#12 魔襲
聞けば、ラグーン基地に再び魔物の群勢が現れたらしい。今度は、日没と同時に襲い掛かってきたのだという。
もちろん、魔物への対処として、横一線で「魔導の壁」を張った。が、今度の魔物は、動きが違った。
その魔導の壁の後方から、襲い掛かってきたのだ。しかも前回の襲撃よりも、格段に増えた魔物が出現したと、生存者は証言する。
こうなるともう、抗う術がない。日暮れ後ゆえに、多くの兵士たちは宿舎で休息に入り始めていた。その休息時を襲われ、機関銃もほとんど効かない魔物相手に、次々と兵士たちがやられていく。
その時、ラグーン基地の指揮官が、傍にいた三人の飛行士に伝える。
「もはや、この基地は耐えられぬだろう。貴官らは無事な機体にて直ちに発進し、近くの空母まで飛んでにラグーン基地の魔物襲撃と、陥落の報を伝えよ」
「ですが、閣下は……」
「指揮官である私が、この場を離れるわけにはいかない。これは命令だ、直ちに発進し、この事実を司令長官に報告せよ」
そう、基地の司令官に命じられ、どうにか魔物のいない格納庫にあった三機の攻撃機に乗り込んで離陸、辛うじて空母『飛翔』にたどり着いたというわけだ。
「閣下は、最後まで戦うと宣言され、その場に残りました。我々はその閣下の最後の命令を遂行すべく、ここまでたどり着いたのです……」
三人のパイロットは涙ながらに語る。その指示を下した指揮官の判断は、確かに正しい。さもなければ、ラグーン基地壊滅の事実把握に遅れ、さらなる犠牲者を生み出す羽目になったかもしれない。
「ご苦労だった。ラグーン基地陥落の件、司令長官には私から知らせよう」
無念で涙を流す三人の飛行士を前に、溝口は肩を叩きながらそう告げた。
が、あまりにも衝撃的な話だ。あそこには、飛行士や陸軍、合わせて一万の兵がいたのだという。それが、たった一晩で壊滅してしまった。
「いよいよ魔物の被害が、無視できなくなってきましたね」
「見境いのないやつらだ、もしもそこにアルメリア軍の基地があったとしても、同じ目に遭っていただろうな。しかも、魔導の壁などつくれぬアルメリア軍ならば、ますます防御に苦戦しただろうな」
「でもなぜ、我々の機銃が効かないのですか?」
「おそらくは、防御魔導をかけているのであろう」
「防御魔導?」
「魔族にしか使えない魔導だ。普通の剣や弓矢では魔物は貫けない。小銃や機関銃程度でも、魔物を貫けないのであろう」
「それじゃあ、どうやって魔物を倒せば……」
「こちらの武器ならば、二百五十キロ爆弾を大量に食らわせるか、あるいは魔導を使う他、あるまい」
「魔導ならば、防御魔導に勝てると?」
「そうだ。魔導には魔導。鉛の弾丸や爆薬の炎には魔力が込められていないため、防御魔導によって防がれてしまうのだ。よほどの威力がないと、防御魔導は崩せぬ」
イーストランド島を魔物が襲った際に、それを指揮する魔族はこの世界の武器の存在と威力を知ったはずだ。それを知った上で、その攻撃を防ぐ手段を講じたに違いない。
だが、問題はこれからだ。
ラグーン基地にいた一万もの兵士はおそらく、魔物によって食われてしまったことだろう。それは、魔物の繁殖を大いに誘発することとなる。奴らは人を食らい、それを糧として自らの仲間を増やす。
しかも、ラグーン基地のある島に隣接するニューグルデン島という大きな島がある。その島々には基地のみならず、街もいくつかあるという。その島の最東端にある日ノ本軍の主力基地を、たった一晩で失ってしまった魔物だ。そやつらがその島々を制圧してしまうのも、そう遠い話ではない。
聞けば、隣のニューグルデン島およびその周辺の島々には、全部でおよそ百五十万人が暮らしているという。その大半は、民間人だ。となると当然、魔物の格好の「餌」となる。もしもこれらがすべて魔物の餌食になってしまうと、我が王国を襲った「災害級」の魔物の群勢を遥かに超える魔物が、生み出されてしまうこととなる。
えらいことだ。人族同士で戦争など、やってる場合ではない。
『なんとしても、人族が一丸となって、魔族に対抗せねばならない』
ドネツランド語で、私は坂口に語り掛けた。すると坂口は答える。
『それはつまり、アルメリアと講和しろということですか?』
『重要な基地を、奴らの襲撃ですでに失っているのだぞ! アルメリアとて、魔族の襲撃を受け、船まで取られているではないか! そんな緊急事態に接して、なおも人同士が殺し合いを続けるなど、正気の沙汰ではない』
『いや、そう言われても……』
『ともかく、この国では誰を説得すれば、そのアルメリアとの講和に結びつけることができるのだ? その者の説得を、早急に行わねば大変なことになるぞ』
坂口は、黙り込む。しばらくの沈黙の後、彼はこう一言、日ノ本語で答えた。
「決定は、大本営での皇帝陛下の御前で行われる会議、御前会議で決定される」
「……三郎よ、つまり陛下を説得すれば、この事態を覆せると?」
「いや、分からない。大本営には、この大海洋戦争の強行派が多いと聞く。そんな最中で陛下が、講和に向けて動いて下さるとは考えられません」
何とも頼りない話か。我らの王国ならば、陛下の決断一つですべてが決まる。が、この国の事情は複雑らしい。
確かに、陛下の決定があれば、全てが決まる。が、陛下の決定を引き出すための障害が、あまりにもあり過ぎる。
「和」というのは、争いを嫌い結束を乱さないための思想だと、坂口からは教えられた。が、この「和」を盾に、戦争遂行という結束を強めようとする勢力が大多数を占めているというのだ。
無論、元々は「講和」のための戦いを主張していた、海軍最高指揮官の山崎司令長官は、私の意見に賛成するであろう。が、問題は陸軍だ。現に、あの大本営から来た都司参謀という男は、強行に戦争継続を主張している。あれが陸軍の総意考えるべきなのだろう。
どうしたものか……ダメで元々だ、とにかく、山崎司令長官に直談判してみるとするか。主力基地壊滅で、一番危機感を持っているのは間違いなく、あのお方しかいない。
その上で、陛下に講和に向けた裁可をいただかねばならない。この世界の、人族存続のために。
◇◇◇
『さて、あの弱い魔術師のいた騎士団の施設は滅ぼし、街も三つほど襲い、人族を食らい尽くした。だが……』
魔族のリゲルは、思わぬ障害にぶつかっていた。それはある意味で、この行動の先にある必然的な問題だ。
そう、魔物が増えすぎ、それを乗せる船が必要になった、ということだ。
『この世界の騎士団や魔導師団である人族の拠点にも、何隻か船はあった。が、どれも小さい。もっと巨大な船が、何隻も必要だ』
ラグーン基地の隣にある大きな島の半分ほどを制圧し、そこに住む人族らを魔物らは数十万人、食らった。その結果として、魔物はすでに二万にまで膨れ上がっていた。
が、それを運ぶ船には、どんなに詰め込んでも一万が限度だ。
もっと大きな船が、何隻も欲しい。この先、魔物群勢を増やせば増やすほど、船が必要となる。
『海に、出るしかないな』
ちょうどリゲルは、近くに大船団が迫りつつあるのを、探知魔導で察知していた。その船団を襲えば、十分な数の船が手に入る。
そう踏んだこの魔族は、決断する。
『さて、ちょうどいいところに船が多数、近づいておるな。今宵、その船団をいただくとしよう』
こうして、手下の半数を乗せた船に乗り込み、その大船団へと向かうこととした。黒い集団が、次々と輸送船へと乗り込む。全部で十数隻の船には、すし詰めの如く魔物がひしめいている。
『さて、こやつらの「餌」とともに、船も奪うとするか』
そう言いながらリゲルは、その十数隻を動かす。やや荒れつつある天候の中、その十数隻は平然と進む。やがて、その船団の去った島は夜を迎える。
同じころ、アルメリア海軍の第二艦隊が、ラグーン基地上陸作戦のため西へと進路を向けていた。と、いうのも、ラグーン基地が壊滅したという暗号電文を受信したためだ。
当初はブラフかと思われたこの暗号電文だが、実際に攻撃隊が向かったところ、一機も飛び立ってこない。低空を飛んでも、一人たりとも見当たらない。建物自体の外壁や窓が壊されており、地面には機銃が転がっているなど、何やら争った跡がみられるものの、航空機などはそのまま残されている。
この神隠しにでもあったような異様な、彼らもすでに二度、経験している。
「はてさて、あの黒い集団の仕業か」
アルメリア軍にとっては、堅牢な日ノ本軍の拠点が一つ消えたことは、喜ばしいことではある。が、同時にそれがあの、得体のしれない集団の仕業と考えると、おいそれと手が出せない。そう、ちょうどあの、ヴァトゥレブ島のように。
「まもなく、日が暮れます。このまま艦隊を進めますか?」
第二艦隊の司令官のもとに、参謀の一人が今後の行動について尋ねる。
「そうだな。できる限りラグーン基地に迫りつつ、あの黒い集団を見つけ出したい。そいつらをどうにかして捕捉し、攻撃する。さもなくば、ワップの奴らと戦争どころではない」
第四艦隊が壊滅的ダメージを受けたことを、この司令官は承知していた。もしこの近辺に陸上拠点があれば、もっとましな反撃ができたであろうにと、その司令官は考えていた。
にしても、相変わらず炎や氷といった、埒外な武器での攻撃が目立つ。今度は魚雷や爆弾が空から降ってきたという証言まである。それを捉えた映像も、アルモアナの琥珀湾基地で見せられた。
そう、日ノ本海軍が奇襲を仕掛けてきた、あの琥珀湾基地だ。それ以来、彼らアルメリア軍は「琥珀湾を忘れるな」(リメンバー・アンバーハーバー)を合言葉に、極東の小国相手に戦争を仕掛けている。
ようやく航空兵力に空母、そしてその他艦艇が揃い、いよいよ反撃の狼煙を上げようという時になって、その得体のしれない炎と氷の攻撃に、黒い集団という不可解な存在に悩まされる羽目になった。
てっきり、その黒い集団とあの炎や氷を投げつける「アマデラス」と呼ばれる存在とは仲間同士かと思いきや、黒集団が日ノ本軍の拠点を襲っていることから、それらは別集団であることは推測された。
ともかくだ、その黒い集団を真っ先に殲滅せねば、この戦いを続けることができぬ。それが、アルメリア軍総司令部、および大統領の判断だ。
このまま日ノ本軍の拠点だけを襲い続けてくれるならば問題はないのだが、奴らには見境なく襲い掛かってくる習性がある。ならば、むしろ排除すべき対象だと考えて当然だろう。
そんなことを考えているうちに、日が暮れる。西の空にはうっすらと、三日月が光っているのが見える。
日没を迎えた、その直後のこと。この第二艦隊に、異変が起きる。最初の異変は、通信士からもたらされた。
「閣下! 空母『ブランディ』および『スプリングス』、重巡『ダールス』、『アスラカーキ』からの定時報告がありません!」
「なんだと?」
この艦隊は、戦艦四隻、重巡二隻、軽巡三隻、駆逐艦十一隻に空母四隻からなる艦隊だ。元々は第四艦隊を支援すべく投入された艦隊だが、ラグーン基地壊滅の報を受け、その状況確認を優先することとなった。
が、その中の四隻もの大型艦から、定時報告がない。
「電波障害ではないのか?」
「いえ、今は無線封鎖中ですので、サーチライトによる光交信にて行っております」
「……で、あったな。ならば、この悪天候による見落としではないのか?」
「艦影は見えます。が、その遠くからの光交信は見えておりますが、すぐそばのこの四隻からの交信がまったくなされないのです」
「奇妙だな。つい一時間前まで、異常なかったではないか」
だが、その直後のことだ。ゴンッという鈍い音と共に、艦が揺れる。
「なんだ、今の音は?」
何か、小型の船舶と接触したような、そんな揺れと音がこの第二艦隊旗艦である戦艦「ノースウェア」に響く。不思議に思った兵士らが、甲板下をサーチライトで照らす。
直後、悲鳴のような報告が飛び込む。
「く、黒い集団です!」
その声に、司令官は艦橋の窓から下を覗いた。おびただしい数の真っ黒な、人と獣の中間のような集団がまるで軍隊アリのようにわらわらとこの艦上に乗り込んでくるのが見える。その脇には、かつてヴァトゥレブ島にあった輸送船と思われる船が、横付けされていた。
「おい、レーダーで捕捉できなかったのか!?」
「レーダー観測所より、船舶の接近の報告はありませんでした」
「ならばなぜ、あっさりと輸送船が接近してきたんだ?」
彼らは知らない。魔族が使える「闇」魔導により、レーダーが無効化されていたことを。レーダー頼みだった彼らにとっては、まさしく想定外の襲撃だった。
「直ちに扉を塞げ! 総員、接近戦に備えよ!」
伝声管越しに、指揮官は指令を出す。と同時に、無線封鎖を解き、他艦に対しても警告を出す。
が、時はすでに、遅かった。
すべての艦艇には、魔物の群勢がすでに乗り込んだ後だったからだ。
「現在、艦橋入り口にて交戦中! ですが、銃が効きません、突破されます!」
伝令兵が、すぐ下の状況を伝える。閉じたはずの扉は簡単にこじ開けられ、さらに銃で応戦しても全く動じない。報告にあった通りのおびただしい黒い化け物が、まさにその司令官のところに迫りつつあった。
階段にて、数人の兵士が自動小銃を撃って応戦している。が、おぞましい黒い獣は銃をもろともせず襲い掛かってくる。やがてその数人は小型の魔物にしがみつかれ、首を食いちぎられる。
司令官も、そして周囲にいる参謀たちも、拳銃で応戦する。が、小銃すら効かない相手に、拳銃が通用するわけもない。
「な、なんなのだ、こいつらは……」
それが、この第二艦隊司令官の最後の言葉だった。あっという間におびただしい数の魔物に襲われ、一瞬で絶命させられた。
『なかなか、良い船ではないか』
その司令官がいた艦橋に、水牛のような角を生やし、黒服に黒マントをまとった異形の者が現れる。そう、この世界唯一の魔族であるリゲルだ。
『まもなく、他の船も奪えそうだな。さて、これらを使ってさらにこの世界のあらゆる場所へと進出するとするか』
そう言いながら、奴はこの世界の地図をひろげる。それは元々、アルメリア軍が持っていた地図だ。
すでに、島の配置や海岸線の形から、自らがどの辺りにいるかを地図上で把握していた。それを眺めつつ、奴はまだ世界のほんの一部に進出しているに過ぎないことを知る。
『我らが乗っ取ったあの島の北の方角に、さらに多くの島が見えるな。これを見る限りでは、多くの人族の街があるらしい。さらに魔物を増やすため、攻め入るとしようか』
すでに世界の広さを把握しつつあったこの魔族は、移動手段である船を手に入れさらなる野望を抱いていた。今宵集めた船だけでも、五万もの魔物を乗せることができる。
さらに北へ進めば、また船を手に入れることができるかもしれない。少しづつながらも人族を削り、魔物を増やしつつ北へ進む。この魔族はそう考えていた。
『にしても、奇妙だな。ここの連中は、鉛の玉しか使わぬ。先日のあの島では、弱いながらも魔導師が大勢いた。にもかかわらず、この大きな船を多数持つこやつらにはなぜ、魔導師がいない?』
リゲルにとっては、不可思議極まりないことだった。これほど魔力のあふれた世界でありながら、その魔力を使う者があまりにも少ない。そのおかげで、防御魔導と魔物の旺盛な食欲のみで制圧できる人族ばかりで、好都合極まりない。
こんな世界ならば、やがてそのすべてを支配することができるだろう。今は魔物を増やすためにすべての人族を食らわせているが、ある程度の地域を制圧した暁には、「家畜」としての人族も残さねばならない。そんな先の展望まで、この魔族は考え始めていた。
『その時は、我は「魔王」と名乗ることとしよう。魔族の王と、配下の魔物、そして餌として飼われるだけの哀れなる人族。そんな理想郷を得ることも、そう遠くはなさそうだな』
やがて、第二艦隊の艦艇二十四隻すべてを手に入れ、そのままニューグルデン島へと引き換えしていった。




