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#9 伝播

「えっ、私に、魔導訓練を教えてくれと?」

「はい、まさに精神力を形にできるその術に、山崎司令長官が大変、関心を持たれたのです」


 空母「飛翔」で、例の兵士らを叩くための棒を勝手に使って炎の魔導を操る訓練を続けていたことが、司令長官にバレてしまった。が、それはむしろ好意的に捉えられ、海軍全体の訓練として広めたいとの意向が私に伝えられる。

 で、海軍の重要拠点であるこのザンパカ諸島の西島にて、私は千人以上の兵士たちの前で、まさに魔導訓練を行った。


「杖を高く掲げ、集中し念じよ! そして、こう唱えるのだ! オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」

「「オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」」


 さすがは軍人だ。一挙手一投足、皆、ぶれることなく同じ姿勢で一斉に念じる。何人かの杖先には何も出なかったが、多くの者の杖先には、大小さまざまな炎魔導が発せられる。

 杖先から何も出ない者は、特性が違う。そこで私はその者の杖先をつかみ、それぞれの思い描く風景を聞く。そこで、風や水、氷属性のある者を見出す。

 普段の訓練が、よほどか集中力を高めているのだろう。四日もすると皆、的に向けてその炎を当てられる者が続出する。こんな具合に私は、二千人ほどを教練した。

 ただ、魔導を放つだけの訓練では戦えない。魔物と戦うには、それ相応の戦術が必要だ。私はその魔物と戦う術を、その二千人に余すことなく教える。


「よいか、そなたらはまだ、初歩の魔導を使えるに過ぎない。が、もしも魔物が集団で襲い掛かってきたならば、横一線に並んで同時に杖を掲げ、その炎の魔導を掲げよ。やつらは二重、三重の群れで襲い掛かってくるが、炎を絶やすことなくば、やつらはその魔力の生み出した灼熱の光に焼かれ、その前進を阻むことができる」


 とまあ、気づけば私は戦艦「和尊」の乗員すべてに、魔導を叩きこむことができた。

 なお、水魔導は炎が暴走したときの火消し役に、そして魔物の顔を覆い溺死させる術を教える。風魔導は逆に、炎魔導をかき乱しわざと暴走させることで、包囲された時の対処戦術にすることを教えた。

 そして、氷魔導だ。こいつの力量は、氷の大きさによって決まる。

 二千人以上の兵士の中で、氷属性を持つ者はたった三人しかいないが、その三人が作り出す氷は小さい。

 が、三人が杖を突き合わせれば、巨大な氷塊を作り出すことができる。

 大型の魔物を屠るために、欠かせない戦術だ。彼らも訓練次第では、私と同様、空母をも沈めるほどの巨大な氷塊を作り出せるほどに育つかもしれない。


 とまあ、そんな具合で私はこの西島で一週間、魔導訓練を続ける。が、その光景をみて、陸軍が黙っているはずがない。


「海軍にばかり、アマデラス様の恩恵を受け続けるのはいかがなものか!」


 そう、山崎司令長官ら海軍将官が並ぶ前で苦言を呈したのは、都司(つじ)中佐という大本営付きの参謀だった。が、彼は陸軍出身であり、その発言権も大きく、陸軍部の作戦に大きく関わる人物として知られていた。


「だいたい、海軍がアマデラス様を独占するは、よもやその狙いは、皇帝陛下に対する統帥権干犯!」


 なんとまあ、あのおっかない山崎司令長官に向かって、とんでもないことを口走る男だ。よく分からない言葉が出てくるが、何やら批判的なことを言っていることがわかる。大本営というところは要するに、陸海軍を統括する組織であり、その上部組織のいち参謀といえどここまで格上の者に意見できるものなのか。並びいる将官の端に座る私は、その張り詰めた場の空気に脅威を覚える。

 が、司令長官はその参謀に向かって、睨み返す。すると都司参謀が、こう付け加える。


「……の、恐れあり、と捉えられかねませんぞ、司令長官閣下」


 うーん、なんだろうな、この同じ軍の中で、この仲の悪さ。しかもだ、我が王国に例えるならば、一介の騎士が王族に批判的意見をぶつけるようなものだ。そんなことは、私のいた世界では考えられない。


「……アマデラス様を独占とは、言いがかりも甚だしい。我が海軍にこそ、このお方の力は必要だ。なにせ敵は、海を渡ってやってくる。アマデラス様の持つ、その敵の船を沈める力こそ、陸軍にとっても決して利がないとは言い切れぬと思うがな」


 ついに司令長官が、口を開いた。今度は当の陸軍びいきの参謀の顔色が変わる。


「だが、アマデラス様の施される魔導訓練とやらは、まさしく精神力の鍛錬としてはこれまでにない素晴らしさだ。それを、陸軍が知らぬというのもあまりにももったいない。アマデラス様さえよろしければぜひ、我が陸軍のためにも働いてはもらえないだろうか?」


 そんな緊迫したやり取りの中、私に話がふられた。私は、こう答えざるを得ない。


「ぜ、ぜひとも、ご協力させていただきます」


 その瞬間、都司参謀のほくそ笑む顔が目に留まる。なぜだか分からないが、上手く利用された気がするな。

 で、その翌日から私は、陸軍が主に駐留する南島に出向き、陸軍人に魔導訓練を施すこととなった。


「アマデラス様から直々に精神鍛錬を施してくれると聞き、馳せ参じました! よろしくお頼み申し上げます!」


 集まったのは、およそ一千人。士気は高い。すでに海軍での訓練の噂が入っているから、それを魔導師である私から受けられるとあって、大いに期待されていることが嫌というほどわかる。

 が、士気の高さと実力は、決して比例しない。

 この陸軍というところでは、非常に能力が高いものと、そうでないものとの差が、非常に大きい。原因はなんかと思い、彼らと会話してみると、徴兵によって入隊させられた者が多いと聞く。

 つまり、王国でいうところの徴用された臣民歩兵と同じということか。無論、海軍にも徴兵された兵士はいるが、圧倒的に陸軍には多い。

 おかげで、杖先から出る炎が小さい。


「もっと集中せよ! 目前に、強大な敵が襲いかかってきたと想像し、持てる力を発揮するのだ!」


 もっとも、そういう魔導師を訓練することは初めてではない。だから私は、こうした兵士向けが死に物狂いで力を絞り出せるよう、煽り立てる。それは、私自身にも課してきたことだ。

 魔導訓練を、舐めてもらっては困る。

 魔導を極めるということは、並大抵のことではない。おかげで皆、夕方までにはへとへとになって立てなくなるほどに、兵士たちは疲弊する。

 これほどの厳しい訓練に、皆、恐れをなしたことだろう。だが不思議なことに、訓練希望者は後をたたない。


「えっ、今日は三千人ですか!?」

「はっ、ぜひともアマデラス様にご指導いただきたく、よろしくお願い致します!」


 翌日、そして翌々日と、日増しに訓練生が増える。どうなってるんだ、この国の軍人は。

 王国では、私の鍛錬にほぼ一日で半数が脱落する。が、こちらはどうか。減るどころか、増えるばかりだ。

 一週間ほど、南島に通い続けたが、最終的には一万人にまで膨らんだ。

 無論、この人数ともなると、私一人では追い付かない。だから、能力を見出せた者に指導法を教えて、指導を託す。

 しかしだ、大半は炎魔導であるが、やはりこれだけの人数ともなると、炎以外の属性を持つ者も出てくる。

 風が十人、水が七人、そして氷が三人。驚いたことに、闇属性が一人、いた。

 闇とは、すなわち「隠れ蓑」を作り出す魔導だ。私の王国にも一人、強大な闇魔導の使い手がいた。その者は王国魔導師団で三番目の地位を得ていたが、百人の軍勢を丸々、隠せるほどの使い手だ。

 魔族ならば闇属性はお手のものだが、人族でそれを手にする者は珍しい。

 そんな人材を見出し、一週間も陸軍の教練に付き合った。私自身も教えることで鍛錬になるからと進んで行ったが、さすがにこの人数は、私自身も疲弊してしまった。


『はぁ……なんなのだ、この国の軍人は。かように厳しい鍛錬を、どうしてこうも進んで受け入れようとするのか?』


 私は思わず、坂口の前でドネツランド語で愚痴ってしまった。すると、坂口がこう答える。


『ヴェルヘルミーネさん、それは我々からすれば、当然ですよ』

『なんだと? まさか、この国の者は皆、打たれることに喜びを覚える民族だと……』

『そうではありませんが、それまで曖昧に「精神力」を叩きこまれてきたのが、目に見える形でその力を顕現できるからですよ。いかなる鍛錬よりも、目に見えて成果が見える。これほど分かりやすい鍛錬ならば、皆が進んでやりたがるのは当然でしょう』


 この坂口の一言で、ようやく合点がいった。言われてみれば、これまでこの国の軍人はただ「精神力が足りぬ!」といって、理不尽な暴力に訴えていた。それに比べれば、魔導教練は自らの力を目で見える形でその結果を示してくれる。

 彼ら軍人にとっては、訓練が理不尽ではなくなった。だからこそ、我が教練に必死にしがみついてくるのか。


『アルメリア軍には、こんな魔導訓練なんてもの、ありませんからね。たとえ銃の弾が切れても、木の枝一つで戦いに挑むことができる。特に陸軍ともなれば、これほどありがたい訓練もないでしょう』

『その、陸軍の心配をしているのは構わぬが、そなた、ちゃんと魔導訓練を怠っては折らぬであろうな』

『当然です。何なら明日の朝、お見せいたしましょうか?』


 と、坂口が言うので、翌朝に早速、その鍛錬の結果とやらを見せてもらうことにした。

 早朝、西島の射撃訓練場の一角で、やや大きめの杖を持った坂口が、正面の岩壁に描かれた的に目掛けて、炎を放つことになった。


『ではまず、弱めの攻撃からご覧に入れましょう』


 どうやら、自在に力加減ができるようになったと言いたいらしい。わずか一週間で、そこまでの技量に達するものなど、王国でもほとんどおらぬ。が、坂口は自信満々に杖を前に向けて、こう詠唱する。


『炎の神よ、我が杖先に炎を宿し、目前の的の真っ芯にぶち当てたまえ、ファイエ・ファイル!』


 こやつめ、一丁前にそれらしい詠唱を唱えおった。が、拳ほどの大きさの炎の球を作り出し、猛烈な勢いでそれを岩壁の的の中心に叩きつけた。

 唖然としたのは、私の方だ。これほどの精密な炎魔導を、わずか一、二週間の鍛錬でものにするとは、思いもよらなかった。が、坂口は続ける。


『続いて、僕の最大魔力をお見せいたします。といっても、これはちょっとこの場所では大変なことになるので、場所を変えましょう』


 などといいながら、坂口は私を連れて、海岸の方へと向かう。

 そこには、太い矢じりのような形の岩が何本もそそり立っていた。波に洗われ、硬い芯の部分だけが残っているようだが、その内の何本かは根元から折れていた。

 波の力にしては、折れ方が変だ。私はなにやら、おぞましいものを感じていた。それを察した坂口は、私に向かって少し、ほくそ笑む。


『ちょうど左端のあの岩、あれを砕いてみせましょう』


 そう言いながら、坂口はその杖先をかの岩に向ける。まさか、ここに砕かれた岩というのは、坂口の仕業なのか?


『我が国を守護する炎の神よ、我が精神の力の及ぶ限りの、灼熱の炎を顕現させたまえ、ローダンデ・ランス!』


 坂口が、やや片言ながらもドネツランド語、いや、ドイッツェ帝国語で詠唱する。その言葉通りに、長い炎の槍が坂口の杖先に顕現する。と、その長い炎の槍は、狙いの細長くそそり立つ岩に向けて、それは飛び去って行く。

 そして、人の数倍の太さの岩を、いとも簡単にへし折って見せた。あっという間に岩が吹き飛び、その大半が海に没した。

 私は、唖然とする。飛距離こそ短いが、すでに私の放つ炎魔導並みにまで力を出せるようになっている。しかもだ、あれほどの魔導を放ったにもかかわらず、涼しい顔で私を見つめ、こう告げる。


『ようやく昨日、僕もここまでの力加減ができるように成長しました。いかがですか?』


 えっ、もしかして、岩をへし折れるようになったのは、昨日が初めてだというのか? ということは、昨日だけであの一本を除く数本の岩を、叩き折っていたというのか。

 恐ろしい話だ。下手をすると、すでに私などよりもはるかに多くの魔力を扱える可能性がある。私とて、あの大きさの炎魔導を二、三発放つのが精一杯だ。無論、私はどちらかというと氷属性が強いということもあるが、それにしても、何年も鍛錬し自らを追い込み会得した炎魔導を、わずか二週間ほどで追いついてきた。

 恐ろしい男だと、私は思った。

 が、それを悟られては、王級魔導師としての面目が立たない。


『や、やるではないか。これならば、至近距離で空母や巡洋艦くらいならば大きな痛手を与えることができようぞ』

『ヴェルヘルミーネさんに、そう言っていただけて光栄ですよ。僕も、鍛錬した甲斐がありました』


 そう言ってのける坂口だが、もはやとんでもないレベルに達していることを、本人は自覚している様子はない。もっとも、まだ伸びしろは残されている。力こそ強いが、まだ遠くまでは飛ばせない。とはいえ、決してただの謙遜とも言い切れない。

 やつの炎魔導は、まだまだ強くなれる。そう私は確信した。

 うまくいけば、私の氷魔導との組み合わせで、とてつもない連携ができるかもしれぬ。


 さて、少し先の話ではあるのだが、こうして陸海軍の兵士らを鍛錬した結果、それを熟練した者が次の熟練者を育て上げ、さらにまた熟練者が生まれるという連鎖が、この数か月の間で行われる。

 で、気づけばほぼすべての陸海軍に、魔導訓練が広まっていく。

 もっとも、私にとっては、理不尽な口先だけの精神力という言葉を使う彼らに、本物の精神力というものを見せつけるために始めた訓練に過ぎなかった。

 が、まさかこれが後日、思わぬ形でその力を発揮することになろうとは、この時は思いつきもしなかった。

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