#20 決戦
『貴様が、我が配下を全滅に追いやった魔導師だな!』
魔族が叫ぶ。私は、こう答える。
『我が名は、ヴィルヘルミーネ・ヒルデグンデ・マリンガー! ドネツランド王国の王級魔導師にて、魔導師団長をしていた者だ!』
『やはりな、貴様も我らと同じ世界から、ここに飛ばされてきたというか』
『魔族とはやはり、礼儀知らずの愚か者だな。名乗る名すらないと申すか?』
私の挑発的な言葉に、その魔族は答える。
『ふん、我が名はリゲル。人族如きに名乗るなど、普段ならあり得ぬことだ。が、此度の魔物狩りの見事さに免じ、名乗ってやろう。死ぬまでの間、覚えておいてもらおうか!』
リゲルと名乗る魔族はそう告げると、持っていた杖をこちらに向けた。
『来るか?』
『ええ、でも、大丈夫』
そういえば、一夜を共にしてからというもの、坂口は私に敬語を使わなくなった。正確には、日ノ本語ではまだ敬語だが、ドネツランド語ではもはやタメ口だ。が、そんなことは今、どうでもいい。
魔族は、詠唱をしない。無詠唱で、魔力を操る。そして人族以上に強く、そして多様な魔導を放つことができる。
が、それゆえに、致命的な欠陥がある。
『食らえ!』
そういって、リゲルは我々に向かって、どす黒い炎の魔導を放ってきた。それらは無数の矢となり、襲い掛かってくる。
『ふっ……』
私は思わず、微笑んだ。まさかこの魔族、まだ仕掛けられた罠の存在に気付いていないとは、意外に小者な魔族だな。私はそう確信した。
坂口は、気が気ではない。なにせ無数の黒い炎の矢が、空から降り注いでくるからだ。が、私はこう一言、添えた。
『大丈夫よ、一発も当たらないわよ』
そう私が予言した通り、その黒き矢は次々と平原へと落ちていく。あっけにとられる坂口が、私に尋ねる。
『なんだ……何が、起きているんだ?』
うろたえる魔族。それを不思議そうに見る坂口だったが、私は坂口にのみ、その種明かしをする。
『簡単よ、この平原一帯には、魔石が埋められている。単に魔族をおびき寄せるためだけではなく、魔族の放つ魔導を吸収するために、私の前に大量に埋めてもらったの』
『えっ、魔石を埋めただって!?』
そう、魔石とは、魔力を吸収し貯めこむ石だ。それゆえに、放った魔力が吸収されてしまう。
だが、吸収した魔力は密度を上げ、それ自体を相手にぶつけて叩き割ることで、猛烈な威力を発することもできる。これは、魔導の力の弱い人族ゆえに見いだせた、この石の使い道だ。
だが、魔族にとって魔石とは、邪魔もの以外の何物でもない。
『くそっ、魔石だな! 魔石を使ったのか!』
『ええ、そうよ。そして、あなたを倒すための罠でもあるのよ!』
そう宣言すると、私は杖を上に掲げた。
そして、詠唱する。
『神聖なる炎の神よ、かの邪知暴虐な魔族に、その一撃を食らわせたまえ、ローダンデ・ランス!』
私の杖先に、猛烈な炎が上がる。そしてそれは一直線に、魔族へと向かって飛んでいく。
……が、当然、魔石が敷き詰められたこの場所では、私とリゲルの間にある魔石に吸収されてしまう。
『愚かなり! 自ら仕掛けた罠に、自らかかるとはな!』
高らかに笑うその魔族だが、やはりこやつは、小者の魔族だ。魔石の特性を知らないときた。
元々、この魔石にはこの魔族を引き寄せるために、大勢の兵士らによって魔力が込められていた。そして先ほど奴は魔導を放ち、その魔力をも周囲の魔石が取り込んだ。
その上で、私の魔導をあの魔族の周辺の魔石が取り込んだ。しかしだ、いくら魔力を吸収する魔石と言えども、無限に魔力が取り込めるわけではない。
当然、どこかで限界を超える。砕かずとも、限界を越えれば中に蓄えた魔石の中の魔力はその力を吐き出す。その時、魔石はどうなるのか?
こうなるのである。
『……な、なんだ、地面が……』
リゲルが、異変に気付く。そう、限界を超えた魔石は、ガタガタと震え出す。
その次の瞬間、一気に魔石は暴発を起こした。
『うわぁぁっ!』
一斉に、魔族を取り囲む地面から、魔石が次々と火を噴く。大爆発を起こしつつ、その魔族を炎に包む。
その爆発の威力は当然、こちらにも迫ってくる。だから私は氷魔導を発動する。
「清浄なる氷の神よ、我が身の盾となる氷の壁を築きたまえ、ギガンティッシュ・アイスヴァンド!」
巨大な氷の壁を、その爆風の前に立てる。猛烈な熱波が襲い掛かってくるが、分厚い氷の壁に阻まれる。その衝撃を、私は杖を握りしめつつ、どうにか耐え続ける。
やがて、爆炎と爆風が消える。我が氷の壁もその役目を終え、猛烈な熱を吸収した結果、溶けて薄くなり、やがて粉々となり音を立てて砕け散る。
が、そんな黒焦げの地面の煙の向こうには、まだあの魔族の影がある。
そう、やつは防御魔導を発動し、その衝撃に耐えたのだ。
勝ち誇った顔で、リゲルがこちらをにらみつけ、こう宣言する。
『愚かだったな! この程度の攻撃にやられるほど、我は柔ではない! 最後に勝つのはこの……』
リゲルは勝利宣言をしつつ、反撃に出ようとしていた。が、そんな魔族に向けて、私は腰の袋から魔石を一つ取り出し、それを放り投げる。
その不可解な行動の意味を、奴はまだ理解していない。
元々私は、この罠が防御魔導で防がれることを想定していた。だからこそ、第二の手を用意していた。
そう、私の横には、もう一人の「王級魔導師」相当の男がいる。
『我が皇国を守る炎の神よ、かの魔族に、とどめの一撃を与えたまえ、ローダンデ・ランス!』
坂口の杖先から、炎の槍が生み出される。私が放り投げた魔石に、その炎の槍が吸い込まれる。すると、まるで弾丸のようにまっすぐと、リゲル目掛けて勢いよく飛んでいった。
そしてそれは、リゲルの身体を貫く。と同時に、爆発を起こす。
『ぐはっ!』
慌てて防御魔導をかけるも、この想定外の魔導攻撃で完全に防ぎきれなかったようだ。この爆発により、リゲルの心臓を含む胸元部分が吹き飛ばされた。こうなると、もはや奴は魔導を生み出すことはできない。その心臓を貫かれたら、魔族は魔力を操れないからだ。だが、心臓を失っただけで魔族は死なない。
しかし、反撃することもできない。だからこの魔族は最後に、こう我々に宣告するのが精一杯だった。
『ま、魔族は滅びぬ! 何度でも蘇るさ!』
そのリゲルの最期の言葉に、私はこう答えた。
『ならば、我ら魔導師が何度でも潰すまでのこと! 神聖なる炎の神よ、かの邪知暴虐な魔族に、灼熱の最期を与えよ、ローダンデ・ランス!』
私は詠唱し、一本の炎の槍を放った。それが、身体の半分以上を坂口の魔導で吹き飛ばされたリゲルに、とどめを刺す。
もはや魔導を放てなくなったその哀れなる魔族は、我が渾身の魔導によって炎に包まれ、やがて燃え尽きる。
この瞬間、我々は魔族に勝利した。
が、私自身、魔導を放ち過ぎた。体力の限界だ。その場でふらつき、もうろうとする。
が、それを坂口が受け止める。
『おい、大丈夫か!?』
同じような状況で、前回、私は谷底に突き落とされたな。が、この男は逆で、私を抱き寄せた。
『私だけなら、大丈夫ではないな……だが、坂口がいるから、大丈夫だ』
そんな坂口に支えられながら、私は最後の役目をする。私は、この戦いの爆風で吹き飛ばされて倒れたままの無線機の受話器を手に取る。そして、こう告げた。
『こちら、レプテ島……魔族を、殲滅した』
すると、無線機の向こう側から、喜びの声らしきものが聞こえてくる。が、私はそんな歓喜の声を受けつつ、私は気を失った。
で、気づけば私は、「飛翔」の医務室にいた。
「おお、アマデラス様、気がつかれたか」
前回もお世話になった、あの医師がそこにいた。私は点滴を受けつつ、ベッドの上で寝かされている。
『やっと、気づいたようだね』
と、そこにタイミングよく、坂口が現れる。私は坂口に、ドネツランド語で尋ねた。
『あれから、私はどうなったんだ?』
『どうなったって、そのまま八七式に乗せて「飛翔」まで飛び、ここに降り立ったんだ』
ああ、そうか。あの八七式に乗せられて、私は帰ってきたのか。かつてこの世界で最初に降り立った、この「飛翔」に。
『すでに人魔戦争の終結は宣言された。が、残念なことだが、まだ戦争は終わってはいない』
坂口が、私の脇に座るなり、そう告げる。
『どういうことだ!? アルメリアと日ノ本は講和し、こうして共に魔族を倒したではないか!』
『いや、世の中はもうちょっと、複雑なんだ。実は……』
そこで私は聞かされる。同盟関係にあったドィッツェ帝国がまだ、アルメリアだけでなくイーサルランド王国、そしてフランソワ共和国と戦争状態にあるのだという。
『すでに我が日ノ本皇国は、ドィッツェ帝国との同盟条約を破棄し、宣戦布告した。アルメリアと、講和したからな。そのドィッツェ帝国は未だ、皇帝陛下が戦争をやめようとしない。徹底抗戦の構えを崩さず、フランソワ共和国の半分を占拠したままだ』
『まだ戦争を続けている国があったなんて……どうなってるのだ、ここの人族は?』
『ともかくだ、ドィッツェ帝国が降伏しない限りは、この戦争に終わりはない』
そう坂口が告げた、その時だ。
一人の兵士が、医務室に駆け込んできた。
「大変だ! 甲板に、アマデラス様そっくりなお方が一人、倒れている!」
「は? アマデラス様にそっくりなお方だと!? 誰だそれは!」
「今から、こちらに運んでくる! 医師殿、すぐに治療を!」
その兵士と医師が、やり取りをしている。なんだって? 私にそっくりな者が、甲板で倒れた? もはや、何を言っているのか想像もつかない。
が、運ばれてきた者を見て、驚いた。
そう、それはかつての私の腹心で、ドネツランド王国魔導師団の魔導師副団長、エルケだったからだ。




