#15 英断
「三郎、おい! しっかりしろ!」
私の叫び声に、海軍士官の一人が駆け寄ってくる。
「アマデラス様、このようなところで何を?」
「三郎が、私をかばって撃たれた」
「なんですと!? ということは、さっきの銃声は……」
「間違いなく、私を狙って撃ってきた。カーキ色の服を着た人物だ」
「まさか、陸軍が……」
「そんなことよりもだ、三郎に早く治療を!」
「しょ、承知しました! おい、衛生兵を呼べ!」
気を失ったままの坂口は、そのまま担架に乗せられて運ばれた。私もついていく。
なんということだ。まさか、ここまでの強硬手段に出るとは思いもよらなかった。私の存在が邪魔になる、つまり、魔族や魔物の存在を知られ、陛下が講和に向けた決断をされることを、なんとしてでも阻止したいと考えての行動だろう。
それを、坂口は身を挺してかばってくれた。
かつての腹心、エルケとは大違いだ。奴は、最後の最後で裏切った。
そんな命の恩人に、今の私は何もすることができない。魔族ならば、傷をいやすことができる治癒魔導が可能だと聞くが、残念ながら人族ではその技を会得することはできなかった。
これほど無力な自身を知ることになるとは……私は落ち込むばかりだ。
が、その翌日、拍子抜けするほど回復した坂口が、私の前に現れる。
『ヴェルヘルミーネさん、心配かけたようですが、ご覧の通り生きてますよ』
そう坂口はドネツランド語、いや、彼らにとってはドイッツェ帝国語で語り掛けてきた。確かに、腹部に包帯はしているものの、思いの外、元気だ。
『おい坂口よ、あの銃弾を受けて平気だったのか? まさか、防御魔導を会得しているのでは……』
『いえ、防御魔導ではないですよ。こんなこともあろうかと、上半身に鎖鎧をしていたんです』
そういって、私の目の前にその鎖鎧を見せてくれた。銃弾を受けた部分が損傷しているが、それが銃弾の威力を弱め、坂口を守った。
つまり海軍は最初から、陸軍が私の暗殺に及ぶことを予見していたようだ。だから坂口もかような装備をしていたし、銃声と同時に多数の海軍兵が現れたわけだ。
『山崎司令長官には、あなた様の無事を知らせてあります。ただ、陸軍に対してはまだ、何も話していません』
『なぜだ!? どう考えても奴らの仕業であろう!』
『証拠がないのです。昨日の狙撃兵は取り逃がしましたし、そもそもあなたを撃つ理由が表向きは、ないことになっている。これではさすがに陸軍を問い詰めるわけにはいかないのです』
歯痒いことだが、私を殺そうとした相手を野放しにするほかない、ということか。ともかく、そういうこともあってか、私は近くのホテルから、陛下のいらっしゃる宮殿の一角に移ることになった。
で、坂口も隣の部屋に身を置くこととなる。通訳、というのが表向きの理由だが、もちろんドイッツェ帝国語を話せる者はこの皇都には大勢いる。
が、坂口は私に次いで二番目の魔導を放てる男だ。現に戦艦を一隻、沈めたことがある。それゆえに、この陛下の住む宮殿の中で、魔導訓練を施すことになった。
来るべき、魔物や魔族の戦いに備えてのことだ。
「えっ、陛下も同席なさるのですか!?」
「そうだ。海軍人に、最強の魔導師がいると聞いてな」
「いえ、ヴェルヘルミーネさん……じゃない、アマデラス様に比べたら、僕など……」
「いや、アマデラス様がいかに最強の魔導師とは言え、その魔族とやらは、一人だけで戦える相手ではないのであろう。ならばここで、来るべき決戦に備えるべきであろう」
「ぎょ、御意」
そう言って坂口は、私に次ぐ大きさの杖を抱えて、宮殿の庭に建てられた的の一つにそれを向けた。そして、詠唱する。
『我が皇国を守る炎の神よ、我が魔導の力を陛下の前で顕現し、的を貫きたまえ、ローダンデ・ランス!』
すると、細い矢のような炎の光が的の真っ芯を捉える。ど真ん中に穴をあけて、的は黒い煙を上げている。
「最強、というわりには、いささか弱くはないか?」
陛下がそう、坂口に告げる。が、私はこう陛下に告げる。
「わざと弱くしているのでございます、陛下」
「さようですか、しかし、なぜ?」
「もし三郎がその力を出し切ったならば、あの石垣ごと吹き飛ばしてしまいますので」
「なるほど……それは困りますな」
「ですが、こうして力を制御できるからこそ、三郎は強いのでございます。魔導師とは、自らの力加減を律することができて、ようやく一人前でございます」
「そうか、つまりあなた様に次ぐ力を、あの男は持っておると」
「何千もの兵士たちに直接、訓練を施しましたが、その中で岩をも砕くほどの強い炎魔導を発することができたのは、三郎だけでした、陛下」
その話を、満足げに聞く陛下。そこで私は陛下に、こう進言する。
「一刻も早く、魔族を撃たねばなりません。さもなければ、この世界は我々の世界と同様、魔族に蹂躙されてしまいます。三郎のような逸材を探し出す時間も与えられぬまま魔物が攻めてくれば、大変なことになります。どうか、アルメリアとの講和をお考え下さい」
それを聞いた陛下は、こう答える。
「余もすぐに、そうしたいところだ。山崎君のいう通り、危機的状況にあるのは間違いない。だが、そのためにはどうしても我が国の一角を納得させねばならぬ」
そう、陛下は答えられた。つまりだ、いくら陛下と言えども、あの陸軍の自信を覆せるだけの何かがなければ、講和の決断を下せないということに他ならない。
考えてもみれば、陛下と言えども私とあまり変わらない歳のお方だ。それ相応の理由が見いだせねば、あの強硬な陸軍を抑えることができないのだろう。なにせ、私を殺そうと企んだほどの集団だ。自らの目的のためには、手段を選ばない。
「しかしだ、近いうちに、機会は訪れよう。それを信じて、待つほかありません」
そう陛下は告げられ、そして宮殿へと戻っていかれた。
それを見た私は、坂口にこう告げる。
『これが、「和」の力なの?』
私は、思ったままを告げた。同調圧力、と言った方がより的を得ていたかもしれない。一度起こしてしまった戦争を、広げてしまった領土を、講和のために明け渡すようなことはあってはならない。そうし同調圧力が陸軍、いや、ここの人々からも感じる。
それをひっくり返せるだけの何か、大きなきっかけがなければ、さすがの陛下も「和」を乱せない。
『本来の目的とは異なるけれども、その通りで、今は「和」の力によって陛下も決断ができないんですよ』
そう坂口は答えた。なんとも不憫な国だ。王たるものが、自身の国の行方を決断することができないとは。
ともかくだ、今はただ、その時が来るのを待つしかない。だが、その時とは来るのだろうか?
◇◇◇
島々を抜け大きな島が見えてきたと、魔族のリゲルはほくそ笑んだ。
魔力の流れの強い場所を求め、やってきた。他の島々からは、魔力の流れを感じない。
と、なれば、魔力の流れの強い場所、すなわち、魔導師のいる島から攻略すれば、人族を滅ぼすための障害が小さくなる。
『にしても、人族め。なぜ急にこれほどまでに魔力の流れを変えてきたのか』
リゲルは当然、ヴィルヘルミーネによって魔導訓練が広められた事実を知らない。大勢の軍人にその訓練方法が行きわたり、結果としてこの世界の魔力消費が高まっていることを、魔族は肌で感じていた。
このまま放置すれば、リゲルにとっては大変なことになる。
それゆえにこの魔族は、艦隊に魔物を乗せてその島までやってきた。その数、およそ五十万まで増えていた。
すでに、ドネツランド王国を襲った時の五倍まで膨れ上がった魔物の群勢を、奴は率いている。
やつは地図を広げる。そこには、この世界の人が「フィリッペ」と呼ぶ国があり、その中でも最大の島、「ルマク島」がある。
そう、陸軍最大の拠点であり、この国の首都であるマヌラを中心に六個師団、三十万人の兵を集結させているという、南方における陸軍最大の拠点だ。
かつてその国はアルメリアが支配していた場所であるが、日ノ本軍が緒戦でそこを奪い、アルメリアの要塞をそのまま活かして駐屯している。
だが、そんな島に今、リゲルとその群勢が迫っていた。
それから、三日後のこと。
その日はまさに、ヴィルヘルミーネが暗殺未遂にあった、その翌日のことだった。
ルマク島にある要塞には、多数の陸軍兵士がいた。日が暮れても、この要塞だけは暗闇の中でも活発に機能していた。
「見張りの交代時間だ」
「おお、ありがてぇ! やっと眠れる!」
ある見張り台にて、兵士同士の会話が響いていた。
「何をたるんだことを言っとるか! 訓練後には三十分、魔導訓練を行う決まりがあるだろうが!」
その兵士たちの上官らしき人物が吠える。暑い昼間の任務を終えて、やっと楽になれると思ったその時、あの訓練をする時間がまだ残されていたことに気付く。
「やれやれ、これって本当に精神の鍛練になるのかねぇ……」
「そういうことは、俺よりも大きな炎を吐き出すようになってから言えよ」
任務を終えた兵士らが、杖を片手に訓練場へと向かう。昼間の任務もつらいが、その後に行うこの「精神の鍛練」とされる魔導訓練をこなさなくては、一日が終わらない。
当初は、目に見える形で訓練の成果が出ていたこの魔導訓練に皆、夢中になったものだったが、それも日が経つにつれて感動は薄れていく。今は義務感の上に成り立ったただの「苦役」に過ぎない。
「よし、まずは第十七小隊、前へ!」
二十人づつの小隊に分かれ、的に目掛けて炎を打ち込む。全員が、詠唱を始める。
「「オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」」
二十人が、一斉にこの初級魔導の詠唱を唱える。皆の小さな杖先から、炎が渦巻く。そしてそれは人の身体ほどの大きさにまで膨らみ、やがて打ち出される。
「よし、次! 第十八小隊!」
一か所の射撃訓練場では、およそ五つの小隊が交互に魔導を放つ。当初は上官もその上達ぶりに激励を送っていたものだが、慣れてきた今となっては、もはやただ号令をかけるだけの指揮官に成り下がっている。
いつものように見張りを行い、いつも通り訓練し、そして食事をした後に寝る。今日も、いつも通りの日課を過ごすはずだった。
が、異変に気付いたのは、この号令係の上官だった。
「次……いや、ちょっと待て、何か、聞こえなかったか?」
二十人の小隊が並び、まさに魔導を放とうとしていた、その時だ。
叫び声のようなものを、上官は耳にする。
「確かに、何か奇妙な声が聞こえました」
「見張り台からだな。もしや、アルメリア軍が攻めてきたか?」
皆に、緊張が走る。敵が攻めてきたとなれば、食事や睡眠どころではない。ましてや、見張り台からの叫び声となればそれは、すなわち攻撃を受けていることになる。
だが、不思議なことに銃声は聞こえてこない。アルメリア軍が攻めてきたのであれば、少なくとも機銃掃射の音が響くはずだ。
が、遅れて、機銃音が鳴り響く。
ただし、それは味方の機銃だ。見張り台に据え付けの十二ミリ機関砲の音であることは、彼らにもわかっていた。
「おかしいな、敵の銃声がない」
ところがだ、ここで例の上官はこの異変の正体に気付いた。魔物という存在が、この要塞に攻め込むことがありうると、つい昨日の軍議で知らされたばかりだった。
だが、まさかその翌日に、それが現実になるなど、とても信じられない様子だ。
が、アルメリア軍にせよ魔物にせよ、やることは一つだ。
「全員、横一線に並び、杖を前へ。何かが襲い掛かってきたら、すぐに詠唱を唱えよ」
訓練通り、横一線に並んで構える。機銃音が止み、ゴリゴリとまるで骨を砕くような音が鳴り響いてくる。
その異様な音を聞いて、上官はますます確信する。
「相手は、魔物だ。魔導訓練通り、間断なく魔導を放ち続けよ」
もしも多数の魔物が襲ってきたなら、それを打ち破れるのは銃や砲ではなく、魔導のみだと彼らも聞かされていた。まさか精神力の鍛錬のための魔導を、実際の戦いに使うことになるとは想定外だった。
やがて、真っ黒で巨大な魔物が、彼らの前に立ちふさがる。
「詠唱!」
乗艦の叫び声と共に、兵士たちは一斉にあの言葉を唱え始める。
「「オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」」
明るく照らされたその先には、一つ目の巨人が立っていた。その周囲には、無数の小型の魔物がうごめいている。そんな彼ら目掛けて、炎の魔導が放たれる。
一撃目は、見事に命中した、あの巨体が炎に包まれて、焼かれていく。その周囲にいた小型のそれも、あっという間に灰に変わった。
だが、再び多数の魔物が姿を現す。彼らはひたすら、詠唱を唱え続ける。
「「オー ゴット デス フォイアーズ、 エルフェレ ディー シュピッツェ マイネス シュターベス ミット ダー クラフト デス ファイエ・バウル!」」
すでに四、五回ほど唱え続け、魔物を倒し続けた。だが、そんな彼らの背後から別の魔物が現れた。
「こ、後方に回り込まれた! 二隊に別れて……」
そう叫ぶ上官の上から、小型の魔物が飛び降りてきた、奴らは壁を伝い、彼らを上から襲ってきた。乗艦の首元に一匹が食らいつき、その手足を別の魔物が食らいついていた。骨がバキバキと砕ける音が、狭い通路の中に響き渡る。
「うわぁーっ!」
上官を失い、錯乱した兵士が杖を捨てて、銃を片手にその魔物を撃つ。だが、手ごたえがない。数発撃つが、先ほどまではなっていた炎魔導に比べるとまるでダメージがない。
陣形が崩され、杖を捨てた時点で、勝敗は決まっていた。彼らは次々と、魔物たちの「餌」となっていった。
そんな惨状が、この要塞一帯で起こっている。夜が明ける頃までには、もはや生きている人間は見当たらない。
いや、人らしきものが一体、真っ黒な集団の間を抜けてその要塞の頂点にある建屋に向かっていた。
『意外だったな、これほどの魔導が使える人族がいたとは。おかげで、予想以上に魔物をやられてしまったな』
そこはこの要塞司令官が座っていた席だ。そこにこの魔族は座ると、窓から外を眺める。
『まあいい、魔力の流れが消えた。つまり、この地の魔導師は死に絶えたということだな』
頬杖をつきながら、リゲルは満足げにそう語る。彼にとって最大の懸念点が、消滅した。
そこには、三十万人もの魔導訓練を受けた兵士がいた。が、魔族率いる五十万の魔物の奇襲によって、一夜にして消滅した。
そしてその報はわずかな生き残りの兵士らによってすぐに、大本営に知らされた。
◇◇◇
「ルマク島要塞が、陥落した」
坂口が私に、驚くべき情報をもたらす。
「ちょ、ちょっと待って、ルマク島ってどこ?」
すると坂口はすぐに地図を広げ、指を差す。
「ここだ。陸軍の六個師団、三十万の兵士が駐屯する、最大の要塞がある場所。昨夜、ここに大量の魔物が襲い掛かってきたらしい」
「襲い掛かってきたって……魔導陣形は?」
「生き残りの話によれば、あちこちで魔導陣を張って応戦したらしい。が、要塞の壁の上からや背後、地下通路など様々な方向から攻め入られ、次々と陣を突破されたらしい」
ああ、やはりそう来たか。初級魔導の一列陣形だけでは、魔物の襲撃を防ぐことはできない。相手は攻め方を変える。それに合わせた陣形というものが、全部で八個の形がある。
が、それは初級魔導では成し得ない陣形ばかりだ。彼らにできるのは、一列陣形による間断なき魔導防御のみだ。
が、この報告はすぐに、陛下にも知らされたようだ。それが証拠に、陛下が直接、私のところにやってきた。
「三十万もの兵士が、一夜にして消えたそうです」
淡々と語る陛下だが、その一見冷静な言葉と表情とは裏腹に、目だけは怒りの様相を見せていた。
そして、すぐに御前会議が開かれる。
「余は確か、ルマク島の兵士らならば魔物如き鎧袖一触だと、山本君からそう聞いていたのだが」
その言葉をかつて放った山本大将は、返す言葉がない。まさか三十万もの兵士らが駐屯する堅固な要塞、しかも魔導訓練を絶やさず行ってきた彼らが、たった一夜にして全滅させられることになるとは想像すらしなかったからだ。
「生き残ったのは、わずか七十人ほどと聞く。ほぼ三十万もの兵士たちは、黒い魔物の胃袋の中に納まったとの報告も上がっている」
凄惨な光景を思い起こさせる報告を、平然と口にする陛下。それだけでも、相当お怒りのご様子だ。私も、その陸軍大臣にかける言葉が見当たらない。
「事ここに至っては、戦争継続どころではありません。直ちに講和交渉に入るべきかと存じます」
すかさず、山崎司令長官が陛下に進言する。だが、それを遮るように山本大将が口を開く。
「いや、ルマク島の守備隊は油断したのです! 中原方面から部隊を回し、魔物どもに攻撃を仕掛ければ、必ずやその獣どもを殲滅することができましょうぞ!」
しかし、陛下はこう返答した。
「それでは、中原から撤退することになる。ならば、講和を拒む理由そのものがなくなるのではないか?」
「いえ、そうではありません! 一時的に軍を動かすだけであって……」
「魔物など、取るに足らぬと言ってのけ、そしてその結果として三十万もの命を奪われる結果をもたらした男の言葉を、何をもって信じよというのかね?」
山本大将の言葉に、被せるように陛下は反論為された。もはや、返す言葉など見当たらないと見える。
その上で、陛下は英断される。
「これをもって直ちに、アルメリアとの講和交渉を開始する。中原大陸からの撤退を進める一方で、アルメリア軍にとっては未知の存在が魔族、魔物と呼ばれる異界からの侵略者であること、そしてそれを打ち破る術を、我々が持っていることを彼らに伝え、講和を進めよ」
かくして、「和」という名の同調圧力は三十万の犠牲のもと、吹き消された。この陛下の英断によって、この世界の歴史は大きく動くこととなる。




