#5 占拠
『敵空母部隊を撃滅した。これより、イーストランド島攻略に向かうべく、進撃することとなった』
空母「飛翔」の中で、ミゾグチが何かを兵士たちに命じている場面に居合わせた。どうやら、今回の戦の本命であった「イーストランド島攻略」に向けて動くつもりのようだ。
サカグチが、地図を見せてくれた。このイーストランド島という島は、アルメリア連合共和国の西側に位置し、日ノ本皇国攻撃のための重要拠点の一つだ。その名の由来は、彼らの世界から見て「東側」に位置する島、ということでその名がついたようだが、いや待て、今、サカグチはアルメリアの「西」にあると言ってなかったか? それがなぜ、「東の島」になるんだ? この世界の解釈は、謎が多い。
いずれにせよ、日ノ本とアルメリアとのちょうど中間に位置する島であり、ここを抑えれば、相手にとって軍事的優位に立つことができる。そういう島だそうだ。
だが、地図上を見る限りでは、その島はただ大海のど真ん中に位置し、さほど重要拠点とまではいえない気がする。周囲には他にも島はいくつも点在し、こんな小さな島を一つ、奪い取ったところで何が変わるのか? この世界の戦争には疎いものの、私でさえこの島の重要度がまるで理解できない。
サカグチによれば、アルメリアとまともにぶつかり合えば勝ち目はない。だから海軍上層部は敵の重要な戦略拠点を占拠し、それを交渉材料にして講和交渉を行い、戦争を早期に終わらせようと考えている、とのことだ。
で、あるのだが、あれほどの大きな船を沈められて、国力で上回るアルメリアという国が黙っていられるだろうか。かえって怒りを増幅し、その国力の差を十二分に活かして奪い返しに来るのが関の山ではなかろうか。魔族や魔物相手に、中途半端な勝利など何の意味もなさないと、私は心得ている。アルメリアという国がどれほどのものか知らぬが、おそらくは魔族と同じことを考えるだろう。
島一つで動じるとは到底思えない。
どうも、この日ノ本軍の見通しの甘さが、鼻につく。
しかしそれは、サカグチ自身もそう言っていた。もっとも、日ノ本語を話す時にそれを口にするのは憚られるようで、ドネツランド語でしか打ち明けてくれない。
我が王国もあまり人のことは言えないが、この日ノ本という国には発言の自由がないらしい。それはサカグチ自身も明かしているが、ほとんどの将兵がこの戦争に勝てるとは思っていないようだ。
ならばなぜ、日ノ本皇国は戦争突入を選んでしまったのか?
その辺りの話は、複雑すぎる。この海の上の船を運用する軍は「海軍」と呼ばれ、これとは別に、陸上での戦いを専らとする「陸軍」というものが存在する。特にこの陸軍というのが大規模な兵員を抱えており、隣の「中原大陸」にある国に戦争をふっかけ、それらを支配してきた。
それに異を唱えたアルメリア連合共和国が、この世界における魔導の基となる「石油」というものの輸出を止めてしまい、追い込まれた皇国は戦端を開く羽目になったのだという。
ならばどうして、この世界に溢れる魔力を利用しようと考えなかったのだろうか? 私などはそう思ってしまうのだが、その使い手が一人もいないというのではどうしようもない。
いや、古来にはどうやら、そのような存在がいたようだ。私がよく「アマデラス」と呼ばれるが、ずっと昔にはまさしく魔導としか思えないような力を行使する者が大勢いたと、日ノ本皇国の神話には謳われている。
その魔導の技が途絶えてしまった理由は不明だが、ともかくここはこの石油というもの、そしてゴムや鉄、そのほかの資源を手に入れ加工する力が、戦の勝敗を左右している世界なようだ。
『これより、イーストランド島攻略の支援のため、発進する。各員、健闘を祈る』
ミゾグチのこの一言に、皆が一斉に敬礼する。いよいよ、地図上では点にすぎない島、イーストランド島攻略戦が始まる。
「サカグチよ、そなた、本当にこの島の奪還でこの戦が止まると思っているか?」
発艦し、機上で私はサカグチに尋ねてみた。
「無理でしょうね」
即答だった。これから攻撃に向かおうという軍人とは思えないほどの、冷徹な返答だ。
「ならば、なぜ戦おうとする?」
「決まってます、我々は軍人ですから」
「いや、無謀な戦いならば、将軍自らが国王陛下に進言し、戦を止めるべきであろう」
「軍部、特に陸軍が、戦争継続に前向き過ぎるんですよ。政府も、この戦争の行方をまともに考えてなんていない。だから海軍人が『講和』などということをいちいち考えなきゃいけない事態に陥ってるんです」
「よくわからんが、その陸軍とはそれほどまでに強大なのか?」
「兵員数で言えば、およそ海軍の倍以上はいますからね。しかも軍を統括する大本営の長は陸軍出身者が多い。そのせいで、あちらの意見の方が通りやすい。さらに今の陛下を補佐する首相も、陸軍出身ですし」
我々の王国にも、軍は大きく二つあった。剣や槍、弓矢を使う騎士団に、魔導を中心とする魔導師団の二つだ。だが、互いに強調し合い魔物や魔族に対抗すべく、連携してきた。が、こちらの陸軍と海軍とやらは、どうやら連携があまり上手くいっていない様子が伺える。むしろサカグチの話からは、敵対しているのではないかとも感じられる。
ちなみに、島の占拠はその陸軍が担当する。それを海軍は支援するという形になる。あれだけの大きな船を沈めるという大戦果を得ながらも、本命の島の占拠は陸軍の手柄となってしまう。なんとも皮肉な話だ。仲が悪くなる理由も、垣間見えた気がする。
「八七式、発艦します!」
再び、空母「飛翔」の飛行甲板で私は飛行服姿のまま杖を握りしめ、発艦する。まだ二度目だからか、それともあの崖から落とされた時の記憶がよぎるからか、甲板から離れる一瞬の、あのふわっと落ちる感覚だけはどうしても馴染めないな。
にしても、やかましい上に振動も凄まじい乗り物だ。馬車も揺れるが、あれとは違うびりびりと響く小刻みな揺れだ。おかげで内臓や胸が揺さぶられ、どうにも落ち着かない。
「まもなく、イーストランド島上空です!」
それからほどなく飛んだところで、ついに目的のイーストランド島というところにたどり着いた。雲の切れ目からは、平坦で緑がほとんどない小さな島が見えてきた。ど真ん中には、航空機が降り立つための空母と同じような細長い「道」が二本、敷かれている。
なお、今回の攻撃目標は建物であるため、二百五十キロ爆弾というやつを抱えての出撃だ。これと、戦艦「和尊」という大型の炎魔導を放つことができる船が島を一斉に攻撃、敵の戦力を削いだところで、陸軍とやらが上陸する手筈になっている。
当然、アルメリア軍もただ黙ってはいないだろう。この間と同様に、猛烈な炎の矢を多数、放ってくるに違いない。おまけに、戦闘機というやつも出張ってくるはずだ。ただでは通してくれるはずもない。
と、まさにその島の真上に到達しようというその時、戦艦「和尊」という船が一斉に火を噴いた。この一斉攻撃が、攻略作戦開始の合図となった。
それからしばらくして、島の高い建物は砲弾を受け、猛烈な土煙が上がる。となれば、あちらもそろそろ、反撃してくるはず……と思っていたが、一本の矢も放たれる様子がない。
「こちらも、攻撃します!」
サカグチの一言で、こちらも攻撃態勢に入る。が、これがまた、私にとっては嫌なものだった。
機体を下に向け、降下していく。私はといえば、椅子から離れようとする身体をベルトが押さえつけている。必死に杖を抱えているが、この落っこちる際の感覚は、どうにも慣れない。
叫ぼうにも、口を開けば中から何かが噴き出そうだ。それを必死にこらえ、とにかくこの降下にただただ耐える。
と、その時、ガコンと音がして、爆弾が落とされた。振り向けば、どうやら銃座のあたりを狙ったらしい。切り離した途端、機体は反転して、今度は上昇に転じる。
後ろ向きに座る私は、その爆弾の行末を見守った。が、その時だ。
私は、とんでもないものを目にする。
ちょうど、爆弾が炸裂した時だ。私はサカグチにこう告げる。
「サカグチ!」
「なんですか、ヴィルヘルミーネさん!」
「魔物の死骸が、見えたぞ!」
「えっ、魔物!?」
違和感は、それだけではない。あの空母を叩いた時は、無数の炎の矢が飛んできた。が、今回は一発も放たれない。
やはりこの島は、人の気配がない。おまけに、魔物の死骸まで見えた。
ということはもしや、魔物によって攻め落とされたか?
「先ほどから奇妙に思っているのだが、炎の矢が全く飛んでこない、これは、どういうことだ!?」
「炎の矢?」
「空母とやらを攻撃した時や、戦闘機に追い回された時にも、奴らは炎の矢を放ってきただろう」
「ああ、対空機銃や対空砲のことですか。確かに、一発も飛んでこないのは変ですね」
サカグチも異変に気づいたようだ。私は、サカグチに進言する。
「あの島の周りを、低空で回れないか?」
「そんなことをしたら、落とされますよ!」
「嫌な予感がする。ともかく、回ってくれ」
私はそうサカグチに告げると、サカグチも渋々、それに応じてくれた。上昇せず、そのまま水平飛行に移りつつ、建物の横や地上に掘られた陣地のようなところをくまなく回った。
「な、なんだ!? 何やら黒いものばかりが、あちこちに転がっている。しかも、銃座には誰もいないぞ!」
サカグチもさすがにこの異変に気づいたようだ。青色の戦闘機とやらも並んでいるが、その周囲に人の姿はない。
建物も見えるが、ガラス越しに何やら争った跡がいくつも見える。黒い塊がところどころあるが、あれはおそらく銃で撃たれ、倒れた魔物たちだ。
しかし、だ。魔物だけであれば、あのような動きはしない。奴らだけならば、目についたあらゆるものを破壊しようとするはずだ。が、明らかに人がいる場所ばかりに狙いを定め、おびただしい数の魔物を投入している。
つまり、奴らを操る者がいた。
それはすなわち、魔族だ。
だが、私が感じたもう一つの違和感がある。
「おかしい……生きた魔物が、一切感じられない」
そうだ、先ほどから、魔物の姿がない。私は人族ではあるため、魔物の魔力を感知する力は魔族らと比べれば弱い。だが、ここまで近づけばさすがの私でも魔物や魔族の気配を察することはできる。
つまり魔族と魔物は、ここから立ち去った、ということになる。
「えっ、魔族と魔物が、いない!?」
「それどころか、人もいない。おそらくは、魔物によって皆殺しにされたのだろう」
「ちょっと待ってください、それじゃあその魔族と魔物とやらは、どこへいったんですか!?」
「わからない。が、考えられるのは、この島にあった船を使ってどこかへと向かった。そう考えるしかない」
「だとしたら……我々は、誰もいない島に向かって攻撃を!?」
「そういうことになる」
他の攻撃機も次々と爆弾を落としていくが、反撃が一切ない。そうこうしているうちに、陸軍の上陸用水艇が海岸に接近し、一斉に降りる。
が、見る限り、人っ子一人いない。数百もの兵士が上陸し、前進を始めるが、全く反撃がない。しばらくその拍子抜けな状況に惑わされていた兵士たちだが、上官が指揮棒を前に突き出して、建物への突撃を命じる。
が、やはり反撃がないようで、戸惑っているのが空の上からでもわかる。私は、サカグチにこう告げた。
「降りよう!」
「えっ、降りる!?」
「そうだ。ここからでは埒が明かない、島に降りて、それを調べる」
サカグチは私の進言に、渋々ながら従う。敵の青い戦闘機の前を横切りながら、灰白色の機体が堂々と着陸を果たす。しかし、相変わらず反撃がない。
『おい貴様! どこの所属の者だ!』
日ノ本語で叫ぶ、陸軍の上官らしき者がサカグチに向かって叫ぶ。サカグチは答える。
『空母「飛翔」、第一航空隊、第十七戦隊所属の坂口曹長であります。アマデラス様の指示に従い、ここに降り立ったところです』
『はぁ!? アマデラス様だと!? そういえば、巨大な炎や氷で空母や艦載機を叩き落としたと聞いたが、まさか一兵卒の貴様の隣にいるのが、そのお方だとでもいうのか!』
私も地上に降りて、サカグチの隣に立つ。が、この陸軍の軍人とやらは私のことを魔導師だと信じていないようだ。
「サカグチよ、こやつ、私のことを魔導師ではないと疑っているのか?」
私の問いかけに、サカグチはドネツランド語でこう答えた。
「そのようです」
「わかった。ならば、私の力を示せばすぐに理解するであろう」
急降下や急上昇、そして揺れる八七式の中で、胃袋や内臓、胸を揺さぶられてやや気分が悪いが、この男の疑いの顔の方がもっと気分を悪くする。
見せつけてやらねば、気が済まぬ。
「清良なる氷の神よ、邪悪なる彼らに氷槌をくらわせ、この世界より抹消させたまえ、グローセス・アイスヴァンド!」
私は杖を掲げ、詠唱した。杖先の白い渦から、ちょうど人の二、三人分ほどの塊を作り出す。それを見上げ、唖然とする陸軍の上官。が、私はそれを、この航空機が降り立つための道の脇に並んだ青色の戦闘機の一つの上へと動かした。
そして、それを一気に叩き落とす。高さ十マレルほどの高さから、その大きな氷の塊を叩き落とす。
脆くも叩き潰されるその青い敵の戦闘機を見て、陸軍の上官とやらもさすがに私がただ者ではないことを悟ってくれたらしい。愕然とした様子で、周囲の兵士たちが見守る中、その上官は叫ぶ。
『し、失礼いたしました、アマデラス様! 小官は第三七三小隊の隊長であります、宗重少佐であります!』
その言葉を、サカグチが翻訳してくれた。
「陸軍の第三七三小隊の隊長である宗重少佐が、神聖なるアマデラス様に失礼な態度を取ったと申してます。小隊ということは、およそ五十人ほどを率いる士官ということになります」
補足付きで答えるサカグチに、私は特に気にしていないと、その士官とやらに伝えてもらった。どうやら、私のことは陸軍にまで伝わってはいるようだ。
「ついでにもう一つ、もはやここに、魔物はいない。おそらく、全ての人族を皆殺しにした後に、海へと乗り出したものと思われる、と伝えてほしい」
「了解です……が、なぜ魔物がいないと?」
「魔力の流れを感じない。私は人族だから、魔族ほど魔力の流れを感じられる範囲は狭い。が、この島程度の広さならば、魔物一匹でも残っていたら感知できる」
「にしても、なぜ人が一人もいないと?」
「ここの魔物の襲撃の痕跡からは、指示役がいるとわかる。的確に人のいる場所だけを襲っており、例えば航空機など、人がいなかったと思われるものには一切手を触れていない」
「確かに、滑走路横の敵機の多くに、ほとんど被害が見られないですね」
「そう、知性のない魔物だけが現れたのならば、見境なくものを破壊し続ける。が、これほど統制された動きができるということから、わかることが一つある」
「何がです?」
「魔族も、この世界に出現したということだ。そして魔族は、人族を決して一人も逃さない。奴らにとって、人族は皆殺しが前提だ」
「み、皆殺し……」
「それだけではない、今、この場所に魔物もいないという事実こそが、魔族の存在をうかがわせる」
「そういえば、ここは大海に囲まれた場所。一体、どうやってこの場から?」
「簡単だ。奴らは船を使った。こことは違う、どこかに向かっている」
「どこかって……どこへ?」
「少なくとも、人が住む場所を探しているはずだ。魔物の『餌』は、人だからな」
その説明を聞いたサカグチは、ゾッとしているようだ。が、事実だから仕方がない。
「ともかくだ、この島をもぬけの殻にした張本人である魔物と魔族は、もうここにはいない。そのことが、人がいないことの証明でもある。この陸軍の士官とやらに、上手く伝えてくれないか?」
「しょ、承知しました」
そしてサカグチは私の説明を、なんとかこの陸軍の士官に伝えていた。何度も質問をしていたようだが、そのあたりに転がっている魔物の死骸を前に、そして私の魔導を目の当たりにして、納得せざるを得ない。
ということで、無傷でこの島を手に入れてしまった。いや、正確には陸軍兵士が二十三人、亡くなっている。これは、上陸中の兵士に攻撃機による爆撃による衝撃で二人、残りは皆、敵兵と見誤ったための同士撃ちだ。一人もいない島だというのに、無血占拠とはいかなかったようだ。
ともかく、海軍の提案で始まり、何の抵抗も受けずにただ陸軍の評価を上げる結果となったこの奇妙な戦いは、終了した。
だが、結論から言えば、この島の占領はやはり「講和」とやらに繋がらなかった。アルメリア連合共和国との交渉以前だった。陸軍、そして政府により、海軍司令部からの講和に向けた提案が、即座に却下されたためだ。
戦いそのものは、終わりそうにない。
それに加え、厄介な事実が判明する。
そう、魔族と魔物が、この世界に入り込んでいる。私と同じ世界から、こちらに転移した者が、少なからずいる。
敵はアルメリア、そして陰に隠れた魔族だ。しかも魔族は、どこに潜んでいて、何をしでかすのかすらわからないときた。
しかも、この世界の人族は、魔族や魔物のことを全く知らない。この事実が、どれほど恐ろしい結果を招きかねないか、彼らは考えもしない。
底知れぬ不安と恐怖が、私を襲った。




