親子二世代の縁を繋いで
日曜の朝は、形稽古から始まる。
各自で相手を組んで日本剣道形を打つのだが、朝の静寂に木刀の交わる音と、ヤ―トーの二声の掛け声だけが響くこの時間が隼人は好きだった。
審査が遠い者や、若い者は形稽古が終わって面を付ける頃合いで道場を訪れることも多いのが、冢本琢也は四段審査に合格した後も形の稽古を続けている。
冷え込みも厳しくなってきた初冬、館長の德丸は最近めっきり形を打つ機会すらも減ってきた。
けれどもその朝は顔色も良く、久々に木刀を持って道場へと顔を出した。
德丸の握る木刀。長さこそ並の木刀と変わりがないが、長年の使い込みで燻したように変色し、物打ちから剣先にかけては表鎬の部分が薄く擦り減っている。
よく見れば、その柄までもが指の跡を刻むように擦り減ってるのが分かるだろう。
隼人は德丸の軟らかい手の内を知っている。柄があれだけ擦り減るまでにどれだけの歳月を要したのだろうか。
雨だれが石に穴を穿つが如きの稽古の年月。それを想像するたびに、隼人は形容できない畏れを抱くのだった。
「水﨑さん。一本、よろしくお願いします」
小さく下げられた德丸の禿頭に、隼人は上ずった返事を返した。
てっきりいつものように、副館長の齊木と形を打つものと思っていたのだが。
開け放たれた窓から、心地よい冷気が流れ込んでくる。
礼をして、隼人は德丸と木刀を構え合った。德丸が打太刀、隼人が仕太刀である。
日本剣道形に於いて、形の上で勝利するのは仕太刀だ。手数も多く初心の打ちは仕太刀の方を難しく感じるものだが、本質は逆である。
打太刀こそ師の位。呼吸を合わせ手を引くように相手を導き、正しく打つべき機を教えこむ。
隼人は、德丸以上に剣道形を打って心地よい相手を他に知らない。
竹刀を握ると、身の丈以上に大きく感じる程の力量の相手に対峙したことは幾度もある。
だが、木刀を握って構える德丸の姿は自然体そのものだ。その五体には余分な力みなど微塵もない。
仏像の半眼にも似た静かな瞳が、ただ隼人を見つめていた。
隼人は脇構えで進み、大きく振りかぶって頭上で木刀を切り結ぶ。そのまま続飯付けで互いの木刀が鎬を削るように中段に戻った。
己と相手の木刀が、まるで一つになって動いているかのような錯覚。
軽く隼人が息を継いだ瞬間、德丸が諸手で右肺へ突きこんできた。隼人はそこを大きく巻き返して面を打つ。
……これで、四本目の終わりだ。横手合わせにした木刀の切っ先が解かれる。ただそれだけのありふれた仕草なのに、德丸の形には花が開いたような美しさがある。
――六月に形を教えこんだ冢本琢也も、だいぶコツを掴んできたようだが、まだこの心地よさを理解する域には達していないだろう。
そんな、雑念が入った。
德丸の体の調子は、芳しくはない。指導もいつまでできるか分からないだろう。道具を付けての稽古は、前回Youtuberの嶋岡龍輝が来た時以来行っていない。
それが、隼人には惜しくて堪らない。もっと教えて欲しいことが山ほどあった。燕や冢本ら、指導して欲しい後輩たちもいた。
何より、ずっと竹刀を振る元気な姿を手本をさせて欲しかった。
……それが叶わないからこそ、隼人は德丸の稽古には全身全霊の神経を注ぐ。
されど、惜しめば惜しむほどに時間は早く過ぎ、十本の形稽古などあっという間に終わってしまう。
「ありがとうございました、水﨑さん。今日も少しだけ、道具を付けて稽古をしようと思います。
また、元に立ってくれますか?」
はい、喜んで。そう勇んで答える隼人だったが、口惜しくも感じる。
――隼人は先日、二段ながらにVTuberとして理合剣道を説いていた廣都留に、まだ剣道の理合などまるで分からぬだろうに、という思いを抱いた。
德丸へ指導稽古に並ぶ廣都留を見るたび、学ぶ器を作っていないものが、八段に稽古を貰っても何の益もないだろうとも思っていたのだ。
けれども、己を顧みればどうだ。
未だ七段にも合格しない30代の若造だ。
果たして、德丸の剣道を真に理解するだけの器があるのだろうか。
自問するたび、――いや、まるで足らないという結論に至る。
競技専らの剣道目指してきた隼人だが、競技で衰えても、先に進む意味と価値があると信じている。
だからこそ、隼人は剣道という世界は素晴らしいと思っているのだ。
だが、德丸が若い頃に全日本選手権で上位に入賞した機動隊の選手だったように、八段や範士に合格する人間もまた、金床の上で鉄を打つように競技の世界で鍛え上げた狭き門を潜り抜けた人間が多い。
30歳は人生の正午とも言える。
隼人も、今後の自分の剣道人生も見通しがぼんやりと見えてきた。
けれどもその先に、德丸のような剣士になった自分の姿を、どうしても想像することができないのだ。
全日本選手権の出場権を獲得できないことより。
七段審査に二度落ちたことより。
何よりそれが、隼人には悔しかった。
◇
「西澤さん、打った後に体を反り返らせるのは悪い癖です。固まらないうちに正して下さい。
それから、打った後に歩み足になっているのも良くないです。送り足で進むように徹底して下さい」
「はい、ありがとうございます、水﨑先生」
西澤将司は、錬心舘道場で隼人と最も齢の近い会員である。隼人より4つ年上の39歳。
段位は初段。
中学生時代以来剣道から離れていたのだが、息子の玲央と娘の沙紀が錬心舘で剣道を始めたのを切っ掛けに、自分も剣道を再開したのだ。
所謂リバ剣――中学時代ぶりの、剣道復帰者である。
錬心舘道場は、周囲に剣道部がない――あるいは剣道部が機能していない中学が多いため、クラブチームとして中学生の試合にも出場している。
西澤親子の家はやや遠方で、西澤将司は息子の玲央の稽古の度に車で送迎をしていたのだが、稽古を見学している間に自分も中学生時代の情熱が戻ってきたのだという。
十年単位で剣道を休んでいた人間が急に復帰しようとした場合、頭のイメージに体が追い付かず、腕の肉離れやアキレス腱の故障を起こすことが度々ある。
半年近く強度の低い基本稽古をじっくり時間をかけて行い、西澤は故障することなく剣道への復帰を果たした。
無論力量は他の会員には劣るが、中学校時代の経験者だけあって、足も動くし当て勘もある。
中学生時代の軽い剣道が身についているので、大人の剣道に近づけていくのが今後の課題と隼人は思っている。
「ありがとうございます。最近水﨑先生にご指導頂けるので、とても勉強になります」
西澤は、稽古の後に笑いながら礼を言った。
隼人は謙遜して頭を下げる。段位は己が上でも、自分より年上の相手に『先生』と呼ばれて頭を下げられるのは、どうも落ち着かないのだ。
低段者の指導は、隼人は高段者に任せきりであった。しかし、最近は目についた所があれば、多少ではあるが積極的に指導を行うように心がけている。
『だって、水﨑先生とか、強い人は、俺たちのような弱い人には興味がないんじゃないですか』
拗ねるように言った廣都留の言葉が、今も隼人の胸に残っている。
廣都留の言葉を否定できない隼人がいた。隼人は今でも、可能ならば自分の稽古を優先したいと思っている。
けれども――自分の目の届く所にいる相手には、どんな人間でどんな剣道をしているのか目を向けなければいけないと強く感じたのだ。
六段の末席とはいえ、己は高段者で、指導をすべき立場なのだから、と。
回り稽古で組んだ時に、軽い指導をする程度だったが、隼人はいつの間にか西澤と随分と親しくなっていた。
齢が近いこともあり、会話にも遠慮がいらない。何より西澤の人柄は気さくで好ましかった。
「それにしても、水﨑先生は強いですねえ。羨ましいですねえ。私も、中学で剣道を辞めていなければ今頃はもう少しは強くなれてたのかと、悔しく思いますよ」
西澤は、爽やかな顔でそんなことを言った。
……時折道場に顔を出す西澤の妻は、高校時代の同級生だという。
同じ大学に進学して、若くして結婚し、今は14歳の息子と11歳の娘がいる。
西澤は隼人を羨ましいと言ったが、隼人こそ真っ当な道を歩んでいる西澤のことを羨ましく思う。
隼人が剣道ばかりやっていた学生時代、西澤は青春を謳歌し、今に至る幸福の礎を築きあげたのだ。
西澤自身、人生を繰り返す機会が与えられたとしても、これまでの人生と同じ選択をするだろうという確信が隼人にはあった。
『剣道にひたむきに打ち込む事は良いことです。けれども、剣道が人生そのものになってはいけません。
剣道は、人生の隣に置いておくぐらいが丁度いいのです』
いつだろう。德丸にそんな風に説かれた事もあった。
隼人は、己が人間としてアンバランスな生き方をしていることを自覚していた。
齢35歳を迎え、自分と同じぐらいの年代の人間が『足りた』人生を送っているのをみると、本当にこれで良いのかという不安に襲われるのも度々だった。
――また、山國と酒でも飲むか。
そんな事も思う。
「年が明けたら、昇段審査ですからね。玲央と一緒に、親子で二段合格を目指そうと思います。
沙紀も、12歳になったら一級が取れるでしょう。中学に進学したら初段です」
西澤は、心底楽しそうに言った。
隼人は西澤のFacebookとインスタグラムを知っている。
アップロードされる日々の稽古の写真は、素朴でささやかな上達の喜びに溢れていた。
「年末には市民剣道大会もありますからね。私の腕では一回戦負けなのは分かっています。
でも、目標があった方が面白いですからね。試合なんて20年ぶりでわくわくしますよ。
今、人生で一番剣道が楽しいんです。中学生時代は先生にしごかれた思い出ばかりでしたけど、今は本当に自分の意志でやりたい剣道ができている――
そんな感じがするんです。
や、水﨑にこんなことを言ったら、笑われちゃうかもしれませんけどね」
照れ臭そうな西澤の顔を、隼人はじっと見つめた。
「――笑いませんよ。私の方こそ、西澤さんのことを見習いたいぐらいです」
それは、社交辞令ではない隼人の赤心からの言葉だった。
いつになく真剣なトーンに、西澤が意外そうな顔を見せた。
隼人は、迂闊に本心を口に出した取り繕うにように、これからの稽古メニューを並べて語る。
「じゃあ、試合に向けて当てやすい技も幾つか練習しておいた方がいいですね。
試合は見知らぬ方とやることになるので、審査の良い予行練習にもなります」
リバ剣――剣道復帰組の西澤は、単純な強さや技倆で言うなら、錬心舘道場の成年部でも最下位である。
家がやや遠方で、練習回数も少ないので、子ども達もさほど強いわけでもない。才能に恵まれているわけでもない。
けれども。いつも満ち足りた顔で子どもたちと並んで素振りをする西澤の姿に、隼人は自分では決して得られない尊さを思うのだった。
隼人が求めるものを何一つ持っていないにも関わらず、隼人より遥かに楽しげに剣を振る。
言うなら、剣道の清貧の幸福だった。
――比べてみるなら、己はなんて様だと隼人は思う。
競技での勝利を求め、全日本に出場する権利を求め、次なる段位を求め、師匠の德丸が如き格を求める。
俺の剣道は、まるで餓鬼道だ。
丈夫な体。多少の才覚。優れた師匠と稽古環境。手の内には余人よりも恵まれたもの幾つも握っている筈なのに、足らぬ足らぬと渇き続ける。
『人爵を求めるなかれ。天爵を求めよ』
古の大家、内藤高治の言葉だ。
隼人はいつまでも人爵への執着から離れられずにいる。これでは、師匠の德丸が如き天爵が得られるはずもない。
人徳で言うなら――己は西澤に遥かに劣るだろうと隼人は思う。
傲慢で、嫉妬深くて、卑屈で、自己中心的。
この半年間、そんな自分に嫌気がさしてばかりだった。
少年部や低段者の指導に携わるようになったのは、最初は德丸の指示に従ったからだった。
けれども最近は、隼人は自ら進んで人に関わろうとしている。
……誰かに剣道を教えて、その上達を共に喜べば、ほんの少しだけれど苦痛が消える。
しかし、これは利他ではなく自分の鎮痛という利己の感情から行っている行為ではないかという疑念に、隼人は怯える。
現に、中途半端な高段者の教えたがりは、あちこちの剣道場にごまんといる。
目下の稽古に口を出し、講釈を垂れ、過去の栄光を語り、自分勝手な理屈を押し付ける――
そんな年長者に、隼人は幾度も辟易とさせられてきた。
今、自分も同じ道を歩み始めているのではないかと思うと、たまらなく怖い。
でも――兄貴分のように慕ってくれる冢本琢也や燕のような若手と。
先生、と言って信頼してくれるようになった髙田ら直指館出身の子供たちと。
最近はLINEで連絡を取り合うことも増えた村枩や、頻繁に飲みに行く山國などの剣友と。
同じ道場で稽古する廣都留や西澤のような後輩と。
彼らと行ってきた稽古は、決して間違いではないと思うのだ。
◇
「水﨑さん、貴方は最近とても良い顔になりました」
ある稽古の終わりに、德丸は指導稽古の礼式に訪れた隼人にそう笑いかけた。
隼人は息も切れ切れだった。無論、体力なら隼人の方に分がある。80代と30代だ。比較にもならない。加えて德丸は癌で肺の片方を切除している。単純な持久力で比較するなら、10倍の差はあるだろう。
それでも、隼人は德丸と立ち合った時、己の方が先に息が乱れて剣が崩れるのを度々と味わってきた。
試合の要領で飛び込めば、無論隼人の竹刀が先に届くだろう。
しかし、隼人は範士八段である師との立ち合いの価値を、打った打たれたという低い次元で量ることは好まなかった。それでは、指導稽古を頂く価値がないではないか、と。
立ち合って、呼吸を学び、打ち所を学ぶ。呼吸を合わせた間合いの鬩ぎあいの中で、德丸に引き立てられた瞬間に一本を放つ。
その感覚を得るために必要な集中力は、生半可な試合の比ではないのだ。
隼人は未だ己を德丸の教えを受け止める器ができた人間ではないと思っているが、未熟なりにもこれこそが範士の師に学ぶべき境地であるという思いがあった。
呼吸を整えながら、隼人は師の言葉に耳を傾けた。
「この半年余り、貴方は薄紙を重ねるように稽古続けながら、随分と自分の剣の世界を広くしました。
素晴らしいことです。滅多にできぬことです。
隼人君、貴方は大丈夫です。このまま真っ直ぐにおやりなさい」
德丸は、隼人君、と20年ぶりに少年部に通っていた頃の呼び方で隼人の名を呼んで。
目を細め、丸い顔を皺くちゃにしてにっこりと笑った。
隼人は、何のことだから分からずに「はい、ありがとうございました。また稽古をお願い致します」
と決まり文句を口にして、德丸の擦り切れる程に年季の入った二号胸に向かって頭を下げた。
――隼人に、次の稽古をする機会は二度と訪れなかった。
三日後、德丸は自宅で就寝中に急性心不全で息を引き取った。
その死に顔は、眠るように穏やかだったという。
続




