#7 防衛戦
「敵機動部隊、発見!」
坂口の叫びを聞き、私は海面を見た。その船団の大きさに、私は驚愕する。
以前とは比べ物にならないほどの規模の艦艇が、二重の円陣を組んで進んでいる。その中央には、大小十隻ほどの空母に、大型の戦艦が数隻見える。
あれを、攻撃せよというのか?
「三郎! 示し合わせた通り、皆に合図を送れ! 爆弾を、一気に落とす!」
こちら側には、数十機の攻撃機がいる。それらが持つ二百五十キロ爆弾を一斉に切り離し、それらに炎の魔導を加えて一気に叩く。
もっとも、制御が難しい。が、相手は空母だけで十隻以上。やるしかない。
「今だ!」
私は叫ぶ。それを合図に、坂口は風防ガラスを開け、手に持っていたライトを大きく振る。すると一斉に、二百五十キロ爆弾が切り離される。
私は、詠唱を唱える。
『偉大なる炎の神よ、無数の邪悪なる船に向け、正義の炎雷を与えたまえ、ギガンティッシュ・ローダンデ・クーゲル!』
私の杖先から、強烈な魔導が放たれた。そこに、坂口も杖を突き出し、同じ詠唱を口ずさむ。
私一人では、とても足りない。だから、坂口のあの魔力も借りることにした。猛烈な炎の球が八七式の上で生成され、それらは落下していく二百五十キロ爆弾へと飛翔していく。
勢いよく、その円陣の中央に展開する十隻ほどの空母に向かって、無数の炎の矢が飛んでいく。やがて、その十隻の内の何隻かが火を噴いた。
が、やはりというか、魔力が分散しすぎた。沈む船もあるが、甲板上に火が立ち上るだけの艦もある。仕留め損なったか。
「大丈夫ですか!?」
正直、これほどの魔力を一斉に放つのはきつい。一人で、数十もの爆弾を導いたのだから、消耗が激しい。
「炎の魔導は、もう無理だ。次は、一隻に氷塊を叩きつけるのが精一杯だ」
「了解、では、当機のみで突入し、あの大型空母の真上に向かう」
本当は、空母だけでなく、その周辺にいる戦艦や巡洋艦といった、大型の船も叩きたかった。というのも、それらの船の砲はいずれ、イーストランド島にいる兵士たちに向けられることがわかっていたからだ。
が、いくら最強の王級魔導師といえど、そこまで手が回らない。せめて航空機の発艦を食い止め、被害を最小に抑え、その間に陸軍撤退の時間を作り出す。私ができることは、それだけだ。
「急降下します、行きますよ!」
坂口が叫ぶ。私はドネツランド語で、杖を掲げてこう唱えた。
『清浄なる氷の神よ、我が下にいる巨鳥を抱えたる大悪の船に、氷の鉄槌を下したまえ、ギガンティッシュ・アイスヴァンド!』
杖先から、白い渦が生じる。やがてそれは、巨大な氷の塊を生み出す。
が、先ほど、多量の魔力を使ったためか、どうにも歪な形の氷塊が生成された。が、一隻程度を沈めるには、十分な大きさの氷だ。
そして私は、杖を振り下ろす。その空母の表面には、多数の艦載機がまさに発信しようとしているところだった。そこに、私の放った氷の塊が落ちる。
しかしだ、狙いが少し、ズレた。中央部を狙ったつもりだったが、どちらかといえば先端部に当たる。歪に尖った氷の塊は、その先端部分にいた戦闘機の群れに突き刺さるように落ちた。
船が大きく傾き、発艦直前だった攻撃機隊もバラバラと雪崩落ちていく。そのうちの何機かが、大きな火柱を上げる。抱えていた爆弾が、船体に触れて爆発を起こしたからだ。
どうにか一隻、そして先の攻撃で五隻、やっつけた。残った四隻の内一隻は、甲板上に大穴が空いて使い物にならない。
とはいえ、二隻を撃ち漏らした。そこから、多数の戦闘機が上がってくる。
「全力で逃げるぞ!」
そう言いながら、身軽になった八七式は勢いよく反転し、逃げる。私は振り回されながらも、いつの間にか気を失っていた。
目が覚めたのは、いつぞやと同じ、カーテンの囲いの中。左腕には、点滴が刺さっている。
どうやら、生きて帰ってこられたらしい。しかし、あれからどれくらいの時間が経っているのか?
「おお、気づいたようじゃな!」
見覚えのある医師が、私を見るなりこう叫ぶ。私は尋ねる。
「どれくらい、寝ておったか?」
「そうじゃな、帰投した時の時刻が一一〇〇じゃったから……今が二一三〇なので、おおよそ半日は寝ておったことになる」
なんと私は、半日も寝ていたのか? いや、それよりも気になることがある。
「そうだ、イーストランド島、あの島にいた守備兵は、どうなった!?」
私は医師に問い詰める。が、この医師は何も知らないようで、私の問いに答えられなかった。が、そこに、坂口が現れる。
「アマデラス様、やっとお目覚めになりましたか」
「おい、三郎、そんなことよりも、イーストランド島はどうなったのだ!?」
それを尋ねる私に、坂口は淡々とこう答えるのみだった。
「あの大船団が到達し、まさしく今、猛攻撃を加えているところだと知らされました」
ああ、やはり撃ち漏らした多くのあの大砲を持つ船が、取り付いたというのか。挙句、炎魔導を浴びせかけていると教えられた。
そして、その夜のうちに、アルメニア軍は上陸を果たし、そして守備隊との打ち合いとなった。
が、翌朝、すべての部隊が一人残らず戦死したと、そう坂口の口から知らされることとなる。もはや、再出撃する意味が、なくなった。
図らずも、山崎司令長官の言う通りになってしまった。しかしこれで陸軍とやらも、己の置かれた状況を理解するはずだ。山崎の言葉通りならば、そういう流れになるはず。そう信じるしかない。
だが、その三日後に、私の期待は砕け散る。この全滅の事実を大本営は、「栄誉ある玉砕」と讃え、戦意高揚に使ってしまった。
この戦いは、ますます歯止めがかからなくなってしまった。彼らは何のために、見捨てられたのか。山崎司令長官の思惑通りとはいかない事態へと、ますます向かっていくのがひしひしと感じられる。
◇◇◇
ちょうど同じ頃、場所はヴァトゥレブ島の中央に広がる平原の端。
そこには、前日に上陸を果たし、まさに飛行場建設を始めようとしていた一千人の日ノ本軍部隊がいた。
「やれやれ、遠くまで来たものだ」
テントの中でタバコをふかし、兵士たちはつぶやいた。
「まったくだ。こんな小さな密林の島に飛行場を作って、どうするつもりなんだ?」
「それは、この南にあるオルストラル共和国とアルメニア連合共和国軍とを分断するためらしいぜ」
「そうなのか? だが、こんな狭い島をわざわざ通るものかねぇ。ここから近い航空基地であるラグーン基地からおよそ千キロほど離れてる。その途中の島々にもいくつか飛行場作らなきゃ、隙だらけじゃねえのか?」
「そうぼやくな。偉い人たちの考えたことだ。俺たちはただ、それを実行するだけの……」
そう、兵士の一人が言いかけた、その時だ。いきなり、テントの布が引き抜かれる。
「な、なんだ!?」
何が起きたのか、まったく見当もつかないまま、海軍の上陸部隊の兵士たちは辺りを見渡す。
そして、そこに、月明かりに照らされた、二本足ながらも人とは思えないほどの黒い巨体の何かを見出す。
「うわっ、な、なんだこいつらは!」
一人が、銃を握り反撃しようとする。が、その後ろから、小型の魔物が襲いかかる。そいつがその兵士の首筋に食らいつくと、一瞬にして男は屍と化す。
「うわぁっ!」
それを見た別の兵士が、慌てて逃げようとする。が、大型の魔物がその兵士を巨大な手のひらで叩きつける。そのまま、そばの岩に叩きつけられ、血を流しながら息絶える。
『ざっと、千人といったところか』
ツノを生やし、人語を発する燕尾服姿の男が、そうつぶやいた。周囲では、次々と上陸兵たちが無惨にも屍に変えられていく。
『にしても、前回とは違って、やけに小柄な人族だな。違う国の部族か?』
リゲルは、この世界で争う二つの国の存在を知らない。前回はアルメリア連合共和国軍で、そして今回は日ノ本皇国軍の兵士であると言うことを。
『仕方あるまい、明日、日が明けたらこの場を出発して、新たな獲物を探すとするか』
そう、リゲルが考えた、その時だ。
まさに、獲物が迫りつつあるのを、奴は察知した。
偶然にも、その一千人の上陸兵を撃ち、この島を確保しようとしていたアルメリア軍の上陸部隊およそ三千人が、日ノ本軍の陣地に迫りつつあるところだった。
「気をつけろ、ワップの奴ら、夜目だけは効くらしいからな」
「やつら、やはり夜行性のネズミなんですかねぇ、それとも、モグラか?」
緊張感があるのかないのか、ともかく上陸した部隊は、まさしくその日ノ本軍の陣地に迫りつつあった。
が、そこに現れたのは、日ノ本軍ではなかった。
「おい、なんだ、あれは?」
月明かりに照らされ、現れた巨大な人影。いや、とても人と呼べる大きさのものではない。
「わ、ワップの連中か!?」
「いや、ありゃ人間じゃねえ! 例のイーストランドに現れたっていう、化け物じゃねえのか!?」
イーストランド島には、生き残りはいない。が、魔物の襲撃を通信で知らせた兵士がいた。真っ黒で、およそ人の形を成さない化け物が、島全体の兵士たちに襲いかかっている、と伝え、そのまま通信は切れた。
その時は、真偽のほどはわからなかったが、こうして噂のそれが目前に現れると、一気に恐怖が増した。
「う、撃てーっ!」
三千のアルメニア兵が一斉に攻撃を始める。が、大物の魔物相手に小銃は効かない。防御魔導で弾き飛ばしてしまうからだ。
「だ、だめだ、逃げるぞ!」
手榴弾を投げつけ、その隙に逃亡を図ろうとするアルメニア兵たちだったが、すぐ後方に伏兵が迫っていたことなど、その時は知る由もなかった。
いや、知る間も無く、小さな魔物の群れに、首を噛まれて即死していく。
『思ったより、大量だな。こやつら、まさにあの島にいた連中と同じだ。にしても、どうして二つの人種がここに現れたのだ?』
魔族からすれば、人族同士が戦っていることなど、思いつきもしなかった。リゲルは、もしかしたら自身のことがバレており、二つの王国が手を結んで襲いかかってきたのではないかと、そう錯覚していた。
が、その程度のことを気にする魔族ではない。
『まあいい、ならばこの世界の人族の国を、滅ぼせば良いだけのことだ』
周囲では、両国の四千もの兵士らが、魔物の餌となってあちらこちらで食われていた。その惨状の只中で、この魔族はただ、ほくそ笑むばかりであった。




