#21 束の間
『エルケよ、どういうことか、説明なさい!』
私は腕を組み、椅子に座り、床に座り込むエルケに向かって言い放つ。
ただ気を失っていただけのこのかつての腹心は、目を覚ますなり、見たこともない機械や聞いたこともない言葉に狼狽する。そして、死んだはずの私が目前に現れて、もはや混乱を通り越して神妙な面持ちで座り込んでいる。
『ええとですね、早い話が私、ヴィルヘルミーネ様を突き落としたことを騎士に告発され、その結果、国王陛下より極刑を言い渡され、あの同じ崖の上から突き落とされたのでございます』
なんとまあ、私と同じ場所に突き落とされたのか。どおりで、同じ「飛翔」の甲板に出現したわけだ。しかも見つけ出された時は、両手両足を縛られていた。なるほど、私と同じ死に方で償えと、そう国王陛下は裁可を下されたのだな。
が、結果的にそのおかげで、こやつは生き延びてしまった。
『つまりは、自業自得、ということか』
『はい……それよりもヴェルヘルミーネ様、ここは一体、どこなのですか!?』
『我々とは異なる世界だ。そしてつい昨日、同じくこの世界に現れた魔族を、倒したところだ』
『えっ、魔族まで現れたのでございますか!?』
『その話はおいおいするとしてだな……さて、こやつの処遇を、どうしたものか』
私に忠実な腹心だとばかり思っていた副団長だが、今や、私を殺そうとした大罪人に過ぎない。現に王国で罰を受け、私と同じ目に遭わせられた。結果として、こちらに転移することになってしまったのだが、これはむしろ、死ぬことよりもつらい状況に追い込まれた、ともいえる。
とはいえ、相手は王級魔導師だ。こやつを活かして、この世界に魔導を広げるために使いたい気持ちはある。が、一方でこいつは信用ならない。目を話せば、今度は私を「飛翔」の甲板から突き落としかねない。
生かすべきか、それとも甲板から叩き落とすべきか。そう悩んでいたら、坂口が私に、こう告げる。
『この人も、魔導師だよね? なら、いい使い道があるよ』
なんと、坂口から「使い道」を提案される。
『使い道とは……しかし、私はこの者を信用していないのだが』
『信用なんて不要さ。この人はつまり、ドイッツェ帝国語を話せる人で、かつ魔導を伝授できる人と思えばいいんだよね?』
『まあ、その通りだが……だが坂口、それのどこにこやつの使い道とやらを見出せるのだ?』
『実はドイッツェ帝国内で、反皇帝派がいる』
『えっ、反皇帝派?』
『そうだ。その反皇帝派に魔導を教え、内部から帝国を崩壊に導く。アルメリア軍もひそかにその反皇帝派の革命運動に協力しているそうだし、そこに魔導訓練が加われば、手っ取り早く帝国崩壊を促せるよ』
うん、なるほど、いい考えだ。要するにこやつを、戦場のど真ん中に放り込んで、そこで死に物狂いで戦いに挑めと、そう言っているのか。
『あ、あの、ドイッツェ帝国とは、何のことです? そもそもこの世界は、どうなってるんですか?』
『おいおい、わかるであろう。が、これよりお前には、戦地へ出向いてもらうこととなる』
『えっ、せ、戦地へですかぁ!?』
『当たり前だ。私自身も、この世界での戦争を経験した上、魔族を滅ぼしたのだ。そんな世界へ送り込んだ張本人が、安穏と暮らそうなどと思うな!』
と、いうことで、まずはこの世界で起きていることを三日間でみっちり、教え込んだ。無論、その三日間の間には、坂口がエルケを八七式に乗せて空を飛び回り、その旋回で目を回してもらうところまで経験してもらった。
その上で私は、アルメリアのハロル大使と面会する。
『なんと、もう一人の魔導師を、我々に!?』
『はい。死なない程度にこき使っていただいて構いませんので、この戦争の早期終結のため、ぜひご活用ください』
『HAHAHA! さすがはアマデラス殿だ、部下に手厳しいお方だな!』
『ひえええぇっ!』
こうしてエルケは、まずはアルメリア連合共和国へと送られることとなった。その後、すぐにドィッツェ帝国の革命運動のため、彼の国との最前線に投入されることになる。
皇都「和京」の飛行場に、巨大な銀色の、四発の機関とプロペラを持つ大型の航空機が現れた。なんでもこれは超大型の爆撃機だそうだが、エルケはこれに乗って琥珀湾基地を経由し、アルメリアへと向かい、そこからドイッツェ帝国へと入ることとなる。
涙目のエルケを見送りつつ、その銀色の翼の機体は空へと飛び立っていった。エルケのやつ、もしも生きて帰ってきたならば、その時は許してやってもいいだろう。もっとも、二度と私の背後に立たせるつもりはないが。
「さてと、アマデラス様、これからどうしましょうか?」
急に日ノ本語で、坂口が語りかけてきた。
「そうだな……まずは、三郎と共に、皇都一の百貨店とやらに行きたい」
「では、お連れ致しましょう。お供いたしますよ」
こいつ、相変わらず日ノ本語では敬語だな。白々しい。私はドネツランド語で返す。
『おい、坂口! そのお供の後に、自宅へ私を連れ込むつもりであろう!』
『あれぇ? 僕はそんなこと、考えていないよ。それはヴェルヘルミーネの願望じゃないかなぁ』
『う……ぐ……』
くそっ、下心丸出しのくせして、私にそれをなすりつけてきた。ある意味で、エルケより厄介な腹心だな、こいつは。
『じゃあ、行こうか。なんでも「あいすくりん」なる冷たくて甘い食べ物が食べられる店があると聞いてさ。そういう店、ヴィルヘルミーネは大好きだよね』
『なに!? 甘いもの!? それはぜひ、いただきたい!』
もっとも、そんな男に簡単に釣られる私も、どうかしているのだが。
さて、こうして魔物と魔族の危機は去った……と言いたいところだが、残念な知らせがある。
中原大陸の北に、オロシア連邦国という広大な国家がある。社会主義とやらを掲げ、あらゆる人々が平等に暮らせる国とされているところだが、実態は一部の独裁者によって「粛清」が行われ、大勢の人々が死に追いやられていると聞く。
その国自体にも大いに問題があるが、その国にはさらに、厄介な問題を抱えることとなった。
それは、その国の森林に大量の「魔物」が現れた、ということだ。
どうやらリゲルという魔族は、中原大陸から向こうに一部の魔物を向かわせ、その広大な国に放ったようだ。そこにいた野獣を食いつつ、魔物が繁殖しているらしい。
また、メラネシアやヌサンタラにも魔物の生き残りがいて、村や街を時折襲っていると聞く。まだ魔物が、この世界から完全にいなくなったわけではない。
なんとも由々しき事態だ。
『でもさ、魔物も魔族がいなければ、ただの獣同然なんだよね?』
皇都の百貨店で「あいすくりん」とやらを食べつつ、私にそう尋ねる坂口だが、私はそこで、残酷な事実を伝える。
『そうばかりともいえないな。魔族とは、魔物の中から突然変異によって生み出される。つまり、魔物が増えれば増えるほど、再び魔族が現れる危険が残っている、ということに他ならない』
『だからあのリゲルという魔族は最期に、魔族は滅びぬ、と言ったのか』
『厄介な置き土産だ。よりにもよって、広大な大陸に魔物の一部を放っていたとは、何とも口惜しいことだな』
『しかし、急に魔族が現れるということはないんでしょう?』
『それはそうだな。せいぜい数十年に一度くらいか』
『でも、その時に備えて、こっちの人類も魔導師を育てないとダメということか』
『その通りだ。人族同士が戦争など、している場合ではないぞ』
私はそう説いた。これはいずれ、世界中に知らせねばならないことだ。さもなくば、再びあのような戦いが起きてしまう。
が、そんな話をしている中で、坂口がなにやら小さな箱を取り出した。
『そうそう、実は今日はこれを、渡そうと思って』
手のひらほどの、小さな箱だ。私はそれを受け取り、開く。すると中には、指輪が入っていた。
魔石とは違う、透明でキラキラと光る石がついた指輪だ。なぜ、こんなものを? 私はなにやら、裏にある何かを感じる。
その何かを、坂口は明かす。
『こちらの世界では、求婚をする際にダイヤと呼ばれるこの宝石付きの指輪を送ることになっているんだ』
『はぁ!? お、おい、坂口、つまりお前、私に求婚すると……?』
動揺する私に、坂口は急に日ノ本語でこう告げる。
「どうか、僕の妻になってください、アマデラス様」
それに対し、私はドネツランド語で尋ねる。
『どういう風の吹き回しか? な、なにゆえ私などと結婚しようなどと……』
『何言ってるの、最強の魔導師の男女が結婚すれば、その子供は当然、最強の魔導師になるんじゃないかなと思ってさ』
『はぁ!? そのために、私を妻に!?』
『もちろん、それだけが理由じゃないけど……だめかな』
坂口は、真剣だ。最強の魔導師の子供云々の理屈もあるが、それ以前に、共に戦い、そして私は坂口に、何度も助けられた。
となれば、答えは、たった一つだ。
「不束者ですが、謹んでお受けいたします」
返事は敢えて、日ノ本語にした。あらかじめ、誰かから聞いた求婚を受ける際の挨拶とやらを、そっくりそのまま返しただけではあるが。
戦争はまだ続いているが、やがて束の間の平和が訪れるだろう。だが、その間にも、魔族復活の脅威は残る。
その時までに、この世界にも魔導師を育て、対抗できる力を作り上げねばならない。そのためにはエルケにも、死ぬほど働いてもらわねばな。
が、その前に、自身のこの先の生活を、考えなくてはならない。
だから私は、決意した。
この束の間の平和を、坂口と共に歩もう、と。
(完)




