#3 艦内
『アマデラス様、あなた様の神業により、我らは壊滅を免れました。なんとお礼をもうして良いのやら』
群青色の青帽に、飾緒や勲章のついた軍服らしきものに身を纏った軍人から、私は何かを告げられた。それを、サカグチが翻訳してくれる。
「阿雲中将閣下が、あなたの魔法によって全滅を免れた、お礼申し上げたいと、そう申しております」
「は、はぁ……ところで、サカグチ」
「なんでしょう」
「なぜ私は、『アマデラス』と呼ばれているんだ?」
「それはあなたが皇帝陛下より預かる大事な空母三隻を救った、建国の母神様の生まれ変わりだからですよ。母神様の名が、『アマデラス』と呼ばれているのです」
いや、待て。私はただの魔導師であって、神などではない。もしも神ならば、三隻どころか四隻すべてを救ったことだろう。私は偶然にもここに降り立ち、死に物狂いで魔導を発動したからこそ、どうにかその三隻だけは救うことができた。
が、先の戦いの後の、続けざまの戦闘だ。必死だったとはいえ、最後には気を失ってしまった。こんな情けない神など、どの世界にもいるはずがない。
「私は、人族の王級魔導師だ。王国内で五本の指に入る魔導師の一人であり、その力の強さは認める。が、さすがに神と崇められるほどの力はないぞ」
そう私は反論するが、サカグチは冷静に返す。
「そうも言ってられません。我が国は今、まさに『母神』を欲しているのです。神風をもたらし、国力の乏しい我らに希望を与えてくれる母神の存在を、です」
「いや待て、こんな弱弱しい神がいてたまるものか! 第一、国力が乏しいとはどういうことだ!? まさか、勝ち目のない相手に戦を仕掛けていると、そなたらは申すか!」
すると、サカグチはしばらく黙り込んだ後、こう答えた。
「……正直言えば、そういうことになります」
「なぜだ! なぜ、そのような戦に突入したのだ!?」
私が問いただそうとするが、アグモとやらがサカグチに、何か問いかけている。
『アマデラス様は、なんと答えられた?』
『はっ、ご自身の力を発揮できたこと、まことにうれしく思う。ただ、一隻を守り切れなかったことを悔やんでならない、と仰せです』
この男、絶対に私が話していないことをこの軍人に話しているな。言葉は分からないまでも、その短い返事と雰囲気でそれとなく察する。
『ともかくだ、直ちに本隊へ合流し、アマデラス様のことを司令長官にお伝えせねばならない。今夕、二十時には本隊と合流、私が長官の乗る戦艦『和尊』に移乗し、長官へ直々にそのことを伝えるつもりだ。それまでの間、坂口曹長はアマデラス様の通訳としてお傍に仕えよ』
『はっ!』
そして、あれよあれよという間に、私は母神ということにされ、そしてこのサカグチという男が、私の世話役になった。
この空母「飛翔」という船は、実に奇妙だ。
無数の鋼鉄の巨鳥、彼らが「攻撃機」や「戦闘機」などと呼ばれている航空機が、あの木製の甲板の下に作られた広大な大広間の中に格納されている。
火薬という名の、強力な炎魔導の一種を封じ込めた「爆弾」だの「魚雷」だのという武器が、整然と並べられている。攻撃機の一部にはそれがつけられているが、一回り小型の戦闘機とやらには、爆弾の代わりに何やら大きな袋状の物がとりついている。
「ここには常用六十六機、予備二十五機の計九十一機が収められています。が、先の戦闘で帰る場所を失った『加龍』の機体の内、護衛戦闘機二十機の内、七機が、この艦の甲板上に残されてます」
「それはつまり、帰る場所を失った巨鳥を引き取った、ということか」
「そんなところです。この通り、『飛翔』内は自身の艦載機で手一杯。このため、甲板に載せたまま運び、本隊にいる輸送船に載せるつもりです」
つまりは生き残った三隻で、その生き残りの二十機を割り当てて載せている状態だという。まるで、敗残兵の如くだな。
「が、乗せ換えている余裕があるかどうか……むしろ、敵空母部隊を発見し、これを叩く。そのための護衛機として、一機でも欲しいところ。ゆえに明日以降におこなれる作成では、あの七機にも護衛用に飛んでもらうことになるでしょう」
「その、敵の空母とやらは、どこにいるのか分かってるの?」
「だいたいの位置は分かってます。数も、おそらくは三隻。明日早朝に偵察機が飛び、発見し次第、出撃する予定です」
「それじゃあ、その敵の空母とやらを倒したら、この戦は勝てるのか?」
「それだけじゃ、無理でしょうね。おそらくはその何倍、何十倍もの空母を沈めない限り、我々に勝利はありません」
途方もない数を、サカグチは口にする。こんな馬鹿でかい船を、あと何十隻も沈めないと勝てない相手? 一体、そのアルメリア連合共和国という国は、どれほど強大な国なのか?
「味方にもまだ、これと同じ空母とやらはいるのだろう?」
「現在、軽空母と正規空母を合わせて八隻。建造中のものを含めても、十数隻がやっとですね」
「ちょっとまって、それじゃあまりにも国力差があり過ぎるじゃない! どういう勝算があって、戦を始めたんだ!?」
私の言葉を聞いて、言葉を詰まらせるサカグチだが、短くこう答えた。
そこで私は、この両国が戦争に突入するきっかけの話を聞いた。
ただの、島の取り合いではなかった。国と国が、総力をかけて戦っているのだと聞かされたのだ。
しかも相手は、十倍から二十倍もの強大な国家。なんとこの世界では、人族同士が戦っている。
それも、無謀な戦いと分かった上で、その戦いに身を投じている。だからこそ「神」などという大げさなものがないと、支えを失いかねない。
それが、日ノ本皇国という国の現状なのだと。
「我々の側に非がないといえば嘘になります。が、戦わねば、我が国はいずれその強大な力によって滅ぼされるところでした。やむを得ず始まった戦い、僕はそう考えています」
その時ふと、私はドネツランド王国のことを思った。あの時、我々魔導師団が魔物の群勢の前線に立ち、それらを叩きのめさなければ、我々はやがて魔物の波に飲まれていた。幸いにも、私が授かった強大な魔導の力のおかげでそれを退けた。
サカグチの国、日ノ本皇国も、まさに同じような状況なのだろう。その共通点に、何か運命じみたものを感じる。
私はもしかすると、そのどうしようもないほど強大な国に対抗するために、この世界に転移させられたのだろうか? これは運命なのだろうか。
にしては、一隻、守ることができなかった。運命というならば、その一隻をも救ってこそ言える言葉だ。しかも相手であるアルメリアという国家は、人族の国だ。
ふと私は、自身がここにたどり着いた時のことを思い出す。
そういえば私は、魔族をすべて焼き払った。その途端、味方だったはずの腹心に裏ぐられた。
そうか、魔族がいなくなると、人はこうなるのか。すなわち、人族同士が争いを始める。
さて、私はこの船の中を歩きながら、サカグチと話しを続けた。私の疑問をいくつかぶつけてみた。それで分かったことではあるのだが、ここには私のような突出した魔導の力を持つ者は、どうやらいないようだ。いや、それ以前にこの世界は、変だ。
この世界にも、魔力はある。魔導師とはすなわち、大地や海にあふれる膨大な魔力をかき集め、それを炎や氷、風、闇に変えて魔物や魔族にぶつける。魔物や魔族らも、同じように魔力を使って攻撃する。
が、サカグチの話を聞く限りでは、この世界にはそもそも魔導というものが知られていない。
自分で言うのもなんだが、私の魔導は桁外れだ。が、魔導そのものは珍しいものではない。私のいた世界では、人によるが、強弱があれど魔導を使えない者というのはむしろ珍しい。が、サカグチと話す限り、こちらの世界ではそのような者は存在しない。炎の魔導は魔力ではなく、重油やガソリンなるものでそれを生み出し、その力を用いて船や航空機を動かしている。聞けば、敵であるアルメリアという国からその重油やガソリンを輸入することができなくなったため、この戦争に及んだという。
聞けば聞くほど、おかしな話だ。ならばなぜ、これほどあふれている魔力を使わないのか? そのように偏在する資源に頼る方が、どうかしている。これほどあふれる魔力を前にして、どうしてそれを使える者が誰もいないのか?
ずっと疑問に感じていた。これほどまでに機械や仕掛けが発達した世界でありながら、魔導というものがまったく存在しない。片手落ちも甚だしい。
しかしだ、冷静に考えればこの世界には、魔族や魔物が存在しない。
考えてみれば、魔族がいなければ、魔導など生まれようがない。
なぜならば、我々の世界の人族も、魔族がいたからこそ魔導を会得できたからだ。
この世界で魔導が存在せず、人族同士が戦いを繰り広げているのは、まさに魔族がいないからに他ならない。
魔族さえいなければ、全ての人々が幸せを享受できる。そんな甘い考えを粉々に砕くほどの現実を、こちらの世界は私に突きつけてくる。
「まもなく、日が暮れます。夕食を食べましょう」
そんな事を考えていたら、やや訛りのあるドネツランド語を話すサカグチと共に、私はとある部屋へと連れられていた。
むわっと汗の臭いと共に、ほんのりと塩の香りが鼻につく。大勢の、白い服を着た兵士たちが大勢いるが、中にはサカグチと同様に、茶色と緑がかった「航空服」なるものを着た者たちも混じっている。
「今夜は士官部屋とはいきませんが、まずここで食べ物を受け取ってください。それから、あちらの机に行きます」
といって、板状のものを渡された。その上には、おにぎりというものが三つ、たくあんが二つ置かれた皿に、深い容器には薄茶色の汁物に、何かの肉と野菜が入っているものを置かれた。それを持ち、飛行服という服を着た者たちの座る席に向かった。
『おう、坂口。そのお方が、アマデラス様か?』
『ああ、そうだ。失礼のないよう振る舞えよ。なにせ、我らが命の恩人なのだからな』
そうサカグチが、二人の航空服を着た者に日ノ本語で告げると、私と共にその前に座った。
私が座るや否や、皆が立ち上がる。一人が、こう叫ぶ。
『よし、全員起立! 神風をもたらし敵を撃滅したアマデラス様に、敬礼!』
すると、その場にいた全員が、いきなり立ち上がって、私に向け敬礼してきた。
こちらの世界にも我らが騎士団と同様、敬礼というものがあるようだ。いや、驚くのはそこではない。皆が敬礼を向けているのは、この私だということだ。
『なおれ!』
この号令と共に、皆が手を降ろす。そして口々に皆、私にこう言い出す。
『いやあ、敵の急降下機を見た時は、冷や汗ものでしたよ』
『あの飛行軍団を、巨大な氷の塊をつくり一撃で吹き飛ばすとは、さすがはアマデラス様だ』
言葉は分からないが、どうやら私は感謝されているらしい。そのことは、雰囲気で分かる。
「私の魔導が役に立ってよかった。無我夢中だったもので、あのような無秩序な攻撃になってしまったが」
そう私は答えるが、当然、通じるはずもない。それをサカグチは通訳してくれる。
『アマデラス様は、あの程度の敵など取るに足らないと、そう仰せだぞ!』
うーん、何を言っているのか分からないものの、この男、絶対に私の言った言葉とは異なることを伝えているな。周りの男らの興奮ぶりは、私の発した言葉ではまず起きようがないからだ。
私は、ここでは戦意を鼓舞するだけの、ただの道化か。
しかし、そんな私にも癒せないものがあることを知る。
『いやあ、アマデラス様のおかげで助かった。が……』
『どうした、笹本』
『俺の同期だった本多が、「加龍」と運命を共にした』
『そうか……』
ところがだ、先ほどの興奮は何処へやら、飛行服の三人の間には、悲哀に満ちた感情が流れている。「カリュウ」と言っているから、あの沈んだ船の話をしているに違いない。たまらず私はこう告げる。
「私がもう少し、踏ん張れたなら、そのカリュウとやらも救えたかもしれない……」
そう私が告げると、サカグチが私に答える。
「我々、皇国軍人は死して国に報いよと教えられているのです。別れは辛いが、いつか霊山で再会できると信じ、命をかけて戦いに臨んでいるんですよ。だから、あなた様が悔やむことは、何もないのです」
「霊山」というのが理解できなかったが、文脈から察するに、我々のいうところの「天国」と同義の言葉だろう。戦いの神が、熾烈なる闘争の果てに誘われる安穏の地。これは世界が違っても、同じなのだろうな。
そんな話をしながら私は、おにぎりを食べる。やや慣れない味だが、空腹を満たしてくれるありがたい食べ物だ。おまけにたくあんというやつの塩辛さが、薄味のおにぎりとやらに物足りなさを加えてくれる。さらにもう一つの椀に注がれたこの汁物の肉が美味い。おそらくは猪の肉か、それを家畜化した豚肉であることが私にもわかる。
『いつかは霊山で会おう、そう本多も言っていた。俺たちもその日まで、あの鬼畜アルメリアと戦うまでだ』
『そうだな、僕も明日の出撃で、「加龍」の仇を取るつもりだ』
『ああ、何しろ我々には、アマデラス様もいらっしゃる。負けるはずがない』
言葉は通じない。文化も、戦い方もまるで違う世界の人々だ。だが、それでもどこか通じ合うものがある。私も、国を一つ滅ぼすほどの膨大な魔物を前に戦った者の一人。彼らが対峙している強大な国家を前に、友人を亡くしながらも前進しようという心意気を、解釈できないながらもその言葉の響きから読み取ることができた。
「ではまた、明日」
食事が終わり、私は殺風景な部屋に案内された。ベッドに、小さな丸い窓が一つ。
「ああ、サカグチ。また、明日」
私は専用の寝床を与えられた。殺風景ながらも、この部屋は少し、涼しい。やや暑いこの海の上だが、ここは冷房という空気を冷やす仕組みがあるそうで、そのおかげで快適に過ごせる。これは本来、士官の特権だそうだ。
同じ日に、違う世界で、私は二つの大きな戦いに巻き込まれた。そんな私は、ベッドに横になるなり、いつの間にか寝てしまった。
その間に窓の外には、何やら大きな船団が迫っていたようだった。すなわちそれは、この日ノ本軍の「本隊」であると翌朝に知る。
◇◇◇
同時刻、場所はイーストランド島。
三交代制で、戦闘配置で備えるアルメリア連合共和国軍人が、機銃座で待機しつつ、空からの備えを固めていた。
「今夜は、来ないんじゃないか」
兵士の一人がそう、つぶやく。
「油断は禁物だぞ。ワップの連中は、夜陰に紛れて攻めかかるのが得意だというぞ」
「そんなもの、戦場伝説だろう。陸続きならばともかく、月の沈んだこの暗闇の中では航空機も上陸艇も動かせねえよ」
「それはそうだが、フェリップはその夜陰に紛れて取られたという話だぜ。油断する理由にはならないな」
「今夜、ワップの奴らはこねえ。コーラ一本、かけてもいいぜ」
「ワップ」とは、日ノ本皇国人の蔑称だ。それはともかく、この兵士らは島の防衛に努めている最中だった。
と、その時だ。
「うわぁーっ!」
隣の銃座あたりから、叫び声が上がる。雑談していた二人の兵士らは、会話をやめて銃を構える。
「おい、なんだ今のは?」
「まさか、本当にワップの奴らがきたのか?」
だが、再び静まり返る。銃声も、争った音も聞こえない。静寂だけが、辺りを支配する。
あまりにも、静かすぎる。通常ならば、近くの兵士らの会話が漏れ聞こえるはずだというのに、囁き一つ聞き取れない。
「妙だな……おい、ライト照らせ」
二人の兵士の一人が、ライトを手に取り周囲を照らす。銃座には、銃が水平に向けられたまま置かれている。が、誰も見当たらない。
「おかしいな。誰もいないぞ」
「非番のやつが隣の銃座で、酔っ払って転んだんじゃねえのか?」
そう言いながらも、彼らはどことなく異様な雰囲気を感じていた。そう、いくらなんでも静かすぎることに、違和感を覚え始めていた。
銃座を、味方陣地の方へと向ける。大きめのライトを点け、辺りを照らした。
二人の兵士の背筋に、凍るものが走る。
そこには、みたこともない黒い人とも獣とも形容し難い何かが、ぐるりと取り囲んでいたからだ。
「うわぁーっ!」
隣にいた銃座の者と同じ雄叫びをあげ、引き金をひく。バリバリと音を立てて、その奇妙な生物に機銃を放つ。
その奇声を合図に、その黒い獣、魔物らが奴らに襲いかかる。
対空用の十二ミリ機銃が、迫る魔物らに放たれる。が、いかんせん数が多過ぎる。その上、撃ってもまるで効かない。やがてその数体が、銃座にいる兵士に取り憑く。
「うわぁーっ、く、来るなーっ!」
だが、叫びも虚しく、大型の魔物の太い腕で首をへし折られ、二人の兵士はあっという間に息絶える。
無数の魔獣たちが、音も立てずイーストランド島全域にいつの間にか広がっていた。日ノ本皇国が占拠しようとしていたその島は、この異界からの生物らによって攻め落とされてしまった。
海辺や空からではなく、島の中央部から夜陰の中攻めてきたこの異界の生物に対し、さすがのアルメリア連合共和国軍といえども無力であった。島にいた守備兵三千は、一人残らずことごとく殺され、そして食われた。
そんなアルメリア軍の建屋の上に、人影が立つ。
それは、頭からは大きな角を生やし、古風な燕尾服姿の人とは思えない形相をしている。
「やれやれ、なんとも奇妙な世界に来たものだな。忌々しい、全ては、あの魔導師の仕業か。油断しすぎたな」
数千から数万もの魔物を引き連れ、転移した先の島の兵士たちを夜陰に紛れて襲いかかったのは、まさにヴィルヘルミーネが倒したはずの魔物の一部と、そして一人の魔族だった。
「にしても、何やらうっすらと魔力の流れを感じるな……それもかなり遠くから、漏れ出ている。これだけの強大な魔力の流れ、まさにあの魔導師の感じだな。と、いうことは、あやつもこちらに来ているのか?」
その魔族がぼそっとつぶやく。もっとも、彼の言葉を解するものは、ここにはいない。
それは、この世界に転生した魔族は「リゲル」と名乗る、この魔族だけだったからだ。




