#8 夜戦
「ヴァトゥレブ島の上陸部隊、一千からの連絡が途絶えた」
格納庫内に集まった兵士らに、溝口参謀長が告げる。
「この海域から、ヴァトゥレブ島までおよそ千キロほどだ。ゆえに、我が第一航空戦隊にヴァトゥレブ島に展開しているであろうアルメリア軍への攻撃命令が出た」
「あの、敵の規模はわかっているのですか?」
「上陸用船艇、および輸送船団の規模から、三千は下らないと予想される。さらなる増援が来る前にこれを叩き、掃討せねばならない」
偵察部隊によれば、すでに多数の上陸用船艇がヴァトゥレブ島東岸に停泊しており、味方が夜襲を受け壊滅したであろうと推測していた。いや、敵の船団が海岸にひしめいている以上、それが事実なのだろう。
なんて相手だ。夜襲で、しかも多数の軍勢をもって日ノ本皇国軍の兵士らを消してしまうとは、この間のイーストランド島玉砕でもそうだが、まるで魔族のような連中だ。
「くそっ、またしても全滅か!」
坂口も同様に、怒りの声を上げている。当然、私もそうだ。アルメリアの奴らには、心というものがないのか?
坂口も言っていたが、東方の民族は彼ら白人種から見れば浅黒く小柄な民族であるがゆえに、蔑視の対象らしい。彼らは以前より「和を尊ぶ国」と自称していたから、奴らは日ノ本の者を「ワップ」などと呼んで小馬鹿にしていると聞いた。それが、私には信じられない。
同じ人族同士だぞ、肌の色や背丈で差別するなど、我々の世界では到底考えられない。
そんなことをすれば、魔族に付け込まれてしまうのが関の山だ。
「ともかく、イーストランド島にヴァトゥレブ島での我が皇国軍への苛烈な仕打ち、それだけでも奴らアルメリアが鬼畜と言われる所以が分かるでしょう」
坂口が私に、同意を求めてきた。一度ならぬ、二度までも全滅とは。さすがの私も、こう答えずにはいられない。
「これではアルメリアの奴らこそ、この世界の『魔族』ではないか」
◇◇◇
「なんだと! 上陸した兵士が、一人もいない!?」
「はっ、上陸は果たしたものの、上空からの偵察では誰一人として見当たらないとのことです」
「工作部隊が、飛行場建設に向けて動いているはずだ。その部隊も見当たらないというのか!」
「その通りです、閣下。ですが、その上陸部隊からの通信もなく、その島からは人気が一切、感じられないのです」
アルメリア軍の大将が、報告を聞いて愕然とする。そんな大将閣下に、参謀は続けざまにこう告げる。
「二度の海戦で、生き残った飛行士や駆逐艦乗員らから、とんでもない事態が起きていると聞き及んでおります」
「それは知っている。巨大な氷の塊が発生し、攻撃機や爆弾、そして空母をも叩き壊した、と」
「それだけでなく、巨大な炎を放って空母や航空機隊を次々に撃退したとの報告もあります」
「にわかには、信じられんな」
「それが一人、二人の報告であれば、その通りでしょう。ですが、何百何千もの兵士が目撃し、しかもご覧の通り、映像にも残っております」
そういいながら、黒幕をひいて部屋を暗くし、その参謀は映写機を回し出す。そこには、空から落ちてきた氷の塊を食らって真っ二つに折れるアルメリア海軍空母の姿が映し出されていた。
「暗号解読班からの報告では、彼らの通信からは『アマデラス』という名が何度も飛びかっているそうです」
「アマデラスだと?」
「彼のワップの国を作ったとされる、建国の神の名だとか」
「馬鹿馬鹿しい、神であればそもそも、戦いそのものをなくすのが役目であろうに」
「神かどうかはおいておき、途方もない力を持つ者が奴らの中にいる、ということになります」
「人があのようなものを作り出せるものか。どう考えても、新兵器の類いであろう」
「この映像を見た学者らは口を揃えて、物理的には到底あり得ないと結論付けております。となれば、やはりなんらかの特殊能力を保有した者が奴らのもとにいると考えるのが妥当であります、閣下」
「……それが今度は、ヴァトゥレブ島攻略部隊もその餌食にされた、と?」
「そう考えるのが、合理的な解釈かと」
「だが、イーストランド島に現れたとされる、あの黒い異形の化け物とやらの方は、どうなのだ?」
「それもその『アマデラス』とやらの仕業かもしれません」
「うーん……」
この大将は、アマデラスという強大な力の持ち主の存在を否定しているわけではない。が、イーストランド島やヴァトゥレブ島で起きたことと、空母を沈めたあの技との間に何か、食い違いを感じていた。
本当に両者は、同じ存在なのか?
「ともかくだ、ヴァトゥレブ島に何かいることは間違いない。今夜、高速艦艇による夜戦を仕掛け、砲撃により殲滅する。直ちに第七水雷戦隊を向かわせよ!」
「はっ!」
かれらもまた、自身の上陸部隊が壊滅させられたのは、敵の仕業だと考えていた。事前の報告では、その数は一千。しかも半数以上が飛行場設営のための工作兵だと聞いて、三千もの部隊を送り込んだというのに、ものの見事に壊滅させられた。誤算などと、ひと言で片付けられるような失態ではない。
ならば、それを帳消しにできるほどの戦果をもって報いねばならない。たとえ途轍もない能力者が敵にいたとしても、大規模な船団でもって夜襲を仕掛ければ、手も足も出まい。
闇夜の中から、無数の砲弾の雨を降らせてやる。
アルメリアの大将はそう考えを巡らせながら、パイプタバコをふかしながら窓の外の飛行場を見ていた。
そこには、多数の航空兵養成が行われているところであり、何機もの練習機が飛び立っていくところであった。
◇◇◇
「えっ、攻撃機は出ないの!?」
私はてっきり、夜間に出撃するものだとばかり思っていた。が、坂口は私にこう諭す。
「無理ですよ。夜間に航空機を飛ばすという行為は、あまりに無謀すぎる。だから夜戦は巡洋艦や駆逐艦、それに足の速い戦艦によって行われるものです」
「ならばなぜ、空母『飛翔』も同行するのか?」
「夜が明ければ、航空機が飛ばせます。これは敵も同条件だ。だから、夜明けと共に戦闘機隊が飛び立ち、夜戦を終えた水雷戦隊を護衛しなくてはならない。そのための随伴ですよ」
つまり、今度の戦いには、坂口も私も出番がない、ということになる。ただ、戦況次第では、ヴァトゥレブ島へ攻撃を仕掛けることになるかもしれないと、坂口は付け加えた。
と、いうわけで今夜、私に攻撃の出番はない。
となれば、やることは一つしかない。
私は甲板の上に立ち、非番の整備兵や航空兵らを集め、杖を握らせた上でこう叫ぶ。
「皆よ、よく聞け! 杖先に灯る炎を思い浮かべつつ、こう詠唱するのだ。『オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!』」
「お、オーゴット デス ファイアーズ、え、エルフェレ……」
まだ詠唱はたどたどしいが、鍛え上げられた兵士らは、すぐに炎魔導を会得し、杖先に炎を生じさせることができるようになってきた。器用な者なら、その炎の球を何マレルか飛ばすことができるほどになってきた。
「あの、アマデラス様」
そんな魔導訓練中に、あの溝口という参謀長がやってきた。
「何用ですかな、参謀長」
「いえ、あなた様の兵士らへの訓練ぶり、実に見事であります。ですが、あの杖の元は『精神力注入棒』と言って、訓練中にたるんだ者らを叩き、精神力を鍛え上げるためのもので、それを魔導の道具に使うというのは……」
「妙な物言いだ。精神に力をこめるというのは、魔力を集中させることに他ならない。つまり、魔導を発するということそのものこそが、まさしく精神力とやらをつけるための訓練だ。その『精神力注入棒』とやらの、本来の使い道を示しているに過ぎない」
そう私が反論すると、かの参謀長は黙り込んだ。だいたい、人の精神がその身体を叩くことで鍛えられるはずがない。鍛冶屋が叩く剣や斧ではないのだぞ。人の精神の力とは、内側から込み上げる力を顕現させてこそ発揮されるものだ。
この空間に満ち溢れる無尽蔵の魔力を利用し、精神を磨いて魔物を叩く。これこそが我が王国でもっとも尊ばれた訓練の一つだ。その崇高なる訓練に、無駄に叩くだけの棒を転用することに、この男は何をためらうのか?
「いやあ、痛快だったなぁ」
坂口の同僚の一人が、その後の食事の場でつぶやく。
「さすがはアマデラス様だ、いつもあの棒に怯えていた我らだったが、それをまさしく本物の『力』に変える訓練を施してくださるとは、さすがの参謀長殿でも反論できなかったな」
無意味に叩かれるための道具を、私は魔道具に変えた。いや、本来の使い方に戻したともいえる。が、この兵士たちは一つ、勘違いをしている。
「そなた、まさかそのような甘い考えで、訓練に臨んでいたのではあるまいな!?」
「えっ? あ、いえ、そのようなことは……」
「魔導の訓練とは、己の極限の力を振り絞るための苦行だ! 殴られた方がマシだと思えるほどの気概と精神で取り組まねば、魔物にとって食われるだけであるぞ!」
「ひええぇっ!」
まったく、そんな甘い考えで魔導の訓練に臨んでもらっては困る。まさに気を失う寸前まで魔導を撃ち尽くし、それでもなお立ち続け、次の一撃を放てるほどの限界の境地に至ってこそ、本物の魔導師になれる。
それに比べたら、叩かれた方がまだ楽だったと思えるはずだ。
ともかく、こやつらには早く、魔導師として戦えるように訓練せねばならない。なにせ、魔族と魔物がこの世界にも現れたと知ったからだ。
こうして、兵士たちに魔導訓練を施し、ふらふらになるまで魔力を放出し続けさせた。そのうちに日が暮れて、夜になる。
「第八水雷戦隊、突入を開始しました!」
空母が待機するそのはるか先にあるヴァトゥレブ島という島に向かって、黒煙を上げながら進撃を開始する十隻の巡洋艦や駆逐艦の一団が、勢いよく南方へと向かっていった。
一瞬、私は何か、違和感を感じる。
そう、それは潮風に乗って運ばれてきた。が、決して心地の良いものではない。
魔族の発する、あのおぞましい気配に触れた、そんな感触だ。
まさか、いるのか、あの島に魔物や魔族が。
◇◇◇
「右舷七十度方向より、砲撃です!」
第八水雷戦隊の旗艦である重巡「島海」の艦橋内に、緊張が走る。
「なんだと!? 距離は!」
「およそ四十キロ!」
それを聞いた、重巡「島海」に乗り込む第八水雷戦隊の戦隊長である四川中将の表情が歪む。こんな奇妙な話はない。相手は、射程外だ。
「夜戦ゆえに、距離を見誤ったというのか? それとも、敵が持っているという噂の電探は、近くの島影を艦影と誤認したのか?」
そう、あの砲撃は、どうみても巡洋艦クラスのものだ。射程はせいぜい二十キロほど。夜戦ともなれば、さらに接近しなければ当てることは不可能だ。
が、奇妙な報告は、さらに続く。
「敵、砲撃目標、ヴァトゥレブ島中央部!」
それを聞いた四川中将は、さらにその表情を歪める。まったく想定外の事態が、今、目前で発生している。
「おい、敵はあの島にいた我が上陸部隊を殲滅し、飛行場建設を始めているはずではないのか?」
「は、はい、そのように考えられますが……」
「その味方がいるはずの島に、なにゆえ砲撃など加える必要があるというのだ?」
「それは……小官にも、分かりかねます」
随伴する参謀も、事態が把握できない。それはそうだ。日ノ本軍からすれば、奴らはヴァトゥレブ島を攻略した。その結果として、上陸部隊一千が、消滅させられた。
が、そんな部隊のいるはずの島に向けて、砲撃を加え続けている。さらに接近すると、七隻の艦艇が一斉に島に向けて砲撃していることが分かる。
「……理解しがたい行動には違いない。が、これは絶好の機会だ、我が水雷戦隊全軍をもって、敵艦隊を砲撃、これを撃滅する!」
「はっ!」
「できる限り接近し、不意打ちにより敵の艦隊に大打撃を与える。全艦に、発光信号にて指示を送れ。単縦陣にて接近し、距離十キロまで迫ったところで右砲戦を行え、と!」
「はっ! 各艦に、伝達いたします!」
アルメリア艦隊はまだ、こちらに気付いていない。ここは島影が多く、すでにレーダーを持つ彼らにとっても、艦艇と岩を区別し辛い場所でもある。上陸船艇と、それを護衛する艦隊を叩くべく出撃したが、想定外の事態に接し、むしろそれをチャンスと捉えて接近戦による大打撃を与えるべく、一列に並んで静かに接近する。
ここスルタン諸島の端、スルタン沖海戦の火蓋は、まさに切られようとしていた。
が、さすがのアルメリア軍も、迫りくる日ノ本艦隊を察知する。
「岩陰で見逃しておりました! レーダーにて探知、敵艦隊、急速接近! 距離、七.五マイル!」
「なんだと!? ワップのやつら、艦隊まで繰り出してきたというのか!」
「観測員より伝達、すでに我が艦隊へ砲を向けている模様!」
「おのれ、全艦、砲撃止め! 反転し、敵艦隊に向けて攻勢に出る!」
タイラー少将は、旗艦「ポルトレート」にて自身の率いる第三水雷戦隊七隻の進路を変える。と同時に、待機させていた九隻にも打電し、敵艦隊を包囲せんと前進を命じる。
だが、この島々の入り組んだ狭い海域で、包囲戦の指示はあまりにも無謀すぎた。陸上攻撃によって位置を知られてしまい、アルメリアの七隻の艦艇にとっては分が悪い。その上での回頭命令だ。
これでは、日ノ本皇国艦隊からは、止まった敵にしか見えない。
「右砲戦、交互撃ち方、敵巡洋艦中心に砲火を集中させる! 砲撃始め!」
「右砲戦、撃ち―かた始め!」
陸上砲撃を止めた敵の艦隊を見て、日ノ本艦隊は距離十一キロの地点で砲撃を開始する。旗艦「ポルトレート」のすぐ後ろにいた、重巡「ミアネトルス」にその砲火が集中する。
あっという間に、「ミアネトルス」が炎上する。真っ暗な海上で燃え上がるアルメリア艦隊のその重巡は、かがり火の如く味方の七隻の姿を浮かび上がらせる結果となる。
こうなるともう、アルメリア側に勝機はない。
予想外の敵艦隊の行動によって、七隻の艦艇に次々と砲弾を命中させることとなった日ノ本艦隊八隻。だが、見張り員が迫りつつある九隻の増援艦隊を発見する。
「前方より、敵艦隊九隻を視認! 我が艦隊に向けて進撃中!」
「全艦に告げる、単縦陣を保ったまま、左三十度回頭する。敵艦隊先頭に、砲火を集中する」
「はっ!」
すぐさま、発光信号が送られる。すでに先の七隻はほぼ、戦闘不能となった。そこで来た道を引き返しつつ、残る九隻の鼻っ面に砲弾を集中させる。
かつて日ノ本皇国海軍が「丁字戦法」で大国の強大な艦隊を破った、あの戦いの再来が、この戦いで為されようとしている。
無理に包囲戦の態勢を作り出そうとしたアルメリア艦隊の行動が、かえって裏目に出た。
「撃てーっ!」
四川中将の号令と共に、一斉に砲撃が加えられる。まず先頭の駆逐艦、および軽巡洋艦が砲撃態勢を取る間もなく、炎を上げる。船体は大きく傾き、もはや砲撃も操艦もままならない状況だ。
無論、敵も回頭しつつ、反撃に出る。が、敵の砲火を受けながらの回頭しながらの砲撃では、狙いがつけられない。一隻、また一隻と、犠牲が増える。
そんな海戦も、終わりを迎える。
「夜明けまで、あと三時間です。そろそろ転進しなくては、敵の艦載機による攻撃を受ける可能性があります」
「うむ……ここまでか。よし、全艦に伝達、砲撃しつつ、当海域を離脱する!」
四川中将が、やや悔しげな顔で艦隊に後退を命じる。被害は、駆逐艦一隻の砲塔に着弾、巡洋艦三隻被弾。だが、一隻も欠けることなくアルメリア艦隊に壊滅的打撃を与えることができた。
対するアルメリア艦隊は、先の七隻の内、四隻が沈没、一隻が爆沈処分、残りは大破したものの、なんとか航行可能な状態だった。遅れてやってきた九隻の内、三隻が撃沈され、二隻が中破という惨敗ぶりだ。
島への攻撃のために、二隊に分けてしまったことが仇となった。だが、その失敗をもっとも悔やむはずの指揮官は、艦と運命を共にしてしまった。
第一次スルタン沖海戦は、こうして日ノ本軍の大勝利で幕を閉じた。
だが、両軍ともまだ、ある事実に気づいていない。
その海域のさらに奥では、リゲル率いる魔物の軍団がアルメリアの船を使って、さらに東へと進んでいた。




