#16 交渉
「交渉団に、アマデラス様も加わるのですか?」
坂口がそう、私に問いかけてきた。私はここで敢えて、ドネツランド語で答える。
『坂口、私が行かねば、アルメリア連合共和国という国は信用してくれぬであろう』
『ヴィルヘルミーネさん、そうは言いますが……』
『そなたが守ってくれた命だ、それゆえに、有効に生かさねばならぬ。となれば、彼らを前に我が魔導を見せつけ、かつ彼らにもそれを教えねばなるまい』
『えっ、アルメリア軍にも、魔導訓練をおしえるのですか!?』
『アルメリアはすでに、敵ではない。敵は、魔族だ』
驚く坂口に、私は平然と続ける。
『人族が結託し、やつらに対抗せねばなるまい。物量に勝るアルメリアが味方となれば、我々としても心強いであろう』
『ですが、魔族と魔物が滅んだ暁には……』
『大丈夫だ。人族同士、殺し合ってる方が不自然というものだ。それに、出し惜しみをすれば魔族の奴、そこに付け入る隙を見出す。そうなれば我ら人族は、やつらの「家畜」とされてしまう運命が待っている。そんな未来、誰が望むか?』
魔族や魔物をよく知る私は、すでに日ノ本皇国軍だけでは手が付けられぬほどまで肥大化した魔物の群勢を相手に、アルメリアの強力が不可欠だと訴える。
『ですが、三十万もの兵士らを一夜で撃ち破るほどの魔物を相手に、どうやって戦うつもりです?』
『策はある。そのための道具も、私は持っている』
私があまりに自信満々に語るため、かえって坂口は不信に思う。
『では、見せてくださいよ、その道具とやらを』
そういうと思っていた。私はこそっと、腰に下げた袋の中身を見せた。
そこにあるのは、赤く大きな石だ。
『これは……ルビー、ですか? にしては、くすんだ色合いですが』
『いや、魔石と呼ばれる、特殊な石だ』
『魔石?』
『魔力を吸収、高密度化し、魔導を集中させて強力にしてくれる。これなくして、魔族に勝つことは叶わぬ』
『し、しかし、どうしてこれを今までの戦いで使わなかったのですか?』
『人族相手に、魔石を使うことは禁じられているからな。それに、その制御は難しい上、その力があまりにも強大ゆえだ』
そう、この世界に来る直前にも、私は魔石を使って戦った。まさに魔族らがいる場所に、炎の矢を放った際にそれを用いている。一撃で、魔族を抹殺するためだ。
残念なことに、そのうちの一人を逃がしてしまったようだ。が、たまたま腰にぶら下げてあった予備の魔石が、手元に残っている。
魔物の毛皮で作った袋に収めている限り、魔石の持つ吸収力を封じることができる。それゆえにこうして持ち歩いていても、私の魔力は吸収されない。貴重な魔石の携帯を許されるのは、王級魔導師の特権だ。
これは、魔族を倒す最後の切り札だと考えている。
が、どうやって倒す? たった一つでは、正直心もとない。日ノ本には、魔石はないと言われた。そもそもこんなくすんだルビーの出来損ないのような石などに、それほどの価値があるなどとは知る由もないだろう。単に気づいていないだけかもしれないが、ともかくも今のところ、日ノ本では魔石は見つけられていない。だが、もしかすると広大なアルメリアならば、この魔石が採掘できるところがあるのではないか?
しかしそれ以前に、アルメリアとの講和交渉は上手くいくのか?
私の元の世界では考えもしなかった問題だ。人族同士が戦いに明け暮れ、魔族の侵攻に団結できないとは。しかし、それをなんとか為さねば、我々に先はない。
魔族をこの「大海洋」から外に、出してはならない。
陛下の英断が、アルメリア軍に伝えられたのは、それから半日後のことであった。
◇◇◇
「なに? 日ノ本皇国から、講和の要請だと?」
ローズハルト大統領のもとに、日ノ本皇国大使館から講和交渉の要請文書が届けられた時、彼らの首都、フォロークリークは朝を迎えていたところだ。
「はい、大統領閣下。つい先ほど、日ノ本皇国皇帝陛下の名で、講和交渉を行いたいとの打診が参りました」
「そんなもの、無視してやれ。我々が受けた仕打ちを忘れとは言わせないぞ」
「ですが、講和の条件としては、かなり譲歩した内容になっております」
「譲歩? なんだ、その譲歩とは」
「はい、現在、中原大陸に展開している軍の即時撤退、フィリッペおよびその周辺地域の返還など、戦争前の我が国の要求を、ほとんど組む内容となっております」
「どういうことだ。今さら、どうしてそのような講和に応じようと考えたのだ」
「問題は、その後の文章です」
「その後? まだ何か、条件があるのか」
「いえ、条件というより、例の『黒い集団』のことと思われる内容です」
「『黒い集団』か。そういえば奴らも、あの連中には手を焼いているはずだな」
「報告によれば、フィリッペのルマク島要塞が陥落したとの暗号を傍受しております。彼らとて、あの未知の化け物に手を焼いているようです」
「なるほど、それで我が国の力を頼みにせざるを得なくなった、ということか」
「いえ、そうとばかりも言えません」
「じれったいな、その黒い集団に関する文章とやらをまず読め」
「はっ、『我々には、魔族と魔物への対処法がある。が、我が国一国ではそれが成し得ない。人類存続のため、ぜひ貴国にも協力いただきたい。そのための情報提供を、惜しむつもりもない』、以上です」
「対処法……?」
「これを読む限りでは、黒い集団のことを魔族、魔物と呼称しております。つまり……」
「その正体を、知っていると?」
「そういえば、彼らには『アマデラス』がついているとの情報があります」
「そうだな、そんな話があったな。氷や炎で、艦艇や航空機を叩き落とす悪魔のような者がいると」
「この文面を読む限りでは、その者が何か鍵を握っていると考えるべきではないかと、私は考えます」
「うむ……」
正直、黒い集団に悩まされているのはアルメリア連合共和国側も同じだった。神出鬼没の彼らによって艦隊を一つ奪われた上に、占拠した島の兵士を全滅させられたこともある。大海洋上に橋頭保を築き、日ノ本軍を追い詰めようにも、おいそれと手が出せない状態が続いていた。
ともかく、今はあの黒い集団は、フィリッペまで進出していることが分かった。元々この国は、アルメリア連合共和国の統治下にあった国だ。そこにいた日ノ本軍が壊滅的打撃を受け、まさに奪還のチャンスとすら思っていた。
だが、今、そこに上陸しようとすれば、次はアルメリアが「黒い集団」によって逆撃を受けることとなる。
そう、この国の大統領は考えた。
やつらには、どういうわけか銃や爆薬がそれほど効かない。相当な物量で押し切らねば、奴らを退けることは不可能だという分析結果も出ている。その理屈もまだ、分かっていない。
一方で、三十万もの陸軍兵士が駐屯していたとされるルマク島要塞が一夜にして堕とされた。ということは、奴らの数は相当数に増えていることを示唆している。
こんな不気味な相手を放置したままでは、確かに戦争どころではない。
ローズハルト大統領は、決断する。
「ハロル外務長官を呼べ」
「はっ!」
「彼に、講和交渉の全権を一任する。その上で、できるだけ我が国に有利な情報と条件を引き出すよう、善処せよと伝えよ」
「承知いたしました、直ちに外務長官に連絡いたします」
職員が大統領執務室を出る。ビルの最上階にあるこの執務室からは、広大な芝生とその向こう側に立ち並ぶビル群が見えていた。
さらにその向こうには、大海洋とは反対側の海が広がって見える。
この地球上で今、不可思議な存在が入り込み、それが戦争中の両国を同盟させようとしている。そんな事態は、さすがの大統領でも想定外だ。
だが、もしもこの件で手遅れな事態になれば、むしろ自身の立場が危うくなる。一方で、国民を納得させうる講和を結んだうえでなければ、それはそれで自身の立場が揺らいでしまう。
この板挟みな状況を、どう乗り切るか。戦端を開いてきた相手が、大幅な譲歩を申し出てまで宿敵であるアルメリアに協力を求めるほどの魔物、魔族という存在。そのことに大統領は底知れぬ不安と、言いようのない違和感とを同時に感じていた。
◇◇◇
「交渉場所は、アルモアナの琥珀湾基地と決まったそうです」
坂口が私に、講和交渉の場所を知らせてきた。
「それはつまり、アルメリアも講和交渉に臨むことを決意した、と」
「あくまでもそれは、自身に有利な条件を突きつけるための交渉を仕掛けてくるつもりなのでしょう。ですが、こちらには『魔導』という強力な交渉武器があります」
そう、魔族や魔物は、魔導が使えなければ話にならない。しかし同時に、いきなり多数の魔導師を揃えることは不可能だ。となれば、こちらの武器、弾薬も併用して戦う他ない。
その物量を備えた国を、味方につける。さもなければ魔族は大海洋を越えて、中原大陸を経てその奥地に侵攻し、やがてアルメリアのある大陸すらも蹂躙してしまうかもしれない。そうなる前に、なんとしてでも魔族を叩き潰さねばならない。
この世界でもいよいよ、人魔戦争をすることになりそうだ。果たして今、魔物はどれほどの勢力になっているのだろう。そして何よりも、今から交渉などしていて勝てるのだろうか?
一日、遅れるごとに、人族は滅亡の道へと近づいていく。ならば何としてでも早く、大国アルメリアを味方にせねばなるまい。
そんな不安な思いを抱きながら、私は日ノ本皇国の皇都「和京」を出立した。
まず空母「飛翔」を含む艦隊十隻で、アルモアナ海域の近くまで向かう。途中、アルメリア軍の艦隊と合流しつつ、アルモアナの琥珀湾基地を目指すこととなっている。
が、事前交渉のため、八九式艦上爆撃機で坂口と私、そして陛下より全権大使を一任された鞍馬大使の三人が、「飛翔」より琥珀湾基地に飛び立つことになっている。
その琥珀湾まで、あと七百キロ、およそ四百リーグスまで接近したところで、その三人を乗せた八九式が発艦する。
爆音を響かせ、甲板から発進するこの三人乗りの機体は、いつもとは違い、甲板の端に達する前に離陸する。当然だ、いつものように重い武装をつけていない。しかも、交渉人を乗せた機体であることを識別させるために、機体全体は白く塗られている。その上から日ノ本皇国の国章が描かれた翼が、陽の光を反射して少し眩しい。
「アマデラス様に、このような場にお付き合いいただき、申し訳ありません」
機上で、私の前に座る大使が私にそう告げてきた。
「いえ、構いません。私もアルメリアという相手を知りたいと思っていたところですから」
この言葉に、嘘はない。だが私は一方でこの大使に、どこか違和感というか、嫌悪感を覚える。
私は何度も、艦上機に乗って戦ってきた。いわば、これまで自身の命を懸けてきたのだ。
一方でこの大使はどうか? 戦場から離れた場所で、ただ安穏と兵士たちが何人倒れたか、相手を何人、何隻倒したかと聞かされる場所にいたのではないか。
それを今さら、「このような場に」と言われても、私にその言葉は響かない。
このような場に来なかったのはむしろ、お前じゃないか、と。
もっとも、この場においてそんなことを論じたところで何ら意味を成さない。大事なことは、この先の交渉を早期に解決に導き、魔族と魔物を殲滅することだ。
などと考えているうちに、雲の切れ目から島々が見えてきた。その島々に囲まれた海も見える。
あれが、この戦争の発端となった「琥珀湾」と呼ばれる場所。その湾を取り囲む島々の中でもっとも大きな島に、大きな滑走路が見える。
その滑走路に向けて、坂口は機体を翻す。
そう、ついに私たちは、「敵地」に乗り込むのだ。
白色の機体であるためか、また武装を抱えていない機体であることもあり、いつもと違って対空砲火が放たれない。滑走路に降り立つと、大きな団扇のようなものを持った誘導員が、その団扇を大きく振って、右へ向かうよう指示を出してきた。プロペラを回したまま、坂口はその誘導に従うと、その先にはまた別の誘導員がおり、格納庫内に入るよう手招きをしている。
降り立つと、そこには数人の兵士らがいる。軍服の色は、少し明るい茶色といったところか。梯子が寄せられ、三人はそれを順に伝って地上に降りる。
「ウェルカム トゥ アンバーハーバー!」
アルメリア兵が、何やら聞きなれない言葉を話す。ただ、言葉のニュアンス的にこちらに敵意を向けている様子はない。坂口はその兵士と互いに敬礼を交わす。そして出迎えの兵士に連れられて、私たち三人は傍にある建物内に入る。
すれ違う兵士らは、私にだけ異様なものを見る目で出迎える。肌の色、人種が違う。私の世界では、その差は大したことではなかったのだが、こちらはそうではないらしい。むしろ私の方が他の二人よりもアルメリア兵に近い肌色であったためか、それがかえって意外に受け止められている。
いや、それだけではないだろう。手には長い木製の杖を持ち、とがり帽に黒いマント、王国魔導師団の正装の方が異様だったのかもしれない。
そして、たどり着いた部屋には、向こうの全権大使の姿があった。そこで鞍馬大使が一歩前へ出て、ハロルと名乗る全権大使と握手を交わす。
そのハロル大使に、鞍馬大使が第一声を発した。
『この講和に関してだが、予め伝えた内容を正式な文書として貴殿に送る。これは、陛下の裁可のもと、決定された我が国の講和に当たっての……』
アルメリア語のようだが、ドネツランド語にやや近い言語のおかげか、ところどころ分かる。いや、この言葉は全く聞き覚えがないわけでは無い。そういえば、滅んでしまった王国が使う言葉によく似ている気がする。それゆえに、どうにか話している内容がある程度は理解できる。
鞍馬大使の言葉からは、中原大陸、およびフィリッペからの撤退が、講和の条件として並べられている。それを聞き、渡した文書を一読したハロル大使は、こう返答する。
『なるほど、貴国もそれだけ、あの黒い集団に対し、脅威を抱いていることが分かった。実は我が国も、正体不明のあの黒の集団、貴殿らが「魔物」や「魔族」と呼ぶ集団には、ほとほと困り果てていたところだ』
このひと言で、やはり彼らもかなり困り果てている様子だと分かった。それはそうだろう、艦隊を一つ奪われたりと、決して小さくない被害を何度も受けていると見える。
『陛下は、もはや戦争どころではない、人類の存亡の危機に関わる事態だと判断してここまでの譲歩をご決断をされ、軍部を説得されたのです。この決断の重さを、貴国も十二分に理解してほしい』
『うむ、それは承知した』
おぼろげながらも、会話がスムーズに進んでいることを感じる。後ろで控える私も坂口も、その会話の行方に安堵し始めた。
が、流れが変わったのは、ここからだ。
このハロルという男、とんでもない要求を、こちら側に付きつけてきた。
『それほどの覚悟ならば、この講和条件に、貴国の艦隊および軍事力の大幅削減を要求する』
魔族、魔物と共同で戦うための交渉に来たはずだった。が、彼らは日ノ本皇国に対し、「敗戦国」としての要求を突き付けてきたのだ。




