#13 皇都
「厄介なことが、起きたらしいです」
坂口が、私の部屋に来るなりそう告げる。
「おい三郎、厄介事とはなんだ?」
「ええ、どうやらアルメリアの艦隊の一つが、魔物に乗っ取られたようだと、司令部からの報告があったそうです」
「なんだと?」
「二十四隻のアルメリア艦隊がニューグルデン島に向かっているところを、たまたまラグーン基地の状況を調査に行った偵察機が発見したのですが、その船団には人の姿はなく、甲板上にいたのは黒い魔物の姿ばかりだったとのことです。ただ、その無電を放った直後、偵察機からの連絡は途絶しました。おそらくは、その魔物の集団から何らかの攻撃を受けた模様です」
それを聞いた私は思う。厄介なことになったぞ。私は直感でそう考える。つまりここに現れた魔族は、これまで奪った船だけでは足りなくなるほどの魔物をかかえている、ということを意味しているからだ。
それにしても、動きがまるで一筆書きのような動きだ。もしも魔族が複数人いるならば、島と艦隊の調達の、両方を同時に動くはず。ところが、ここでの魔族の動きは単一行動しかとっていない。二手以上に分かれて行動する様子が、今のところ見えない。
と、いうことは、現れた魔族は、一人だけの可能性が高いということになる。
だが、一人だけと言えど、魔族は魔族だ。厄介な相手には違いない。それもおそらく、前回私が不意打ちを食らわせた魔族の一人である可能性が非常に高い。となれば、次からは同じ奇襲は通用しなくなることを意味する。
『ちょっと、お聞きしたいのですが』
と、唐突に坂口がドネツランド語で、私に尋ねてくる。
『なんだ、聞きたいこととは?』
『魔族とは、そして魔物とは何なのですか? なぜ、日ノ本やアルメリア、それどころかスルタン諸島周辺の人種も含め、見境なく襲い掛かっているようです。何ゆえ、そのようなことをするのか、僕にはさっぱり分からない』
坂口が、不可解な疑問を投げかける。しかし、逆に私の方が尋ねたい。何ゆえ魔族や魔物が人族を襲うことに、疑問を抱くのか、と。
だが、この世界には魔族も魔物もいない。だから、そのような我々の常識が、ここでは通用しないのだろう。
『私自身、どうして魔族や魔物が生み出されたのかは知らない。だが、私の世界では古より、魔族や魔物と、人族の戦いが繰り広げられていた』
『つまり、そのころからヴェルヘルミーネさんの世界では、人族は魔導を使って撃退していた、と?』
『いや、昔の人族は、魔導を使えなかった。このため一度、魔族によって人族が支配されたことがある』
『えっ、魔族が人を支配!? それじゃ人族は一人残らず、殺されたってことです?』
『いや、人族は魔物の餌のための「家畜」として生かされた。だが、そんな仕打ちを受けるうちに、魔族から魔導を盗み取ることに成功したものが現れたのだ』
『盗み取る? 魔導を、ですか』
『そう、魔導とはすなわち、魔族しか使うことができなかった。魔物は魔力をまとうものの、それ自体はただの低能な獣だ。しかし魔族は、その魔物がまとっている魔力を巧みに操ることで、魔物をうまく使役し自らの力としていた。それが魔族というもののもつ力の一つだ』
『もしかして、魔族からその魔物を使役する力を奪い取った、と?』
『いや、それはできなかった。せいぜい炎、風、水、そして氷の魔導の発動原理を体感で会得したにすぎない。だが、それをなした一人の英雄が、その会得した魔導で魔族を圧倒して、ついに人族は魔族から解放された』
『英雄……ですか』
『当時は魔族の奴隷だったからな、文字はなく、口伝で「ゼウス」という名であったと伝えられている。英雄ゼウスの放った強大な炎魔導により、不意を突かれた魔族はその多くが敗れ去り、魔物も大半が殲滅させられた』
『と、いうことは、魔族や魔物は一度、消えたということ?』
『残念ながら、世界の果てでしぶとく生き延び、時折、人族の村を襲っては魔物を増やしていった。なお、魔族とは、魔物の中からごくまれに生じる。だから一度滅ぼしても、魔物が残る限り復活する。しかし、人族も魔導を高め、それを使える者を増やして重用し始めた。これが魔導師と呼ばれる者だ』
『なるほど。で、ヴェルヘルミーネさんはその魔導師の中でも、最上位の力を持っていたと』
『魔導師には位があり、平級、中級、上級、王級と四つの位に分かれた。そして我がドネツランド王国には、十人もの王級魔導師がいた、というわけだ』
『ところで、この世界に来る直前、魔族と戦っていたと言ってたけど、それはどういう状況だったんですか?』
『数十年に一度だけ訪れる、「災害級」と呼ばれるほどの魔物の大群が、まさに我が王国に迫りつつあった。十万を超える彼らは二つの王国を滅ぼし、そしてついに我が王国へと歩みを向けた。そこでやつらを狭い谷間に誘い込み、我が氷魔導で圧し潰した』
『ああ、例の空母を沈めた、あの巨大な氷の塊のことか』
『そうだ。だが、それだけでは魔族らを倒せなかった。奴らは高台から魔物を操っていたからだ。このままでは再び、魔物を増やしてしまう。そう考えた私は、騎士の引いた魔石の付いた弓矢に炎魔導をかけ、遠距離からそれを飛ばして魔族らを不意打ちした。やつらはその炎に包まれ、全滅した……はずだった』
『もしかして、その時に打ち漏らした魔族がいたと?』
『おそらくは一人、その場を上手く逃れた者がいる。その者がもしかすると、この異界につながる道を作り出したかもしれん。そこに魔物と、そして味方によって突き落とされた私が、この世界に出現したのかもしれん』
『今の話を聞く限りでは、魔族というのは人族よりも多くの魔導が使えると、そういう存在なんです?』
『そうだ。我々はせいぜい、炎、風、水、氷、そしてまれに闇の属性が使える程度だ。だが、魔族はそれらに加えて防御や魔物操作、魔力探知などの力が知られている。他にも、我々が知らない力を持っていると考えられているが、そのすべてを把握できているわけではない』
『つまるところ、そのとんでもない魔力使いが、この世にあらわれて敵味方構わず襲っている。そういう状況だと、ヴェルヘルミーネさんは言いたいのですか?』
『そうだ。しかもこの世界は、人族が多い。その分、魔物が数を増やすのが早い。放っておけば、すぐに災害級の魔物の大群が様々な国に現れては滅ぼし、やがて世界はその魔族の手に落ちてしまう。正直、人同士が争っている場合ではないのだが』
『その話だけでは、大本営は動かないでしょうね。聞いてる僕ですら、信じられませんから』
『その通りだ。だから、困っている』
我々は一度、魔族に蹂躙された歴史を持っているからこそ、魔族の恐怖というものを知っている。だが、この世界は強大な機械文明を築いているがゆえに、魔族に脅威を感じていない。しかし、敵であるアルメリア艦隊の一つが、魔族に奪われてしまった。
おそらく、アルメリアでは大混乱している頃だろう。講和をするならば、今しかない。だが、こちら側でその講和を拒絶する者がいる。このまま魔族を野放しにすれば、いずれ魔族に蹂躙される時代がやってくる。その時は、ごくわずかな人族だけが「家畜」として生かされ、餌にされるだけの世界が待っている。
この話をどう大本営、そしてこの国の陛下にお伝えすればいいのか?
歯痒さばかりが残る。
だが、そんな時だ。私に転機が訪れる。
「えっ、皇都に、ですか?」
「そうだ。アマデラス様にはぜひ一度、皇都に出向いてもらい、そこで陛下とご対面していただきたいと思っている」
なんと、その塀かと相まみえる機会を得た。私の乗る「飛翔」も、度重なる戦闘により、あちこちが故障し始めている。甲板も刷新する必要があるとのことで、一度、日ノ本皇国へ帰還しなくてはならないとされた。
こうして私は、初めて日ノ本皇国へと足を踏み入れることとなった。
北進する、空母「飛翔」の甲板上。数十人の兵士を相手に、魔導訓練を施していた。
そんな中、叫び声が入る。
「艦上機、着艦用意!」
ふと見れば、一機の機体が「飛翔」の甲板を目掛けて着艦態勢に入っていた。我々は甲板から艦橋の方に走る。その脇をすり抜けるように、三人乗りの八九式艦上爆撃機が滑り込んできた。着艦フックが空母後方のワイヤーを捉え、その機体を急減速した。
一機だけやってくるというのも珍しい。伝令か何かだろうか? そう思った私は、その三人乗りのやや大型の艦上爆撃機の風防が開くのを見て驚く。
真ん中の席に乗っていたのは、なんと山崎司令長官だった。海軍の最高位のお方がなぜ、この船にわざわざ乗り込んできたのだろうか?
そんな山崎司令長官を前に、兵士たちは駆け寄ってくる。
「司令長官閣下に、敬礼!」
実に訓練の行き届いた軍人ばかりだ。長官の前に二列で整列すると、一斉に敬礼をする。私はと言えば、杖を掲げ、深々と一礼する。これはどちらかと言えば、ドネツランド王国式の儀礼だ。
「いや、アマデラス様、小官などに礼など不要ですよ」
気づけば山崎司令長官は私の前に立っていた。これはつまり、私のところにわざわざやってきた、ということだろうか。
「司令長官閣下、何ゆえ急にこちらにいらっしゃると。せめて一報、下さればよろしかったのに」
「無線封鎖中な上、むやみな無電はかえってアルメリア軍に傍受されて、厄介なことになりかねない。それゆえの突然の訪問となった。許せ」
「はっ、承知いたしました! ですが、なぜ突然、我が艦にお越しになられたのでしょう?」
溝口参謀長が、司令長官に敬礼しつつ、突然の訪問の意図を尋ねる。すると山崎司令長官は答える。
「決まっている。アマデラス様がいらっしゃるからだ」
えっ、やっぱり私のところに来たの? そこで私と司令長官、そして参謀長に艦長、一部の士官、さらに通訳が必要な場合に備えて坂口が、艦内の会議室へと向かう。
現在、我々の艦隊はこの「大海洋」と呼ばれる大きな海を、北に進んでいる。まもなく東進し、明後日にも日ノ本皇国の皇都「和京」へとたどり着く予定だという。そのタイミングでの、司令長官の訪問だ。
一体、どのようなお考えのもと、ここにいらしたのだろうか?
「まず、アマデラス様は到着の後に、陛下主催の晩餐会が行われる。その際は、魔族、魔物の件は極力控えてもらいたい」
開口一発、司令長官から思わぬ忠告を受ける。私は返す。
「何ゆえでしょう? 今や、一刻の猶予もありません。魔族はやがて、取り返しのつかないほど巨大な勢力となってこの国に押し寄せてくるかもしれません」
「あなた様のことを考えてのことだ。その場には、陸軍大将も何人か列席する。そのような場での軽はずみな発言が、あなた自身を危機にさらすことになりかねない」
「ですが……」
「安心召されよ、アマデラス様。発言の機会はその翌日、御前会議にて行う。その場で思う存分、話されよ。我が海軍将官も、全力であなた様の支持に回りましょうぞ」
日ノ本皇国という国が、どのような国家であるかを知らない。だがおそらくは、海軍の最高位の者ですらも抗えぬ何かがあるのだろう。ここは、山崎司令長官を信じるしかない。
「承知しました。では私はその御前会議まで、自重することといたします」
一日延びるごとに、我々は不利になる。だが、いたずらに動けばすべてが台無しになりかねない、私はそう司令長官の言動から読んだ。ともかく、今は任せるしかない。
『あれはおそらく、ヴィルヘルミーネさんの命を守るための、閣下の御配慮だと思いますよ』
と、あの会合のすぐ後に、坂口はドイッツェ帝国語でこっそり教えてくれた。
『私の、命を? それはどういうこと?』
『上手くは言えませんが、陸軍というのは油断ならない相手だということを、肝に銘じておいてください』
坂口の忠告は、日ノ本皇国という国の複雑さを物語る。さらに坂口は私としか通じないこの言葉を使って、この戦争のいきさつを教えてくれた。
隣の中原大陸というところに、聖という王朝があった。が、その国である人物が革命を起こし、民主国家に変えた。その国の名を「中原民国」という。「中原」とは、世界の中心という意味らしい。
その中原民国の設立時の混乱に乗じ、日ノ本皇国陸軍は自国の船を沈められたと主張し、それを口実に戦端を開いた。さらにその占領した国を、前王朝である聖の皇帝を擁立し、「新聖国」なるものを建国させた。
が、それをアルメリア連合共和国をはじめとする列強各国は承認しなかった。さらにその結果として、石油や鉄といった資源の輸出を止め、皇国包囲網を築いたという。
それを打開するべく起こしたのが、この「大海洋戦争」だ。アルモアナにある琥珀湾には、アルメリア海軍の主要基地がある。そこを奇襲し、始まったのがこの戦争だ。
もっとも、これを提案したのは山崎司令長官だ。理由は、実に明解だ。正面からまともに撃ち合っては、アルメリア相手に勝ち目などない。国力の差が大きすぎる。だから、アルメリアに大きなダメージを与えて講和に持ち込む。陸軍、大本営、および政務を行う者がすべて、戦争の終わらせ方を描かずに戦争突入を決めた。だから、敢えて山崎司令長官はその「講和」という一点に賭けた。
が、結果は逆だった。かえってアルメリアの戦意を高揚させ、その国力をもって一気に攻め込んできた。一方で日ノ本皇国軍も、快進撃を続ける。こうなると、講和どころではない。だが、その優位性も今やなくなりつつある。
ただ、今は魔族、魔物が無作為に暴れ回っているおかげで、アルメリア側の動きが鈍くなっている。艦隊一つを乗っ取られたこともあり、さすがのアルメリア軍もおいそれと手が出せない。
もっとも、たまたま敵国に甚大な被害をもたらしているだけであって、その矛先がいつ、日ノ本皇国軍へ向くか分からない。現に、ラグーン基地を失っている。これ以外にも皇国軍の拠点はあり、再び魔物の襲撃に遭うかもしれぬ。そうなる前に、アルメリアと講和を成立させて、魔族、魔物との戦いに向かわねば、この世界の人族は滅びかねない。
しかし、厄介だな。我らの世界ならば、魔族襲来と聞けばあらゆる国が手を結び、団結できた。だがこの世界には魔族や魔物が存在しないがゆえに、それがかなわない。
かつて、人族が魔族の「家畜」とされていた頃、魔族の一人が「魔王」を名乗っていた。
おそらくは、この世界に現れた魔族は「魔王」になろうとしているのではあるまいか。
人族にとっての暗黒の時代の再来を、この世界で企んでいる魔族がいる。なんとしてでも、この世界から魔族を一掃せねば。
その翌々日、ついに陸地が見えてきた。自らを和の国と呼び、争いを避けることを是とする国。しかしその美徳が、今や最大の危機をもたらしている。
私は見知らぬ世界の見知らぬ国に、ついに足を踏み入れることとなった。




