も教えてくれなかったなあ。
わしは剣道ばかりしとった。でも、お前は何が好きで、何がやりたかったのか。
もっと聞いておけばよかった。叶えてやればよかった」
齊木は、妻について知らないことばかりだ。
知ろうとしても、全ては失われてしまった。
……齊木は思う。ここにいるのは、もう妻ではない。妻の姿をしただけの抜け殻となってしまった。
己が、妻の病状に気付かなかったばかりに。
思えば、齊木は夫としても、父としても良い男ではなかった。
妻との間に息子は三人設けた。当然のように全員に剣道をさせた。厳しく鍛えた。
――成人した息子たちに、剣道を続けたものは誰もおらず、皆家を出て寄り付かない。
けれど――齊木はそんな息子たちのことを軟弱者と蔑み、盆正月すら滅多に顔出さなくなった息子たちに、心を痛めることすらしなかった。
悔恨ばかりが、積もっていく。
徘徊の危険性があるので、夜に稽古に出ることもできず、齊木は家で会話の通じぬ妻と二人で過ごす日々が続いた。
齊木は、妻を見守りながら、家の床の間に置いた德丸の形見の胴の前で、毎晩に蕎麦猪口で一杯だけの焼酎を煽る。
つまみは、己で作った不味い夕飯の余りものだ。
「なあ、德さん。報いというのは来るもんだなあ。
あんたが死んだ時、わしは信じられなかったよ。あんたは、いつまでもわしに稽古をつけてくれるもんだと思ってたからなあ。
それで、次がうちのだ。わしは何も見とらんかった。考えとらんかった。
ただ、腹の虫が命じるままに竹刀を振り、がむしゃらに稽古のことだけを考えとった。
すまんなあ、德さん。館長を任されはしたが、わしにはもう何もできん。
本当に、すまん」
ふと、齊木は己に似た所のある若者――水﨑隼人のことを思い出した。
稽古に行けぬとは言っても、引継ぎの挨拶ぐらいは行かねばならんだろう。
齊木は思う。――その時言ってやらねば。わしのようになるな、と。
唯我独尊の人間の辿り着く場所なんて、こんなつまらぬ地獄だと。
インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうか。
齊木が玄関に出ると、少し猫背の眼鏡の男が立っていた――濵尻だ。最近五段に通った直指館出身の男だ。
一体何の用かと、齊木は訝しむ。
「こんな夜分に、大変失礼いたします。最近電話の方も出られないので、直接伺わせて頂きました。
奥様のこと、本当に大変かと存じます。
実は――私の母も、アルツハイマーでして、ここ何年か介護をしております。
突然の事とお聞きしましたので、この近所のケアマネージャーさんへの連絡方法や、自宅介護のための要点など、戸惑われていることも多いかと思いましたので、私のようなものが差し出がましいかと思ったのですが――もし良ければ、お役に立てることもあるのではないかと思い、伺いました」
隼人は熱心に教えていたが、齊木にとっては印象の薄い男だった。
50も過ぎて四段程度の、取るに足らない弱い男だという程度にしか思ってなかった。
医師から介護関係の説明は一通り受けていたし、在宅介護の資料も貰っていたが、齊木は突然のことに混乱していたし、三分の一も理解できていなかったのだ。
「申し訳ない」
齊木は、正面から濵尻の顔を見つめることができず、足元に視線を落して、そう謝意を伝えた。
「そこは、『申し訳ない』ではなくて、『ありがとう』という所ですよ』
齊木と濵尻の間に、若い声が割り込んできた。
吉屋燕だった。もう松葉杖は外れているが、歩き方はまだぎこちない。燕を車で乗せてきた隼人も姿を見せる。
「これ、どうぞ」
燕は大きな紙袋を齊木に手渡した。
中を見ると、幾つもの保存容器に小分けされて、色とりどりの総菜が入っている。
表面には、料理名と賞味期限、冷凍の可否までが几帳面にラベル付けされていた。
「今が一番大変な時かと思いまして、私と隼人せんせで色々作ってきました」
「水﨑、お前も料理ができるのか」
「今は、男も料理ができて当たり前ですよ。簡単に作れるもの、今度教えに来ますから、齊木先生も早く作れるようになって下さい」
齊木は、袋の中のポテトサラダを、里芋の煮付けを、ブリのアラ煮を、きんぴらごぼうを、じっとじっと見つめた。
「すまん――いや、ありがとう、だったな」
隼人と燕が、少しだけ笑った。
「久しぶりに、奥様にご挨拶させて下さい。
以前は、よく道場にもいらしてましたよね」
そうだった。齊木は思い出した。剣道などまるで分からぬのに、齊木の妻はよく道場へ見学に来て、少年部の父兄たちの歓談をしていたものだ。
濵尻が、燕が、隼人が、一礼をして齊木の家に上がりこむ。齊木の妻は誰の顔も覚えてはいなかったが、「あら、お客様? いらっしゃい」とにこにこ顔だ。
隼人と燕が、手分けをして溜まっていた汚れていた台所の清掃にとりかかる。
自分は、新館長として何一つ成せていないのに――己には、過ぎた門下生たちだ、と齊木は感佩の念を抱かずにはいられなかった。
その日、齊木の家に久方ぶりに笑い声が戻った。実に数年ぶりのことだった。
◇
隼人や濵尻のサポートもあって、齊木の在宅介護は軌道に乗せることがでた。
ケアマネージャーを定期的に家に招き、指導を受けながら妻の介護を続けている。
けれども、齊木は錬心舘の稽古に復帰することはなかった。
剣を置くことが一つのけじめだという思いがあったし――己のような人でなしが、どの面を下げて剣道の指導などできる、とさえ考えていた。
隼人や燕から幾度となく指導に来て欲しいという連絡があったが、齊木は色よい返事を返せずにいる。
本当は錬心舘を辞めるという連絡をしたい所だったが、常日頃からサポートを受けているのに、そのようなことを言うのも不義理であった。
四月になり、桜の花も綻び始めている気配があった。
齊木は、縁側にしばらく使っていない剣道具を並べて、陽射しに当てた。
十分に干したら――そのまま、道具袋にいれて押し入れかどこかにしまってしまおう。
そんなことを考える。
剣道具を天日に干していると、ついつい手慰みで竹刀の手入れをしてしまう。
稽古する予定などないというのに、頭ではなく、手が勝手に動いていた。
――馬鹿らしい。齊木は、手入れ途中の竹刀を床に転がした。
さて昼食に焼き飯でも作るか、と思い齊木は台所に向かおうとすると。
「あら、竹刀を足で跨いじゃいけないのよ」
妻が、齊木にそんな声をかけた。
意識すらしていなかった、子どもに教えるような初歩の中の初歩の礼法。
「あなたも剣道をする人なんでしょう。始めたばっかりなのかしら。
竹刀を足で跨ぐようなことをしちゃ、お行儀が悪いわ。先生に怒られちゃうわよ」
齊木は、ぽかんとした顔で妻の言葉を聞いていた。
妻は、うっとりした顔で続けた。
「私の旦那さんもね。剣道をしているの。
とっても格好いいのよ。私は剣道のことはよく分からないけど、強い人だ、って一目で分かるわ。
竹刀を握ると、背もピンと伸びて、キリリとして。
私、あの人が剣道をするのを見るのが、大好きなの。
あなたも、私の旦那さんに剣道を教わるといいわ。きっと強くなれるわよ」
齊木の視界がぼやけた。黄色く日焼けした畳に、幾つも幾つも涙の雫が垂れ落ちる。
四つん這いになって、竹刀を握りしめながら、齊木は喉を震わせて泣いた。
嗚咽を漏らしながら土下座をするように頭を擦り付けると、幾本もの白髪が畳の上に抜け落ちる。
妻は、あらあら泣かないで、と言いながら優しくその背中を撫でた。
と。彼女は何かを思い出したように、箪笥から一枚の封筒を取り出して、齊木の目の前に差し出した。
「そういえば、思い出したわ。この封筒、あなたに渡さなきゃいけなかったのよね」
封筒の中には、新札の一万円札が十枚。
京都審査のための旅行費だった。
◇
そうして、齊木は幾度目になるかも分からない京都審査の会場に立っている。
これが最後の八段受審と心に決めていた。
妻のことは、訪問介護と、泊まり込みで手伝いにきてくれている隼人に任せている。
隼人は、五月審査の受審会場を京都から名古屋にずらしてまで齊木の受審を手伝ってくれた。
感謝してもしきれないが――このような迷惑を、二度とかける訳にはいかない。
隼人が、燕が、濵尻が。錬心舘の誰もが、齊木が京都受審を行うサポートをしてくれた。
最後の審査であったが、齊木の中に『受からねば』という気負いはなかった。
審査前の稽古は、過去40回の審査の中で最も少ない。
しかし、齊木の中には既にそんな計算は微塵もなく――胸中にあるのは、これまで受けた恩義に恥じぬ立ち合いをしようという思いだけだった。
妻から。亡き父母から。師から。剣友から。これまで自分を生かしてくれた、あらゆる恩義に対して恥じぬように振る舞わねば。
ただ、それだけを念じていた。
齊木はその胸に、德丸の形見の胴を纏っている。
近年は昇段審査では専用の磨き上げた黒胴を使っていたのだが、審査員からどう見られるかなどは、既に齊木には慮外のことだった。
――後に、齊木がこの日の立ち合いのことを尋ねられた時、何一つ答えることができなかった。
一次審査も二次審査も、己がどのような相手と、どう立ち合ったのか、その記憶がすっぽりと抜け落ちていたのである。
齊木洋司は、見事八段への昇段を果たした。
德丸範士の逝去から半年後、館長の代替わりに合わせての八段昇段であったので、県下では剣道界に稀なる美談として持て囃され、新聞社まで取材に訪れた。
しかし、当の齊木は特にそれを喜ぶでもなく、自宅で妻の介護をする日々を続けるのだった。
齊木が館長として錬心舘を訪れるのは、週に二度ほどに落ち着いた。
八段に昇段した齊木は、師範席で盛大な拍手を浴びながら、門人たちに深々と頭を下げたという。
その胸中では、こんなことを思っていた。
――齊木洋司、今この時より、剣道を始める。
続




