#6 訓練
さて、イーストランド島の占拠から、ひと月ほどが経過した。
その間に起きていることが、二つある。
一つは、私が徐々に日ノ本語を話せるようになってきた、ということだ。
「溝口参謀長、次の出撃、いつになるか?」
「ああ、アマデラス様。そうですね、そろそろ敵も何隻かの空母を就役させたようですから、二、三日以内には、大掛かりな作戦があるかもしれません」
まだ片言ながらも、どうにか相手の話がわかるようになってきた。坂口の教え方も上手いからだろうが、この短い期間で私はどうにか日ノ本語を会得しつつあった。
言葉は、大事だ。この世界で生きると決めたなら、この世界に染まらなくてはならない。
さて、もう一つだが、それはイーストランド島へのアルメリア軍の攻勢が、日増しに激しくなってきたことだ。
あまりにも日ノ本皇国から遠すぎるこの島を維持するのは、至難の業らしい。にも関わらず、日ノ本軍は守りにこだわり、アルメリア軍は意地でもそれを取り返そうとする。
その間、私は「飛翔」に乗り、近くの補給基地に立ち寄ることとなった。サンパカ諸島という、四つの島からなる海軍の南方最大の拠点である。
その補給基地で最大の「東島」という島に立ち寄り、私はそこで海軍の事実上の最高指揮官である山﨑司令長官と、戦艦「和尊」で対面した。
内火艇に乗り、その巨大な砲門、すなわちこの世界における最大の炎の魔導具を持つ船へと乗り込んだ。ちなみに「和尊」とは、この国の最初の法典の頭に書かれた「和を持って尊しとす」の一文から名付けられたという。
この「和」という概念が、私にはわかるようでわからない。元は穏やかに物事を進めること、皆の同意のもとで事を進めること、それによって争いごとを避けること、という意味だったようだが、それがいつの間にか軍部内での合議を皇帝陛下の裁可を得ることに代わってしまったと、坂口がこっそりドネツランド語、いや、こちらでいうドイッツェ帝国語で教えてくれた。
イーストランド島の攻略自体は、まさにこれから会う山﨑司令長官が提案し合意させたものだと聞くが、その占領自体を陸軍が強固に主張している、というのはどうやら違うらしい。陸軍としては、こんな遠い島を死守するよりも、より狭い範囲の占領政策を確実に進めたいという思惑があったようだが、陸海軍を統括する大本営によって島の占拠続行が決定され、今に至る。なんでも、一度奪ったものを開け渡すなど、皇国軍にあるまじき行為だからだという。聞けば聞くほど、意思決定が無茶苦茶な国だな、ここは。
だが、さすがに敵であるアルメリアも日ノ本皇国軍を上回る艦隊を率いて突入してくる。私は、最高位の王級魔導師の中でもさらに最強の一人であるが、空母三、四隻を相手にするのが限度である。もしも数十隻もの護衛駆逐艦に、空母が五隻以上いる大規模な艦隊が相手となると、とても苦しい戦いになる。
私としては、イーストランド島など捨てて後衛の守りを固めるべきだと思うのだが、どこの世界から来たかわからぬ魔導師の言葉など、果たして聞き入れてもらえるだろうか?
そう思いながら、私は山崎司令長官と面会する。
「あなたが、かの神風をもたらしたという、アマデラス様ですか」
「はい、そのように呼ばれております」
私のことは皆、アマデラスと呼ぶ。本名であるヴィルヘルミーネ・ヒルデグンデ・マリンガーという名前は、坂口以外は知らない。いや、知ろうとしない。
皆、私をその建国の母神とやらに仕立てたいらしい。戦意高揚のため、その神の存在とやらが必要らしい。
「アマデラス様には、数々の艦隊の危機を救っていただきました。遅ればせながら、お礼申し上げます」
山﨑は私に、軍帽を脱ぎ深々と頭を下げる。
「い、いえ、私も無我夢中でしたので」
「とはいえ、すでに味方空母三隻を救い、敵空母を二隻を沈めたというではありませんか。とても人の力では及ばぬこと、この皇国の危機に現れてくださったこと、感謝の念に耐えません」
なんとも恐縮するような言葉をいただいた。そして、司令長官室へと案内され、テーブルを挟んで向かい合う。侍従役らしき兵士が、私と山﨑の前に、黒い飲み物をおく。
「珈琲という飲み物です。お口に合うかどうか、わかりませんが」
そう言いながら、この司令長官はその黒い飲み物に口をつけ、一口飲む。私もカップを持ち、その香りを嗅ぐ。
なんとも言えぬ、香ばしくも落ち着く香りだ。が、それを口にすると、独特の苦味が口の中を覆う。が、慣れればそれは、実に上品な味であると解釈が変わる。
そんな珈琲を飲みながらも、私は司令長官に尋ねた。
「私は、イーストランド島に降り、そこでの惨状を、目の当たりにしました。我々より先に、魔族、魔物がアルメリア軍を襲い、一人残らず惨殺し食い尽くした後、でした」
「それについては、聞いております。が、表向きは、あなた様の神風によってアルメリア兵は排除された、ということになっております」
「いえ、そのようなことは一切……」
「そういうことにしておかねば、ならない事情があるのですよ、アマデラス様」
思わずカップを握る手に、力が入る。なぜに私は、そこまで持ち上げられるのか?
「ですが、そのイーストランド島は、もはや日増しに強まるそのアルメリア軍からの攻勢に耐えきれず、もはや限界を迎えつつあります。講和材料にすらならない島、早く手を引くことはできませんか?」
私は単刀直入に、山崎にそう尋ねた。が、彼の目が、一段と鋭くなる。私はその殺気に満ちた眼光に一瞬、恐怖を覚えた。
さすがは、幾万もの軍を率いる男だけのことはある。そんな山崎はカップを皿の上に置くと、私にこう語り出した。
「ええ、もとより、そのつもりですよ」
先ほど感じた眼光とは打って変わって、意外な回答が返ってきた。私は一瞬、たじろいだが、続ける。
「で、では、すぐにでも兵を……」
「残念ですが、そうはいきません。戦わずして退くなど、大本営は決して認めないでしょう。となれば、犠牲は覚悟せねばなりませんな」
「ですが、犠牲となるのは……」
「そうです、陸軍の連中です」
一瞬、私は嫌悪というか、何やらおぞましいものをこの男から感じた。この男、実は魔族ではあるまいな。そう思ったほどだ。
味方を犠牲にすると、つまりはこの男はそう言っていることと等しい。
「無論、海軍とて戦います。が、今度ばかりはアマデラス様でも、敵の大艦隊全てを沈めることなどできないでしょう。アルメリアが本気を出せば、我々などひとたまりもない。そのことを、大本営特に陸軍上層部が早く悟らねば、この戦いを終わらせることなどできないのですよ」
ドネツランド王国では考えられないことが、この日ノ本皇国という国では起きている。同じ国の兵士が犠牲になることが、戦いを終えるために必要だというのだ。正気の沙汰ではない。
そういえば、坂口も言っていた。この国は、皇帝陛下の意思のもと、戦う国だというが、その実は陛下の裁可を盾にして、各々が好き勝手に軍を動かしている、と。
隣の大陸にまで戦端を開き、拡大していったのは、まさに陸軍の陰謀であった。その国のかつての皇帝の子孫を祭り上げて、独自の国を建国させた。それが、今の戦いの原因となっているのだという。
一方で海軍も、この大海での戦線拡大を主張し、本来であればもっと手前で進軍を止めていたはずが、これほど広範囲な海域を守る羽目になってしまった。
すべては、この司令長官の命によるものだと坂口は言っていたが、その男からは思っていたのと真逆の回答を引き出してしまった。
「奇妙なことを言う男だと、感じたことでしょう」
そんな山﨑から、こんな言葉が発せられる。私は無言で、ただ頷く。
「私は一時期、アルメリア連合共和国に駐在していた経験があるのですよ。それゆえに、アルメリアを相手に戦うことは、我が皇国を滅ぼしかねないことだと、身にしみて知っている。ですが、陸軍司令部の連中も、陛下も、政府も皆、そのことを理解しようとしない」
この男、とんでもないことを口走ったぞ。並の兵士が、いや、たとえ上官であっても、自らの王を批判するようなことを口にすること自体、不敬罪にあたる。が、この男は敢えて私の前で、それをやってのけた。
その瞬間、私はこの男の心境がなんとなく読めた。
戦いに反対しながらも、戦線拡大を呼びかける。それはつまり、いずれ達する限界で陸軍、および皇国の中枢に破滅的未来を知らせるために、あえておこなっているのではないか。
「不本意ですが、我が臣民の犠牲無くして、この国は救われないのです。ですから小官は少なくとも最前線に身をおき、彼らの苦難を少しでも共有するべく、かような地にまで赴きつつ、戦いを指揮しているのですよ。それは、アマデラス様とて同じではありませんか?」
理不尽な地位に立たされ、抗いがたい内側の力に、どうにか活路を見出そうとしていることがわかった。ただそれが、あまりにも非情な手段であることも同時に知る。
なるほど、坂口が言っていた「和」というものが、今のこの国ではどういうものなのかを、この男を通じてわかったような気がする。
同調せねばならない圧しの力、とでも言えば良いだろうか。それに抗おうとするものを排除する。一見すると争いのない世を目指しているように見えるが、今はそれ自体が、他国との絶望的な争いの種となってしまった。
その「和」の精神を謳う大型の船である「和尊」で、私はこの国の意思決定の歪みっぷりを思い知らされる羽目になった。
あの対面から一週間が経つ。私はこの「飛翔」において、相変わらず「母神」として扱われている。
が、だからと言って、私にこの「飛翔」の兵士たちを指揮する権限はない。私に期待されているのは、都合のいい「奇跡」だけだ。
だが、次の戦いでは、そう上手くいくまい。
ところで、それ以上に気になることが一つある。
そう、魔族と魔物の行方だ。
どれくらいの規模の魔物と、何人の魔族がこちら側の世界に来てしまったのかは、私にはわからない。が、今もどこかで、確実に生きている。
銃や大砲で彼らに対抗することは正直、心許ない。なぜならば魔族は、人族には使えないある魔導を持っているからだ。
それに対抗する術は、魔導しかない。
これだけ魔力に満たされた世界なのだから、それを使って戦える者を増やす方が、はるかに効率がいい。いちいち弾丸や爆弾、魚雷を詰める必要もないし、上手くいけば整備兵だって戦うことができる。
そう思った私は、思い切って坂口に「魔導」を教えてみることにした。
「おい、三郎よ」
私は最近、坂口のことを日ノ本語では「三郎」と名前で呼ぶことにしている。理由は単純で、私の発音では「坂口」と、参謀長の「溝口」の区別がつけられないと言われてしまったからだ。そこで私は坂口のことを、ファーストネームである「三郎」と呼ぶことにしている。
「なんですか、アマデラス様」
坂口は、日ノ本語では私のことを周囲と同様に「アマデラス」と呼ぶ。そこで私は言葉をドネツランド語に変える。
『そなたに一つ、試したいことがある』
『なんですか、ヴィルヘルミーネさん、その試したいこととは?』
ドネツランド語ならば、他の者はほとんどその意味を知ることができない。いわば、私と坂口との間の「暗号文」のようなものだ。
『この世界には、魔力が溢れている。にも関わらずだ、誰もその魔力を使えないと聞く。本当にそなたらは魔力が使えないのか、試してみたいのだ』
『ええーっ、つまり僕は、その実験体ですか?』
『何を言うか。この世界における、栄えある魔導師の第一号と成りるかもしれないのだぞ。さ、まずはこれを持て』
『これは……』
『木の杖だ。初心者はまず、この杖を使って魔導の基礎を学ぶ』
『ところでこの杖、どこから持ってきたんですか? まさかとは思いますが……』
『つべこべ言うでない! そのようなこと、どうでもいいであろう。さ、やってみるぞ』
この「飛翔」に限らずだが、海軍の船にはあちこちに、棒が置かれている。なんでも、訓練の際に気を引き締めるための精神力を注入するために、兵士を打ちつける「精神力注入棒」という物らしいが、そんな得体の知れない用途ならば、魔導を覚えさせるのに使った方がよほどか役に立つ。そこで私は一本拝借し、それを削って杖とした。
まあ、なんとなく坂口もその出所はわかっているのだろう。やや怪訝な表情でその棒を見つめるが、私はこう告げる。
『まずは目を閉じよ。そなたの属性を調べる』
『ぞ、属性?』
『そうだ。魔導には炎、水、氷、風、そして闇の五つの属性がある。大抵は炎であることが多いが、それ以外の場合もある。まずはこの棒を握りしめたまま、目を閉じよ』
『了解です』
坂口が目を閉じる。私はその杖の端をつまみ、こう告げた。
『瞼の裏に、何かが見えているはずだ。何が見える?』
すると、坂口が答える。
『……真っ赤な炎、納屋のようなものが燃え盛る光景が、見えます』
うむ、やはりというか、こやつは炎属性であったか。ほぼ大多数の人族は、炎属性の持ち主だ。それを知って、私は続ける。
『では続いて目を開き、杖の先を見よ』
『は、はい』
私は杖から手を離し、坂口にそう告げた。すると坂口は、杖先を凝視する。
『その杖先に、炎の球が浮かび上がる光景を思い浮かべるのだ。そして、こう唱えよ』
『何を、唱えるのですか?』
『「炎の神よ、我が杖先に、炎の力を宿したまえ! ファイエ・バウル!」と』
すると坂口は一呼吸おくと、こう唱えた。
「オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」
ここは格納庫の中、いきなり始まった魔導訓練に、周りの整備兵や飛行士たちが、何事かと振り返る。
が、次の瞬間、私にとっても想定外のことが起きる。
杖先から、炎が湧き出した。が、それは徐々に大きくなり、予想以上の大きさにまで膨らんだ。
周りの兵士たちも、ざわめき始めた。いかん、ここには引火すると爆発を起こす、厄介なものがたくさん転がっている。私は叫ぶ。
「杖を離せ、三郎!」
私の一喝で、坂口は棒から手を離す。と同時に、その巨大な炎は四散し、消える。
「な、なんだ、今のは?」
それを発した当人が、一番驚いている。いや、私の方がむしろ、その上をいっているか。
初級訓練で、あれほどの炎を出せた者を、私は一度たりとも見たことがない。自身もそうだ。幼少の頃、杖で大きな炎を出してみせたが、あれの半分ほどだ。それでも「英才」と称えられ、鍛錬を続け、気づけば王国魔導師団長にまで上りつめた。
が、坂口の力は、それ以上だ。こいつは、鍛えがいがある。
「は、はは、つまり僕は、魔導師ってことです?」
そんなことを口走る坂口だが、私はこう返す。
「まだだ! あの炎を、意のままの大きさに制御できておらぬであろう! おまけに、あれを魔物に向けて飛ばさねば意味を為さぬ!」
「は、はい、了解です!」
魔力の放出量が大きいことはわかった。が、それだけでいきなり、魔導師になれるわけではない。
何よりも、魔導を制御すること、すなわちその大きさや打ち出す速度を調整できるようになるまで、かなりの鍛錬が必要だ。
とはいえ、今でも迫る魔物の群れを焼き払うことができるほどの炎魔導を使うことができる。
ただ者ではないな、この男。もしかすると、他にもこの空母内に逸材がいるやも知れない。
そんなこともあって、私は兵士たちに、魔導を伝えるべく回った。が、結論から言えば、全員が炎魔導の使い手であるとわかったが、坂口ほどの者はいなかった。
◇◇◇
「陸が、見えるな」
リゲルという魔族が、船の上から囁く。その船には、多くの魔物たちが乗っている。
それも一隻二隻ではない。全部で五隻のアルメリア軍の輸送船で、それをリゲルの持つ風魔導で操っている。
乗せられた魔物は、全部で三、四千はいる。それらを統率しつつ、さらに五隻もの船を動かすその魔族は、人族とは比較にならないほどの魔力を操ることができた。
が、人族にあれほどの魔導の使い手がいるとは思いもよらず、油断していた。その結果が、二十人ほどいた魔族がたった一撃の炎魔導によって焼き尽くされてしまった。
しかしこの時、危機を察知して崖から飛び降りた魔族が一人、いる。
それが今、この大勢の魔物を率いるあの魔族だ。
奴はこの時、魔族の間でも禁忌とされていた、ある魔術を発動した。
それは、次元の裂け目を作り出し、別世界とつなぐ。禁忌とされた理由は、どこに飛ばされるか、見当もつかないからだ。息のできぬ真っ暗な空間に投げ出されるか、あるいは真っ赤に煮えたぎる溶岩の真上に投げ出されるかもしれない。しかし、この時のリゲルには他に、選択肢はなかった。その次元の合間を、生き残った魔物らと共に飛び込む。結果、運良くこの世界のある島の上にたどり着いた。
しかしその裂け目は、味方の裏切りに遭った大魔導師すらも、こちらに連れてきてしまう結果となった。
「やれやれ、厄介なことだ。なにゆえにあの異才の魔導師まで巻き込んだのか……できればあの魔導師とは、まだ会いたくないものだな。まずは魔物を増やさねばなるまい」
そう言いながら、月明かりを頼りに、見えてきた陸へと進む。
そこは、ヴァトゥレブ島という、周囲の群島の端に位置する島だ。
そしてそこには、たまたま前日に上陸したばかりの、一千の日ノ本海軍兵がまさに駐屯している場所でもあった。




