#4 弔戦
『敵空母艦隊発見! 方位、百六十度方向! 攻撃隊全機、発進用意!』
朝っぱらから、騒がしいことになった。日が昇り、ちょうど私はおにぎりを食べているところだった。
朝起きて、窓の外を覗くと、船の数が増えていた。見たことのないほどの、高い櫓と巨大な魔導を放てそうな三本の巨大な筒を持つ鋼鉄の平屋が二つほど見える。いかにも、戦うための船だ。直感でわかる。
その船団との合流以降、船内がにわかに賑やかになった。
そんな中での、敵の発見だ。
『いよいよ弔い戦だ!』
『やってやるぜ、待ってろよ鬼畜アルメリアめ!』
なんとなくだが、何を言っているのかが昨日より分かるようになってきた。どうやら、昨日沈んだ船の弔いのための戦いに出るようだ。
が、私はこの時、別のことを考えていた。
「いや、それはちょっと無理ですよ」
「そんなことないでしょう、これ、二人乗れるのよね!」
「それはそうですが……」
「ならば、私も乗っても構わないじゃない」
「いや、後席は機銃座でして、敵戦闘機が背後をついた時の反撃のために……」
「そんなもの、私の魔導で何とかなるわ!」
格納庫内で、私とサカグチが言い争っているのを見て、一人の士官が近づいてきた。
『何をやっとるんだ、曹長!』
『はっ! 溝口参謀長、実はアマデラス様が我が機の後席に乗りたいと申しておりまして……』
なんとなくだが、私の要望をそのままその士官に伝えている。が、士官はこう言い出す。
『なんだ、それならばむしろ、乗せるべきではないか』
『は? い、いえ、参謀長殿、それはいくら何でも無茶というか……』
『発見した三隻の敵空母とその護衛戦隊を、あのお方がまとめて沈めてくれるやもしれん。アマデラス様のご意思を尊重すべきであろう。ありがたいことだ』
『は、はい、では、そう致します』
どうやら、私の要求が通ったようだな。こうして私はミゾグチとやらのおかげで、サカグチの操る攻撃機とやらに載ることになった。
ドドドドッという、腹に響く炎の魔導で回る機械がやかましく音を立てる。私はいつもの魔導師服……とはいかず、茶色基調のあの飛行服とやらを着ることになった。頭には、目を覆うゴーグルもついている。
が、手に持っているのは、魔導師の杖だ。飛行服に、魔導師の杖。魔導師の服とのあまりの違いで戸惑う上に、実に奇妙な組み合わせだ。が、この攻撃機に乗るためにはやむを得ない。
その杖が落ちてしまわぬよう、杖と私の右腕の間には細い綱で結びつけられた。この航空機というやつは、かなり衝撃が大きいらしい。それを聞いた時、私はちょっとだけ後悔する。
が、乗り掛かった船、いや、航空機だ。今さら降りるなど、王国魔導師団長としての矜持が許さない。
『攻撃隊、発艦開始ーっ!』
後席に乗り、ベルトで身体を椅子に固定された私は、どうやら自身の乗る攻撃機の発進を促す命令らしきものを聞く。すると、ただでさえやかましいあの前方の炎魔導の機械、彼らが「機関」と呼ぶそれが大きく唸り始める。
「速力、九十……百……百十……百二十!」
先の攻撃機に続いて、猛烈な勢いでこの木製の走り出すサカグチの攻撃機だが、私は後ろ向きゆえに、ベルトに引っ張られるような力でその木板の上を滑走させられる。やがてその甲板の端に達すると一瞬、ガクンと機体が下がる。ふわっと落ちる感覚が、私にあの崖の上から突き落とされた感覚を思い起こさせる。が、それも一瞬で、すぐにこの八七式という攻撃機は上昇に転じつつ、速力を上げていく。
空母「飛翔」が小さくなっていく。それどころか、その「飛翔」を含む三隻の空母、それをぐるりと取り囲むたくさんの船団が徐々に離れ小さくなると、やがてそれらは雲の合間に隠れてしまう。
一方の我々はといえば、鋼鉄の巨鳥のごとき航空機が、整然と並んでいる。まるで、陣形を組んだ軍勢のようだ。
しかも陣形は、騎士団と魔導師団のそれと、よく似ている。
この航空機隊の中の「騎士」ともいえる戦闘機隊が、前後、左右に分かれて護衛に回っている。私の乗る攻撃機隊は、その護衛の中にあって密集しつつ飛んでいる。
敵からの奇襲に備えるべきは戦闘機、すなわち「騎士」であり、それに守られながら魔物、いや、敵空母に迫り打撃を与えるのは、まさに「魔導師」ともいえる攻撃機隊の役目だと、そうサカグチは教えてくれた。
それにしても、高い。わが王国一の山の頂よりも高い場所を飛んでいる。これほど高空を飛ぶ仕掛けだとは、思いもよらなかった。
「やけに高いが、ここはどのくらいの高さなのだ!?」
「現在、高度三千七百メートルです」
です、と言われても、ピンと来ない。なんだ、メートルというのは? リーグスやマレルに直すとどれくらいなのか。ここの単位にはなかなかなじめぬ。
そういえば、この攻撃機の翼の端から端までの長さが十五メートルと言っておったな。目測ではあるが、一メートルとはだいたい、二マレルほどを示すらしい。となれば、三千七百メートルというのはつまり……おおよそ千九百マレルか。
もっと高度を取ることも可能だというが、この高さのほうが雲を隠れ蓑にしやすいとかで、敢えてこの高さのまま、敵空母のいる海域を目指しているとのことだ。確かに、すぐ真下を分厚い雲が覆っている。
「敵の艦隊を見つけ次第、攻撃に転じます。その際、急降下しますので、耐えてください」
「きゅ、急降下?」
「はい、敵艦隊手前にて水面すれすれまで下り、敵空母に迫りつつ魚雷を放ちます」
ええーっ、降下するということは、またあの落ちる感覚を体感しなくてはならないのか。それなら最初から低く飛んでくれればいいのに……と思いつつも、私にはこちらの戦術が分かっていない。なすすべもなく、ただついて行くだけだ。
が、魚雷というものは、私も見た。なれば、あれを敵の空母とやらにぶつけてやればよいのだよな。
「おい、サカグチ!」
「なんですか、ヴィルヘルミーネ様!」
「魚雷とやらを降下するとき、合図せよ! 我が炎魔導を加えて、確実に落とせるように仕向けてやる!」
「えっ、炎魔導を、ですか!?」
やや驚きを見せるサカグチだが、すぐさま私に答える。
「分かりました! ですがその前に、敵の防御陣を突破しなくてはいけませんよ」
「防御陣?」
「見れば、分かります!」
まあ、普通に考えれば、あちらも「騎士団」で守りを固めてくるはずであろうから、それ相応の反撃を覚悟せねばならないだろう。ましてや相手は、こちらよりも強大な国だ。
「見えてきました、敵の機動部隊です!」
あれから、どれくらいが経っただろうか。無言で飛んでいたサカグチがいきなり私に発した言葉につられ、私は自身の後ろ側の海上を見た。
そこには、ぐるりと円陣を組み、中央に空母が三隻に、周囲には小中の船からなる船団が見えた。
「あ、あれは……」
「現在、この海域にいる敵の機動部隊です。あの空母に対し、攻撃を仕掛けます」
そうサカグチが私に告げるが、私はその手前に現れた無数の黒い影に目が移る。
「来ました、敵の戦闘機隊です。ちょっと振り回しますよ」
すでに「騎士」であるこちらの戦闘機隊が、敵の「騎士」に向かって飛んでいく。同時に、大きな魚雷とやらを抱える攻撃機隊は、大きく旋回しつつあの空母めがけて突入していく。機関音が、けたたましく鳴り響く。
すぐ上の方では、互いの「騎士」たちが打ち合いを始めていた。何機かが、炎をあげて落ちていくのが見える。それが敵方なのか味方なのかは、ここからではわからない。が、そんな戦闘機隊の攻防の中から、青色の三機かがこちらに向かってきているのが見えた。
「敵機、来ます!」
何やら赤い筋のようなものが横切る。まさか、炎の魔導か? その一撃で、すぐ隣を飛ぶ一機に火がついた。
ただでさえ、腹に重そうな魚雷とやらを抱えていて、身動きが取れない。この鈍足な灰白色の攻撃機に、敵の身軽な戦闘機とやらが襲いかかってきた。
このままでは、何機かやられてしまう。私は咄嗟に杖を握りしめた。
「正義なる我が氷の神よ、我らに邪悪なる炎の精霊を浴びせかけ、正義の命脈を絶たんとする彼の者たちへ、凍てつく氷の刃を与えたまえ! フィラ・アイスパイル!」
私が詠唱すると、杖先から白い渦が生じ、やがて多数の氷の矢が生じた。それらが投石器で放たれるように、こちらに向かいつつある敵の戦闘機へと飛んでいく。
それらは敵のプロペラ、翼、そして胴体に次々と突き刺さり、迫る三機がことごとく分解され、落ちていく。さらにその後方から迫っていた一機も、翼に一つがかすめ、それを突き破った。その一機はふらつくように舞い落ちていく。
「何機やられた!?」
「一機です、昨日の夜、飯を共にした一人、笹本軍曹の機です。同乗する銃手と共に、落ちていきました」
やけに豪胆にしゃべっていた、あの男のことか。私は昨夜の食事を思い出す。あれほど屈強な男でも、ああもあっけなくやられてしまう。
まさしくここは、戦場だな。
「何機か、また来ます! このまま急降下しつつ、敵空母めがけて攻撃します!」
ぐんと機首を下げ、あの三隻の空母めがけて攻撃機隊が降りていく、後ろ向きの私は、座席から浮き上がりそうになる。が、それをベルトが私の身体を引っ張りつつ海面へと向かって落ちていく。
が、海面近くで機首を上げ、低空で一隻の空母に迫る。が、その空母を取り囲む船団からは、無数の赤い閃光がいくつも放たれた。
それらを掻い潜るように、数十機の攻撃機隊は三つに分かれて三隻の空母に向かう。
が、ふと上空を見上げると、またしても青い戦闘機が迫りつつあるのが見えた。
私は、叫ぶ。
「サカグチ! 腹に抱えた魚雷を落とせ!」
「はぁ!? 何を言ってるんですか、まだ射程外ですよ!」
「私の魔導で、あの空母とやらに当ててみせる!」
「そんなこと、できるんですか!?」
「遠く離れた魔族らを、似たような方法で葬った、私に任せよ!」
「わ、わかりました。では、合図して下さい!」
私は杖を握りしめ、こう唱える。
「神聖なる炎の神よ、諸悪の根源である邪悪なる船に、炎の鉄槌を下せ、ローダンデ・クーゲル!」
私の杖先に、赤い炎の渦が立ち上る。その時、私はサカグチに叫ぶ。
「今だ!」
私の合図とともに、ガコンという音と共に、あの重そうな魚雷が切り離された。まさに海面に向けて落ちていくその魚雷に、私は炎の魔導を纏わせた。
真っ赤に光る魚雷、それは猛烈な速さを得て、一直線に敵空母とやらへ向けて飛んでいく。それを目の当たりにしたサカグチが、叫ぶ。
『ぎょ、魚雷が、飛んでいく……?』
日ノ本語を発していたが、本来ならば海中を走るよう作られたはずの魚雷とやらが、空を舞う姿に驚愕しているのであろう。その空飛ぶ魚雷だが、一直線に敵の空母へと吸い込まれるように向かう。
そしてそれは、その先にある空母の腹に命中し、大爆発を起こす。
ちょうどそれは船体の中央付近に命中した。我が強力な魔導が、鋼鉄の側面を貫いて入り込み、そこで魚雷ごと爆散させた。
あれもおそらく「飛翔」と同じように、甲板下の船内に爆弾が多数、載せられているのだろう。それらが次々と爆発を起こし、甲板のあちこちから火柱が上がるのが見える。
やがて、船体が真ん中から折れ始める。百五十マレルはあろうかという巨大な船が、炎に包まれながら沈んでいく。
攻撃隊は、そんな沈みゆく船の上を通り過ぎる。その一瞬で、私はおぞましい光景を目にすることとなる。
炎に包まれながら海に飛び込む者、血を流し、甲板上で動けぬ者、敵の攻撃機と思われる、青色の機体が傾く甲板の上を滑り落ち、それらから逃げ惑う人々。
そうだった、この戦いの相手は、同じ人族だと言っていたな。
人同士の戦に駆り出されることはあった。が、魔導師に出番はほとんどなく、騎士同士が打ち合い、それで決着をつけることが多いため、あのように炎の魔導に焼かれる人々を見たことがない。
一瞬ではあったが、私はそのおぞましい光景を忘れられそうにない。
なんという、戦だ。
自身で仕掛けた魔導の結末でありながらも、そのあまりの凄惨さに思わず目を背けたくなる。が、私が成したことだ。目を逸らすわけにはいかない。
そんな凄惨な沈みゆく空母を後にし、残る攻撃隊は別の空母へと向かう。が、サカグチの機体だけはすでに攻撃に用いる魚雷を抱えていない。
「これより、当機は戦線を離脱します!」
そう叫ぶサカグチだったが、私はこう続ける。
「いや、あと一隻、私の魔導で叩く!」
それを聞いたサカグチから、返答が来る。
「いや、何を言ってるんですか!? もう魚雷はないですよ!」
「私のもう一つの魔導を、そなたは見ただろう!」
「あ……」
こいつは瞬時に理解した。そして私に、こう告げた。
「ならば一度、上昇します! 上から放った方が当てやすいんじゃないですか!?」
「その通りだな、上げてくれ!」
魚雷を切り離したこの八七式というやつは、かなり身軽に動ける。先ほどとは打って変わって、身軽に上昇に転じる。
今、向かっている船には、別の攻撃隊と合わせて多数の魚雷が放たれる。となれば、その奥にいるもう一隻、あれを沈めれば、全滅に追いやることができる。
赤い閃光が、すぐ真下を飛ぶ。何機かの攻撃機がそれにあたり、火を噴いて落ちていく。が、魚雷が放たれ、次々に離脱していった。
それを見届けると、サカグチはそのさらに奥にいるもう一隻に向かっていた。
「このまま、上空からあの氷の塊を叩き落としますか!?」
サカグチが私に問う。それに、私はこう答える。
「降下しながら、氷魔導を放つ! その方が、勢いがつく!」
「了解です、では、降下します!」
ちょうど三隻目の空母上空に差し掛かっていた。すでに別の攻撃隊が魚雷を放っており、いくつか水柱が上がっているのが見えた。
が、頑丈な船だ。少し傾きつつはあるものの、まだ沈まない。それを見た私は、再び杖を掲げる。
「善良なる氷の神よ、邪悪なる彼の船に氷塊を食らわせ、この海の藻屑と化せ、ギガンティッシュ・アイスヴァンド!」
杖先から、白い渦が生じる。と同時に、真下にいる空母と同じくらいの巨大な氷の塊が生み出された。
落下しながらの詠唱で、胃の中のものが逆流しそうだ。が、それをなんとか堪えつつ、私は杖を振り下ろした。するとその氷塊は、まさに真下の空母に向かって落ちていく。
そしてそれは、船体の真ん中あたりに突き刺さった。
いくら鋼鉄の船でも、あれほどの氷塊を受けて無事で済むはずもない。海面近くで上昇に転じるこの八七式の中で私は、その行末を見守る。
ギシギシと音を立てながら、氷はその船体を貫いた。刃物で魚の頭部を切り落とすが如く、真っ二つに裂かれた空母は、その船内に猛烈な勢いで流れ込む海水が出すうなり音のような断末魔を聞きながら、我々は飛び去っていく。
二隻目の方は、多数の魚雷を受けて炎を上げながら大きく傾き、まさに沈みゆくところだった。三隻の空母の撃沈を見届けた我々は、身軽になったその機体とともにその場を去る。
追っ手が来るかと覚悟していたが、敵の航空機はそれどころではなかった。それはそうだ、帰る場所を全て、失ってしまった。残った船の上空でぐるぐると回りながら、右往左往しているように舞っていた。もう、我々を攻撃する場合ではなさそうだ。
「このまま、空母『飛翔』に帰投します!」
こうして、戦いは終わった。三本の大きな黒煙を見ながら、我々はその敵の艦隊から遠ざかっていった。
勝つには、勝った。が、なんとも後味の悪い戦いだ。
心を持たぬ魔物、そして邪悪な心を持つ魔族が相手ならば、そんな思いは抱かないだろう。だが、相手は同じ人族だった。
死者は何百、いや、何千にも及ぶかもしれない。とはいえ、あれを見逃せば今度はこちらが同じ目にあっていたかもしれない。
私は、人族同士が命を賭して争うこの世界の戦の理不尽さと凄惨さを、嫌というほど思い知らされたのだった。




