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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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第97話 次の一歩


 氷室を出ると、むっとする夏の空気が体を包んだ。


 さっきまでの冷たさが嘘のようだった。


 木漏れ日が山道へ揺れ、ヒグラシの声が何処からともなく聞こえる。


 五人と黒崎は、木陰で足を止めた。


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 今日見た光景が、まだ胸の中でゆっくりと形になろうとしていた。


 やがて。


 蒼太がぽつりと言う。


「……分からん」


 陸が吹き出した。


「急に何じゃ」


「さっきまで『分かった!』って顔しとったじゃろ」


 蒼太は頭をかいた。


「分かったこともある」


「でも」


「分からんことの方が増えた」


 春人も思わず笑う。


「それ、僕も思った」


 あかりが肩をすくめる。


「謎が増える調査ってあるんじゃな」


 みゆは静かにノートを開いた。


 今日書き込んだ文字や図を、一つずつ見つめる。


「文字」


「石」


「歌」


 小さくつぶやく。


「全部」


「つながっとる」


 黒崎は満足そうにうなずいた。


「そうじゃ」


「それが今日、一番大事な発見じゃ」


     ◇


 近くの切り株へ腰を下ろし、黒崎は子どもたちを見回した。


「ほんなら」


「今日分かったことを整理してみよう」


 みゆがノートを構える。


 黒崎は指を折りながら話し始めた。


「一つ」


「石には刻みがある」


「二つ」


「その刻みは、文字につながっとる」


「三つ」


「歌うと、石が順番に応えた」


 そこで少し間を置いた。


「……つまり」


「今、一番大事なんは何じゃと思う?」


 少し考えてから、春人が答えた。


「歌」


「うん」


「歌が分からないと」


「文字も読めない気がする」


 みゆもうなずく。


「歌」


「中心」


 蒼太も腕を組んだ。


「文字ばっかり見とった」


「でも」


「歌から調べた方がええんかもしれん」


 黒崎は静かに笑う。


「その考え方は大事じゃ」


「今日、お前らは文字を見つけた」


「でも石は、その時は光らんかった」


「光ったんは、歌った時じゃ」


「つまり」


「今、お前らが追うべきなんは歌じゃ」


 その言葉に、五人は黙った。


 確かにそうだった。


 石に刻まれた文字は、最初からそこにあった。


 けれど、見ているだけでは何も起きなかった。


 五人が歌った時だけ。


 石は静かに光った。


「つまり」


 みゆが小さく言う。


「歌が」


「鍵」


 黒崎はうれしそうにうなずいた。


「その通りじゃ」


「まずは歌をよう知ること」


「そこから先が見えてくる」


     ◇


 春人は山の上を見上げた。


 氷室の中で、氷色が歌っていた旋律。


 アー イーラ ムー ナー


 アー ヨーラ モー ウー


 意味はまだ分からない。


 それでも。


 あの歌を歌った時、円形列石は確かに応えた。


「氷色なら」


 春人がつぶやく。


「もっと知っとるんかな」


 あかりがうなずく。


「今度聞いてみよう」


「歌のこと」


 みゆは新しいページを開いた。


 上へ、ゆっくり書く。


『次にたしかめること』


 少し考えたあと、その下へ一行だけ書き足した。


『氷色の歌』


 春人がのぞき込む。


「氷色の歌?」


 みゆは小さく笑った。


「氷色が」


「歌っとる歌」


「だから」


「氷色の歌」


 蒼太もうなずく。


「ええ名前じゃ」


「話もしやすい」


 陸が笑う。


「決まりじゃな」


「次は氷色の歌を調べる」


 あかりが手を上げた。


「賛成」


 春人も静かにうなずく。


「うん」


「まずは、歌だ」


     ◇


 歩き始めると、夏の風が木々を揺らした。


 林を抜けると、目の前には夏の日差しに照らされた田んぼが広がる。


 稲の葉が風にそよぎ、一面が緑の波のように揺れていた。


 黒崎は子どもたちの後ろ姿を見ながら笑う。


「焦らんでええ」


「分からんことがあるいうんは」


「まだ前へ進めるいうことじゃ」


 五人は静かにうなずいた。


 今日分かったのは、ほんの少し。


 それでも。


 確かに一歩前へ進んだ。


 文字ではなく。


 石でもなく。


 まずは、歌。


 氷色が歌い続けてきた、あの歌。


 氷色の歌。


 その意味が分かれば。


 石も。


 文字も。


 そして。


 氷色自身のことも。


 少しずつ分かっていくのかもしれない。

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