#17 デモンストレーション
『そのような話をするために、我々はここに来たのではありません! 何のための講和だとお考えか!?』
『我が軍は、貴国から奇襲を受け、今や敵愾心と憎悪の対象となりつつあるのですぞ。その程度の条件を飲んでいただかなければ、我が国の国民は納得しないでしょう』
アルメリア語ではあるが、何となく言いたいことは分かる。この言葉、よく聞けば隣国で、魔族に滅ぼされたブリタニック王国の言葉とほぼ同じだ。それゆえに、私でも聞き取れるのだろう。
が、私はこの危機に際し、あまりにも一方的な要求に、さすがに黙っていられなかった。
『この危機に際し、日ノ本皇国に対して軍事力を減らせという要求は、あまりにも横暴ではないのか!?』
思わず怒りのあまり、ドネツランド語で叫んでしまった。この大使は、何を考えているのか。そう思った私はつい、感情的になってしまう。
魔族と、無数の魔物だぞ。それが今、こちらの世界をまさに「食おう」としている。
そんな最中にあって、軍事力を減らせだと? ふざけるのも大概にしろ、と言いたい。
だが、ハロルという大使はこう返してきた。
『残念ながら、我が国民の声を代弁しただけだ。私には、それを押し通す義務がある』
驚いたことに、奴はドネツランド語、いや、こちらでいうドイッツェ語で返してきた。思えば、いくつもの国との外交を行う人物だ。多数の言語に精通しているのであろう、だから私のドネツランド語も解したようだ。
ならば、話が早い。そんな男に、私は大使を差し置いて反論する。
『では貴国は、魔族や魔物より、日ノ本皇国の絶滅を望むというのか!? いずれも同じ、人族であろうが!』
『なにをいうか、そもそも民族が違う。我らは白人種であり、ワップは黄色人種だ。そんな連中と対等などと、我が国民は納得するはずがない』
こいつ、とんでもないことを口走った。驚いたことに、人族と魔族ではなく、人族同士の表面的な違いをもって坂口たち日ノ本皇国人を貶めている。
これにはさすがの私も、腹が立った。何と危機感の欠片もない連中か。
「あ、アマデラス様、ここはご自重下さい」
慌てて鞍馬大使は私にそう告げるが、私は引き下がらない。
『ならば、あなた方だけでは決して魔族に勝てない理由を、目の前でご覧に入れましょう。そして日ノ本の民がすでに、魔族と魔物と戦えるだけのものを持っていることを、この場にて思い知らせてあげます。それでもまだ、我々に恥辱的な要求を突きつけられますか?』
『……何を言いたいのか、分からぬ。取りあええず我らは、何をなせばよいか?』
『沈めてもかまわない大型船を何隻か、用意してもらいたい。ここにはあるのかしら?』
私の言葉に、ハロル大使は鋭い目で睨みつけてくる。そして、そばにいた兵士に何かを命じている。
『ちょうどこの湾内に、どこぞの国によって卑劣な奇襲で傷つけられ、放置されている艦がありますな。何をされるのかは存じませんが、それでよろしければ、何なりと』
馬鹿にしたようなこの物言いに、私は坂口にこう告げた。
「三郎、行くわよ」
「えっ、行くって、どこに?」
「決まってるじゃない。その大型船とやらを、私と三郎とで、沈めてみせるのよ」
「ええーっ、し、沈める!?」
「この男、まったく現実を知らなさすぎるわ。なれば、魔導の恐ろしさを見せつけるまでのこと」
私のキレっぷりに狼狽する坂口だが、こやつとて艦船の一隻を沈められるほどの、我が王国ならば十分に「王級魔導師」を名乗れるほどにまで成長した男だ。その肌の色など何の意味も持たぬことを、この分からず屋の大使に思い知らせてくれる。
こうして我々は、この琥珀湾の港に立つ。確かに、傷ついた船が三隻ほど、そこにはあった。
聞けば、古いながらも戦艦だという。これらは引き上げたばかりだというが、機関の損傷が激しく、修繕するまでの価値もなく、そのまま除籍され放置されてるのだという。そんな船だから、沈めても構わないということのようだ。
もっとも、機関の損傷が激しいとはいえ、分厚い鉄の装甲で覆われた大型船ばかりだ。私は、坂口に日ノ本語でこう伝える。
「私は、少し離れたあの二隻を、そして三郎は、手前のあの大きな一隻に全力で魔力をぶち当てて」
「りょ、了解です」
「それじゃ、行くわよ!」
私は杖を掲げる。湾の周辺には、大勢の兵士たちが見守っている。一体、何が起きるのかと興味津々な様子だ。
そんな大勢の兵士たちが囲む中、私は詠唱する。
『清良なる氷の神よ、あの鉄くずの船に我が魔力のすべてを注ぎこみ、この海より抹消させたまえ、ギガンティッシュ・アイスヴァンド!』
杖先で、巨大な白い渦が発生する。怒りも加わり、いつもより増してその魔力の成しうる渦が猛烈に高鳴る。そして、渦の中心から徐々に巨大な氷塊が現れた。
軽く二隻の船を覆い尽くせるほどの氷だ。それをちょうど二隻の上に移動させると、私は杖を振り下ろし、一気に叩きつけた。
あっという間に、その二隻の船が氷に圧し潰される。と同時に、湾内には大きな波が起こる。その波がまさに、私や三郎、そして大使らがいるここに押し寄せてくる。
『な、波が来るぞ!』
慌てるハロル大使だが、私は涼しい顔で杖を振る。そう、あの二隻を叩き潰した氷の大半はまだ、残っている。それを手前に手繰り寄せて、目の前に置いた。
巨大な波が、氷に弾かれて押し戻されていく。やや水しぶきはかかるものの、押し寄せる波を押し戻しながら、私はその氷塊を湾内へと動かす。
そして、氷塊が砕けた辺りで私は杖を引く。バラバラと落ちていく、氷の破片を私は見届ける。
周囲を見ると、あっけにとられた兵士たちがその氷の破片が海に溶けていく様をただただ眺めている様子がここからも分かる。二隻の船はまるで、踏みつぶされたフナ虫のようにぺしゃんこになって、海底に没していくのが見えた。
『まだ、終わりではありませんよ。むしろここからが本番です』
私は、ハロル大使にそう告げる。そして、坂口の肩をポンと叩く。
すると坂口は、無言でうなずく。手に持っていた杖を握りしめ、それを残ったもう一隻の大型船に向けた。
その大型船は、ところどころが黒く焦げていた。日ノ本皇国軍が事前の通告もなしに攻撃した際の弾痕だという。その船に、再び日ノ本皇国軍の軍人が攻撃を加える。それも、航空機ではなく、魔導でだ。実に皮肉な話だな。
坂口は、詠唱する。
『我が皇国を守る炎の神よ、我が魔導のすべてをもって、かの戦艦を貫きたまえ、ローダンデ・ランス!』
そう言い放った坂口の杖先から、今度は長い炎の槍が現れる。再び、周辺のアルメリア兵たちはざわめく。
しかし、その槍も、いつもより大きいな。やはり坂口は冷静を装いながらも、相当頭にきていたようだ。それが分かるほどの魔力の集まり具合だった。
そしてそれは一直線に、その不要艦目掛けて放たれた。
その一撃が、その艦の横っ腹に、巨大な穴を開けた。だが、穴だけでは済まされない。炎が触れたその部分から、徐々に熱が広がり、やがてその熱が水に触れた途端、爆発を起こす。
水蒸気が発端で、起きた爆発なのだろう。しかし、それを見ていた兵士たちに向けては、格好の見世物だった。真っ二つに裂けたその船は、瞬く間に沈んでいく。
しばらく、静寂がその場を包む。だが、その後にはどういうわけか、猛烈な拍手と喝采、口笛が鳴り響いた。この見事なまでの魔導の威力に、彼らはむしろ感動を覚えたようだ。
『ご覧の通り、私のみならず、日ノ本皇国にはすでに魔導を使える者が育ちつつあります。しかし、これだけの力をもってしてもまだ魔族の持つ魔導には及ばない。それゆえに、私が元いた世界では、人族は皆、団結して魔族と、その魔族の率いる魔物に戦いを挑み、これまで人族の滅亡を阻止し続けてきたのです』
『元、いた世界?』
『私と、そしてあなた方が黒い集団と呼ぶ魔物と、それを操る魔族は、別の世界からこの世界に飛ばされてきたのです。その原因までは分かりませんが、ともかく今、三十万もの魔導訓練を受けた兵士ですらも一夜にして飲み込むほどの魔物が、この世界にはいるのでございますよ。それがどういうことか、お分かりいただけますか?』
この時点で、ようやくハロル大使は事の重大さを認識したようだ。
『な、なるほど、それゆえの講和、というわけですな』
『その通りです、ハロル大使殿。ですがもちろん、講和に当たってあなた方にまったく利がないとは言いません』
『……どういうことです?』
『講和が成立した暁には、この魔導の力、あなた方にも教授させていただきましょう』
これを聞いたハロル大使の、腹は決まった。
『……承知した。先の軍縮案は、撤回しよう。我々は魔族と魔物を打倒するため、手を組むのだと認識した』
大使は私に、手を差し出した。私はそれを受け、握り返す。
こうして日ノ本皇国とアルメリア連合共和国は、講和への道を一気に加速させる。
さて、講和の席上、私はハロル大使に一つ、尋ねた。そう、広大なアルメリアに期待していることを確認するためだ。
『ハロル殿、あなたにこれを、見ていただきたいのですが』
そう言って取り出したのは、魔石だ。
『これは……』
『魔石と言って、魔導の力を吸収し、集中的に使うための石です。上手く使えば、切り札となりうる石です。もしかするとこの世界にも、このような石はありませんか?』
日ノ本皇国でも同じ質問をしたが、そのような石は見覚えがないと言われていたが、アルメリアならばと、私は思い切って聞いてみた。すると、ハロル大使からは意外な答えが返ってくる。
『見覚えも何も、私の故郷にたくさんありますよ』
それを聞いて私は、驚いた。やはりというか、魔石はこの世界にも存在したということが分かったからだ。
『だが、ルビーに輝きで劣り、しかもたくさんあるわりに使い道がない。せいぜい、我が故郷にて土産用のアクセサリーに使うくらいしか需要がないものだったのだが……』
『いえ、今度の戦い、この魔石がたくさんあることが、勝敗を分けます! ぜひそれを、大量に取り寄せていただきたい!』
『承知しました。では、そのように致しましょう』
たった一つの魔石では、やはり心もとない。これをこちらの兵器に取り付け、それに魔導を加えたならば、大量の魔物を相手にも十分戦える。
さて交渉はとんとん拍子に進み、翌日から早速、講和の見返りとして私はアルメリア兵に「魔導訓練」を施すことになった。それを確約し、夕食で今後のことを話しながら互いを知りつつ、その後は提供された宿舎に通される。
そんな私だが、夜中に坂口の部屋の扉を叩く。
『あれ、ヴィルヘルミーネさん、どうしたんです?』
突然の私の来訪に、坂口はベッドから飛び起きる。そんな坂口に私は飛びつき、抱きついた。
『ちょ、ちょっと、ヴェルヘルミーネさん……?』
しばらく黙ったまま、私はただ坂口にしがみついていた。身体が、小刻みに震えている。
そう、怖くなったのだ。
いよいよ、人魔戦争が始まる。講和に持ち込み、これまで互いに戦いを続けていた相手が手を取って、魔族と魔物の群勢にようやく立ち向かうと決まった。
が、その人魔戦争が現実化した時、私の肩にとてつもない重責が降りかかった。この世界の人々は、魔族や魔物のことなど知らない。あらゆることを、私が考えていかなければならない。
その現実を前に、急に怖くなったのだ。
それまでは、大勢の魔導師がおり、騎士団もいた。皆、魔物との戦いには慣れている。が、こちらはまったく事情が違う。武器こそ強力だが、一方で魔物の数は三十万もの兵士を一晩で食らい尽くすほどに強大化している。十万や二十万どころか、さらに多くいるのではないか? かつてないほどの魔物を相手に、たった一人でその策を考えなくてはならない。
とてつもない重圧だ。
『こ、怖くなったのだ。未だかつてないほどの魔物を率いた魔族を相手に、私はただ一人、戦いを導かねばならない。一つ間違えれば、こちらの人族が滅んでしまう』
そう告げた私に、坂口はこう答える。
『あなたが我が「飛翔」の甲板に落ちてきたのは、偶然ではないと思ってますよ』
突然、坂口がそんなことを言い出す。
『……正直、私もそう思っている。魔族や魔物も、同じ世界にやってきた。それと戦う使命を負って、私はここに来たと思った。しかし、坂口がなぜ、そう思うのか?』
『簡単ですよ。あの艦内で唯一、あなたと言葉を交わせる僕が、すぐ目の前にいたという事実、それが単なる偶然だったとは、到底思えないのです』
確かにそうだ。異なる世界ゆえ、言葉が通じないのはむしろ当然なはずだ。にもかかわらず、偶然にも同じ言語が通じる相手が、すぐ目の前にいた。
しかもその者は航空機を操るパイロットであり、おまけに魔導特性が突出して高く、短い間に王級魔導師並みの力を手に入れてしまった。
偶然と呼ぶには、あまりにも出来過ぎている。
そういう事態に遭遇した時、この世界でも私の世界でも共通する、ある言葉をあてはめる。
『僕は思うんです。これは「運命」ではないかと』
そう、運命だ。定められた役目を果たすために、ここにいる。そのことに何か、大いなる意味がある。
神の所業か、それとも魔力の流れに導かれた結果なのか、それは分からない。だが、偶然と片付けるにはあまりにも出来過ぎている。
やはり私がここに来たのは、「運命」なのだろうな。
その運命を共有する相手に、私はしがみついている。思い切って私は、こう坂口に告げた。
『今夜は、一人で眠れそうにない。そなたの部屋で寝ることを、許してはもらえぬか?』
この突拍子もない申し出に、坂口は答える。
『それは構いませんが……あの、いいんですか?』
『私が望んで言っていることだ! いいに決まってるだろう!』
激しい重圧にさらされて、思わず私はこの部屋に飛び込んでしまった。そして、この世界で最初にあった男と、一夜を共にすることとなった。
これもやはり、「運命」なのだろうな。




